朝の6時にいつも通りすっきりと起床。

朝起きるのが辛いとか言ってるのをよく聞くが、夜の10時か11時には寝ている俺にとってはよく分からない。
目覚ましが鳴る前に勝手に起きてしまう。
伸びを一つして、ベッドから降りる。
そして、ベッドサイドに置いてある『家族写真』に習慣である挨拶をする。
笑顔で寄り添っている父と母と俺と、そして弟。
見ているこちらが笑顔になるような、幸せな家族の絵。

「おはよう」

けれど、挨拶をしても、やっぱりなんの感慨も浮かばない。
俺は忙しい『親父』をちょっと寂しくも思いながら尊敬してした。
過保護な『母さん』を鬱陶しく思いながらも大切に思っていた。
そして、年の離れた『弟』を何より可愛がっていた。
それは分かってはいる。
でも、やっぱり、分からない。

「………ま、考えても仕方ないか」

こうして続けていたのなら、そのうちなんかしら分かるだろう。
考えても何もならないことは、今考えても仕方ない。
ひとまず考える必要があることは、直近の現実だ。
とりあえず、そう、今日の朝食とか。

「今日は………」

昨日はカニカマ入りのなんちゃって出汁巻き卵と、鮭を焼いて、わかめのお味噌汁。
昨日はすごく味噌汁が飲みたい気分だった。
では、今日は、何が食べたい。
俺は、今、何が食べたいんだ。
考えろ。
深く深く考えろ。

食事を出来る機会は、基本的に1日3回。
1年365日で1095回しかない。
残りの人生50年生きるとして、5万5000回ぐらいしかない。
俺は今、好きなものを作って食べる権利を手に入れられている。
ならば、ちゃんと作る時間があって、作る気力がある時ならば、好きなものを食べたい。
面倒なときはレトルトや惣菜も食べるが、あれはあれで好きだからいい。

「うーん」

しょっぱいものや、白いご飯が食べたいか。
いや、違うな。
今日の俺は、そうだ。
甘いものが食べたい。
昨日は疲れたから、甘くてふわふわとした、すぐにパワーになるような食事をしたい。
そして甘いものだけでは飽きるから、付け合せの野菜だな。
野菜。
甘いものはこってりするから、さっぱりしたものがいい。
トマトと、キュウリ。
うーん、あ、リーフレタス。
そして、ハムを添えよう。
肉は何より大切だ。
ドレッシングはオリーブオイルに、粗挽きこしょう。
レーズンを合えてもいいかもしれない。

「………今日は、フレンチトーストだな」

パンケーキと迷ったが、今日はフレンチトーストだろう。
1日つけて置いておくと更に美味しくなるのだが、まあ、問題ない。
卵も砂糖もバニラエッセンスもある。
バターの匂いがして、表面はカリッとしていて、中身はじゅわりと卵液が染みだす。
そうだ、俺は今、フレンチトーストが食べたい。
でも甘いものだけでは駄目だ。
しょっぱいものが食べたくなる。
そこで登場するのが、リーフレタスのサラダだ。
うん、完璧だ。

ぐううう。

そう想像した途端、地の底から響くような、腹の虫の音。
よし、腹も同意している。
俺の選択は正しい。

ここに来てから一番嬉しかったのは、自分で食事を用意できるようになったことだ。
施設はみんな親切だったし、悪い所ではなかった。
だが、おかずは決められていて、量にも限りがあった。
仕方ないことだと分かっていても、腹がいつも減っていた。
今は好きなだけ好きなものが買えて、好きなものを作れる。
まあ、同居人がうるさいのが玉にキズだが。
だが、文句があるなら自分で作れと言うのは最初に決めてある。
この家では志藤さん以外家事能力がある人間はいない。
志藤さんは好き嫌いなどないし、残りの偏食二人はぶちぶち言いながら食うことは食う。
そして俺が作ることには文句は言わないし、感謝すらしている。

「よし、今日はフレンチトーストだ!」

食事を作り、腹いっぱい食べる幸せ。
それを毎日噛みしめている。



***




「いい匂い。今日は何作ってるの?」

卵液に漬けている間にサラダを作り、バターをフライパンに流し始めた時に、のんびりとした声が聞こえてきた。
今日は珍しく一番早い。

「フレンチトースト」
「やった。朝日のフレンチトースト好き。メープルシロップ沢山かけてね」

カウンターの向こうから聞こえてくる弾んだ声には、悪い気はしない。
だがこいつは砂糖やら油やらを使いすぎだ。

「糖尿になるぞ。シロップはそんなかけるな。十分甘い。後、野菜も食えよ」
「糖尿は困るな。ちゃんと野菜も食べるよ。朝日はいい子だね」

キッチンまでやってきて、わざわざ俺の頭を撫でようとする。
志藤さんにされるとそう悪い気はしなくても、こいつにされても不快感しかない。

「触るな」
「ひどいなあ」

フライ返しを一旦おいて、その手を振り払う。
特に嫌な顔もせずに、いつも通りにくすくすと笑っていた。
この態度もまた、気に入らない。
でもまあ、こいつを相手にしても仕方ない。

「………四天は今日は夕メシはいるのか?」

振り返ると、朝だというのに髭も生えていない中性的な綺麗な顔がそこにあった。
目ヤニも涎の痕もない。
白い顔には、やや眠気が浮かんでいるだけだ。
その朝から完璧なところも無駄に背が高い所も必要のない綺麗な顔も、全てがムカつく。

「四天?」

俺の言葉に、楽しげに片頬をあげて笑う。
うっかり呼び捨てにしてしまった。

「四天サン」
「今日はいるから、お願い」

お願いという体になっていても、まったくお願いされてる気分にならないのはなぜだろう。
どうしてこいつは何を言っても、何をしても、こんな偉そうなのか。

「分かった。何か食いたいものはある?」
「野菜以外」
「よし、野菜の煮物にする」
「厳しいなあ」

こいつは放っておくと、肉と油と炭水化物しか食べない。
更に言うなら俺が作らなければ、3食ジャンクかお菓子でも問題ないやつだ。
聞いた俺が馬鹿だった。

「大学には行くのか」
「今日はちゃんと行くよ」

何してるんだか知らないが、昼近くまで寝たり、夜遅くに出て行ったりして、大学に行かないことも多い。
だらだらと一日中家で寝ているときもある。
本当にだらしのないやつだ。

「なんか、朝日はお母さんみたいだよね」
「お前の母親になんてなりたくない!」
「はは!」

俺の本心からの言葉に、けれど四天は楽しげに笑う。
こいつの母親ってどんな顔をしてるのだろう。
父親も母親も健在らしいが、まったく気配を感じない。

「おはようございます、朝日さん。今日は四天さんも早いですね」

いつも俺の次に朝が早い志藤さんが、今日も隙のないスーツ姿で現れた。
この人はこの人でいっつもきっちりしててちょっと息が詰まる。
志藤さんと四天サンを足して二で割ればちょうどいい感じの人間ができるんじゃないだろうか。

「おはよう、志藤さん」
「おはよう、志藤」

ようやく四天サンがキッチンから出て行って、向かいにあるダイニングに向かう。
そして、志藤さんが四天サンの椅子を引いて座らせる。

「今日は大学には行かれるんですか?」
「行くよ。って、俺そんなにサボってた?朝日にもつっこまれたんだけど」
「あなたが単位を落とすなんてことはしないと分かっているのですが」

志藤さんが苦笑しながらやんわりと苦言を呈して、こちらに向かってくる。
四天サンは反省したんだかしてないんだか、肩を竦める。
まあ、この要領のよさそうな男が単位を落とすとかはしなさそうだけど。

「朝日さん。何かお手伝いすることはありますか?」
「じゃあ、盛り付けて。俺、盛り付け苦手」
「はい、ではそちらは私が。ああ、おいしそうですね」

にっこりと笑って、俺の手元を覗き込む。

「朝日さんは、本当に料理が上手になられましたね」
「好きこそものの上手なれって、本当だよね。もう会った時から食い意地半端なかったし」

志藤さんの褒め言葉に気分をよくしかけた途端に、四天サンがまぜっかえす。
言ってることは本当のことだがこいつに言われるとイラっとする。

「料理も作れない奴に言われる筋合いはねえ」
「別に馬鹿にしてるわけじゃないよ。心の底から感謝してる。朝日のおかげで、俺はおいしいご飯にありつけてるしね」
「そうだ、感謝しろ」
「うん、ありがとう」

うん、やっぱりイラッとするな。
分かった、こいつが言うこと全部イラッとするんだ。
それなら仕方ない。
気にしないことにしよう。

「おはようございます」
「おはよう、司狼」
「おはようございます、司狼さん」

そして最後に、水垣が現れた。
こいつもきっちり身支度を整えて、爽やかそうな面してるのが気に食わない。
つーかもう性格の悪い長身のイケメンは全部敵だな。

「朝日?」

思わず挨拶を返さずにいると、四天サンが笑いながらも低い声で呼ぶ。
変なところで、こいつはうるさい。

「オハヨウ」
「おはよう」
「うん、いい子だね。挨拶は大事」
「お前にいい子って言われるとムカつく」
「まあ、俺もいい子って言葉嫌いなんだけどね」

だったら言うな。

「じゃあ、褒めてる時なんて言おうかな。お利口さん?」
「馬鹿にされてる度が70%アップした」
「難しいな」
「お前に褒められるともれなくムカつくから褒めなくて問題ない」
「じゃあ、なんか考えておく」

本当に話が通じねえ。
くっそ、こいつと意思の疎通ってどうしたらできるんだ。

「えっと、では、盛り付けも終わりましたし、朝日さんも飲み物を淹れてくださったようです。そろそろ食べましょうか」

俺の怒りが分かったのか、志藤さんがとりなす様に言う。
それぞれの飲み物を淹れている間に、綺麗にフレンチトーストとサラダは盛り付けられていた。
基本的に何をしても器用にこなす人だ。

「いただきます」
「いただきまーす」

四人そろってダイニングに座り、食事を開始する。
素直に美味しいと全員が口にするのは気分がいい。
なんだかんだ言ってもこいつらは、俺のメシにひれ伏す。
俺に胃袋を左右されていると思うと、気分がいい。
浮上してきたので、改めて全員の予定を聞く。

「今日は志藤さん夕メシは?」
「今日は作っておいていただけますか?」
「分かった。じゃあ、魚メインにしようかな」

仕事で色々忙しいので、志藤さんも夕食にはいないことはある。
珍しくいるなら、志藤さんが好きな魚にするのもいい。
魚も好きだ。
魚料理なら、俺は何が食べたいだろう。
俺が食べたい魚料理はなんだ。
ムニエル、ソテー、煮つけに、フライもありだな。
俺が夕食に思いを馳せていると、四天サンが不満そうに口を尖らせる。

「どうして志藤には素直かな」
「自分の胸に聞いてみろ」
「俺なりに、朝日のことすごくかわいがってるのに」
「体育会系のかわいがりって奴か?」
「どっちかっていうと文化系なんだけど」
「じゃあ、俺なりってところが大問題なんだろ」
「分かった。もっと分かりやすいように可愛がるようにする」
「間に合ってる」

こいつに可愛がられても何も楽しくない。
さっさと会話を終わらせるために、隣に座っていた水垣に話をふる。

「お前は?」
「俺もいる」
「分かった。一応、リスエストは?」
「野菜以外」
「お前らふざけんな。やっぱり今日は野菜の煮物にする」

どいつもこいつも、野菜の存在をないがしろにしやがって。
あいつらがいないと、他の料理も引き立たないんだからな。
いや、脇役だけじゃなく、メインも張れるポテンシャルをもっている。
カブを丸ごとスープ煮にしたり、玉ねぎをステーキにしたり、野菜鍋なんかもいい。
ああ、野菜もやっぱりうまい。
もう今日は野菜のみのフルコースにするか。
つっても俺も基本は肉がないと嫌だけど。

「お二人とも、少しは野菜も召し上がってください」
「はーい」
「………はい」

俺がやっぱりと言ったことで、四天サンが何を言ったのかも分かったのだろう。
志藤さんが苦笑しながら、二人を窘める。

「朝日さんの作る料理は美味しいですから、野菜だって美味しいじゃないですか」
「まあな!」

この家に来て、はじめて自分で食事を作るようになった。
まだまだ料理歴は浅いからレパートリーも少ないし、凝ったものは作れないが、味付けはなかなかのものだと思う。
俺は食べることが好きだ。
美味しいものが食べたい。
好きなものが食べたい。
毎日コンビニや惣菜やレトルトも飽きる。
志藤さんの料理はうまいが、忙しくて毎日作れないし、ボリュームが足りなかったりする。
ならば、自分で作ってしまうのが一番早い。

「うん、それは認めるよ。うちの実家のお手伝いさんより美味しいかも」

四天サンが頷いて、そんなことを言う。
何も出来ない出来ないと思っていたが、お手伝いさんなんていたのか。
この坊ちゃんめ。

「原田は料理だけは取り柄と言えるよな」
「よし、水垣表出ろ」
「またやられるつもりか?」
「次もお前が勝つとは思うなよ」

幼い頃から武術を習っているらしい水垣と、野球しかしてこなかった俺では経験値が違いすぎる。
危険な目にも遭うからそれなりに体の動かし方とかは習うがまだまだ敵わない。
だがどんな卑怯な手を使ってても、いつか一本取ってやる。
次は砂、砂だな。

「あはは、二人とも仲良くなったなあ」
「どこがだよ!」

四天サンの意味の分からない言葉に思わずつっこむが、まったく気にする様子はない。
うすら笑いを浮かべたまま先を続ける。

「じゃあ、そんな二人とも朗報」
「人の話聞けよ」
「今週末はお仕事。お休み1日取ってもらいます」

だから人の話を聞けとつっこもうとしたが、その気が失せる。
またあの面倒なバケモノ退治をしないといけないのか。

「………またかよ」
「分かった」

思わずぼやいてしまうが、水垣はすんなりと頷いた。
この野郎、いい子の態度を取りやがって。

「で、俺と水垣?志藤さんは?」

簡単な仕事なら、最近は水垣とやらされる。
ちょっと難しい場合は志藤さんも一緒だ。

「志藤と俺も行くよ」
「ええ!?お前も!?」

思わずものすごい嫌そうな声が出てしまった。
四天サンがにっこりと笑いながら俺に手を伸ばし、頬をぎゅっと握る。

「あれえ、なんでそんな嫌そうなのかな?」
「いで、いで!放せ!ゴメンナサイ!」
「はい、お利口さん」

馬鹿にされてる度、70%アップどころか倍だな、これ。

「………お前来てもなんの役にも立たないじゃん」

つねられていたところが、ジンジンとする。
やっぱりこいつムカつく。
その上仕事で一緒とか、最悪だ。

「朝日さん」

志藤さんが困ったように眉を顰めて、窘める。
でも、だって、本当のことだ。
こいつがついてきても、仕事してるところを見たことない。

「あはは、確かにね。あれだよ。えーと、ほら、授業参観」

けれど四天サンは気にすることなく楽しげに笑う。

「たまには、司狼と朝日がちゃんとできてるか、見届けないとね」
「これが、余計なお世話って奴か。意味を心から理解した」
「本当に朝日は可愛いなあ」
「いでいでいで、だからつねるなって!ゴメンナサイ!!」
「はい、お利口さん」

ああ、もう、本当に朝から最悪だ。





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