ゆらゆらとゆっくりと浜辺を這いながら、黒い、蛇っぽいやつらが、こちらに近づいてくる。
どこへ行くか、なんて、考えるまでもない。
間違いなく、意思を持って、ここを、この小屋を、目指している。
あいつらがここに来たら、どうなる。
じわりと背筋が寒くなり、手に汗を掻く。

「どういう、こと、だよ」

この小屋を目指してきて、この小屋の中に入ってきて、どうなる。
もしかしたら、友好的かもしれない。
俺の敵ではないかもしれない。
一緒にこのシンセンを食べて、仲良く過ごす、とか。

「………なんて、ことがある訳ないよな」

仲良く、食べて、過ごす、なんて。
食べる。
あ、なんかすごく嫌な想像が浮かんだ。

「食べる、なんてな」

なんでそんなこと、考えてしまったんだろう。
あ、本当に考えたくない。
嫌だ。
有り得ない。

「はは、洒落に、ならないって」

思わず漏れた声は、自分でも情けなくなるぐらい、弱くて掠れていた。
そのことにムカついて、唇を噛みしめる。
痛みで少し、我に返る。

「………なんて、現実逃避してても仕方ないか」

なんの足しにもなりはしない。
もう、先頭を這っている蛇もどきは、後少しで辿り着きそうだ。
どうしたらいい。
扉は開かない。
窓からは逃げられない。
バットはない。

「………っ」

考えろ。
深く深く考えろ。

「って、深く考えてもどうにもなんねーよ!」

深く考えるまでもなく、何もできない。
ここにあるのは、俺とサンボウとシンセンとロウソク。
使えるのはそれだけだ。

「ちっ」

だからと言って、黙って、あいつらが来るのを待つのは趣味じゃない。
使えるものを、使うだけだ。
とりあえず足元にあった皿と徳利を蹴りつける。

ガシャン!

陶器でできたそれらは倒れて中身をぶちまけ、砕け散る。
あ、しまった、酒って魔除けになるんだっけ。
かければよかったかな。
まあ、やっちまったのは仕方ないか。
砕けた陶器をもう一度踏んで、更に細かくする。

「後はっと」

サンボウの方も思いきり踏みつけて、砕く。
何度か蹴りつけ踏みつけると、木で出来たそれは壊れて、いくつかの木片になる。

「つっ」

砕けた陶器をいくつか拾い集め、手に持つ。

「力よこもれ、敵を倒せ、武器になれ、強くなれ。お前は、武器だ」

自分の赤い力を言葉と共に、その陶器の欠片に込める。
バットよりも馴染みがない陶器は、中々うまく力がこもらない。
でも、ないよりはマシだ。

「お前は武器だ。強い、強い、俺を守る、武器だ」

いくつかの力がこもった欠片が出来上がる。
それを終えた時には、すでに黒い蛇もどきは、すぐ傍に来ていた。
窓の下に潜ったのか、姿見えなくなるが気配は、強く感じる。

「きた、か」

そして一瞬後、一番低いところにある窓から、にょろりと黒いものが入り込んでくる。
腐臭を放つ、黒いもの。
それは、近くで見ると、より醜悪だった。
腐り落ちかけ、黒く変色した、細い肉の紐。
それを、何本もより合わせた、肉が絡まり合い蠢く、醜い蛇の姿をしていた。
目は分からないが、顔のようなところには口があり、大きな牙を見せている。
剥き出しの腐った肉の紐がざわざわと蠢きながら、こちらに這ってくる。
近づくとより感じる、鼻が曲がりそうな生臭さ。
匂いのもとは、こいつらか。

「うら!」

作ったつぶてを投げつけて、牽制する。
そいつの顔にぶつかると、熱湯で浴びたかのようにびくりと跳ねる。

『ぎっ』

声とは言えない、けれど耳障りな、音を出す。
どうやら、効きはするようだ。

「くっせーんだよ!こっちくんな!」

もう一個つぶてを投げると、そいつは窓からするりと逃げる。
しかしすぐに、別の窓から、もう一匹が入ってきた。

「くんなってば!」

つぶてを三つ投げて、牽制すると、そいつもするりと逃げていく。
しかしまた別のまどから三匹目が入ってくる。

「くっそ!」

またつぶてを投げる。
つぶれがなくなって、床にある皿の欠片を拾い上げる。
ついでに、もう片手で、サンボウの木片も一つ持つ。
手のひらより少し大きいくらいの棒キレはささくれ立ちながら、先がとがっている。

「力よ、こもれ。お前は武器だ。俺の武器。こもれ、こもれ、こもれ」

陶器の欠片を握り締め、木片もしっかりと握る。
そして、自分の赤い力を込める。
陶器は割れていて、木片もささくれだっていたせいか、手の平に痛みが走る。
どうやら怪我をしたらしい。
ぬるりとした感触もしたから、血も出たのだろう。
だが、そんなことはどうでもいい。
むしろ血が出たせいで、力が伝達しやすくなった。
さっきよりもスムーズに力をこめる。

「こっち、くんなつってんだろ!」

つぶてをなげ、しかしすぐに別の窓からまた別の奴が入ってくる。
なんだこのもぐら叩き。
難易度高すぎだろ。

「っ」

今度は左手にもった木片で、思いきりそいつをぶっ刺す。
ぐちゃりという、ハンバーグ肉に、箸を突き立てたような感触。
そして溢れだす、変な液体と、腐臭。

「あー、もう、くっさい!汚い!」

もう一度そいつをぶっ刺して、手首をひねり、抉りとる。
ぐちゃぐちゃと、肉を掻き回す感触。
変な液体が零れて、着物の袖が汚れて、酷く不快だ。

『ぎ。いいいい』

また声にならない声をあげて、そいつがのた打ち回る。
くっそ、汚い。
つぶてをなげ、木片でぶっ差しながら、入ってくる奴をけん制する。

「痛って!!!」

しかし、数でも武器でも劣るから、すでに小屋の中には三匹の蛇が入ってきていた。
一匹が俺の足に絡みつき、その鋭い歯で噛みつく。

「痛って!!噛むな!っざけんな!!」

思いっきりそいつの頭を踏み潰し、踏みにじる。
思いのほか脆く、頭が砕け、肉片が飛び散る。
ぐちゃりとした感触が、気持ち悪い。
そして、臭くて、気持ちが悪い。

「てめーらに、食われてたまるか!てめーらなんか、塩と酒で揉んで生姜で煮て食ってやる!」

食われてたまるか。
俺は、食う人間なんだ。

「いってえ、つってんだろ!!!」

しかし、数で勝るそいつらに対応しきれない。
すでにもう5匹、小屋の中にいる。
もう一匹が俺のふくらはぎに絡みつき、食らいつく。

「いてえ!」

なんだこれ、なんだれこれ。
じわじわと、このまま食われていくのか。
こいつらに、足の先から、齧られ、食われるのか。

痛い痛い痛い痛い。
いやだいやだいやだいやだいやだ。

「いって、いたい、痛い!!」

足にも手にも絡みつき、俺の肉を、食らっていく。
足を振り払い、急いで逃げ出す。
でも三歩で横断できてしまう小屋には、どこにも逃げ場がない。
つぶてはなくなりかけているし、木片もボロボロだ。

いやだ。
いやだいやだいやだ。

「丸焼きに、してやる!!」

隅にあったろうそくを、木片にかかげて火をつけようとする。
しかし、バケモノの体液で濡れた木片に、火は付かない。
仕方ないから燭台ごと倒し、蛇たちを焼こうとする。
けれど蛇たちはろうそくに集まったかと思うと、その体を巻き付かせ、火を消しててしまう。
その後二匹が寄ってきて、俺の体に巻きつき、腕を、太ももを食らいつく。

「くっそ!!だから、齧るなって!」

足を振り払い、木片で牽制し、つぶてを投げる。
けれどじわじわと、足の先から齧られ、食われていく。

いやだ。
食われたくなんかない。
嫌だ。

嫌だ。

だったら、本当に食ってやろうか。
このまま食われるぐらいなら、逆に食らいつくしてやる。

食われるのは、嫌だ。





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