つぶてもなくなったので、腕を這ってきていた肉蛇を毟り取る。
足にくっついていたのも振り払い、蹴り上げる。
そのはずみで、齧られてた俺の肉まで少し持って行かれる。

「この、くっそが!」

床にたたきつけて、その頭を踏み潰す。
ぐちゃりと、ひき肉でも踏みつけているような感触。
脆くてすぐに破裂するくせに、肉がぐちゃぐちゃと蠢いて、欠損した部分を補う。
そしてまた俺の体を這ってくる。
ぬめぬめと、俺の体を這いずりまわるのが、本当に気持ち悪い。
肉の蛇が俺の腕にまた噛みつき、抉られた肉から中に入ってこようとする。

「いってええ!くっそ、だから、上ってくんじゃ、ねえよ!」

足にも、腰にも腕にも、巻き付いている。
俺を齧り、喰いちぎろうとしている。

「くそ、くそ!」

武器も、もうない。
多勢に無勢。
逃げ場もない。
そして、腹も減ってきた。
腹が減ってくると、力が出ない。
ここで、食えそうなものは、ひとつだけ。

「………腹、壊すかな」

でももう、なすすべもない。
たとえ下痢しても、死ぬんだったらどうってことない。
だったら最後まで抗って、何があってもこいつらに一泡吹かせてやる。
自分が、食うだけの立場だと思うなよ。
食われる立場にもなってみやがれ。

「いただきます!」

腕に張り付いていた奴を一本取り外す。
肉だ、ただのこれは肉だ。
大きく口をあける。
鼻をつく、生臭さ。
こんなに臭くなきゃ、もう少しは食欲がわいただろうに。

「原田!」

齧りつこうとしたその瞬間に、いきなりドアが開いた。
そして薄茶の髪と目を持つ長身の男が、現れる。
その身に纏う白い力も相まって、一瞬眩しく見えた。

「水垣!?」

水垣は俺の姿を見て、慌ててこちらにやってくる。
いつのまにか小屋の中は、肉蛇でいっぱいになっていた。
さすがに、これ全部食うのは難しかったもしれない。

「大丈夫か!?」
「大丈夫に見えるか、これが!?」

水垣がちっと口の中で軽く舌打ちをして、俺の体についていた肉蛇を掴み、毟り取る。
やっぱり俺の肉まで軽く持って行かれる。

「いってえ、齧られてんだよ」
「うるさい!このまま齧られてるわけにもいかないだろ!」

まあ、それもそうなので、俺も体についた肉蛇を振り払い、掴み床にたたきつける。
くっそ、もう、体がぼこぼこだ。
服もこいつらの体液でべとべとで、酷く臭い。

「行くぞ!」

水垣が片手に剣を、片手に俺の手を取り走り出す。
俺も異存はないので、引っ張られるまま走り出す。
体中がずきずきとして、痛い。
砂浜は走りづらくて、足をとられ、転びそうだ。
さすがに泣きそうだ。
もう痛いと泣きわめいて、水垣を殴り倒したい。

「はらいたまへ、きよめたまへ。きわめてきたなきことも………」

走りながら水垣が呪文を唱えて、剣に力を込める。

「きよしきよしともうす」

そして呪文を結ぶと、振り向きざま、剣を横なぎにする。
動きは遅いものの俺らを追っていた肉蛇に、その白い力が直撃する。

『ぎっ』

声にならない音をあげて、肉蛇たちの肉がえぐられ、足を止める。
その間にも、水垣が俺の手をとり、走る。

「って」

そして小屋からある程度距離をとったところで、水垣が足を止める。
夜の砂浜は、月明かりで照らされていてそこまで暗くないものの、海は黒くうごめいている。
あいつら、どれだけいるんだ。
小屋からも、蛇がゆらりゆらりと、俺たちを追ってきている。
水垣の力に阻まれて動きは遅くなっているが、すぐこちらに来るだろう。

「いってえ………」
「怪我は」
「全身だよ」

そう言うと、水垣が、まるで自分が痛いかのように顔を歪める。
眉間に皺を寄せて、少しだけ泣きそうな顔になる。

「お前も怪我してんの?」
「いや、俺は」
「あっそ」

なんだよ、俺だけかよ。
腕も腹も足も肩も、食われている。
首から上が無事でよかったってぐらいだ。
もう今すぐ帰って、怪我の手当てをしたい。
この臭い着物を脱ぎたい。

「あー、もう、ムカつく!気持ちわりい!くせえ!」
「まだ元気そうだな」
「うっせ、超いてーんだよ!」

だが、こんな愚痴を言っていても仕方ない。
全てが終わった後に、改めて言えばいい。
今大事なのは、ここをどう切り抜けるか、だ。

「………んなことより、あれ、どうすんだよ」

このまま逃げても、逃げられるかもしれない。
だが、この村からは、逃げられるのだろうか。
いくらなんでも、分かる。
あの小屋に閉じ込められたのは、この村の奴らの仕業だろう。
なにが目的なのか、知らないが。

「………やれるか」

水垣が俺を伺うように、聞いてくる。
そんなの、聞くまでもない。

「やるしかねーんだろ?だったらやる」

俺の言葉に、水垣が、困ったように苦笑する。
それから肩に背負っていたものを俺に差し出す。
気付かなかったが、それは、黒いバットケース。

「ほら」
「あ、俺のバット!」
「それをとってきてたら、遅くなった。悪い」

聞きたいことは色々あるし、後で思いきり文句もつけたい。
でも、それは全部、後だ。
バットケースから急いでバットを取り出す。
手によく馴染んだ、金属バットの感触。
これなら、いける。
それを待って、水垣に肩を引き寄せられ、額をくっつけられる。
すぐそばまで迫っているあいつらが気になるが、なんとかこられて目を瞑る。

「そはわがけんぞく、われはめいず、なんじがかせをときはなち、なんじがいましめをいまここにかいほうし、われとなんじがためにそがちからをあらわせ」

水垣が呪文を唱え始めると、すぐに焦りと恐怖は、薄れていく。
白い力がジワリと額から流れ込む。
ふわふわと夢ごこちになって、水垣の声しか、聞こえなくなる。
何も音も、風の音も、あの生臭さすら、分からなくなる。
水垣の声は、好きだ。
高く低く朗々と響く声に、脳裏が蕩けていく。
自分の中で、力を縛っている鎖が、一つ一つ外れていく。
体が、全てから解き放たれて、軽くなっていく。

「そがちから、わがために、ここにあらわせ」
「はっ」

力が、解放される。
溢れる。
痛みも、消えていく。
全身が、体の中が、すべて、赤く、染まる。
力でいっぱいになる。

「うっし」

水垣から体を離し、バットを振りかぶる。
素振りをするように、何度かスイングして、力をこもらせる。
手のひらが血でべっとりだから、力の伝達がしやすい。

「来いよ、このクソ蛇ども!」

今度こそ、お前ら全員、開きにして焼いてやる。





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