「そうだ水垣、今日帰りスーパー寄るから付き合え」

同じ学校に行くから、登校は用事がない限り水垣と一緒だ。
転校したてで慣れてなかったと言うのもある。
そして今日は買い出しに行かなければいけないから、帰りも一緒だ。
すごく嫌だが、これも義務だ。

「………」

こっちだって嫌なのに、隣の水垣はあからさまに嫌そうに顔を顰めやがった。

「誰のメシの材料だと思ってんだよ」
「………分かったよ」

睨みつけると、不承不承という態度を崩さずに頷いた。
水垣のくせに生意気だ。

「なんで不満そうなんだよ」
「お前、俺がいると容赦なく買い込むからだよ」
「当たり前だろ。今日は特売の日なんだよ。卵は1人1パックまでだ。お前は量食うんだから少しは協力しろ」

別に材料費をケチれと言われてはないし、生活費には十分な金は渡されている。
だが、節約できるなら節約したい。
そうしたらより多くの材料が買えて、より多くの料理に挑戦できる。

「協力はするけど、一番食ってるのはお前だ」
「何が悪い。俺が作ってるんだから、俺が一番食う」
「材料費は四天と縁からだろ」
「その分労働力で返してるだろ。お前こそ何もしてねーじゃねーか」
「お前よりも仕事してる」
「そりゃ経験値の差があるからな。俺は初心者だから仕方ない」
「俺だって仕事なんてするようになったのはお前とそう変わらない」
「お前それより前に変な呪文とか習ってただろ。俺だって料理し始めたのはつい最近だぞ」
「お前も今習ってるだろ」
「お前だって料理習えばいいだろ」
「………お前がメシ作った方がうまいからいい」
「まーな!」

よし勝った。
やっぱり料理については俺の独壇場だな。
まあ、こいつと四天サンが生活能力なさすぎってのもあるんだが。
そこまで話して、いったいなんの話をしていたのか分からなくなる。
なんで俺はこいつと言い争いしてたんだっけ。

「あれ、えっと、なんの話してたんだっけ」
「スーパーには付き合う。夕食は頼んだ。お前のメシはうまい」
「よし!分かればいい!」

うん、解決したな。
何も問題はない。

「え、えと、あの」

今日は何を作ろうか。
志藤さんが久々に食うんだし、やっぱり魚だろうか。
そういえば、魚と言えば。

「そういや、今度の仕事、海沿いだっけ。魚料理食えるかな」

舟盛とまでは言わないが、新鮮な刺身なんて出てくるだろうか。
その土地の名物の料理なんてあるのだろうか。
なんて考えていると、水垣がさも呆れたように薄茶の瞳を細める。

「お前何しにいくんだ」
「それくらいしか楽しみないんだからいいじゃねーか」
「浮かれて足引っ張るなよ」
「それはこっちのセリフだ」

だいたい俺がいなきゃ、攻撃に困るくせに。
少し経験値が多いからって偉そうにすんな。

「あのー………」

水垣がそこでふと、表情を改める。
前を向いたままこちらは見ずに、聞いてくる。

「………お前は海に行ったことあるのか?」
「んー」

聞かれて、自分の記憶を探る。
浮かび上がってきたのは、青い空と海。
真っ黒に焼けた自分と父親が沖まで泳いでいる。
そして砂浜には、波打ち際で遊ぶ弟と、それを見ながら笑っている母親。

「あるみたいだな。家族旅行で海水浴行った」
「そうか」
「結構楽しかったみたいだな」

民宿みたいだけど、料理もうまそうだ。
魚の煮つけがすごく印象に残っている。
あー、やっぱり魚が食いたい。

「お前は海行ったことあるの?」
「いや。俺は、初めてだ」
「へえ。泳げるかな。まだ寒いかな」
「だからお前は何しに行くんだ。サボるなよ」

時間があったら少しくらい遊んでもバチは当たらないだろう。
ていうか四天サンが真っ先にサボりそうじゃねーか。

「あ、あの!」

と、そこで後ろから震える小さな女の声が聞こえた。
どっかで聞いたことあるような声だ。

「ん?」
「あれ」

水垣と一緒に振り向くと、そこには俯いてふるふると震える眼鏡の小さな女がいた。
肩までの髪といい、やぼったい眼鏡といい、絵にかいたような地味でダサい女だ。
昨日初めて話したが、たぶん俺がこの高校に来てから一番話した女になった。

「あ、あの………」
「玉野じゃん」
「おはよう、玉野さん」
「お、おはようございます。えっと、あの」

ようやく顔をあげて、おどおどと引きつった笑顔を見せる。
やっぱり意味もなく罵倒して頭をはたきたくなる態度をしている。

「あの、あの」
「なんだよ」
「ひ!」

自分から呼び止めたくせに、玉野はあのを繰り返すばかりで何も言わない。
イライラして聞くと、悲鳴を上げて飛びあがる。

「凄むな。玉野さん、どうしたの?」

隣にいた水垣が俺を押しのけて、玉野の顔を覗き込む。

「うは!」

玉野は更に飛び上がり、慌てて俺の後ろまで来た。
ぎゅっと俺のシャツの背中を引っ張る。

「だから俺に隠れるなって」
「あ、朝から水垣君は、心臓に悪いです」
「………はったおすぞ。俺はなんなんだよ」
「は、原田君は怖いけど、眩しくありません!」

よし、殴ろう。

「いだい!」

振り返って頭を思いきりはたくと、玉野が悲鳴を上げて頭を押さえた。
グーじゃなかっただけ優しいと思え。
こいつは本当に言わなくていいことが口からポンポン出てくるな。

「やめろ、原田。一応女の子だぞ」
「ぎゃ」

水垣が俺の腕を抑えて、玉野の前に出る。

「お前今、一応って言わなかったか」
「大丈夫、玉野さん?」
「だ、大丈夫です!」

水垣は俺のつっこみを聞かなかったことにして、玉野に問いかける。
玉野はまた水垣に至近距離に寄られて、顔を引きつらせる。

「どうかしたの?俺たちに何か用だった?」

玉野は一歩二歩、水垣から距離を置きながら、深呼吸をする。
いい加減面倒くさい。

「早くしろ」
「あ、あの!昨日のこと、お礼言いたくて。あ、ありがとう、ございましゅ!」
「噛んだな」
「ぶっ」
「う、うう」

隣の水垣が一瞬だけ口を手で押さえて横を向いていたのを俺は見た。

「お前今笑っただろ?」
「どういたしまして、玉野さんに怪我がなくてよかったよ」

やっぱり俺の突っ込みは聞かず、水垣はそのお綺麗な面で玉野に微笑みかける。
玉野は顔を赤くして、ますます震えて恐慌状態になる。

「う、あ、ありがとございました!では、これで!」

そしてそんな捨て台詞を一つのこして、猛ダッシュで俺たちの横を駆け抜けていった。
なんだあいつ、意外と足早いじゃねーか。

「面白い子だな」
「まあ、面白いってのには同意する」

水垣が面白そうにそんな玉野の背中を見ている。
まあ、確かに面白い生き物のうちに入る気がする。

「お前、さっき笑ってたよな」
「さ、行くぞ」

水垣が三度目の聞かなかったふりをして、歩き出す。
こんな性格悪いやつなのに、なんで女にモテるんだ。

「この猫かぶり」
「………最近かぶり切れない。調子が狂う」
「なんだそりゃ」

十分猫かぶりだ、この二重人格。



***




「おい、玉野」
「ひ!」

昼休みになって、隅っこの席でひっそりと弁当を広げようとしていた玉野の席まで行く。
玉野は悲鳴をあげてから、俺を恐る恐ると見上げてくる。

「な、なんですか?」
「なんでそんな声が小さいんだよ」
「は、話しかけないでください」
「ああ!?」
「ひい!」
「なんでだよ」

何生意気なこと言ってんだこの眼鏡女。
理由を聞くと、玉野はやっぱり聞こえないぐらいの小さな声でひそひそと話す。

「だ、だって、原田君、目立つし」
「はあ?」
「め、目立ちたくないんです。私」
「ふーん」

目立つか。
そういや、クラスの奴らがこっち見てるな。
俺、目立っていたのか。
気付かなかった。
あ、昨日の奴らもこっち見てる。
あいつらに報復するのも忘れてた。
なんだっけ、名前。
えっと。
たか。
高田?
ま、いいか。

「これ以上目立ちたくないなら、財布とその弁当持ってこっち来い」
「へ、え?」
「3秒」
「は、はい!」

玉野は慌てて、あたふたと鞄から財布を取り出す。
そして、もたもたと弁当をつつみ直し、慌てて立ち上がった。
10秒はかかったけどまあいいか。

「よし、来い」

促すと、素直に、というか怯えながらついてきた。
廊下に出ると、弁当をぎゅっと抱えながら俯いている。
なんか半泣きになってる。
よく泣く奴だ。

「め、目立ちましたよね。今、私、目立ちましたよね」
「知らねえよ。目立って何が悪いんだ」
「い、いじめられたらどうするんですか!」
「マイルドにいじめられてんだから、今更だろ」
「あ、アグレッシブにいじめられたらどうすんですか!」
「ぶ」

半泣きで本気で情けないことを言う玉野に、つい吹き出してしまう。

「あ、ははは。本当にお前面白いなあ」
「笑ってる場合じゃないですよ!」
「お前の大声の方が目立ってんぞ」
「ひい!」

廊下の奴らが俺らを興味津々といった顔で見てきている。
睨み返すと、すぐに目を逸らされたが。

「………い、いったいなんなんですか」
「お前、俺に感謝してるんだよな」
「へ?え?えっと、はい、それなりに」

それなりってなんだよ。
本当にこいつは口から色々出てくるな。
まあ、今はいいか。

「じゃあ、感謝の気持ちは形で示さないといけないよな」
「え?え?え?お礼、言いましたよ?」
「それで世の中渡っていけると思ってんのか?モノで示せよ」
「へ?」

玉野は一瞬面食らったように、眼を丸くする。
それから顔を青くして、俺から一歩離れる。

「え、ええ!?な、なんですか?あ、あれですか!?漫画とかでお約束な、体で払えみたいな!わ、私襲ったりしても多分楽しくないですよ!?」

何勘違いしてるこのボケ眼鏡は。

「はあ?調子乗んな。本気で楽しくねーよ。金詰まれてもお断りだ、お前みたいな貧相なの」
「ひ、ひどい」

自分で言ったくせに、玉野は更に涙目になってる。
一応こいつ女としてのプライドとかそう言ったものがあるのか。

「俺は優しいから、一回で許してやるよ」
「な、何がですか?」

びくびくと半泣きで震える玉野に、優しく笑いかけてやる。

「ひ!」

するとなぜか玉野は悲鳴を上げた。



***




「ふーん、これが噂のトンカツオムライス定食か」

そして、俺の前には今、ほかほかと湯気を立てるオムライスが鎮座ましましていた。
俺の顔以上はあるオムライスにたっぷりのデミグラスソース、そしてとんかつが一枚乗っている。

「は、800円もするメニューが、学食にあるんですね」
「自分で買う気はなれなかったんだよな。この狂気に満ちたメニュー」

誰が何を思ってこのメニューを考案したのかは本気で分からない。
一度は挑戦してみたいと思いながらも、500円が平均の学食の中で燦然と輝く800円メニューに躊躇していたのだ。
これはいい機会だった。

「………これって、カツアゲって言いません?トンカツだけに?」
「色々な意味で、なんか言ったか?」
「なんでもないです!」
「正当な労働の対価だろ」

助けてやったんだから感謝の気持ちを示すのは当然のことだ。
こいつがいなきゃ、俺はもっと楽に家に帰れたし、あいつの手なんて借りなくて済んだ。
その上四天サンと志藤さんに叱られることもなかった。
よし、やっぱり正当な労働の対価だ。
まあ、今はそんなことより目の前のオムライスだ。

「ふむ」

スプーンを取り、一口オムライスを掬い上げ口に入れる。
よく咀嚼して、飲み込む。

「………」

そして今度はスプーンでトンカツをスプーンで切り、口に運ぶ。
スプーンで切れるほど柔らかいとはな。

「ど、どうですか?」

今度はオムライスとトンカツを一緒に乗せて口に運ぶ。
無言で咀嚼する俺を、玉野がじっと見つめてくる。

「………舐めてた」
「え?」

口の中に広がるふわふわと柔らかい卵。
中見はケチャップライスではなく、バターライス。
薫り高いがしつこくなりすぎず、卵と苦みのあるデミグラスソースと見事に調和している。
それになんだ、トンカツとオムライスというのはこんなにも合うものなのか。

「意外にうまいじゃねーか………。卵は半熟ふわとろ。卵を3個は使ってる。中のバターライスもそうだが、学食レベルでこんなにバターと卵をふんだんに使っていいのか?それに市販のデミグラスソースかと思ったら、一手間加えてやがる。キノコと玉ねぎと、これはセロリも入ってるな。濃厚なウスターソースと赤ワインの風味が絡み合ってる。隠し味は、もしかして醤油か。他にも入ってるな。しっかり苦みがあるのに、ほんのり甘みも感じる。くっそ、分からない。こっちのカツも安い肉だけど、下ごしらえして柔らかく仕上げてある。ただのネタのデカ盛り系だと思ってたのに………、くっそ見縊ってた」

これは評判の伝説メニュー化するはずだ。
少々高いし量も量だし数量限定だからなかなか食べられないが、800円ではもったいない出来だ。

「………」

スプーンで何度もオムライスを掬う俺を、玉野がじっと見てくる。
違う、俺を見てるんじゃない。
俺のオムライスを見ている。

「なんだよ」
「いや、えっと、説明聞いてたらおいしそうだなあって」
「やらねーぞ」
「わ、分かってますよ」

ふいっと拗ねたように横を向く。
なんだ、そんなに食いたかったのか。
まあ仕方ない。
うまいものを食いたいのは、人間としての本能だ。

「しょうがねーな、ほら」

食べたいものを我慢するのは、苦しい。
それはよく知っている。
それにこいつは資本者だしな、ちょっとぐらいサービスしてもいい。

「え、いいんですか」

スプーンでカツとオムライスを救って差し出すと、玉野が目を見開く。

「一口な」
「ありがとうございます!」

玉野がおどおどとした引き攣ったものではなく、満面の笑顔を見せる。
こういう顔もできるだから、いつもすりゃいいのに。
そうすりゃ少しはいじめられなくなるんじゃないだろうか。

「じゃ、じゃあ、いただきます」

玉野が嬉しそうに俺の差し出したスプーンに食らいつく。
そしてしばらくもごもごとしてから、顔を輝かせる。

「あ、本当だ、おいしいです!」
「だろ」

やっぱりうまいものは正義だ。
腹がいっぱいになれば、満ち足りる。
このビビりもこんなにも笑顔だ。

「はい!あ、でも、あれ、これってもしかして間接キ………」
「二人でご飯食べてるの?」

玉野が何かもごもごと言っているときに、後ろから聞きなれた声が聞こえた。
振り向くと食事を食べに来たらしい水垣が立っていた。
いつもは取り巻きの男やら女を引き連れているのに一人だ。
ああ、あっちで見てるやつらがいるな。
あれがツレか。

「ん?玉野がメシおごってくれるっていうからさ。気になってた奴食ってた」
「お、おごるなんて言ってないです………」
「ああ!?」
「いえ、言いました!」

俺らの会話に、水垣が眉間に皺を寄せる。

「どこのチンピラだ、お前。完全にタカリだろ、それ」
「正当な労働の報酬だって」
「い、いいんです。お礼ですから」

素直にプルプルと首を横にふる玉野に、水垣は深くため息をついた。
そして、玉野の顔を覗き込んで微笑みかける。

「嫌なことは嫌って言いなよ。なんなら俺に言ってくれてもいいから」
「は、はひ!」
「噛んだぞ」

こいつは少しは落ち着いて話せないんだろうか。
まあ、いいや。
俺は今美味しいものにめぐり合って気分がいい。

「それより水垣、これ食ってみ。うまいぞ」
「ん?」
「絶対お前も好きな味」

さっきと同じようにスプーンでカツとオムライスを救い上げ差し出す。
水垣は苦手なものが入ってないか検分するように一瞥してから、口にした。
それからもごもごと咀嚼して頷く。

「あ、本当だ」
「だろ。舐めてたわ。後でおばちゃんにレシピ聞いてみよう。どうやったら再現できるかな」
「四天も好きそうだな」
「うん」

やや、ジャンクな風味もするこのオムライスは、子供舌の水垣と四天サンにも合うだろう。
聞いたら教えてくれるだろうか。
最近少し仲良くなってきたから、いけるんじゃないだろうか。
隠し味を出来れば知りたい。

「………」

気付けば玉野が俺と水垣をじっと見て泣きそうな顔をしてる。
今度はなんだ。

「なんだよ」
「いえ、私、今、すっごい目立ってるなあって………」
「へ?」

玉野はその泣きそうな顔のまま、視線を逸らして机を見つめた。
そして諦めたように呟いた。

「………もういいです」

相変わらず変なやつ。





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