「   」

薄茶の髪と薄茶の目をした、着物を着た小さなガキが笑っている。
楽しそうに、笑ってる。
小指を差し出し、何か話してる。
指切りげんまんを求めているようだ。

「   」

指を差し出し、指切りげんまんをする。
そうすると、薄茶色の髪と目をしたガキは、より一層楽しそうに笑った。



***




「えーと」

なんで、俺は目が覚めたんだ。
一回寝ると、ほとんど目が覚めないのに、なんで起きたんだろう。
そういえば、暑苦しい。
なんか、寝苦しい。
寝ぼけた頭で考えて、寝返りを打とうとする。

「ん?」

が、打てない。
後ろからなんか、押さえつけられている。
腹を抱き込んでいる腕がある。
この腕はなんか、見覚えがあるぞ。

「………水垣?」

首だけ後ろを振り向くと、そこにはやっぱり薄茶色の髪をもつ頭があった。
俺の肩に顔を埋め、俺に抱きついている。

「何してんだ、お前」
「眠れない」
「えーと」

眠れないってのと、俺のベッドに入ってきてる因果関係がよく分からない。
そういえば、この前の仕事の時にも一緒に寝たっけ。
それ以来別に寝ることなんてなかったのに。

「寝れないの?」
「ああ」
「暑いんだけど」

そう言うと、ピッと何か電子音がする。
これは、冷房を入れられたのか。
まあ、そうしたらしばらくしたら涼しくなるか。

「ま、いいか」

眠いし。
涼しくなるなら、このまま寝れるだろう。

「じゃあ、おやすみ」
「ああ、おやすみ、原田」
「んー………」

ああ、そういえばさっきの夢は、また水垣の夢だったのか。
近くで寝ると、夢まで見るのが、面倒だな。

ま、いいか。



***




6時15分にかけてある目覚ましが鳴る前に、今日もしっかりと起床。
あくびを一つして頭を掻きながら起き上がり伸びをして、隣を見る。
そこにはでかい男が一人、俺に寄り添うようにして寝ている。
いつもは大人っぽく見える整った顔は、寝ているせいかどこか幼く見える。
うっすら覚えている昨日見た夢の顔の面影が、ちょっとあるかもしれない。

「………そういや、昨日は四天サンがいなかったんだっけ」

確かあいつが、仕事とかなんとか言って志藤さんと出かけていた。
本当かどうか知らないが。
まあ、だから俺のところにきたのか。
面倒なやつ。
普段クールぶってるくせに、添い寝がないと寝れないってどんなガキだ。
今度まとめて、借りを返してもらわないといけないな。
何してもらおう。
これも考えておこう。
でもまあ、とりあえず今考えなきゃいけないことは一つだ。

「んー、今日は何を食べよう」

和食洋食中華。
和食ならおにぎりに味噌汁だろうか。
それとも卵焼きに鮭などの焼き魚などだろうか。
中華だったら粥か、冷凍してある中華まんでもいい。
そういえば洋食のレパートリーは広いが、和食はそれほどでもない気がする。
いや、たぶん違う。
俺がまだ和食をそれほど知らないせいだろう。
きっと和食の朝食も沢山あるはずだ。
それを知らずして、和食を語ることをしてはいけないだろう。
俺は、それを知らなければいけない。

「よし、次は和食の朝食を調べよう」

でも今日は、洋食にしておこう。
そういえば、作ってみたかったレシピがあったんだ。
よしそれを作ろう。

「おはよ」

ベッドサイドに置いてある家族の写真に挨拶をして、階下に降りて顔を洗う。
鏡にはよく見慣れた顔が、映っている。
吊目がちで、黒目が小さくて、睨みつけているように見えるとよく言われる。
別に特に人に喧嘩を売ってるつもりはないのだが、この顔のせいで絡まれることも多い。
生意気なチビとかよく言われるな。
せめて、もう少し背が高ければ別だっただろうか。
背が低いのは、結構不便で面倒くさい。
まあ、成長期だし、もう少し伸びる可能性もあるだろう。

顔を洗ったら、着替えてエプロンを身に着けて、準備を始める。
冷蔵庫の中には確か、材料は入っていたはずだ。
四天サンが面白がって買ってきた白いレースが沢山ついたエプロンは、あんまり機能性はない。
だが別に俺としては服が汚れなければ問題ない。
普通に身に着けていたらつまらなそうにしていたっけ。

「おはよう、原田」
「おはよ」

調理をはじめてしばらくして、水垣が降りてきた。
ダイニングテーブルについて、新聞を広げている。
おっさんか。

「今日は何作ってんだ」
「エッグベネディクトとかいう奴」
「へえ」
「お前知ってる?」
「聞いたこともない」
「俺も食ったことない」

この前どっかで、最近流行ってるとか聞いただけだ。
レシピしか知らないから、合ってるのかどうかも分からない。

「どういう料理なんだ?」
「イングリッシュマフィンに半熟卵乗っけて、オランデーズソースをかける料理だって」
「オランデーズソースって?」
「バターとレモン果汁と卵黄で作るソース」
「へー」
「一切分かってないだろ」
「うん」
「だよな」

俺もレシピ見るまで全然知らなかった。
しかしレシピを見るからに、おいしくない訳がないのが分かる。
ただ、ソースは繊細な温度管理が必要で、なかなか難しい。
卵黄が固まらないよう、熱くなく、けれど冷たくない温度を保ってかき混ぜる。
切ったイングリッシュマフィンにベーコンと半熟卵を乗せ、作り上げたオランデーズソースをかける。
先に作ってあったベビーリーフとトマトと枝豆をあえたサラダを添えたら出来上がりだ。
盛り付けは綺麗じゃないが、まあ、水垣はあんまり気にしない。
皿を持って、ダイニングテーブルに置く。

「出来たぞ!」
「うまそうだな」
「だろう!」

初めての料理に出会うわくわく感は、なにものにも代えがたい。
少しの戸惑いとためらい、そしてそれを大きく上回るときめき。
恋って、こういうものを言うのだろうか。

「いただきます!」
「じゃあ、いただきます」

ナイフとフォークを出しておいたが、中々食べづらい。
そのうち二人して手づかみで食べ始めた。
とろりとした半熟卵と、卵黄ベースのソースがイングリッシュマフィンと絡み合う。
卵とバターとパンの時点でまずいはずがないレシピだ。
ソースと卵がカリッと焼いたマフィンによく染みていてジューシーでおいしい。

「うまいけど、これであってるのかな」
「知らない」
「だよなあ」

結構うまいのだが、本当にこの味で合っているのかは分からない。
特にオランデーズソースは、これでいいのか。
カイエンペッパーとやらを使うらしいのだがなかったので黒こしょうだったし。
やっぱり一回ぐらいちゃんとした店で食べないと分からない。

「今度、四天サンと志藤さんにエッグベネディクト出す店連れてってもらおう」
「うん」
「うまいか?」
「美味しい」
「よし」

自分がうまいものを食うのが一番大事だが、人が自分の料理をうまいというのも気分がいい。
食事によって屈服させている気分になる。
やっぱり、俺の料理はうまいんだ、うん。
いや、料理に人生を捧げている料理人の皆さんにはそんなこと口が裂けても言えないけどな。
日々料理のことを考えて、鍛錬を重ねるあの人たちの努力と向上心は敬服するほかない。

「………その、悪かった」
「ん?」

そんなことを考えながら食べていると、ぼそりと水垣がつぶやくように言った。
なんのことか分からず首を傾げると、水垣は少し躊躇ってから言う。

「お前の、部屋に、訪れたこと」
「ああ」

寝苦しいっちゃ寝苦しかったな。
クーラーがつけてたから体冷えたし。

「まあ、別にいいけどさ」

でもまあ、眠れないっていうなら、少しくらい我慢してやらないでもない。
貸しもできることだしな。
寝てる時に隣に寝られるぐらい、若干キモいぐらいで特に被害はないし。

「ただ、寝てる間に来られると目が覚めて嫌だから、出来れば最初に来い」

水垣が、俺の言葉に、どこかほっとしたようにため息をつく。
それから少し苦笑する。

「お前寝るの早いだろ」
「まあな」

夜遅くまで起きていられないので、遅くでも11時までにはさっさと寝る。
こいつとか四天サンとか志藤さんはいつまでもだらだらと起きてるみたいだけどな。

「でも分かった。四天がいない時は、あらかじめお前の部屋に行く」
「いや、別に来なくていいけどさ」

積極的に一緒に寝たいわけじゃないんだが。
まあ、いいか。

「そういや、四天サンに会う前はどうしてたの、お前」

別に毎日一緒に寝てるわけじゃないようだが、俺にすら添い寝を頼んでくるぐらいだから結構重症なのだろう。
四天サンに引き取られる前は、どうしていたのだろう。
話を聞く限り、両親とは仲悪そうだったし。

「………その前は、そんなに眠れないこともなかった。でも、そうだな、眠れない時は、伯母が、話をしてくれた」

水垣が懐かしそうに、目を細める。
今まで見たことのない、優しげな表情。
こいつ、こんな顔も出来るんだな。
一緒に住み始めて1年ほどだが、ほとんど興味もなかったせいで、知らない顔がいっぱいある。

「伯母さん?」
「ああ、父の姉の伯母と、伯母さんが飼っていた猫が、よく話し相手になってくれた」
「え、猫が話し相手?寂しくねえ?」

思わず突っ込むと水垣が苦笑して肩を竦める。

「猫と言っても、使鬼だ。猫の姿をした、鬼」
「うーんと、この前志藤さんが使ってたキツネみたいなの?」
「ああ、ああいう奴だ。伯母の使役していた、猫の姿をした使鬼だ。伯母によく似て心優しく、穏やかだった」
「ふーん」
「あの二人が、よく相手をしてくれた」

今その二人はどうなったんだ、とか、両親はどんな奴だったんだ、とか。
色々気になることはあった。
でも、たぶんこいつが実家を捨ててきているってことは、あまり突っ込まない方がいいのだろう。
特に今は朝だし、そんな胃のもたれるような話は聞きたいものでもない。

「まあ、眠れないんだったら、隅っこで寝てるぐらいなら別にいいけど、貸しな」
「………ああ」

俺の言葉に、水垣は小さく笑った。
いけすかなくてムカつくイケメンだと思っていたが、少しは面白いやつなのかもしれないな。
すましてツンツンしているより、こうやって弱音を吐いてるほうが、だいぶマシだ。





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