少しは落ち着いたようだが、高橋はやっぱり不安げに顔を曇らせている。

「こ、これから私どうしたらいんだろう。怖い。どうしたらいい。ねえ」

縋りつく様に、水垣の腕を掴む。
さすがにかわいそうになるほどに震えて、顔は真っ青だ。

「どうしよう。どうしよう。どうしたらいいんだろう。怖い怖い」
「………落ち着いて」

水垣が頭を優しく撫でて、気持ちがいい声で繰り返す。
ああ、本当にこいつ、声と顔だけはいいよなあ。

「大丈夫だから、落ち着いて」
「う、うん」
「ね、大丈夫。まだ時間はある。俺たちが調べてるから」
「ほ、本当?本当に大丈夫?」
「大丈夫。安心してね」

にっこりと笑って頼もしく頷く水垣。
なんて頼れる男だ。
ノープランだけどな。

「う、うん」

涙目で、それでも健気に頷く高橋の手を、水垣がそっと握る。

「え」

驚いて目を瞬かせる高橋の手に、水垣が反対の手でポケットから何かを取り出し乗せる。
それから言い聞かせるように、ゆっくりとあの声で言う。

「これはお守り。肌身離さず、持っておいてね。これがあれば大丈夫だから」
「う、うん!」

お守りって、いつ作ったんだ。
確かにお守り袋みたいだけど。

「でも、何かあったらすぐ言ってね」
「分かった!ありがとう!」

高橋は何度も何度もこくこくと頷く。
そうしてると結構かわいいのにな。
中身は性悪のイジメ女だけど。

「水垣君って、行動までイケメンですねえ」

隣で見ていた玉野がなんだかうっとりとそんなことを言っている。
近づくと逃げるくせに。

「まあ、声と顔はいいな」
「声?」
「あいつの声、すごいいいだろ」
「ああ、確かに。通りがいい、綺麗な声ですよね」

まあ、声と顔だけは、認めてやらないでもない。



***




とりあえず放課後、高橋を家まで送リ届けて帰る。
特に帰り道はあいつは現れず、高橋はただ水垣と話せるのが嬉しそうだった。
俺の存在はほぼ無視だった。
やっぱ俺いなくていいじゃん。
ま、いいけど。

「お守りって効くんだな」
「効いたらすごい。あれ、中身ただの紙」
「は?」

意味が分からなくて隣を見ると、水垣が軽く肩を竦める。

「だって正体分からないと対処しようもないし、下手に追い払っても困るから、ただの気休めの紙。もうちょっと囮になってもらわないと困るし」
「お前ひどいやつだな」
「根本的解決するんだったら仕方ないだろ」
「囮にするっつっても、こんな放置でいいの?」
「縁にお願いして、使鬼をつけてる」
「ああ、なるほど」

志藤さんは鳥とか虫の鬼を手下として使っていたっけ。
家にいなかったのに、志藤さんも忙しいことだ。
あの人そのうち倒れるんじゃねーのかな。
一家の大黒柱の志藤さんが倒れても困る。
ここはたくさん食って、たくさん寝てもらわなければ。
うまくて栄養のあるものをたくさん作ろう。

「だからまあ、もうちょっと囮になってくれたら分かることもあるんじゃないかな」
「ま、いいけどさ。また怖い目にあったらお前のこと信じられなくなるんじゃねーの」
「その場合はそれでいいし。お守りで効かないぐらい強い力あるみたいとか適当に言っとけば信じるだろ」
「お前ひどいやつだな」

涼しい顔して、結構酷いこと言ってるな。
まあ、こいつこういうところ結構冷たいけど。
誰にでも優しい顔して、親切ぶっているが実は全然親切じゃなかったりするぞ。
みんな騙されてる。

「軽蔑する?」
「いや、別に」

意地悪そうに笑いながら聞いてくるが、首を横にふる。
こいつが酷いやつなのは確かだが、俺には被害がないし。

「俺は別にあの女がどうなろうと、どうでもいい」

性悪イジメ女だしな。
四天サンと志藤さんの命令だと思わなければ、助ける義理もない。
正直にそう答えるのに、水垣はとても不快そうな顔をした。
嫌悪感に満ちた、いつもの表情だ。

「なんでそんな顔すんだよ。お前が先に言ってんのに」

思わずつっこんでしまう。
自分からひどいこと言ってのに、俺が同意したら怒るってなんでだ。
なんて自分勝手なんだ。

「………どんな顔してた?」

自覚があんだかないんだか、水垣がすっと表情を消して聞いてくる。

「すっごく、俺がムカついて嫌いで仕方ないって顔」

水垣が、表情を変えないまま、小さく息を飲む。
それから目を伏せて、何かを考えるように黙り込む。

「………」
「おい、黙り込むなよ。別に嫌いでもいいからつっこめよ」

別にシリアスに喧嘩とかしたい訳じゃない。
ところどころムカつくけど、割といい所もある奴だ。
こいつが俺が嫌いでも、俺は割とこいつが嫌いではないかもしれない。
ムカつくけど。

「………嫌いなんてことは、ない」

しばらくして、水垣はぼそりと、それだけ言った。
ただ、こちらを見ない。

「いや、そんだけためると逆に深刻な感じだからやめろ」

本当に、こいつと揉めたい訳じゃない。
そんな面倒なことはしたくない。

「俺は別にお前が俺を嫌いでも、気にしないぞ。俺だってお前をムカつく奴だと思ってる!」
「………そうか。分かった」

水垣はやっぱりこちらをちらりと見ると、ため息交じりにそう言った。
いつもの水垣に戻ったかな。

「さっさと帰ろうぜ、腹減った」
「分かった。行こう」
「うん」

よし、戻ったぽいな。
好きでも嫌いでもどうでもいいが、一緒に住んでるのに面倒な揉め事はごめんだ。
今のところ、好きにメシが食える家は、あそこしかないんだから。
失いたくはない。



***




そしてまた朝が来る。
そしてやっぱり玉野が朝、家の前で待っていた。
毎朝毎朝ご苦労なこった。

「お前、朝、もういいんじゃねーの。苛める奴なんてもういねーだろ」
「まだわかりませんよ!原田君から離れた途端に逆襲に遭うかもしれないじゃないですか!私が完全に安全を確保するまで、私の盾になってください!」
「だから一言多い」
「痛い!」

とりあえず殴っておくが、やっぱり凝りねーんだろうな。
その口出したら、すげーいじめられるか、完全に人が遠ざかるかどっちかだろう。
試しに出してみればいいのに。

「あ、そうだ、玉野、今日の放課後予定ある?ないよな」
「だ、断定ですか」
「あんの?」
「………ないですけど」
「うん」

知ってた。

「つーか、お前塾とか行かないの?そんな頭よくないだろ」
「ひ、ひど!原田君に言われたくないです!赤点取ってましたよね!?」
「お前も超低空飛行じゃねーか」
「それでも赤点はありません!」
「玉野のくせに生意気だ」
「ご、剛田武ですか!」
「誰だそれ」
「ジャイアンの本名ですよ!」
「知らねーよ」

こいつ時折変な知識出してくるよな。
漫画好きなのか。

「二人とも、見ているこっちが哀しくなるからそろそろやめろ。後、原田。赤点の方がずっと悪い。期末は勉強しろ」

そんな言い合いをしていると、深い深いため息をつきながら水垣が割って入ってくる。
藪蛇だった。

「………分かってる」
「四天に怒られても知らないぞ」
「う」

確かに本当にそろそろ勉強しないとだめだ。
マジでメシを抜きにされる。
あいつはやる。
それくらいやる。
俺をしばりつけてニコニコ笑いながら目の前で牛丼食うぐらいはやる。
あ、牛丼食べたい。

「水垣君!」

校門の近くまで近づくと、女の声が水垣呼んだ。

「ひっ」

玉野が慌てて俺の後ろに隠れる。
そして水垣が、近づいてくる女、高橋に笑いかける。

「おはよう、高橋さん。昨日はどうだった?大丈夫?」

興奮した様子で高橋は上気した顔で何度も頷く。
はにかむように笑う姿は、とても性悪女には見えない。

「うん!昨日は何もなかったの!水垣君のおかげだね!ありがとう!」
「………そっか。よかった。また後で話聞かせてね。俺たち今から職員室行くから。教室で」
「うん!本当にありがとね!」

高橋はそれだけ言うと、にこにこと笑いながら教室に向かっていった。
残された俺は隣の水垣を見上げる。

「………おい、効いてんぞ、あのお守り」
「みたいだな」

みたいだなってなんだそりゃ。
本当はちゃんとしたお守りを渡したのだろうか。
水垣は黙って少し何かを考えているようだ。

「ねえ、玉野さん」
「ひ、は、はい!」

それから、不意に俺の後ろにいる玉野に話しかける。
玉野は裏返った声で返事をする。

「昨日見たあのお化け。どう思った?」
「え、怖かったです」
「うん。そのほかの印象は?」
「えっと、うーんと」

うんうんと唸りながら、なにやら考え込んでいる。
そして、しばらくして答えた。

「ベタな幽霊です」
「見たまんまじゃねーか」
「き、聞かれたから言ったのに!」

あんだけ考えて、出てきた答えはそれか。
がっかりだ。
こいつにはがっかりだ。

「本当にベタだよね」

水垣も苦笑して、肩を竦めた。





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