うるさい教室を逃げ出す様に後にして、下駄箱に向かう。
どいつもこいつも、他人のことでよくあんな騒げるもんだ。
よほど暇なんだな。
もっと人生、時間をかけるべき大切なことがあるだろうに。
例えばおいしいメシとか、おいしいお菓子とか、おいしい飲み物とか。

「遅かったな」
「お、遅いです!後少しで逃げだすところでしたよ!」

下駄箱の前には水垣と、そこから距離をとって隅っこでびくびくしている玉野が待っていた。
玉野はよくここまで二人きりで持ったな。
つーかこの二人、二人きりで何話すんだろ。

「悪い、絡まれてた」
「は?」

靴に履き替え、歩きながらさっきまでの経緯を話す。
職員室の帰りに高橋に会って、陰口大会を盗み聞きして、きーきーうるさいやつらに絡まれていた。

「………高橋さん、それで、帰ったのか」
「うん、帰っちゃった。まずかったか?」
「いや、たぶんまだ大丈夫だと思う」
「本当に?」
「ああ」

本当かよ。
まあ、どっちでもいいけど。

「二人とも、高橋さんが、バレーボール部やめようとしてる話知ってるだろ」
「知らない」
「し、知らないです」
「………悪かった。お前らに聞いた俺が悪かった」

とうとう玉野といっしょくたにされた。
しかし確かにぼっち同盟だから、クラスの噂なんて勿論知らない。

「まあ、やめようとしてるんだ。うちバレーボール部結構強い、と言ってもたまに県大会でたまに上位にいけるとか、そういう感じだけど。まあ、うちの学校の中では結構強い。高橋さんはそこで結構期待されてたらしい」
「へー、あいつバレーボール部なんだ」
「似合いそうです!」
「………うん」

水垣は少し疲れたようにため息をついて頷いた。
仕方ねーだろ。
そんなの興味ない。

「でも冬頃に怪我して、練習出られなくなっていたらしい。復活しても調子が上がらなくて、どんどん周りの人間に追い抜かされて、最近もう、休みがちだったらしい」
「へー」
「少し生活態度も悪くなってて、一緒にいる人間も部活の人間から別の奴らに変わっていった。お前と玉野さんをあの家に呼び出したのも、その流れだ」
「分かりやすい転落方法だなー」
「漫画でよくあるパターンですね!でも、そこで、自暴自棄になったヒロインを救うかっこいいヒーローが現れるんです!トキメキますね!」
「ほんとに分かりやすいなー」

水垣が今度は深く深くため息をついた。

「………お前らと話してると、なんかすべてがどうでもよく感じてくるな」
「へ?」
「へ?」
「なんでもない」

水垣は三度目のため息をつくと、先を続ける。

「それで、この前、バレー部の顧問に呼び出されて、来る気がないならやめろって言われたらしい」
「なるほど。やる気ないならいいんじゃねーの」
「まあ、そう割り切れたらいいんだけどな。そうもいかないだろ」

やりたくないならやらなきゃいい。
やめたくないなら練習に出ればいい。
それだけの話じゃないのだろうか。

「それで、それがどうかしたのか?」
「少しはお前も考えてみろ」
「俺が考えて答えが出るとは思わない」
「………まあ、いい。後で話す」

そう言って、水垣は話を一度切る。
それから俺を見下ろし、眉を吊り上げ渋い顔を作る。

「それにしても、お前はどうしてそう敵を作るんだ。教室にいた奴らにそんな喧嘩をふっかける必要はなかっただろ」
「別に敵を作る気はないんだけど」
「作る気なくてその態度だったら、よりタチが悪い。悪気がないのにその態度ってことは、何が悪いってことが分からないんだからな」
「いや、怒るかもってことは分かるから何が悪いってことは多分分かってる。多分な。でも、それによって敵を作ろうがどうでもいい。ただ、積極的に敵を作る気はない」
「………最高にタチが悪い」
「俺は自分から喧嘩売ることはないぞ。あっちからつっかかってこない限り、最高に無害なやつだと思う」

水垣は忌々しそうに顔を歪めた。
そんな嫌そうな顔をしなくてもいいだろう。
怒るかもなーって思うこともあるが、だいたい相手の方が態度悪いことが多いと思う。

「相手が言ったからってそれをやり返していると、そのうち痛い目に遭うぞ」
「黙ってる方が痛い」
「………」

水垣がまた軽くため息をつく。
なんだその態度、ムカつくな。

「敵を作っても、別にまだ害がないしなあ。高橋もそうだけど、そんなに敵作るっていうか、嫌われるのが怖いもんかね」

自分の文句を言う奴なんて、文句を言い返して切り捨てればいいのに、高橋は泣いていた。
傷ついていた。
自分が嫌いやつ、自分のことを嫌いなやつ、そんな奴と付き合うだけ無駄な時間じゃないだろうか。
まあ、社会に出たら嫌いなやつともうまくやらなきゃいけないんだっけ。
別に俺は、自分からほんと喧嘩ふっかけることはないんだけどな。

「………人から嫌われるの、怖いです。集団から、外れるって、怖いものです」

そこで黙っていた玉野が、ぼそりとつぶやく。

「お前基本ぼっちじゃねーか、外れまくりじゃねーか」
「う、そ、そうですけど」
「しかもお前、別にぼっちでも全然堪えてねーだろ」
「こ、堪えてますよ!」
「どの辺が」

玉野は顔を赤くして、珍しく目を逸らさずに俺を見上げてくる。
そして、拳を握って、必死に訴えてくる。

「えっと、たとえば自分が、ぼっちなことで、家族が責められるの、辛いですよ。家族が庇ってくれるのも、申し訳ないです」
「家族?」
「はい、私が、集団に馴染めないせいで、お父さんとかお母さんが、先生に注意されたり、私が気持ち悪いせいで、お姉ちゃんがあの玉野の姉、みたいな目で見られたり。それでもみんな気にしないって言って、私を守ってくれるんです。庇ってくれるんです」

玉野はくしゃりと悲しそうに眉を下げる。
今までそういうことがあったのだろうか。
だから、こちらに引っ越してきたのか。

「大事な人が、攻撃されるのは、怖いです。哀しいです。嫌です。私は、自分なら、まだ、いいんですけど」
「へー、なるほど」
「へーって、原田君はどうなんですか!」

参考にはなったが実感は沸かない。
つい気のない返事をしてしまうと、玉野は怒ったように頬を膨らませる。

「いや、大事な人間がいないし」

玉野が言うことはなんとなくわかった気がする。
嫌われるのが怖いっていうのは、そういう理由もあるんだな。
しかし、そんなこと言われても、なんの実感も沸かない。
俺が人から嫌われて、困る人間もいない。
そして俺が人から嫌われることで迷惑をかけて、申し訳ないとか哀しいとか思うような人間もいない。

「死んじまった家族に対する感情もないし、感情があったとしても、もういないしな。それに、今は大事な人間がいないし、迷惑かけるから嫌だとか分からない。自分が攻撃されたらやり返せばいいだけだし」
「え、えっと、うわ、えっと、ごめんなさい。でも、えっと、水垣君とか、四天さんとか、えっと、ほら、志藤さんとか」
「水垣と四天サンは別に大事じゃないし、志藤さんはまあ、好きだけど、俺が何しようと被害は受けないだろうし」

あの人が誰かに攻撃されるというのも想像つかない。
それでいえば水垣も四天サンも、俺のせいで注意されるとかいじめられて困るとか想像がつかない。
そんなことをする奴らを笑顔で返り討ちにしそうだ。
俺を助けようとする気もないだろうし。

「………ご、ごめんなさい。でもえっと、ほら、ほ、ほら、料理は大事じゃないですか!料理を食べる機会を失うとしたらどうですか」
「………絶望だ」
「ほら!」

ああ、それは分かる。
料理を失うと思ったら、何にも変わる絶望だ。
でも、ちょっと例えには相応しくない。
俺が人に嫌われても、食事にはなんら関係ない。

「でも、別に嫌われようがなんだろうがメシは食うし」
「た、確かに」
「まあ、なんとなく、分かる気がした。ぼっちは怖いものなんだな。参考にはなったけど、やっぱ理解はできない」

玉野が視線を下に戻し、唇をきゅっと噛む。

「原田君は、強いですね」
「そうなの?」
「はい。強いです。一人でも、私と違って、強いです。怖いものありません」

メシ抜きとか、ずっとカップラーメンだけ食うとか、また施設に戻って空腹抱えるとかは想像すると怖いけどな。

「でも、なんか、怖いものがないって、寂しいです」
「うーん?」
「嫌われたら、哀しくないですか、いなくなったら、嫌な人、いませんか。自分の居場所、なくなったら、怖くないですか」

玉野はそこまで言って、ゆるりと首を横にふった。
ぎこちなく笑って頭を下げる。

「ごめんなさい、変なこと言いました。すいません」
「うーん」

玉野のくせに中々難しいことを言う。
でもたぶん、玉野の言うとおり、嫌われて哀しい、この人がいなくなったら嫌だ、自分の居場所を失いたくない。
そういうのを感じるのが、普通なのだろう。

「まあ、そうか」

人は、守るものがあるから強くなれるとか弱くなれるとか、よく漫画で言ってるな。
やっぱり俺には、分からないけど。

「料理以外、何がなくなっても怖くないし、たぶん誰が死んでも哀しくない。居場所は、まあ、確かに四天サンの家から追い出されたらメシが食えなくなるから困る」
「………」
「だから、家にはいたい。でも、メシが食えるなら、どこでもいい」

自分の好きに料理を作っていい場所だったら、ここでなくても構わないだろう。
そう考えるとちょっと悔しい気もするな。
他の奴らは、そういう大事なもん、あるんだもんな。

「俺はやっぱり怖いもの、ないな」

ただ、何も持たないから、何も怖くないのかもしれない。
そうか、よく考えると俺の中は、何もないんだな。
食べることへの執着以外、大切なものは何もない。
空っぽだ。

「………ま、いいか」

でも、必要だとは思わないし、そんな哀しいとも思わない。
食べることが出来ればそれでいい。
不便はない。

ただちょっと、寂しいかとは、思う。



***




今日は四天サンと志藤さんがいなかったため、三人での食事となった。
玉野に手伝わせて作った横文字の料理を水垣に並べさせると、見た目もなんだか華やかになった。
こういう配膳のセンスはやっぱり水垣とか志藤さんの方がいいな。
俺もこの辺少しは精進しなければいけないかもしれない。

「かっこいいです!おしゃれです!」
「かっこいいだろう」
「はい!でぃっぷって、おいしいです!このパンにつけるとおいしいです!ね、水垣君」
「うん。アボカドがちょっと歯ごたえ残ってるのがいい」
「アボカドにはエビが定番だけど、カニもいけるな」
「はい!あひーじょってのもおいしいです!パンが一つ全部いけてしまいそうです!」
「俺もアヒージョ好きだな。この前のタコのもうまかった」
「こいつはほんと材料さえ選べば失敗のない優秀なやつだ」

オリーブオイルをちょっといいもの使うと、美味しさが段違いだ。
キノコとエビで失敗があるはずがない。
シーフードの味が染み出た油ごといっそ飲み干したい。

「それでそれでクスクスって、不思議です!」
「確かに。食感が面白い」
「はい!」

思ったより粉っぽいが、プチプチして面白い。
だが、悪くはない。
今度はスープに入れてみるか。

「うん、クスクス、面白いな。今度色々試してみよう」
「お願いします!」
「お前に食わせるとは言ってねーよ」
「ひ、ひどい!」
「まあ、荷物持ちを手伝うなら食わせてやらないでもない」
「はい!いくらでも付き合います!」

こいつもこいつでチョロいな。
いや、違うな。
俺の料理にそれだけ魅力があるってことだな。
だが、ここで天狗にならずに、日々進歩しなければいけない。
俺なんてまだまだだ。
足を止めたら、そこで俺の成長はなくなってしまう。

「おばあちゃんにも食べさせてあげたいです」

玉野はニコニコと笑いながら、何枚目かのパンを口いっぱいに頬張る。
ハムスターか、こいつは。

「そういやお前、ばあちゃんと住んでんだろ。こんなに夕メシ出かけてていいの?」
「あ、はい。おばあちゃん、私が友達のところ行くの喜んでます」
「ああ、お前ぼっちだもんな」
「う」

そりゃ友達がいるっつったら、喜ぶに違いない。
ぼっちで転校したくらいの奴だからな。

「そ、それと、柊弥ちゃんがいるので平気です」
「とーやちゃん?」
「あ、私の叔父さんです。お母さんとは年が15離れてるから、私の方が年近くて、若いんです。おばあちゃんと一緒に住んでるんです。だからおばあちゃん別に私いなくても平気です」
「なるほど」

玉野はそこまで聞いてないのに丁寧に答えてくれる。
とーやちゃんか。
どんな奴だろ。
玉野に似ているのだろうか。
そんな男は近づきたくないな。

「なんか、すごくうまいんだけど、物足りないな」

水垣がパンをちぎりながら、ぼそりと言う。
条件反射で俺のメシに文句があるのかと怒鳴りそうになるが、その内容は理解できたので頷く。

「あー、うん、分かる」

パンを食べてるので腹は満たされてるはずなのだが、なんか少し食べた気がしない。

「仕方ねーな。なんか簡単にがっつりくるもの作るかな」
「え、私、お腹いっぱいですよ」
「やっぱパンが主食だと腹が膨れねーんだよな。クスクスはパスタだって言うから腹にたまるかと思ったんだが、なんかもうちょいほしいよな」
「うん。頼む」

水垣もこう見えて、がっつり食べる奴だ。
簡単にチャーハンでも作ろうかな。

「誰が来た」

椅子を立ち上がりかけると、水垣が不意に顔をあげる。

「へ?」

なんのことかと振り返ると、その瞬間チャイムの音が響いた。

ピンポーン。

本当に誰か来た。
水垣とか四天サンとか、なんかこういうこと出来るんだよな。
なんの手品かとたまに思う。
これも力の一種なのだろうか。

「お前、セコムみたいだよな」
「そりゃどーも」

水垣が立ち上がり、インターフォンの方に向かう。

「高橋さん、かな」

そして、カメラを一瞥してから、マイクを作動する。

「高橋さん?どうしたの」
『開けて、開けて開けて開けて!』

そしてマイクから切羽詰まった、泣き声が響いてくる。
水垣の後ろからカメラを覗き込むと、泣いて顔をくしゃくしゃにした高橋が映っている。
いつものお団子もぼさぼさになって、乱れている。

「あいつ、大丈夫か」
「うん」

水垣がマイクを切って、玄関に向かう。
そしてしばらくして、高橋を連れ立ってリビングに連れてきた。

「ひ、ひぅ、み、みずがきくん」

高橋は涙やら、おそらく鼻水やらで顔をぐしゃぐしゃにして水垣にしがみついている。
水垣は汚いと言って振り払うこともせずに、背中を撫でてやっている。

「どうしたの?大丈夫?」
「た、助けて。も、もう、怖くて怖くて怖くて」
「うん。大丈夫。大丈夫だよ」
「こわく、て」
「うん」

水垣が辛抱づよく頭を撫で、微笑んで頷いている。
偉いなあ、こいつ。
時々本当に尊敬する。

「怖い、よ」

しばらくしてようやく落ち着いてきたのか、高橋が鼻を啜って息をつく。
化粧が落ちたのか目元が真っ黒だ。

「なにが、あったの?」
「あいつが、ずっと、ついてくるの。ずっとずっと、ついてくるの」

子供に言い聞かせるような優しい声に、高橋がつっかえつっかえ答える。

「もう、私、どうしたらいい。あいつの顔、もう見えちゃうよ」
「落ち着いて、高橋さん。落ち着いて」
「で、でも、だって」

水垣がそこで俺の方を振り向く。

「原田、なんかあったかいもの入れてきて」
「へいへい」
「落ちついて、ね、高橋さん」

席を立ってキッチンに向かおうとすると、高橋がばっと顔を上げる。

「あ、あんた、なんで、いるのよ!」

そして俺の方を睨みつける。
ていうか今まで気が付いてなかったのか。

「あ、あんたも、なんで、ここにいんのよ!なんで水垣君と一緒にいるのよ!」

そして次にテーブルに座ってびくびくしていた玉野を指さす。
それも気づいてなかったのか。

「なんでって言われても、ここに住んでるし」
「えっと、夕ご飯をご馳走になるため、でしょうか」

俺と玉野が答えると、高橋は一気に顔を赤くした。
水垣の腕から逃れて、拳を握って、般若の顔になる。
怖いな。

「あんたたち、どうしてそうやって、私を馬鹿にすんのよ!わ、私はあんたたちの仲間なんかじゃないんだから!あんたたちと私は、違うんだから!水垣君とあんたたちは違うんだから!近寄らないでよ!あんたたちと一緒にしないでよ!」

何言ってんだ、こいつ。

「あんたたちみたいな、嫌われものと一緒にしないでよ!私は、嫌われてなんか、ないんだから!わたしは、違うんだから!」

高橋がそう叫んだとたん、視界の端、リビングと玄関をつなぐ廊下の扉に、あのバケモノが出た。
ボサボサの長い髪、白いワンピースの若い女。

「あ」

全員でそちらを振り向いた時には、やはりあいつはもういない。

「な、なんか今いましたよ!あのお姉さん、またいましたよ!」
「きゃあああ!」

玉野があたふたと玄関を指さして慌てている。
高橋が叫んでしゃがみこみ、頭を抱える。

「………水垣」
「ああ」

水垣もドアの方を凝視している。
同じことを、思ったのだろうか。

「なんであいつここに入れんの」





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