本当に気配なく、あいつは入り込んでいた。

「ここに、あんなのが、入れるはずがないのに」
「うん」

あいつからはそんな強い力は感じなかった。
そこに現れるまでまで、変な匂いもしなかった。
本当に唐突に、そこに現れた。

「え、え、え」

玉野が不思議そうな顔で俺と水垣をきょろきょろと見ている。

「ここは、志藤さんがかなり強い結界張ってる。変なのは入ってこれない。仮に入ろうとしても、水垣が気づく」

俺にはよく分からないが、ここに入ってくる変なものには水垣と志藤さんと四天サンはすぐ気づく。
どうやら張ってある結界とやらに何かがひっかかるのが分かるらしい。
普通の人間やら、志藤さんの使ってる小さなバケモノなんかは大丈夫みたいだけど。

「害意のあるものをはじくようになっている。入れるのは、中の人間が許可したものだけだ」
「えっと、じゃあ、誰かが、さっきの女の人、許可したんですか?」

玉野がやっぱり不思議そうに首を傾げて、瞬きしている。
水垣はゆるりと首を横に振る。

「俺は許可してない」
「結界が破られたわけじゃないよな。無理矢理突破してきたとか」

それならさすがに俺だって気づきそうだ。
水垣はもう一度首を横に振る。

「ない」

玉野がまた首をひねって、うんうんとうなる。

「うーんと、えっと、水垣君と原田君は許可してなくて、結界を突破されてるわけじゃなくて、えっとじゃあ、なんでしょう。いきなり発生した?何かから生えた?えっと、私か高橋さんが許可した?でも私許可してないですよ?」
「そういうことだね」
「え」

水垣でも玉野でも勿論俺でもなく、突破された訳でもない。
何かから、誰かから唐突に生えた。
消去法で、答えは一つしかない。

「つまりアレだ。原因お前だ高橋」
「え」

泣きながら蹲っていた高橋が、赤くなった顔をあげ、呆けた顔でこちらを見る。
顔が黒くて赤くて面白いことになっている。

「あの黒髪白ワンピは、お前から出てきてんの」
「え、え?」
「てことでいい?」
「………たぶんね」

隣の水垣に聞くと、水垣も静かに頷き肯定した。
高橋はさっきの玉野みたいにきょろきょろと水垣と俺を見る。

「な、何言って、何言ってるの?」
「高橋さん、アレが見え始めたのっていつ頃?」
「え」

水垣が屈みこみ、高橋の顔を覗き込む。
そして優しい顔で、優しい声で、問う。

「アレは、いつ頃から、高橋さんの前に出てきた?」

高橋は水垣の声に、少しだけ落ち着きを取り戻す。
声を震わせ、何度もしゃくりあげながら、なんとか答えようとする。

「えっと、あれは、あんたたちと、あの幽霊屋敷、行った後、だったから、二週間とちょっと前ぐらい」

行ったつーか、連行されて置き去りにされた、だけどな。
ま、いいけど。

「その頃に、何か、なかった?例えば、部活とかで」
「………っ」

高橋は、部活、のところであからさまに驚きと恐怖を顔に浮かべる。
あ、なんだっけ、水垣が言ってたな。
えーと、そうだそうだ、部活で落ちこぼれて追い出されそうなんだっけ。

「あれはね、あの女の幽霊は、たぶん、高橋さんが作り出してるんだ」
「え、な、何、何言ってんの」
「勿論、大本の原因は別なんだけど、あれは、高橋さんが、怖い、嫌だと思う気持ちを利用して、形を作ってる」

ああ、だからあんなベタな女幽霊型なのか。
高橋は想像力が貧困だな。
もっとこうドロドロのクリーチャーとか作って見せろよ。

「高橋さんのストレスを利用して、どんどん力をつける。あんなところで見えたらどうしよう、そこにいたらどうしよう、顔が見えたらどうなるんだろう。そういう想像が形になる」
「………」
「あれは、高橋さんの、恐怖の形なんだよ」

高橋は、水垣の説明に、けれど途方に暮れたような顔で、首を横に振る。

「何、言って、何言ってるか分からない、分からないよ」
「怖くないよ。大丈夫。高橋さんが怖くないと思えば、あれは、いなくなる」
「な、な、んで、何言って、わかんない、わかんないよ」
「高橋さんが、あんなの怖くなって思って、気を強く持てば平気」

水垣の優しく優しく子供を諭すような言葉に、しかしやっぱり高橋はぶんぶんと首を横に振る。
癇癪を起した子供のように頭を泣きながら、わめく。

「分かんない!分かんない!分かんない!」
「高橋さん」
「分かんない!私、悪くない!」

すると今度は、部屋の中にあいつが現れた。
鼻につく、嫌な匂い。
今度は、黒いボサボサの長い髪と、血の気のない真っ白な肌が、はっきりと見えた。
高橋のすぐそばに立ち、見下ろしている。
長い髪の隙間から、もう口元が見えている。
もう顔全部が見えるまで、ほんの少しだ。

「きゃあああ!!」
「ひぃっ」

高橋が叫んで、頭を抱えて、蹲る。
玉野が俺の腕にしがみついてくる。

「ああ、うるせえ」

そして黒髪ワンピは、やはり嫌な匂いを残して一瞬で消えた。
ああ、臭い。
せっかくの料理の匂いが台無しだ。
そういや、今はまだ食事中だった。
人のメシの時間を邪魔しやがって。

「おい、いい加減にしろよ。人んちに変なもん出すんじゃねーよ」
「な、なに」

高橋の前に座り込み、どろどろのほっぺたを掴み、持ち上げる。
真っ赤な目に、真っ赤な頬に、化粧がおちて黒い筋が描かれている。
そしておどおどとしたその態度に、思いきり顔を叩きたくなってくる。

「何が怖いんだよ。何が嫌なんだよ。何がしたいんだよ」
「な、なんで、なんで、私責められるの。なんで、私、怖いのに、怖いのに。私、私悪くないのに。どうして、私ばっかり。私、悪くないのに」

お前が悪いんだよ、ふざけんなと言う前に、水垣もそっと高橋の横に座り込む。
落ち着かせるように背中を撫でて、顔を覗き込む。

「………高橋さん、自分を責めたいの?嫌いになったの?」
「え」
「あいつは、人を攻撃しようとしない。高橋さんをただ、追い詰める。高橋さんは、消えてなくなりたいとか、思ってしまってる?あいつの顔が見たら、死んじゃうかも、何か起こるかも。何か起きてほしい、消えてしまいたい、自分なんて、いなくなってしまいたい」

高橋はただ呆けたように、水垣を見上げている。
水垣はただただ穏やかに、ゆったりと背中を撫で、問いかける。

「多分、そう思ってるから、あいつは近づいてくる。顔を上げようとする。君がそれをどこかで望んでいるから」
「で、でも、でも、私そんなこと、思ってない」
「あれは、君だよ、高橋さん。高橋さんが、怖いと思うことを、望むことを叶えようとする」
「違う、違う違う違う!」

高橋がヒステリックに叫ぶ。
それと同時に、パリ、ンと音を立てて、いきなりリビングの電気が割れて、ガラスが降ってくる。
明かりが消え、暗闇の中に白いワンピースの女が一瞬だけ浮かび上がる。

「きゃあ!」
「っと。いって!」

しがみつく玉野を引き寄せ、腕でなんとか頭と顔を庇う
腕に破片がいくつか刺さって痛い。
くっそ、長袖着とけばよかった。

「おい、家に被害出るんだけど」

幸いキッチンの電気は無事だったから、まだそこから明かりが漏れてぼんやりと明るい。
目は効くが、誰が掃除して、誰が蛍光灯代えると思ってんだ、

「高橋さん、落ち着いて」
「違うったら!!!違う!私悪くない!いや、あんたたちなんて、大嫌い!」

高橋が叫んだ瞬間、いきなり腕に痛みが走った。

「って、なに、うわ!」
「原田!?」
「なんか、腕掴まれたぞ」

怪我した腕をわざわざ掴みやがった、あいつ。
冷たい手が、爪を立てて抉った。
くっそ。
何が、人に害を与えないだ。
めっちゃ害が出てるぞ。

「きゃあ!私もです!掴まれました!」
「きゃあとか玉野らしくない声あげてんじゃねーよ。暴れんなよ。動くなよ。ガラス踏む」
「は、はい!原田君掴んどきます!」

こっちはこっちでうざい。

「いや、私悪くない!知らない!いや、いやいや!」
「ぐ………っ」

今度は首を、後ろから、ひやりとした手が締め付ける。
喉笛を締め上げられ、呼吸が止まる。

「ざっけん、な!」

咄嗟に作り上げた力で、その腕を振り払う。
手ごたえはない。

「ぐ、く、ううぐっ」
「原田君!!な、なんですか、これ、と、とれないです!原田くん!」

しがみついてる玉野が、俺の喉元に手を伸ばし、おそらく指を外そうとしている。
けれど、締め付けは消えない。
苦しい。

「………はあ」

水垣がため息をついたと思うと、立ち上がる。
そして、静かに、あの綺麗な声で、なんかの呪文を唱える。

「………きわめてきたなきはわがうちにとどこおり、わがそとはせいじょうともうす。われはみづがき、われはたまがき、わがそとにきたなきはあらじ」

急に、ふっと締め付けが消える。

「かはっ」

放り出されて、床に手をつく。

「けほっ、けほ、けほけほ!」

たまった涎を吐き出して、呼吸を繰り返し、酸素を脳に送り込む。
苦しい。
苦しい。

「くっ、つ」

それと同時に、水垣がうめいて、その場に座り込む。
喉を抑えて、苦しそうにしている。
あいつ、か。

「水垣!?」
「くっ」
「おい!」

顔をあげると、白いワンピースの女が水垣の後ろから喉を締め付けている。
もう隠れる気もねーじゃねーか。
ああ、もう、ふっざけんな。
ふざけんな。

「おい!何してんだ、てめー!」

水垣に近寄り、その白く細い指を剥がそうとする。
けれど、指には手ごたえがなく、折れるほどに力をいれても外れない。
水垣は顔を苦痛にゆがめて、うめく。

「おい、てめー、さっさとそんなの振り払え!」
「………うる、さい」

ぐっと顔を歪めて笑ったかと思うと、水垣が何かの呪文を唱える。

「てんしょうじょう、ちしょうじょう、ないげしょうじょう、ろっこん、しょうじょう、と、はらいたまう」

するとまたすっと、黒髪ワンピ女が消える。

「けほっ、げほっ」

ああ、もう、ふっざけんな。
本当にふざけんな。

「おい、高橋。お前死にたいなら勝手に一人で死ね」
「え、え、え」

未だに座り込み、慌てた様子で呆然と水垣を見ていた高橋を見下ろす。

「人に迷惑かけんな、邪魔、何したいんだかしんねーけど、俺たちを巻き込むな。出てけ」
「な、な、何いって、何いってんのよ!」
「お前が入ってきたからあのバケモノは入ってきたんだよ。お前がいなくなったら消える」

人のテリトリーにずかずか入り込みやがって。
俺の食事の時間を台無しにしやがって。
ガラスまみれになった俺のメシに謝りやがれ。

「俺のうちを汚すな。お前邪魔、本当に邪魔」
「ひ、ひどい、ひどい!なんでみんなそんなこと言うのよ!監督も、あいつらも、なんで、私ばっかり、なんで私だけ!」
「知らねーよ。その腐った根性のせいだろ」
「うるっさい!うるさいうるさいうるさい!私悪くない!悪くない悪くない!」

きーきーきーきーうるせーな。

「お前が悪くないならいいじゃねーか。でもなんでそんな悪くないって言い続けてんだよ。なんでそんな焦ってんだよ。悪いと思ってるから言い訳して焦ってんじゃねーの?」
「ち、ちが、違う」

高橋の青くなった顔が、興奮して赤くなっていく。
もうすでにお団子はぼさぼさだ。
顔は真っ黒でぐちゃぐちゃだ。

「違う違う違う」

あんまり興奮させると、またあいつが出てくるんだろうか。
ああ、でももうどうでもいい。
今度出てきたら、噛みついてやる。

「お前はなんで、そんな人に八つ当たりしてる訳。いじめまして何がしたいんだよ。えーと、部活だっけ?それで落ちこぼれてイラついてんだっけ?」
「違う!うるさい!違うってば!」
「そんなんで人に迷惑かけてんじゃねーよ。知るかよ。自分で解決しろよ。やめたいならやめろ。落ちこぼれても頑張りたいなら頑張れ」
「………っ」
「誰もお前の悩みなんで分からねーし、人いじめてる暇あんだったら、その分部活諦めて勉強するなり、部活に戻って努力なりなんなりしろよ。この暇人。グレるにしても、人に迷惑をかけるのやめろ」

あ、でも、人に迷惑をかけるからこそ、グレるっつーのか。
じゃあ、それは違うな。

「人に迷惑をかけてもいい。俺と、俺の周囲に、迷惑をかけるのは、やめろ」

水垣やら玉野に迷惑がかかると、俺に周りまわって迷惑がかかる。
たったいま、絶賛迷惑かかっている。

「俺に迷惑をかけるのはやめろ。頼る友達がいないなら、落ち込むなら一人で落ちこめ。死ぬなら一人でさっさと死ね。それができないなら、さっさと立ち直れ。どっちがいい」
「な、そ、そんな」
「死ね。じゃなきゃさっさとジボージキだっけ?になるのやめろ」

高橋はボロボロとまた泣き出す。
そして、震えてしゃくりあげながら、俺を睨みつけてくる。

「わ、私は、私は、あんたなんて嫌い!」
「おう、望む所だ。俺もお前が大嫌いだ」
「監督も嫌い、みんなも嫌い!」
「本人に言え」
「言えないよ!!言えない!」
「なんでだよ」
「だって、嫌われちゃう!私、がっかりされたくない!みんなが、がっかりしてるのみたくない!そんなところで、ぐじぐじいって、余計に呆れられたくない!嫌われたくない!怖い!怖いよ!」
「今、俺らにめっちゃその嫌われる発言してんじゃねーか。つーかいじめしたり突っかかったりする方が余計に嫌われんだろ」

どうして、その気遣いを俺らに向けない。
そのカントクやらみんなとやらに全部ぶちまけてこいよ。

「だ、だって、だって」
「だってじゃねーよ。もうこれ以上がっかりされるもなにもねーよ」
「嫌われるの、怖いよ!呆れられるの、怖いよ!わたし、わたし、あんたたちいじめたりしてないもん!あの子たちが連れてこいっていうから!いうから!連れていっただけだし!私、だから、その後のいじめには、関わってないし!私、悪くない!」

そういや、あの屋敷以降、あの集団にこいつはいなかったな。
一応反省してたのか。
で、結局どこの集団にも入れなくなったと。

「だからあいつらにも陰口叩かれてたのか。お前グレるにしても中途半端だなー」
「………っ」
「手後れだよ。もうこれ以上嫌われることはねーから、堂々としとけよ」

高橋が、顔を真っ赤にして、怒りをあらわにする。

「嫌い嫌い嫌い!あんたなんて大嫌い!」
「分かったってば」
「みんな、嫌い!私、怪我しただけなのに!わたし、わたし、ぶかつ、もどりたい!」
「戻れよ」
「戻れないよ!」
「なんでだよ」
「だってだって」

高橋はそこまで言って、一際しゃくりあげ、鼻を啜る。
ああ、もうぐっちゃぐちゃだな。
きたねえ。

「怖いんだもん!嫌い!でも、こんな風に八つ当たりしてる自分が、嫌い!!」

そう言って叫んで、悔しそうに唇を噛む。
そして、肩を落として、喉を引きつらせて、涙をこぼす。

「………こんな風に言ってる、私が、嫌い」

手の甲で、何度も何度も涙を拭う。

「ずっと、消えたかった。消えたら、みんな心配してくれるかなって思った。それで、私を馬鹿にしたの、後悔してくれるかなって思った」
「お前が嫌われてんなら後悔なんてしねーよ。後味悪いけど、嫌われ者いなくなってラッキーぐらいだろ」
「なっ」
「消え損だ、消え損」
「う、うるさい」
「仮に嫌われてなくても、お前が嫌われてないかなんて消えたら結果分からねーじゃねーか。やっぱり消え損だろ」

自分がどうにかなった後で、後悔されてもなんも解決しないだろ。
だったら全部ぶちまけて、殴りつけて後悔させたほうがよっぽどいい。

「どーせ性格悪いし、嫌われてんだから、堂々としてろよ。誰もお前のことなんて好きじゃねーよ。それでいいだろ」

そこでいつのまにか近づいてきた玉野がくいくいと俺の袖を引っ張る。

「え、えと、原田君、ちょっと、言いすぎでは、と」
「それ以外何か言うことあるか?」
「ひっ」
「お前が言ってみろ」

見下ろし睨みつけると、玉野が震えて飛び上がる。
イラついたので、無理矢理その体を高橋の前に差し出す。

「え、え、え、え?」
「ほら」

玉野はちらちらと俺を振り返るが、もう一度促す。
すると諦めたように、手を無意味にいじりながら、ぼそぼそと言う。

「え、えっと、ぼっちでも、それなり、人生楽しいですよ?楽しみなくもないですよ?」
「何も励ましになってねーな、それ」
「あ、やっぱり?」

玉野は自分でも分かっていたのか、肩を落とす。
高橋はなんだか、じっとこっちを見ている。

「とにかく、お前みたいにうじうじしてるくせに人に攻撃的な奴なんて、誰も好きになれるわけないだろ」

それで人に好かれようとか図々しい。
水垣ぐらい作り笑顔で甲斐甲斐しく周りにサービスをしてみてから言ってみろ。
あいつのサービス精神は、俺は正直本当に尊敬している。
俺には絶対できない。
やる気もない。

「だったら、根性据えて嫌われてろ。玉野を見ろ。ぼっちでもいじめられても自分を改める気配もねえ。堂々としたもんだ」
「ひ、ひど!原田君はどうなんですか!自分を改める気あるんですか」
「ない」
「言い切った!」

俺は、自分を改める必要性を感じない。
人から嫌われても今のところなんとも思わない。
好かれようとも思わない。
なので、自分の性格をどうこうしようと思わない。
まあ、このままで行って、生きていけるかはさすがにちょっと謎だけどな。

「………」
「馬鹿らしいでしょ、高橋さん」

呼吸が元に戻ったらしい水垣が苦笑しながら、高橋の方に手を置く。
その顔を覗き込み、優しく笑う。
高橋は、まだ泣きそうな、子供のような表情で水垣を見上げる。

「あいつら見てると、悩むの、馬鹿馬鹿しくなってくるだろ」
「………水垣君」
「今は少し、疲れちゃったんだね。大丈夫、休めばきっと、心も楽になれるから」
「で、でも」
「自分を責めないで、自分を許して、自分を愛してあげて」

おお、くさいな。
背筋がぞわぞわする。
こいつ何を思いながらこんなこと言ってんだろ。

「俺は、君が特別悪い子だとは思わない。嫌われてるとも思わない。あのね、今回、色々君のことをみんなに聞いたんだ。そうしたらバレー部の子も、顧問も心配していたよ」
「う、うそ」
「嘘じゃない。辛いなら、少し休んでほしいって言ってた。それから戻ってきてくれればいいって言ってたよ」

頭を撫でて、ゆったりと告げる。
本当に、こいつの声は、気持ちがいい。
こっちが説得されてる気になってくる。
ゆったりと、ふわふわした気持ちになってくる。

「みんな、君を心配してるよ。大丈夫。聞いて」
「………」

水垣が、高橋の顔を覗き込む、目を見つめる。

「君は、大丈夫」

水垣の声が、胸に沁み渡る。
ぎゅうっと、胸を引き絞る、不思議な感覚。
なんだ、これ。

「………う、うん」

高橋も同じ感情も感じたのか、さっきまでの焦りや恐怖の表情が消えている。
すっと、荒ぶる感情が消え失せたように、あどけない顔をする。

「うん」

それから、もう一度、静かに頷いた。

「あ」

ふと、白いワンピースの女が、暗い部屋の入口に立っている。
キッチンの明るさしかないが、その白い肌と白いワンピースは、目に痛いほどに浮かび上がっている。

「あいつは、いないと、言って。あんな奴、知らない。いない。なんの力もない。ただの幻。君の方が強い。君なら消せる」
「………」

水垣が高橋の後ろに回り込み、その肩を掴む。
そして、耳元にそっと囁く。

「大丈夫」

高橋がこくりと一つ頷く。
そして、震える声で、まっすぐと女を見ながら告げる。

「あんたは、いらない」

ふっと、一度ため息をつく。
目を瞑り、開く。

「知らない」

震える、けれどしっかりとした声。

「私は消えたくない!私は、強い!負けない!」

白いワンピースの女がゆっくりと動く。
わずかにうつむいていた顔を上げようとする。
けれど、高橋は今度は目を逸らさない。
しっかりと見つめて、叫ぶように言う。

「あんたなんて、いない!私は、消えない!消えるのはあんた!」

すると、部屋の中から、女の気配が消える。
嫌な臭いも、なくなる。
幻のように姿を掻き消える。

最後に見えた黒髪ワンピの顔は、高橋の顔をしていた。





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