水垣に引きずられるようにして連れてこられた学食。
しかし、歩いているうちに、どんどん気分は沈んできた。

冷凍卵という存在を知った驚き。
弁当を作ろうと思い立った朝の清々しい気分。
スコッチエッグを作ってみようと思って、レシピを引っ張り出した時のわくわく感。
衣をつけている時のウキウキ。
見事に半熟卵になった時の、感動。
一個は破裂して白身が出てしまって苦笑してしまったのも、甘酢っぱい思い出だ。
それが、いま、すべてが台無しだ。

「ほら、何食うんだ」

水垣が俺をメニューの前に立たせて聞いてくる。
白身魚のフライ、生姜焼き、ミートソーススパゲッティ。
いつもは俺の心を沸き立たせてくれるメニューの数々も、今はむなしく見えるだけだ。

「………スコッチエッグ」
「………まだ言ってんのか」

呆れたようにため息交じりに言う水垣に、悔しさがまた溢れてくる。
頭に血が上って、目頭も熱くなってくる。

「だって、あれ、新レシピだったんだぞ!冷凍卵使って作るスコッチエッグが半熟で美味しいっていうから、朝からハンバーグだね溶かして、揚げたんだぞ!頑張ったんだからな!!なのに!あんな姿になっちまった!」
「………泣くなよ」

気が付くと、目尻に涙が滲んでくる。
鼻水も出てくる。
ああ、悔しい。
哀しい。
俺が作ったスコッチエッグ。
あんな無残な姿になるために、生まれてきたわけじゃないのに。

「だって、あいつ、よりによって玉野にしか食われないで、終わっちまったんだぞ!」
「え、ご、ごめんなさい?あの、おいしかったですよ?」
「くっそ………」

美味しいに決まってる。
いや、美味しくなかったとしても、最後まで食ってやる。
それが生み出したものとしての、責任だ。

「分かった。分かったから、帰ったらまた作ろう。本当にあのスコッチエッグはうまそうだった。俺も食ってみたい。弁当、俺も作ってほしかった。そうだ、作るの手伝う。買い物にも付き合う。もう一回作ってリベンジしてやるのも、供養になるだろ。俺や四天や縁にも食わせてくれ。な?作ってくれるか?」

水垣が俺の頭をぽんぽんと撫でてくる。
子供をなだめるように、屈んで視線を合わせてくるのはちょっとムカつく。

「………うん。作る」
「………だから頼むからこんなところで泣くな」
「分かった」

そうだよな。
こんなことで悩んでいるわけにはいかない。
今日のスコッチエッグには謝って、これからのメシのことを考える。
こんなのに負けずに、もっともっとうまいメシを作ってやる。
それがきっと、あのスコッチエッグのためでもある。

「鼻出てる。ほらかめ」
「ん」

ティッシュを鼻に当てられ、思いきり鼻をかむ。
鼻が通ると、少しすっきりした。
滲んだ涙を拭って、深呼吸する。
こんなことで立ち止まっていたは、スコッチエッグ含め、今まで無残な姿にしてきた食材たちに申し訳ない。
これからも、前を向いて、頑張ろう。

「あ、あの、は、原田くん、大丈夫ですか?あの、えっと、甘いもの食べますか?あ、私、チョコ、ありますよ?」
「………食う」

玉野が心配そうに、顔を覗き込んできて、チョコをくれる。
甘いものを食べると、元気が出る。

「で、何食うんだ。時間がなくなる」
「ん、そうだな」

そうだ、昼休みがもう後少しになってきた。
学食にいる人間もまばらになっている。
さっさと食べないと、倒れてしまう。
腹と背中がくっつきそうだ。

「えーと」

生姜焼きはうまかったけど、この前食べたな。
もうちょっと挑戦的なものを攻めてみるか。
メンチカツは、スコッチエッグを思い出してちょっと辛い。
となると。

「よし、マーボー定食にする!」
「分かった。デザートは?」
「プリン!」
「はいはい。座ってろ。持ってくる」

水垣がそう言って、カウンターに向かう。
今日の水垣は優しい。
いい奴だ。
借りを1つ減らしてやっていい。
うん、実は水垣、割といいやつなんじゃないか。
あいつが俺を嫌いなだけで、俺はあいつを嫌いにならなくていいのかもしれない。

「水垣って、モテるイケメンでムカつくし、俺のこと嫌いだから嫌いだったけど、結構いいやつだな」
「………原田君って、実は結構簡単なんですかね」
「あ?」

だって、メシ奢ってくれるし、手伝ってくれるって言うし、スコッチエッグ食いたかったって言ってくれたし、割といいやつなんじゃないか。
ガキっぽいところあって、意外と可愛い所あるし。

「い、いえなにも!………えっと、えっと、原田君ってなんでそんなに食べること好きなんですか?」
「え、お前嫌いなの?」
「い、いえ、好きですけど」
「だろ?」
「で、でも、原田くんほど、執着はしていないっていうか、いや食べること大好きですけど」

そういや、なんか、前に水垣とか四天サンとかにも言われた気がするな。
そう聞かれること自体がよくわからない。

「だって、食べるの、楽しいだろ。腹いっぱいだと幸せだろ。美味しいともっと幸せだろ」
「は、はあ、まあ、確かに」
「俺の方が、なんで、みんなそんなに食べることにムトンチャクなのか、不思議だ。食べる機会は限られてるんだから、好きなものをいっぱい、楽しく食べたい」
「な、なるほど」

人生のうち、限られた回数の食事の中で、もっともっとおいしいものを、沢山沢山食べたい。
自分で作るだけじゃなくて、人が作ったものもいっぱい食べたい。

「まあ、2年前の事故から、なんか、食うことに執着するようになっちゃったんだよな。病院と施設で、腹いっぱい食えなかったせいかも。栄養価は高い食べ物だったから、悪いってことはないんだけどさ。だから今、腹いっぱい食えて幸せ」
「ま、また、重い事情をさらっと言いますね。は、反応スルーでいいんですよね」
「いい」
「ではスルーします!それで、私もお昼食べます!」

そういや、こいつ自分の弁当だけ確保しやがったよな。
くそ。
腹がぐるぐると空腹を訴えている。
腹減った。
辛い。
目が回りそうだ。

「………お前の弁当うまそうだな」
「い、いりますか?」
「いや、いいけどさ」

後ちょっとでマーボー定食が来るんだし。
空腹は最高の調味料。
おいしいものを、最高の状態で食うんだ。

「お前のばあちゃんのレシピ、後でよこせよ」
「は、はい。勿論です。おばあちゃん多分喜びます」
「そういや、お前の弁当、ばあちゃんが作ってんの?」
「はい、私今、おばあちゃんの家で暮らしているので」
「そうなんだ。親は?」
「前に住んでたところでお姉ちゃんと住んでます。あ、私も、高校からこっちに来たんです」
「なんでお前だけこっちいんの?学校の関係?つっても特に特徴がない公立だよな、ここ」
「あ、前にいたところで、私、人間関係あんまりうまくいってなかったんです。心配したお父さんとお母さんが、おばあちゃんの家においてくれるように頼んだんです」
「お前の話も重いじゃねーか」
「は!た、確かに、そうかもしれません!」

気付いてなかったのか。
本当にこいつはアホだな。
人に文句つけてる場合じゃないだろ。

「人間関係って、何?生ごみとか、動物の死体とか?」
「あ、いえ、私空気読めないし、言動がアレなので、ちょっと遠巻きにされていたというか、痛い子扱いだったというか」
「ああ、なるほど」
「納得しないでくださいよ!?」
「いやだって、空気読めないし、言動がアレだし。そんで引っ越しても何も改善されてないな。意味あったの?」
「ひ、ひど!」

玉野が箸を持ったまま、ショックを受けた顔をする。
ていうか自分で全部言ってることじゃねーか。

「だってお前、本当に友達いるの?」
「………い、いますよ?」
「目逸らすなよ」

玉野は目を逸らしたまま、キンピラを口にする。
やっぱり、こいつ嘘ついてたな。
絶対友達いねーだろ。
しかし玉野は、こちらを向いて、ムキになったように言う。

「こ、怖がる人はいなくなりましたから!」
「怖がる?」
「あ、えっと、あの、その」
「お前、怖いの?」
「私が、怖いというか、その、オバケ見えるのと」

玉野がもごもごと何かを言いかけた時、すっと横に誰かが立った。

「ねえ」
「ん?」
「あ」

横を向くと、そこには頭にでかいお団子を乗っけた女が立っていた。
メイクをしていて、割と可愛い女。
俺の前の前の席に座って、邪魔なお団子の奴だ。
この前、俺と玉野をはめて、厄介ごとに巻き込んだ女でもあるな。
でもそういえば、今回のいじめ騒ぎには関わってなかった気がする。

「えっと、お前、なんだっけ」
「はあ!?」
「待て、今思い出すからちょっと待て!」
「………もしかして、あんたまた名前忘れたとか言わないよね」
「待て。まあ、待て」

後少しで思い出しそうだ。
そう、た、高、がついた。

「た、高、高林!」
「高橋!全国ランキング3位の名字なのに、なんでわざわざレアな方いってんのよ!」
「へー、全国ランキング3位なんだ」
「そうなんですねえ。玉野って、どれくらいいるんでしょう」
「原田は多そうだよな」

とんだ知識を得てしまった。
一番多いのはやっぱり田中だろうか。
佐藤なのだろうか。

「そうじゃなくて!あんたたち、人の話聞けよ!」

高橋はなんか、顔を赤くして怒っている。
人をはめておいて、随分態度がでかい。
やっぱりあいつらの仲間だな。

「なんだよ。なんの用だよ。もうあの屋敷にはいかねーぞ。それと、いちゃもんつける気ならぶん殴るぞ」
「え、えっと、あんまり怖いのは、やめてくださいね!」

玉野がびくびくとしながら、俺を止めようとしてる。
いや、被害を受けてるのは俺の方だろ。
こいつはいじめっ子で、俺はいじめられっこのはずだ。

「そ、それは、その、悪かったと、思ってるんだけど。ごめん、あの」

高橋とやらは、俯き加減で、そわそわと手を動かす。
一応謝ってんのか、これは。
謝られてる気に全然ならないけど。

「あんたたちって、本当に、その、幽霊とか、見えるんだよね」
「見えるけど?」
「え、えっと、えっと」

俺の答えと、玉野の答えになってない答えに、高橋は一瞬だけうつむく。

「その、さ」

俯いたまま、もごもごと何か口の中で呟いている。
その時、ふわりと、高橋の方から何か匂いが漂ってきた。
使っている香水らしい甘い匂いに混じった、腐った水が流れる川のような匂い。
生活する中でたまに漂ってくる、嫌な匂いだ

「………お前、臭いな」
「え!?」

そこで、水垣がマーボー定食が乗ったお盆を持って帰ってくる。
マーボー定食が来た。

「お待たせ」
「メシ!」
「はいはい」

俺の前に、中華の基本も基本と言える麻婆豆腐がおかれる。
まあ、本場で基本なのかは知らない。
ただとりあえず俺の中では基本だ。

「ってあれ、高橋さん?」
「あ、み、水垣君!」

辛みを連想させる赤い色。
食欲をそそるスパイシーな匂い。
ひき肉少な目で、豆腐多めか。
まあ、この値段なら仕方ない。
それに豆腐は高たんぱく低カロリーの優れもの。

「高橋さん、どうしたの?原田になにか用?」
「あ、な、なんでもない!」

うん、うまい。
俺の好みからは辛みは少し足りないが、豆腐によく味が絡んでいる。
これはご飯がお代わりしたくなるな。
今日はそんな時間はないかな。

「なんだったの?」
「え?なにが?」
「………高橋さん?」
「へ、なに?あいつどこいったの?」
「………」

そういや、あの女いなくなってるな。
ああ、学食のザーサイうまいな。
これ手作りなのかな。
市販なのかな。
ザーサイも手作りできるのかな。
作ってみたいな。

「………えっと、あの、高橋さん、なんか、憑いてました?変な影があったような」
「ぽかったな。変な匂いした」

玉野が恐る恐る聞いてくるので頷く。
あの匂いは、なにかバケモノ絡みの時にする匂いだ。
あの女に何か、憑いてるんだろう。

「………それが話しかけてきた理由じゃないのか?」
「だって用件言わねーし。なんか変なの憑いてたとしても、俺がなんかする義理はねーし」

なんか俺に頼もうとしてきたのかもしれないが、手を貸す理由は一切ない。
土下座して、ホテルのフレンチでも奢ってくれるなら考えないでもない。

「………なるほど。ちょっと原田、後で話をさせてくれ」
「うん?いいけど」

話くらいは聞いてやってもいい。
水垣、割と悪い奴でもないっぽいしな。
とりあえずマーボー定食はうまい。

「麻婆豆腐うまーい。でも俺、もっと山椒効いてる方が好きかなー。でも甘口もいいな」
「………よかったな」
「うん!」

水垣がなぜか深い深いため息をついた。





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