まあまあ満足のいくメシを食って教室に戻ると、なんだか不思議な空気になっていた。
クラス中が俺と玉野から目を逸らし、それでいて意識はこちらに集中させている。
あえて、気付いていながら存在を無視している。

「なんか、変な感じだな」
「………この空気には覚えがあります」

玉野が隣で肩を落として、なにやら沈んでいる。

「なに?」
「………ばっちり痛い子認定されて遠巻きにされてる空気です」
「なるほど」

さっきの騒ぎで『痛い子』認定とやらをされたのか。
まあ、元々クラスメイトと話すこともなかった。
さっきの奴らが近寄ってこないならいい。
机はどうやら綺麗に片付けられているし、いいつけも守ったようだ。
俺を『痛い子』認定してビビってるなら、それでいい。

「ま、いいか」
「いいんですか!?」
「今となんか変わるのか?」

玉野が焦った様子で聞いてくるので、問い返す。
玉野は首を傾げて、しばらく考えた後、沈んだ声で頷いた。

「………変わりませんね」
「だろ?」

今までと、何も変わることもない。
いじめられる心配もたぶんない。
むしろ、煩わしい人間関係がなくなっていいことだろう。
それなのに、玉野は半泣きになって、ぶつぶつと何か言っている。

「………ああ、お父さんとお母さんとお姉ちゃんになんて言おう。今度こそ、学校で友達作るって言ったのに。おばあちゃんにも頑張るって言ったのに。お姉ちゃん、応援してるよって言ってたのに…」
「友達やっぱいないの?」
「あ、えっと、ええっと、いますよ!?」

やっぱり絶対嘘だろ。
まあ、いいけどさ。
つーか、こいつにの親も、こいつに友達を作れって方が酷だろう。
親なら、子供のありのままの姿を見てやれ。

「うう………、今度こそ心配させないって誓ったのに」

しかしまあ、そんな風にへこんでいる様子を見ると、少なからず不憫には思う。
空気読めないし、言動がアレだし、性格もアレなのだが、一応、『痛い子』認定されたその原因の一端を担ったこともないかもしれない。
いや、ないな。
だってこいつ、俺に会う前からぼっちだったし。
でもまあ、俺もぼっちだし、少しくらいいいか。

「えーと、じゃあ俺が友達って言っとけばいいんじゃね、とりあえず?」
「え、友達、なんですか!?」
「さあ?」
「そ、そこは、爽やかに友達だろとか言ってほしかったです」
「俺に対して何夢見てんだよ。むしろ友達だろ!とか言ってもお前信じないだろ」
「………はい、確かに、そうですね。信じませんね」

俺に爽やかとか友情とか無償の信頼とか期待する方が間違ってる。
基本的に俺は暗めで無愛想で性格悪く、老若男女問わずウケは悪い。
その上、俺自身、人は割とはどうでもいい。
そんな奴に今更何を望んでいるんだ。
ていうか並べてみると、俺は立派な『こみゅしょう』だな。

「そういう偽装はいらねーの?」
「い、いります!お願いします!」

玉野はしぶしぶそうだが、俺に頭を下げる。
その態度がまたムカつく。
人がせっかく珍しく気を使ってやってんのに。

「嫌なら別にいいんだけど。俺別にお前と友達になりたくねーし」
「嫌じゃないです!お、お友達からお願いします!」

お友達からって、その後はどう進化するんだ。
お友達で、お願いしますだろ。

「了解。んじゃ俺たち友達な」
「あ、ありがとうございます!」

玉野はそれでも顔を輝かせて、嬉しそうにしている。
まあ、こんな風に喜ばれるなら悪いもんじゃないか。

「玉野さん、俺は?」
「む、無理です!」

水垣が楽しそうに玉野を覗き込むと、玉野は俺の後ろに回り込んで逃げる。
そして眼鏡が取れそうな位に頭をぶんぶんと横にふる。

「だから俺に隠れるな。後、俺はオーケーで、水垣が駄目な理由はなんだ」
「だ、だって、ほら、原田君は同じ日陰のイキモノだし!」
「よし」
「いたい!!」

とりあえず殴っておく。
本当にこいつは、この口はどうにかならないのか。

「友達ぐらい、いいと思うんだけどなあ」

水垣が残念そうに眉を下げて苦笑すると玉野が手で顔を覆う。

「す、すいません、眩しすぎて無理です!」
「残念」

だから、その態度の違いはなんなんだ。

「あ、そうだ」
「水垣?」

水垣はすたすたと先に戻っていたらしい高橋の元へ向かう。
俺の席もそちらの方なので、追いかけるともなく続く。
そしてにっこりと笑って、小さく高橋と後ろにいる俺に分かるぐらいの声で話しかける。

「高橋さん、ちょっといいかな?」
「み、水垣君!?」
「話、あるんだけど。ちょっと放課後、時間もらっていい?」
「う、うん」
「じゃあ、屋上で、放課後待ってて」
「うん」

高橋は顔を赤らめてこくこくと小さく頷いている。
俺や玉野を相手にしている時とは大違いだ。
もしかしてこれは恋の告白とかそういう奴か。
俺もそれくらい分かるぞ。
漫画で読んだ。
なんだ、もしかして水垣はあの女のことが好きなのか。
趣味悪いな。

「原田と一緒に、後で行くから」

しかし、水垣はにっこりと笑ったまま、そう続けた。
そわそわしていた高橋の動きが止まる。

「………え」
「原田に話、あるんでしょう?」
「………え、と、うん」
「うん。じゃあ、後でね」

あ、なんか高橋が真っ白になってる。

「なんなの?つーかあれ、絶対告白とか妄想したよな」
「だからお前と一緒だってちゃんと言っただろ」
「ひでー男だな」

水垣は軽く肩を竦める。
最初から言ってやればいいのに。
まあ、これ以上期待を持たせるよりもずっと親切か。

「てことで、後でな」
「分かった」



***




「で、なんで高橋わざわざ呼び出したの」

放課後、水垣が職員室に行くといって、少し消えた。
それから戻ってきて、連れ立って屋上に向かう。
水垣は俺をちらりと見て、説明を始める。

「まず、この学校は癖地と呼ばれてるような場所に立っている」
「くせち?」
「そう。立ち入ると不幸があるような場所。障るから、放置しておくのがいいとされる場所」
「触り?手で触るとかって意味?」

触るから放置しておいたほうがいいって、なんのこっちゃ。
痴漢か。
水垣が大きなため息をつく。
なんだよ。

「………障るというのは、祟るとか、バケモノ達の影響があるとか、そういう意味だ。神仏の障りがある、とかな」
「へー?えーと、サワリがある土地って、よく、お前や四天サンが言ってるシャジャチって呼ばれてる場所?」

闇や邪気やバケモノを寄せ、吹き溜まりになっている土地。
必ず地域の中でそういう土地が一定数はあるらしいと聞いた。
しかし、水垣はゆるりと首を横に振る。

「あれは完全に闇を寄せておく場所だから、癖地よりももっとたちが悪い。この学校は全然マシ」
「ふーん?」

まあ、そういやバケモノの匂いがすることとか多かったかな。
あんまり意識してないし、バケモノの匂いとか分かるようになったのは2年前からだから、よそがどうなってるのか知らないけど。

「まあ、学校って、人が密集してる場所に大きな土地が必要ってことで、そもそも癖地が多い。元墓地とか、元処刑場とかな」
「え、なにそれ怖い」
「うん。でも仕方ない。土地がないから。死体がなかった土地なんて、ほとんどないだろ。その中でも自浄作用が少なかった土地が、捨邪地や癖地になる」

ジジョウサヨウってなんだろう。
まあ、いっか。
話の意味は分かるから。

「つまりバケモノが多い土地ってこと?で、この学校はその土地の上に建っている」
「そういうことだ」
「で?それが俺になんの関係があるの?」

それは分かった。
でも、それが高橋の話を聞くこととどう関係があるんだ。

「この学校は、そういうトラブルが起きやすい。生徒に被害も出やすい」
「ふーん」
「そういうトラブルを解決するのが俺たちの仕事」
「はあ!?なんで俺たちが!?」

お金でももらってんだろうか。
つーか聞いてねーぞ、そんなの。
面倒くせえ。

「本当はこういうのは管理者が管理することになっている」
「管理者?なんだそりゃ。マンションでも経営してるのか」

水垣は俺の言葉に、さも呆れたような目で見下ろしてくる。
だから知らねーんだから仕方ねーだろ。
絶対今こいつが話してる内容って、一般的な内容じゃねーだろ。

「違う。捨邪地を統べて…、管理して、その地が荒れないように管理する家が、だいたいどこの土地にもいる。その土地の組織全体で管理しているとこもあるけどな」
「へえ?」
「この前行ったあの海辺の村は、海が捨邪地って言える。邪気が集まる場所。管理者は、村全体で持ち回りでやってるんだろうな。捨邪地を管理するのが、管理者の仕事だ。土地を治めるためになんでもする。生贄だって捧げる」
「なんだそりゃ、この現代に。ずいぶんレトロな話だな」

しかし嘘くせえと笑い飛ばせすことはできない。
生贄にもされかかったし、バケモノは実際目に見えてる。
そういう世界もあるんだな。

「まあな。本当に古臭い話だ」
「つまり、バケモノを退治する正義の味方が管理者?」

水垣はまたゆるりと首を横に振る。

「正義の味方なんかじゃない。土地が荒れなければいいんだ、管理者は。正義の味方は生贄なんか捧げないだろ?」
「あ、そーか。まったく正義の味方じゃねーな」
「そういうことだ。バケモノが暴れず、かといってバケモノがいなくなりすぎても困る。そういうバランスを調整するのが管理者だ」

土地のバランスを調整する、か。
でも、バケモノなんていらなくねーか。

「バケモノいなくなったら困るの?いなくてよくね?」
「ああ。邪気や闇は、人が生きてる限りなくならない。捨邪地を一時なくしても、どこかで淀みが生まれる。だからあえてなくさない。捨邪地を理解し、ある程度管理できるならいい。わざと闇をためている場所が、捨邪地だとも言えるな。それにバケモノや邪気も必要なものだ。自然のもの。なくなったらまわりまわって、その土地が荒れる。必要な、ものだ」
「ふーん?」

土地が荒れなければ、いいか。
それは、バケモノがいなくなればいいって訳では、ないのか。
水垣が俺を見下ろして、にやりと意地悪そうに笑う。

「あの海の村も生饌を捧げれば、場が静まる。そして豊漁が約束される。その地が平和に収まるなら、管理者はそれでいい」
「なんだそれ、最悪だな」
「ああ」

そういえば、生贄を捧げれば、あの村は豊漁で、平和なんだっけ。
その土地の平和だけを考え、その管理をするのが、管理者か。

「あの海辺の村のように集落全体で管理をする場所もあれば、一つの家が代々管理者を継ぐような場所もある。だいたい、どこも古すぎて中身は腐ってるけどな」

なんだか、吐き出すような、嫌悪感に満ちた言い方。
顔も歪んで、さも忌々しそうだ。

「うーんと」
「原田?」

なんとなく、ふと思いついた。

「お前や四天サンって、その管理者とやらの家の出身?」

俺の質問に水垣が咄嗟に振り向く。
目を見開いて口が半開きで、驚きを全身で表している。
イケメンが台無しだ。

「あ、やっぱりそうなんだ」
「………そうだ」
「ふーん。だからオバケ退治の方法とかよく知ってんだな」
「ああ」

水垣がまた前を向き、頷く。
実家は嫌いみたいだし、これ以上あんまりつつかない方がいいか。
ちょっと興味があるしけど。

「で、この学校の管理者?とやらはどうしてるの」
「この学校がある土地の管理者、な」

俺が話をもとに戻すと、水垣はあからさまにほっとした顔をした。
やっぱ実家の話をされるのは嫌なのか。

「一応管理している管理者の家はあるんだが、最近力が弱まって、この学校で怪異が増えている」
「へー?」
「だから、管理者から委託されて、俺たちがその不可解な現象について調べ、解消する役目を負っている」
「なるほど。そこに戻ってくるわけか。でも俺聞いてねーんだけど」
「ああ、言ってないからな。お前が学校に馴染んでからにしようと四天や縁と話してた。新しい環境なのに、いきなりそんなのやらせたら、ますます新生活が大変になるだろう」
「あー、なるほど。で、今の時期になった理由は?」
「お前が学校にそもそも一切馴染む気がないから、待っても無駄だと判断した。待っても無駄なら、さっさと早く使いたい」
「あー………」

まあ、確かにこれ以上待っても結果は変わらないな。
にしても面倒くせーな。
ああ、それと、水垣や四天サンや志藤さんが、たまにこそこそしてたのはこれもあったのか。
納得した。

「俺たちが学校休んで平気なのも、お前が俺と同じクラスに編入できたのも、その役目のおかげってのもある」
「………」 

そういや、俺はまだ転校してきたばっかりだからそれほど休んでないけど、たまに休んでも何も言われてないな。
出席日数大丈夫なのかとちょっと心配したが、これなら平気なのか。

「お前が、俺のいじめ問題も解決できるって言ったのも?」
「そうだ。学校は俺たちに便宜を図ってくれる」

なるほど、それは中々便利だ。
ちゃんとメリットがある。
四天サンや志藤さんはそういうのも踏まえて、この学校を選んだのか。

「………で、俺も、手伝わなきゃだめ?」
「これからも快適な学校生活を送りたかったらな」
「お前がいれば、俺もなんか必要ないだろ」

これまでも水垣が一人でどうにかしてきたなら、俺なんていらないじゃないか。
コトが大きくなったら、あの二人も出てくるんだし。
と、思ったんだがやっぱり許されない。
水垣が振り返り、俺を睨みつける。

「つべこべ言わず、働け。それこそ四天にメシ抜かれるぞ」
「………う」

自分も働いてないくせに。
なんて文句はやっぱり許されないのだろう。





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