「ということで、角煮だ!!」

ようやく出来上がった角煮を皿に盛り、席に座る二人に掲げてみせる。
いや、ようやくという表現は正しくないな。
想像以上に早く出来た角煮、だ。

「おおー」

四天サンがパチパチと気のない拍手をする。

「………」

水垣がなんか俺から目を逸らして、黙っている。
いつもは俺の隣の席のくせに、今は対角線上の四天サンの隣、いつもの志藤さん席にいる。
まだ機嫌悪いのか、こいつは。
面倒くせーな。

「何まだぶすくれてんだよ」
「………お前は、少し無神経すぎる」
「そんなの今に限ったことじゃねーだろ」
「開き直るな」

そんなこと言われても、俺に気遣いやら細やかな心遣いやらなどを期待されても困る。

「未遂だったんだからいいじゃねーか」
「朝日、最低な犯罪者みたいなこと言ってるよ」
「………おお、確かに」

四天サンにつっこまれてちょっと考えて、頷く。
確かにだいぶ居直り犯ちっくだった気がしないでもない。
人間としてさすがにどうかと思うので素直に謝る。

「分かった。悪かった。今度やる時もちゃんと許可をとる。無理に迫らない」
「………諦めると言う選択肢は」
「んー」
「即答しろよ!」

だって、おいしかった。
すごく、おいしかったんだ。
もう一度機会があるなら是非舐めたい。
なんなら汗と唾液も試してみたい。
しかし水垣は隣に座る四天サンに縋りつきながら、こちらを睨みつける。

「お前、男とキスとか何も感じないのか」
「キスじゃなくて味見」
「同じだろう!」

同じじゃないだろう。
同じじゃないよな。
まあ、俺の中では同じじゃない。

「おいしかったから舐めたかった。キスって、えーと、レンアイカンジョーとかが入る場合に使うんだろ」
「………」

水垣は俺をまだじっと睨みつけている。
とりあえずしばらくは刺激しない方がいいようだ。
そして今、水垣なんかより大切なことが、目の前にある。
湯気をたて、香り立ち、自らの存在を主張している、存在。
そう、角煮だ。

「分かったから。悪かったから。とりあえず角煮食おう。冷えるだろ」
「………」
「とりあえずメシだろ!」
「………分かった」

俺の説得に、水垣も頷いてくれた。
よし、メシだ。

「いただきます!」
「いただきまーす」
「いただきます」

みんなで箸を持ち、食前の挨拶をする。
そして、箸で角煮を崩すと、ほろりと崩れる。
さっき味見がてらに1欠片食べたとはいえ、期待がいやおうなく高まる。

「んっ」

箸で掬いとり、口の中に放り込む。
肉はほろほろと解け、すっと儚く消えていく。
後に残るのは、肉のうまみと生姜、酒、しょうゆ、みりんの、見事なハーモニー。
八角や紹興酒は、水垣と四天サンが苦手だから今回は使ってはいない。
けれど、この蕩け具合、味の染み具合、そんなことを吹き飛ばすほどの、攻撃力だ。

「んんんんんんんー、うまーい!」
「本当、とろとろだね」
「大根と卵も染みてるな」

一回圧力鍋で煮た後に、大根と卵も足してまた煮たのだ。
味はしっかりと染みわたり、これもまた口の中で蕩け広がる。
しかし大根は、大根の風味が結構角煮に付くな。
それはそれで美味しいけれど、次はなしでいいかもしれない。
いや、まあ、とりあえずはいい。
うまい。

「この柔らかさが!このとろっとろ加減が!この味の染み具合が!なんと1時間かからず出来るんだぞ!すげー圧力鍋すげー!」

なんて俺は、幸せなのだろう。
有能な鍋に囲まれ、料理を作る喜び。
ああ、あいつは本当に、俺にはもったいないやつだ。
こんな俺にも呆れず、ずっと傍にいてほしい。

「んまー!幸せー!」
「本当に、美味しい」

四天サンがにこにこと上機嫌に、角煮を口にする。
そしてプシュッと音がしたのでそちらを見ると、ビールの缶を開けている。
いつのまに持ってきていたんだ。

「あ、ビール飲んでる」
「だって、ビールによく合いそう。おいしー」

機嫌よさそうにぐびぐび飲む四天サンに、水垣が顔をしかめる。

「縁に怒られるぞ」
「黙っておいてね、司狼、朝日」
「ほどほどにしておけよ」

水垣が渋面で窘めて、四天サンがへらへらと笑って肩を竦める。
いつもの馬鹿馬鹿しい光景だ。
黙ってるもなにも、冷蔵庫から減ってたらあの人は気づくと思うけどな。
つーか四天サンが飲むのを知ってるのに、わざわざ置いてあるところから見ると、本気で怒ってる訳じゃないんだろうし。
あの人が本気で禁止しようと思うなら、冷蔵庫に置くことすら許さない。
怒ってはいるけど、許容もしてるってことなのだろう。

「俺も早くお酒飲めるようになりてーな。もうちょい味覚が発達したら美味しく感じるのかな」

何度かギシキやらオキヨメやらで飲んだことあるが、美味しいものとは到底思わない。
特に日本酒やビールは苦くてえぐくて飲めたものじゃない。

「どうだろね。ずっと苦手な人もいるし」
「そうなのか………」
「何、なんでそんなお酒飲みたいの」
「メシに合う酒とか、より美味しく感じるとかよく言うじゃん。美味しくなるなら一緒に食べたい。後、純粋に酒が美味しいって感じるなら美味しく感じたい!」
「………なるほど」

四天サンが納得したように頷く。
今はまったくおいしいともなんとも感じないが、今四天サンが言うように、角煮とビールが合うとか分かるようになったらきっとずっと美味しいのだろう。
ああ、羨ましい。
それが美味しいと言うのなら、俺もそれを感じてみたい。

「二十歳過ぎたらうまく感じるのかなー」
「どうかな、俺や司狼なんかは小さい頃からよく飲んでるから慣れてて分からないけど」

小さいころから酒をよく飲んでいるとか、とんだ不良だ。
ああ、でもそういえば、この二人はなんか特殊な家の出身なんだっけ。

「カンリシャの家って、結構自由なんだな」

四天サンが俺の言葉に、ビールを片手に目をパチパチと瞬かせる。
そして隣の水垣に視線を向ける。
どうでもいいけど、本当にこの角煮と似た卵がうまい。
味が沁みてる卵って、マジ最強。

「あれ、司狼が言ったの?」
「………うん。ごめん、四天」
「いや、別にいいけど」

四天サンがゆるりと首をふって、俺の方を見る。

「法律も常識も何もない家ばっかりだからねえ、管理者の家って。アルコールぐらいかわいいかわいい」
「アルコールでかわいいもんって、どんな犯罪者軍団だよ」
「あははっ」

四天サンがほがらかに楽しそうに笑う。
それから意地悪そうに片頬を上げる。

「この前のお仕事でわかったでしょ?」
「………なるほど」

そういやそうだった。
あいつらはにこにこ笑いながら、平気で俺をあのバケモノ達の餌食にしようとした。
俺のことなんて、なんとも思っていなかった。
確かにあれを考えれば、飲酒なんてかわいいもんだ。
本当に腐ってるんだな。

「人の命よりバケモノと仲良くやるのが大切って、変なの」
「ねえ。ホント変なの」
「まあ、俺に被害がないならいいけどさ」
「さすが朝日」

俺に害があるなら、許さない。
俺に害がないなら、勝手にやってくれ。
まあ、ムナクソ悪いのは違いないけど。

「飲みすぎるなよ、四天」
「分かってるよ、司狼。心配してくれてありがとう」

ちびちびと飲みながら角煮をつまんでいる四天サン。
そういや前に結構飲んでる時を見たことがあるが、全然様子が変わらず普通だった。

「四天サン強そうだよな。酔わないの?」
「飲みすぎたら酔うよ」
「飲みすぎることあるの?」
「んー、ほんの一時、酒をがぶがぶ飲んでた時あったよ」
「へー、あんたにもそんな頃あるんだな」

若かりしの過ちって奴だろうか。
大学生の新歓コンポとか飲みすぎるって言うしな。
ああ、しかし、この八宝菜もうまい。
卵でかぶったが、やっぱりウズラの卵は最高だと思う。
後、歯ごたえ的にキクラゲを外すことはできないよな。
今日のメインは角煮で、主役ではないものの、引き立て盛り上げる名脇役だ。

「うん。まあ、俺だって若い頃があったからね」
「あんた今でも若いだろ」

八宝菜と角煮をかっこみながら、適当に答える。
実際この人はまだ成人もしてない若い人だ。

「あはは、確かに」
「うん。大酒やめられてよかったな」
「まあね。お酒飲んでも尿酸値上がって、腎臓と肝臓痛めるだけって分かっただけだからもうやらなーい」

まあ、確かに多分飲みすぎていいことはないな。
ところでニョウサンチってなんだろう。

「飲んでた時って、アレ?大学生の新歓コンパ?だっけ?そういうの?可愛い子いた?」
「ううん、高校1年生の頃。思春期の自分に酔っていた頃」
「思いのほか若いな」

昔と言っても、てっきり大学に入ってからだと思っていた。
でも、高校1年生っていったら俺より若い。
よくあんなくそまずいもん飲めたな。

「大っ嫌いなアル中一歩手前の人と同じになってるって気づいてすぐやめた。酒飲んでもまったく何も解決しないしね」

大嫌いか。
この人が嫌いとか言うの珍しいな。

「へえ、あんた嫌いな人とかいるんだ」
「え、俺、そんな優しくて気がいい人に見える?」
「いや、まったく。嫌いになるほど人に執着しない人だと思ってた」
「………」

にこにことして人好きする人だけど、多分基本は俺と同じで、他人に興味がない感じの人だし。
嫌いにも好きにも、そんなにならないんじゃないだろうか。
あれだ、人を人と思っていない。
うん、それが一番正しい表現だな。

「………朝日は、本当に面白いよねえ」
「へ?」

ため息交じりに言われて、角煮に釘付けになっていた視線を上げる。
四天サンはビールを片手にゆるりと首を横に振る。

「ううん、なんでもない」

なら、ま、いいけど。
とりあえず、角煮はうまい。
この鍋も素晴らしい。
次は何を作ろうかな。



***




「今日からとりあえずお前の傍にいるわ」

朝、一緒に登校してきた玉野と別れてから、高橋に今日の計画を告げることになった。
席にいた高橋を呼び出し、人気のない特別教室に水垣と一緒に連れ出す。

「はあ!?
「だって、あんたの傍にいないと原因分からないし」
「何言ってんの!?」

何怒ってんだ、この女。
本当に面倒くせー。
隣にいた水垣が軽くため息をついて、俺をのけて高橋の前に立つ。

「ごめんね、朝から呼び出して。君の周りに起きてる怪異の原因を突き止めたいのと、そして君を守りたいので、今日は傍にいさせてもらっていいかな」
「あ、う、うん。分かった。ありがとう」

さっきの俺と同じことを言ってるのに、水垣には頬を染めて俯いて見せる。
こいつ本当に正直ものだよな。
いいけどさ。

「昨日はどうだった?大丈夫だった?何かあった?」

水垣が優しい声で問うと、ぶるりと高橋が震える。
顔を青くして、唇もまた震えている。

「カーテンの隙間から見えたり、帰る時の、道の角にいたり、たぶん、お風呂のドアの外に、なんか影があったり………」
「うん」
「やっぱり、いた」
「なるほど。ごめんね、怖いこと思い出させて」

目尻に涙を浮かべる高橋に、水垣が肩に手を乗せて覗き込む。

「今日はずっと、一緒にいるから」
「………あっ」

青ざめていた顔に、血の気が戻る。
高橋の顔が、見るからに明るくなる。
そして、にっこりと笑って頷いた。

「う、うん!」

イケメンパワーはすげーな。
俺にはできない。
つーかする気もない。
やっぱり俺にはモテることはできない。

「なあ、俺も必要?」
「当たり前だろ」

ちっ。
こいつだけいればいいと思ったんだけどな。



***




「原田君!」

特にまたあの黒髪白ワンピースが出ることもなく、昼休みまで来てしまった。
とりあえず昼でも食うかと腰を上げかけると、玉野がにこにこしながら近づいてきた。

「ご飯食べましょう!」

なんかすっかり一緒に食うもんって感じになってるな。
面倒だが、まあ、こいつのばあちゃんの料理食えるからいいか。

「こいつも一緒だけどいい?」
「ひっ」

高橋を指さすと、玉野が慌てて俺の後ろに隠れた。
俺の陰から、震えて覗いている。

「俺に隠れるな」
「何よ、その態度」
「だ、だって、高橋さん、なんか怖いし」

やっぱこいつ、絶対本当に怖がってないだろ。
つーか絶対いじめとか遭わないだろ。
遭っても気にしないだろ。
高橋が当然顔を赤くして、怒り出す。

「なんか怖いって何よ!」
「お前、相変わらずまったく気を使ってねえよな」
「ええ!?」

玉野が驚いたように俺を見上げる。
なんで驚くんだ。

「き、気つかってるつもりだったんですが!」
「どこがだ」
「え、だ、だって、高橋さん、ほら、私を視界にも入れたくないぐらいのいじめっ子じゃないですか!私のようなクズと一緒にいたくないだろーなーって思ったら、怖いですよ!」
「それを本人の前で言うのがまったく気を使ってないな」

なんて話しているときに、視界の隅に何かが映った。
教室のドアのところに、ひっそりと立つ、やや前かがみの女。

『あ』
「ひっ」

勿論ドアの方に視線を向けると、誰もいない。
うざいやつだ。

「いたね」
「いたな」
「な、なんかいませんでしたか!今!」
「………」

高橋が声もなくガタガタと震えている。

「玉野、何見えた」
「え、えっと、な、なんかこう、髪がボサボサで長くて、あんま外見に気を使ってない感じの人でした。でも細身でスタイルがいいお姉さんだった気がします」
「お前、やっぱり実は怖がってなくないか?」
「怖いですよめっちゃ怖いですよ。なんでですか」
「いや、その割には元気だなと」
「何言ってるんですか!今、ここを逃げ出したいのに原田君と水垣君から離れられないぐらいには怖いですよ!」
「なるほど」

でも絶対余裕あるよな。
生まれた時から見えてたって言ったっけ。
やっぱ慣れてんじゃねーのかな。

「で、高橋」
「な、なに」

高橋がまだガタガタと震えている。

「今、もうちょいで顔が見えそうだったな」
「………あ、ああ」

高橋がついにボロボロと泣き出す。
随分顔があがってきているように見えた。
まあ、ちらっとだから正確には分からないけど。

「大丈夫」

水垣がポンポンと高橋の肩を叩く。

「大丈夫だから、落ち着いて」

そして優しい優しい声で囁くと、高橋の涙が引っ込む。
すげーなイケメンパワー。
でもノープランだけどな。





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