今日は四天サンも志藤さんもいない。
朝食も二人だけだ。
何を作ろうか頭の中で考えていると、水垣が自室に向かう。

「ちょっと庭で体動かしてくる」
「おう」

古ぼけた一軒家はだいぶ老朽化してるが、敷地はその分広い。
塀で囲まれた庭には、体を動かすに十分なスペースがある。
四天サンや志藤さんと水垣、それにたまに俺も、そこで運動したり、体を鍛えたりしている。
四天サンや水垣はよく剣とか物騒なものを振り回してるが、周りからは特に何も言われない。
塀もあるけど、術がかけてあるせいなのだろうか。
結界が張ってあるのは分かるが、それがどういうものなのかは、俺には分からない。
まあ、それは今どうでもいい。
今大事なのは一つだ。

「さーて、何を作ろうかな」

といっても、だいたいは決まっている。
この前パンのセールをやっていたので、パンを買い込んだのだ。
そう、今日はパンを使った朝食の定番。

「サンドイッチだ!」

とりあえず、ベーグルとライ麦パンを使ってみるか。
よし、ベーグルのほうには、昨日のおかずの残りのジップロック鶏を入れてみよう。
パサパサになりやすい鶏ムネ肉が、ただお湯に付けるだけで、ここまでしっとりジューシーになるとは、考え出した人間は神だ。
昨日は生姜醤油でたれを作って食べたが、今日はキュウリとトマトとマスタードとマヨネーズでいってみよう。
そういえば、バターが最近品薄で困る。
バターの代わりにサンドイッチの水分を防ぐには、何を塗ったらいいのだろう。
これも考えておこう。

「ライ麦パンのほうは、ピーナッツバターとバナナのサンドだ」

この前ネットで見て、少しおいしそうだったレシピだ。
初めてなので少しドキドキするが、この組み合わせにハズレがあるはずがない。
いわば、今から勝利は確定しているメニューだ。
そういえばアーモンドクラッシュが残ってたな。
あれも入れてみよう。

「今日の朝食はなんだ?」

サンドイッチは卵のフィリングなどを作ると時間がかかるが、今回は材料はだいたい揃ってる。
野菜の水分をよく切る必要があるが、手早く用意ができる。
せっせと材料を挟んでいるうちに、シャワーを浴びたらしい水垣がやってくる。

「サンドイッチ。何飲む?」
「コーヒー」
「分かった」

水垣と志藤さんはコーヒーを飲むことが多い。
志藤さんは豆から挽いたりする本格派だが、俺は飲み物にはまだそこまでこだわりがないからドリップオンコーヒー。
じゃあ、俺もコーヒーにしておくか。
水垣、苦いのも苦手なくせに、コーヒーはブラックなんだよな。
かっこつけている。
四天サンはカモミールティーとかいうハーブティーが好きだけど。

「水垣、運べ」
「分かった」

キッチンまで来て、大皿に大雑把に盛り付けたサンドイッチを見て水垣が相好を崩す。

「うまそうだな」
「だろ!」

我ながら、鶏のベーグルサンドと、ライ麦パンのピーナッツバターサンドはおいしそうだ。
ダイニングに運んで、食事となる。
ゆで鶏はマスタードとマヨネーズとハーブの味が効いて中々美味しい。
ベーグルの歯ごたえともっちり感もすばらしい。
だが少しだけ不協和音だろうか。

「んー。鶏とベーグルだと歯ごたえありすぎて食べづらいな」
「確かに。口に入れるの大変だな」
「うん、次はもうちょっと柔らかいパンにしてみるか」

どちらもボリュームがありすぎて、噛み千切るのが大変だ。
次は申し少し弾力の少なめのパンがいいかもしれない。
ベーグルとライ麦が逆だったらよかっただろうか。
だが、まあとりあえず、うまい。

「後、マスタード減らしてくれ」
「子供舌め」

水垣と四天サンがいると、こういう時にメニューの幅が縮まってしまう。
困ったもんだ。

「こっちのピーナッツバターとバナナのやつ、うまい」
「これはほんと、予想通り、いや、予想以上にうまいな」

ピーナッツの香ばしさと、バナナの濃厚な甘さのハーモニー。
アーモンドクラッシュの歯ごたえも、そこに浮くことなくスパイスを加えている。
この組み合わせで外れがあるわけない。
そう分かってはいるものの、やはり素晴らしい調和だ。
予想された、勝利ではある。
しかしそれでも、勝利は嬉しいものだ。

「んー、うまい。パンも色々工夫するとおいしそうだよな。パン焼いてみたいなあ。ホームベーカリー買ってくんねーかな」

最初からオーブンで焼くというのは少しハードルが高い。
うちにあるのはオーブンレンジでそれほど性能高くないし。
簡単にホームベーカリーで作ってみたいな。

「………お前のその食へ対する飽くなき探求心はどこから来るんだ」
「そうだな」

言われて、考える。
中々難しい。
よく食へ対する執着について聞かれるが、俺にもよく分からない。
それに俺も知りたい。
なんでみんな、そんなに食べることへの執着がないのだろうか。
おいしいものを食べたい。
それは、当然の欲求なのではないだろうか。

「どこから来るかなんてわからない。強いて言えば、俺の、俺の存在が訴えかけている。そう、魂の叫びとでも言おうか」
「………」

水垣がなんだか虚ろな目でうつむいている。
せっかく答えてやったのに、なんだその態度は。

「なんだよ」
「………いや、なんでもない」

つーかどいつもこいつも、なんなんだろう。
食うことに、理由なんて、いるのだろうか。



***




そして玄関を出ると、今日も待っている眼鏡の女。
肩ほどの黒髪を揺らして、こちらに駆け寄ってくる。

「おはようございます」
「おはよう。お前も毎朝ご苦労だな」
「おはよう、玉野さん。暑いし、うちに入ってくれても平気だよ?」
「いいいいえええ、滅相もない!」

玉野は水垣の言葉に、髪を振り乱してぶんぶんと首を振る。
ていうかマジで微動だにしないあの眼鏡なんなんだ。
こいつの顔の一部なのか。

「滅相もないってなんだ。夜は入ってんじゃねーか」
「だ、だって、朝は入ったらアレですよね、朝のお風呂上がりの水垣君とか、寝起きの四天さんとか、スーツの上着を脱いだ志藤さんとかいたりするんですよね!?ですよね!?」
「あー、まあ、いるかな」

ていうか正確すぎてむしろこいつ家覗いてんじゃねーかレベルだな。

「た、耐えられません、そんなキラキラ空間!」
「おい、俺はどうした」
「原田君はご飯作ってるんです。いつも通りです」
「………うん」

本当に正確でやがる。
なんか今毒気が抜けて、殴る気がなくなった。
くそ、玉野のくせに生意気だ。
いつも通り殴ってやろうと思ったのに。

「つーか、別にもう一人でも平気だろ。そもそもお前一人でなんとか出来るだろ」
「いやです!原田くんの近くにいた方が何も怖くないです!何があっても原田君が矢面に立つので大丈夫です!」
「ほー」

よし、殴ろう。

「いだい!」
「お前はもう少し奥ゆかしく人を利用しろ」
「え?えっと、利用しているつもりとかないんですけど」
「どう聞いても打算100%じゃねーか。お前、なんで俺の近くにいるんだよ。俺に友情とか感じてるのか」
「え、えーと、えーと、原田君といると、いじめられないから、かな。あれ、えっと」
「ある意味正直でいいよな、お前」

ここまでストレートに利用されてると告げられると、いっそ怒る気を失くす。
絶対こいつ、一人で間違いなく平気だよな。

「お前ら本当に面白い。仲いいよな」

隣で見ていた水垣が、苦笑しながら俺たちを見ている。
心外だ。

「仲良くなったつもりはない」
「すごく仲良く見えるけど」

仲がいい、のか。
殴ったり貶したりしかしてないんだが。
よく分からず反対隣の玉野を見下ろす。

「仲いいのか?」
「い、いいんですか?分からないです。原田君はどう思いますか?」
「分からん。2年前から友達いないから」
「私なんて、人間の友達は生まれてこの方ほぼゼロですよ!」
「………なんかごめん。本当にごめん」

俺たちの会話に水垣が悲痛そうに顔を歪めて、俯く。
全然気にしてないのだが、謝られるとなんか心に来るからやめろ。

「水垣君は昔からお友達いっぱいいたんでしょうねえ」

玉野が水垣を羨ましそうに見上げている。
しかし、水垣はゆるりと首を横に振る。

「俺は、逆に2年前、こっちに来てから友達が出来たよ」

小さく笑って、俺越しに玉野の顔を覗き込む。

「それまでは玉野さんと一緒。友達いなかった」
「ええ!?」
「ていうかお前今、さらっと玉野を生涯ぼっちだって肯定したよな」
「だから、玉野さんとも友達になれて、嬉しい」
「と、友達ぃ!?む、無理です!?」

いつもながら華麗なスルーだ。
これがイケメンのスキルか。
ていうか玉野、驚きすぎて逃げるのも忘れてるな。

「友達になってくれないの………?俺は玉野さんのこと、友達だと思ってたのに。友達になる価値はないかな………?」
「そ、そんな、私のようなゴミ屑が、水垣君からの交誼を断るなんて、なんて………っ」
「………駄目?」
「う、うう、絶対分かってやってるって分かってるのに、イケメンの悲しそうな顔には抗えないですー!!!」

わざとだって分かってたのか。
つーか、玉野は本当にアホだな。

「お前らの方が仲がいいじゃねーか」
「仲良くなりたいんだけどなあ、ね、玉野さん」
「その笑顔で首を傾げるのってやめてくださいぃいいい!あざとくてもダメージでかいですぅうう!」
「いい加減にしてやれ、水垣」

玉野がすでに完全に涙目だ。
さすがにかわいそうになってきたので腕をひっぱって玉野を避難させる。

「はあ、っは、はあ、イケメンの威力半端ないです」
「そこまでか」
「玉野さんは本当に面白いなあ」
「でもお前、友達いなかったの?」

水垣が玉野から離れ、こちらを見て肩を竦める。

「友達はいなかったな。人は周りに大勢いたけど。だから今、ここにいられてすごく楽しい」
「へー」

友達がいなかったか。
そういや実家がなんか事情があるんだっけ。
その関係なのかな。

「は、原田君」
「ん?」

玉野が俺の袖をくいくいと引っ張る。

「み、水垣君ほどの人がぼっちだったんですよ!だったら私もぼっちでも当然じゃないですか!?」
「いや、水垣の場合はほらあれだろ、近寄りがたいってやつ。お前も別の意味で近寄りがたいけどな」
「そういう原田くんだって近寄りがたいじゃないですかー!!」
「近寄ってほしくもねーしな」

玉野が俺の袖を掴んだまま、がっくりと肩を落とす。

「と、友達ってどうやったら出来るんでしょうか」
「え?」
「私、友達、欲しいです」
「え、マジで?お前友達ほしかったの?」
「ほしいですよ!」
「そんな風には一切見えなかった」

つーか、こいつ友達いるって設定忘れてないか。
やっぱりいなかったのか。

「同じ学校で、一緒に帰ったり、買い物したり、お昼一緒に食べたり、放課後も一緒に美味しいもの食べたり、勉強会してみたり、してみたいです」

一緒に帰って、買い物として、お昼一緒に食べて、放課後も美味しいものを食べる。

「………」
「………」
「………」

登下校一緒で、一緒にスーパーやらドラッグストアに行って買い物して、昼も一緒に食べて、放課後はうちでメシを食う。

「それ、原田じゃない?」
「俺だな」
「は、原田君です!」

友達っていうのはそういうものだったのか。
結構衝撃だ。

「てことはマジで友達なのか」
「と、友達だったんですね、私たち」
「うん、もう、二人は友達でいいんじゃないかな」

驚く俺たちに、水垣がなんか投げやりに頷いている。

「そっか。………そっか、友達だったんだ」

玉野がなんか珍しくはにかみながら、何度か頷いている。
そして、赤らめた顔で、俺を見上げて、嬉しそうに笑う。

「あ、あの、あの、友達で、いてください!」
「………」
「答えてくださいよ!そこは頷いてくださいよ!」
「いやだってさ」
「だってさ、とか冷静に返そうとしないでください!」

友達って言われてもなあ。
玉野だしなあ。
まあ、一緒にいると面白いから、一緒にいるのはいいんだけど。

「………いいですよね。原田君はそんなぼっちでも、水垣君っていう友達がいるし」

玉野はさっきの笑顔から一転、拗ねたように俯き、唇を尖らせる。
水垣が友達か。

「あー、まあ、そうだな、うん」
「あれ?」

俺が頷くと玉野が不思議そうに首を傾げる。

「なんだよ」
「いやだって、ちょっと前まで全否定してたのに、どうしたんですか?」
「あー」

友達かどうか、は分からない。
少なくとも、水垣は俺のことが嫌いだしな。
でも。

「最近、俺、水垣好き。友達かどうかは知らないけど、俺は好き」
「え!?どうしたんですか!?人なんて心底どうでもよさそうな原田君が!?」
「いやだって水垣おいしいから、ふぐ!」

そこまで言ったら、いきなり後ろから口を押えられた。
羽交い絞めにされて、首も締められる。
苦しい。

「最近、少し仲良くなったんだ」
「え、え?そう、なんですか?」
「うん、そう」

さすがに苦しくなったので、なんとか水垣の腕から逃れる。

「ぷはっ、何すんだよ!」
「………余計なことを言うな」

水垣が低い声で、真剣に睨みつけてくる。
マジ切れしてる。
ちょっと怖い。
まあ、あんま刺激するのはやめておこう。

「えっと、原田くん」
「まあ、とにかく、割と最近は好きだ」
「そうなんですか?」
「うん。水垣は割といい奴だ」

おいしいし、割と優しいし、いいこと言うし、気遣いできるし、おいしい。
とりあえずおいしい。

「………俺は保存食か」
「保存しておくなんてもったない」

いつもいつだって味わっていたい。
水垣は沈痛な面持ちで、深く深くため息をついた。
そして、少し意地悪そうに笑って、俺たちに視線を向ける。

「それより二人とも、友達の楽しいイベントが一つ残ってるよ」
「へ?」
「え?」

なんだそりゃ。

「一緒にお勉強。二人とも、期末大丈夫?」
「ひっ」

玉野が小さく悲鳴をあげる。
ああ、すっかり忘れてた。





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