そしてなんか連日、玉野と一緒に昼メシを食っている。
こいつと別に食う約束とかはしてなかったんだが。
ま、いいけどさ。

「あの、あのですね、原田君」
「ん?あ、そのサトイモくれ」
「あ、はい。じゃあ、そのエビフライください」
「よし」

こうして、玉野のばーちゃんのメシも食える。
相変わらず、派手さはないもののいい仕事をしている。
ばーちゃん、やるな。

「あ、じゃなくて」
「ん?今日の夕メシは豚肉のピカタと、ナスとトマトのマリネサラダ、タラのアクアパッツァ」
「な、なんですか!そのかっこいいご飯は!」
「ナスを大量に買っちまったから、消費しないとなー」

ついうっかり、セールで大量に買い込んでしまったのだ。
この買い込み癖はなんとかしないといけない。
あまり同じ食材が続くと、他の奴らはともかく四天サンがうるさいし。
あの人偏食で子供舌なくせに、変なところで無駄に舌が肥えてるという厄介な人間だ。

「ち、違うんです!違うんです!」
「ん?」
「あの、あの」

玉野が箸を握り締めて、何か言いたそうに言いよどむ。
一体なんなんだ。

「あんたたち、本当に仲いいよね」

しかし玉野がようやく口を開こうとしたその瞬間、俺たちの席に影が差した。
見上げるとそこには、でかいお団子を結った活発そうな女がいる。

「あ?」
「へ、え?た、高橋さん」

玉野がかさかさと虫のように、逃げ出そうとする。
しかしここは壁際の席で、後ろはロッカー。
逃げる場所などない。

「逃げる場所ねーよ」
「そんな逃げないでよ。別にもう、いじめたりしないし」
「へー、もういじめないのか」
「し、しないよ!」

高橋は顔を赤らめて、唇を噛みしめる。
まあ、いじめられてもそこまで堪えることされてねーからいいんだけど。

「で、なんか用?」

昼食を邪魔されたので、ついつっけんどんな声になってしまう。
こういう態度はよくないだろうか。
ま、いいか、高橋だし。

「あ、あのさ、部活、ちゃんと、戻れたの。みんな、優しくって、怒ったりしなくて、迎えてくれたの。私ね、例え、レギュラーになれなくても、頑張ろうと思う」
「へー、そりゃよかったな。あ、玉野、お前そのナスの味噌炒めはやらねーぞ」
「よかったですね!じゃあ、えっと、こっちのウズラのベーコン巻はどうですか」
「よし、手をうとう」
「あんたたち、話聞けよ!」

俺たちが弁当を食べながら適当に話を聞いていると、高橋が急に怒り出す。
こいつは、どうも感情的だよな。

「何だよ。お前の部活とか興味ねーよ」
「あ、あ、私はありますよ。その、よかったですね!えっと、バレー部でしたっけ!おめでとうございます!」
「………」

怒って顔を赤くしていた高橋は、そこですっと真顔になる。
そして深い深いため息をついた。

「………もういいわ。なんていうか、あんたたちを苛めようとした方が私が本当、馬鹿だったわ」
「そうだな」

俺を苛めようとするのは間違いなく馬鹿だし、玉野を苛めても間違いなく堪えない。
つまり、ただの時間の無駄だ。
それを理解しただけ、高橋は他のやつらよりは賢いだろう。

「で、それだけ?」
「………あの、本当に、この前、感謝してるんだ」
「うん?」

何をしにきたのかもう一度問うと、高橋は目をそらしながら、ぼそぼそと話す。

「あんたには、ご飯おごるっていったけど」
「うん」

そういやまだ駅前のパスタ屋行ってねーな。
行って、さっさとこいつに請求しなきゃ。

「玉野にも、ありがとう。その、これ」

高橋は決まり悪そうにおずおずと、手を差し出してくる。
その手には、不器用にリボンをかけらたビニールの袋が二つ。

「なにこれ」
「く、クッキー」

すごく照れくさそうに、小さな声で呟くように言う。
言われてまじまじと見ると、そこには確かにクッキーが何枚か入っていた。
チョコやジャムなどがのって、中々綺麗にできている。
しかし包装と言い、焼き加減と言い、どことなく素人くささが漂っている。

「なにこれ、もしかしてお前が作ったの?」
「………うん」
「マジか。食えるの?」
「た、食べられるよ!」

ほんとかよ。

「よし、玉野食え」
「え、ええ!?」
「ほら、高橋よこせ」
「あんたね………」

言いながらもしぶしぶビニール袋をよこす高橋。
俺はその一枚を取り出し、匂いを嗅ぐ。

「変な匂いはしないな」
「だから食べられるって言ってるでしょ!」
「よし、ほら、玉野」

問題なさそうなので玉野に差し出すと、条件反射的に食らいつく。
ていうかこいつ大丈夫か。
毒を盛ったら一発でやれるな。

「どうだ」

もごもごとそのまま素直に咀嚼している玉野に聞いてみる。
すると顔をぱっと輝かせて頷く。

「おいひいです!」
「よし」

こいつは嘘をつけない。
つまりこれはうまいってことだ。

「あんたね………、もういいけど」

無事を確認して、俺も一枚口にする。
さっくとした歯ごたえ、やや焼きすぎなせいかほろ苦い生地に、チョコチップの甘さが効いている。
よくもわるくも手作りクッキーの優しい味だ。

「うん、うまい」
「おいしいですねえ」
「なかなかいける」

うん、中々いい味だ。
俺はお菓子作りは全然しないから、作れるのは尊敬する。
ていうか高橋、割といい奴じゃないか。

「じゃ、じゃあ、それ、お礼だから!」

俺たちの賞賛に、高橋が顔を赤くして、ふいっと振り向く。

「おう、ありがと!」
「ありがとう、高橋さん!」
「な、なにそれ、あんたたち、ほんと、調子いい」

高橋はそのまま背を向けて、すたすたと歩いていってしまった。
高橋は、結構いい奴だな。
今度はもう少し優しくしてやろう。

「うん、なかなかうまい。俺も今度作ってみようかな」
「はい、是非!私も食べさせてください!」
「えー」
「ひ、ひど!」

そこで玉野がいきなりはたと表情を改める。
開いた手で、パンと机をたたく。

「あ、そ、そうじゃない!」
「な、なんだよ!」

急な態度に驚いて、少しだけ身を引く。
玉野は真剣な顔で、俺をじっと睨みつけている。
らしくない、きつい毅然とした表情。
そして、ひとつ呼吸をすると言った。

「あの、原田くん、私の家、来ませんか!?」



***




言われるがままに、放課後、玉野の家に訪れた。
だって、ばーちゃんのレシピくれるって言うし、煮物くれるって言うし、仕方ない。
それは仕方ない。
ようは玉野に友達が出来たってことが本当か心配するばーちゃんに挨拶してほしいってことだった。

「………でけーな、おい」
「はい、おばーちゃんち、でかいです」

そして、訪れた玉野の家は、予想以上つーか予想外にどでかかった。
平屋造りの和風の家が見えるが、門から玄関までそれなりに距離がある。
そして、ぐるりと塀に囲まれた敷地内には庭もたっぷりありそうだ。
今住んでいる家も十分広いが、その家がゆうに2、3個入ってしまいそうな広さだ。
いつも世間体を気にして、手前の交差点までしか送ったことがなかったが、こんなでかい家が路地に隠れているとは思わなかった。
何だ、こいつ実はお嬢様とかなのか。

「おまえんちって、あれ?メーカとかいう奴?」
「いえ、別にいい家とかじゃないみたいです。おばーちゃんが稼いで建てて、柊弥ちゃんが稼いで維持してるそうです」
「成金って奴?」
「なんですかねえ」
「お前の本当の家も金持ちなの?」
「いえまったく。実家はこの家の半分もありませんよ」

半分もありゃ十分だろ、この広さ。
無駄すぎるだろ。
畑でも作るつもりか。
あ、それ、素敵だ。

「どうぞ、入ってください」

玉野に促されるがまま、門の中に入り込む。
入り込んだ瞬間に感じる、なんか不思議な感覚。
なんだろ、これ。
感じたことある気がするんだけど。
それに。

「………なんか変な匂いする」
「え?」
「やな匂いではないけど」

嫌な匂いではない。
ただ、なんか気配と匂いがする。
なんだろう、不思議な、感覚。
辺りを見渡すが、特に何が匂っているのかもわからない。
気配もどこからするのか分からない。
もしかしたら、気のせいなのかもしれない。

「原田くん」?
「ま、いいか。なんでもない」
「そうですか?」

不思議そうに首を傾げる玉野に続き、玄関までたどり着く。
曇りガラスが入った引き戸を開けると、カラカラと渇いた音がする。

「ただいまー。おばーちゃん、友達連れてきた」

中に入って玉野が声をかけると、奥から玉野に似た声が帰ってくる。

「萱子かい。お帰り」
「かやこ?」

聞き覚えのない単語に首を傾げる。
すると玉野が自分を指さす。

「私のことですよ。萱子。名前です」
「ああ、お前そんな名前だったんだ」

そんな古い感じの名前だったのか。
知らなかった。
そう正直に言うと、玉野が目を見開く。

「ひ、ひど!まだ知らなかったんですか!」
「だって教えてもらってねーし」
「私は知ってますよ!原田君は朝日です!」
「そりゃ、四天サンや、志藤さんが言ってたし」
「う」

じゃなかったら絶対知らなかっただろう。
こいつの態度からして、絶対知らなかったな。

「お帰り、萱子」

そんな話を家に上がらずしているうちに、玄関先に人が現れた。
白髪を結いあげて、背筋がピンと伸びて、小柄で細くて、けれどなんか迫力のある、着物姿の婆さん。

「その子がいつも言っていた子かい。えっと、原田君だったね、いらっしゃい、よく来たね」

堂々とした態度に、朗々と響く声。
こっちの背筋もぴんとしてしまいそうな、迫力。
隣の眼鏡女とは似ても似つかない。

「………お前のばーちゃん?」
「はい!」

本当なのか。
こんな堂々としたばーちゃんが。

「おや、この坊やは礼儀がなってないようだね。人様の家に訪れた時はまずなんて言うんだい?」
「お、おばーちゃん!」

俺が玉野に突っ込んでいると、ばーちゃんが片眉をあげて皮肉げに笑う。
玉野が慌てて、ばーちゃんに飛びつくようにして止める。
しかし、そんなの、全然気にならなかった。

「え、えっと、ハジメマシテ、オジャマシマス」
「は、原田君!?」
「ふふ、いい子だ」

俺の挨拶に、玉野のばーちゃんは楽しそうに笑う。
それから顎でしゃくるようにして、俺たちを促す。

「よく来たね。あがるといい。煮豆を作ってあるよ」
「は、ハイ」

笑うばーちゃんは温かい感じがして、素直に頷く。
さっさと廊下の奥に消えて行ったばーちゃんの後ろ姿を眺めていると、くいくいと袖を引っ張られた。

「どうしたんですか、原田くん!そんな素直に人の言うこと聞く原田くん、原田くんじゃありません!原田君はもっと乱暴で人のこと人だと思ってなくて偉そうで!」
「お前は俺のことそう思ってるわけだな」
「ひっ」

本当にこいつは、人のことなんだと思ってるんだ。
まあ、だいたいあってるけど。
いつもの俺だったら、そういう感じだろう。
あんな風に言われたらムカついて反発するだろう。
でも、ばーちゃんには、そんな気が起きなかった。

「………なんか、お前のばーちゃん、いい感じだな」
「まさかの老女趣味!?原田君、若い女の子に興味がないと思ってたらそんなことに!?」
「やかましい」
「いだ!」

本当に余計なことしか言わない眼鏡女の頭をはたく。

「なんだろ。落ち着く」

なんで、落ち着くんだろう。
なんか、懐かしい感じがする気がする。
懐かしいも何も、この二年間で、あんなばーちゃんに会ったことはない。
その前だろうか。
でもその前の記憶には感情がない。
懐かしい感じ、なんて分からないのに。
でも、そういえば記憶の片隅に、玉野のばーちゃんみたいな人が、いたかもしれない。

「そういえば、昔、会ったことのあるばーちゃんがあんな感じだったのかな」
「そうなんですか?」
「かな。でもそんな会った記憶ないんだけどな」

記憶の中にいる、楽しげに笑うばーちゃんは、玉野のばーちゃんに似てるかもしれない。
俺の家族はほとんど消え失せ天涯孤独らしいけど、昔々はいたようだ。
ただ、二年前以前の記憶の中でも、そのばーちゃんのことはよく覚えてない。
父さん側と母さん側、どっちのばーちゃんだったのだろう。
やっぱり思い出せない。
なのになぜ、懐かしい気分になるのだろうか。



***




「うまい!!」

そして茶の間というのにふさわしいちゃぶ台が置いてある居間で、日本茶と豆の煮ものを出される。
甘さ控えめながらも、柔らかくほっくりしていて豆自体のほのかな甘みが際立っている。
文句なしにうまい。

「これ、うまい、ばーちゃん。なにこの豆」
「金時豆と花豆だよ。ずいぶん渋い趣味してるね。若い子が気に入るとは思ってなかったよ」
「うまいものに若いも何もねーよ!豆の煮ものって初めて食べた!うまい!レシピ教えてくれ!」
「ああ、いいよ」
「ありがと!」

また新たな料理を知ってしまった。
世界が広がると言うのはいいことだ。
まだまだ俺には知らない世界がたくさんある。
ばーちゃんは楽しそうに食べる俺を見ている。
いい感じだし、料理もうまいし、本当に最高のばーちゃんだ。

「あんたは、萱子と仲良くしてくれてるらしいね」
「んー?」

仲良くしてるの、だろうか。
まあ、友達みたいだけど。

「この子は抜けてて少し馬鹿だけで口が悪いけど、まあ、悪い子じゃない………」

そこでばーちゃんは一回言葉を切る。
それから軽く首をふって、視線を逸らす。

「………悪気はない子なんだ。出来れば仲良くしてやっておくれ」
「たまに本当に悪気がないのか疑う時あるけどな」
「ないんだよ。本当に。ただ馬鹿なだけなんだ」
「ひ、ひど!」

俺たちの会話に、一緒に煮豆をパクパクと食べていた玉野が抗議の声を上げる。
家にいる時の玉野は、さすがに学校よりずっとリラックスして見える。
いつもこんな風にしてればいいのに。

「まあ、いいけどさ。アホでどんくさいけど、玉野面白いし。他の奴らと違って、面倒じゃない」
「は、原田くん!」

玉野はなんか顔を輝かせて、感動したようにこっちを見ている。
貶してるのは、気付いているんだか気づいていないんだか。

「わ、私も原田くん、怖いけど同じ日陰のイキモノとして、好きです!」
「お前はほんと一言多い」
「いだい!」

ばーちゃんの前だが遠慮なく頭を叩く。
すると、ばーちゃんは怒ることもなく、楽しそうにくすくすと笑う。

「面白い子だね、あんたは」
「へ?」

俺の湯飲みにお茶を注いでくれながら、ばーちゃんが聞いてくる。

「今はご両親以外と暮らしてるんだっけ?」
「うん。保護者みたいな人二人と、俺と同じように養われてるやつ一人で、四人で住んでる」
「そうかい。その養われてるやつってのは、確か萱子とあんたと同い年だっけ。その子も今度よければ連れておいで」
「んー」

ここの水垣を連れてくる、か。
まあ、いいけど。
あいつが来るかな。

「なんか楽しそうだね」

その時、部屋の外から、ゆったりとした声が響いた。
男性の声だが、少し高めで、中性的な声。

「おや、土竜が巣から出てきた」

ばーちゃんが茶化す様に言うと、襖がすっと開いた。

「ひどいな母さん。仕事がようやく終わったんだよ」
「あ、柊弥ちゃん!」

苦笑しながら入ってきたのは、背の高い細身の、和服の男性。
水垣が西洋風で、四天サンが和風のイケメン。
そう思っていたが、和風というのは、この人ことを言うのかもしれない。
この人に比べれば、四天サンはパーツ自体は西洋風だ。
一重で切れ長の目、唇も眉も薄めで、ひとつひとつのパーツは地味で、けれど不思議と全体的に整っている。
声と同じ、ほっそりとした、中性的な外見。
ばーちゃんに、よく似ている。

「萱子。お友達?」
「うん、前にも話したでしょ。原田君だよ」
「そう。よろしく、原田君」

にっこりと笑うと、その笑顔もやっぱりばーちゃんによく似ている。
ばーちゃんと似た気配。
似た匂い。

「………」

でもなんだろう。
このピリピリと痺れて、鳥肌が立つ感じ。

「原田君?ああ、ごめんね、名前を言い忘れていた。柊弥と申します」
「………ヨロシクオネガイシマス」

ああ、そうだ。
分かった。

なんか、こいつは、ちょっと怖い。





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