柊弥さんとやらは、俺の顔を見てにっこりと笑う。
穏やかな、涼しげな笑顔。
邪気のない、純粋にこちらを慮る、気配。
けれど、なんとなく居心地が悪い。

「原田君、名前は?」
「………朝日」
「そう、いい名前だね。朝日君って呼んでいいかな」
「………」

なんだろう。
嫌な訳じゃない。
嫌悪感ではない。
名前で呼ばれるのが嫌な訳ではない。
なんか、もぞもぞとする。

「おやめ、柊弥」
「え?」

近づいてきた顔に思わず身を引きそうになると、ばーちゃんが呆れたように制止する。

「まったく、子供を怖がらせるんじゃないよ」

怖い。
やっぱり、俺は、怖いのだろうか。
分からない。
ちょっと、怖いとは思った。
なんか、落ち着かない。

「いじめてなんかないよ。交友を深めようとしたんじゃないか。ね、朝日君」
「………」
「あれ、本当に怖がらせたかな」

この人に悪意も邪気も感じない。
言われてることも、馴れ馴れしいだけで特に変なことじゃない。
変なのは、俺だ。
なんだろう。
この四天サンを思い出す、胡散臭い笑顔が苦手なのかもしれない。

「は、原田くん?どうしたんですか?」

玉野が心配そうに隣から俺を見上げていくる。
どうかしたのかと言われれば、どうもしてない。
ちょっと、落ち着かないだけだ。

「………いや、なんでもない」
「大丈夫、朝日君?」
「平気デス」
「そう?具合が悪かったら言ってね」

名前で呼んでいいなんて言ってねーぞ。
でも、なんとなくにこにこと笑うこの人に言うこともできない。
穏やかな、負の感情なんて持ち合わせていないんじゃないかというような邪気のない表情。

「そうだ、朝日君はおいしいものが好きなんだったね」
「ん?」

そう言うと、立ち上がり居間から出て行ってしまう。
着物姿だが綺麗な裾捌きで、危なげない。
普段からずっと着物を着ているのだろう。
自分も最近たまに着物を着るから、それがどれだけ慣れてるかは分かる。
俺は歩くときに裾もぐちゃぐちゃになる。
水垣とか四天サンとかと同じぐらい、綺麗に身に着けている。

「お菓子をいただいたんだ。食べる?」

しばらくして、綺麗な白い箱を持って戻ってきた。
箱を見ただけで分かる高そうなお菓子。

「………お菓子?」
「うん」

柊弥さんはその白い箱のテープを取り、開く。
そこには綺麗な、色とりどりの丸いお菓子が並んでいた。
このお菓子は、前に志藤さんが買ってきてくれたことがある。
あの時のおいしさを思い出して、口に涎が溢れる。

「………これ、マカロン?」
「そうだね。僕は甘いもの詳しくないからよく分からないけどおいしいらしい」

食べたい。
甘くてさくっとしてじゅわっとする、お菓子。
視線をマカロンから、離すことができない。

「嫌いじゃなかったら、どうかな。食べる?」

そして聞かれて、一瞬も考えず頷く。

「うん。食べる」
「そう。よかった。萱子は食べる?」
「た、食べる!」
「うん」

柊弥さんが緑色のマカロンを一つ取り出し、玉野に差し出す。

「ほら、萱子」
「ありがとう!」

玉野がそのままぱくっと食いつく。
ああ、なるほど。
こいつのこの警戒心のなさは、こいつのせいなのか。

「おいしい!」
「そうよかった」

満面の笑みで喜びを表現する玉野を見て、柊弥さんも優しげに笑う。

「じゃあ、朝日君も」

そして、柊弥さんが今度は黄色のマカロンを取り出し、俺に出しだす。
勿論、その手から奪い取って、自分の手から口に放り込む。
そして、齧ると、さくっ、ぐにゃっとした不思議な食感。

「んまーい!!」

そして甘くてさっくりじゅわりでおいしい。
フルーツの味の生地とクリームが、見事に調和し、口の中に楽園を築いている。

「なにこれ、うまい!すごいフルーツの味がする!もっと食べていい?」
「お口にあってよかった。どうぞ、好きなだけ。萱子もお食べ」
「うん!」

許可が降りたので、遠慮なく他の味も試してみる。
これは、ゆず味か。
和風も入れてくるとは心憎い。

「これ、これがうまい」

ピンクを食べながら言うと、柊弥さんは箱に入ってたリーフレットを見る。

「これはえっと、フランボワーズだね」
「ふらんぼわーず?」
「キイチゴだよ」
「イチゴなんだ」
「ラズベリーともいうね」
「ああ、ラズベリー」

それなら知ってる。
ラズベリーとフランボワーズって、なんで名前が分かれてるんだろ。
後で調べてみよう。
とりあえず、うまい。

「んー、幸せ!」
「おいしいですね!これ、ゴマですよ!ゴマ!びっくりした!おいしいです!」
「こっちは紅茶の味がするぞ!」

柊弥さんはにこにこと笑いながら、マカロンに食らいつく俺と玉野を見ている。
なんだ、ちょっと怖いと思ってしまったがいい人じゃないか。
うん、俺が間違ってた。
いい人だ。

「母さんの煮豆とは比べものにはならないかもしれないけど、口にあってよかった」
「よく言うよ。そんなハイカラなもと私の地味な豆じゃ、月とすっぽんじゃないか」
「ばーちゃんの豆もおいしいよ。後で持って帰りたい」
「まったく、あんたは物好きだねえ」

だってどっちもおいしい。
そりゃ高さと洗練さと言われればマカロンだろうが、煮豆の素朴なおいしさだって捨てがたい。
おいしさに上も下もない。
うまいもんはうまいのだ。
うまいものの前に、すべては平等ですべてがひれ伏す。

「ああ、マカロンもよかったらもうひと箱あるから持っていく?」
「いいの!?」
「どうぞ。萱子がよくしてもらってるお礼」

やっぱり、いい人だ。
この人はいい人だ。
うん、俺が間違ってた。

「ありがと!」
「ふふ」

柊弥さんは目を細めると、そのスラッとした指で、俺の頭を撫でる。
頭を撫でられるなんて、四天サンが嫌味でやる以外されることはない。。

「………何?」
「いや、可愛いなって」
「………」

何言ってんだ、こいつ。
やっぱり、ちょっと変な人かもしれない。
いい人だけど、おいしいものくれるけど、変な人かもしれない。
隣でマカロンをもしゃもしゃ食べている玉野に視線を向ける。

「なあ、この人、男の頭撫でる趣味あるの?」
「え、ええ!?あるんですか、柊弥ちゃん!」

玉野が驚いて、向かいの柊弥さんにそのまま聞く。

「男でも女でも、可愛い子がいたら、頭も撫でたくなるだろう」

柊弥さんは慌てる様子なく、玉野の頭も撫でる。
玉野と同列か、俺は。
可愛いとか言われてもなあ。

「だそうですよ、原田くん」
「ふーん?でも変な感じだからやだ」
「おや、なんで?」

男に頭撫でられても可愛いと言われても嬉しくないというのもある。
それになんか、落ち着かない。

「なんか、落ち着かない」
「ははっ」

拒絶したにも関わらず、柊弥さんは楽しそうに笑う。
そしてまた俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。
人の話聞けよ。

「本当に面白い子だね、あんたは」

そうすると今度はばーちゃんが俺の頭を優しく撫でる。
柔らかい感触。
ふくふくとした、いい匂い。

「あたしは嫌かい?」
「ううん。俺、ばーちゃんの手の感触嫌いじゃない」
「そうかい」

ばーちゃんは楽しげに、からからと笑う。
なんだろ。
ばーちゃんの手の感触は、好きだ。
柊弥さんが楽しげに笑いながら肩を竦める。

「うーん、残念。母さんに負けた」
「当たり前だよ。熟女の魅力って奴だね」
「熟女?老女じゃないの?」
「は、原田くん!」

思わず正直に言ってしまうと、撫でてた手で額をぺしっと叩かれた。

「あたっ」
「まったく生意気で面白い子だね。」

だが気分を害した様子もなく、楽しそうにしている。
そして、目尻に皺を集めて微笑む。

「またおいで。今度は梅干しの漬け方でも教えてあげるよ」
「知りたい」
「ああ」

やっぱり、ばーちゃんはいい人だ。
ばあちゃんは俺の言葉に一つ頷くと、今度は玉野視線を送る。

「萱子。あんたもこの子を見習って、料理のひとつでもしてごらん」
「うぐ」

マカロンを食いつくし、また豆を食べていた玉野が小さく呻く。
それから俺を見て、恨めしげに睨みつける。

「ひどいです。原田くん………」
「俺かよ。なんでだよ」

俺と玉野のやり取りに、ばーちゃんと柊弥さんは楽しげに笑った。



***





「ただいま」
「お帰り、遅かったな」

リビングには今日も水垣一人だった。
志藤さんはともかく、四天サンはちゃんと学校でも行ってるのかな。
多分靴なかったし。

「玉野の家行ってきた」

俺の言葉に、ソファで本を読んでいた水垣が顔を上げる。

「玉野さんの家に?」
「うん」
「へえ。どんなだった?」

言われて、さっきまえいた家を思い返す。
一目ではどこからどこまでが敷地か分からないほどのでかい土地。
その中にたたずむ木造の平屋造りの家。
軋む廊下に、庭の森の陰。
変な匂いに、変な気配。
不思議と落ち着く、変な家。

「でかかった。なんか古臭くて。変な匂いがした」
「変な匂い?」
「なんか、懐かしい、というか、うーん。嫌な匂いじゃなかった。なんだろ、あれ。ただ、結構いいところだった」

何とも言えない、家だった。
悪い場所じゃなかった。
人んちだから、この家ほど落ち着くって訳じゃないが、あそこで昼寝ぐらいはできそうだった。

「ふーん?」
「後、いい感じのばーちゃんと、怖いにーちゃんがいた」
「お前の説明は相変わらず要領を得ないな」

水垣が呆れたように肩を竦める。
そう言われても、俺の中でもうまく整理がつかない。
勿論、この家ほど落ち着くわけじゃないんだが、嫌じゃなかった。

「えーと、玉野のばーちゃんがいた。なんか、いい感じの優しいばーちゃんだった」

キビキビとした背筋がピンと伸びた、多分、昔は美人だっただろうばーちゃん。
料理がうまくて、煮豆と煮物をお土産に持たせてくれた。
いいばーちゃんだ。
玉野には似ても似つかない。

「それと、玉野の叔父さんだっけ?がいた。ちょっと怖い感じだった」

そして綺麗に整った顔をした、穏やかな柊弥さん。
美味しいものくれて、優しくしてくれて、どうやら気に入ってくれたみたいだった。
俺も嫌いじゃない。
美味しいものくれた、いい人だ。
なのに、なぜかちょっと怖いと思ってしまう。
でも、次はケーキをくれるといったし、やっぱりいい人だ。
人好きのする、感じのいい人。
玉野には似ても似つかない。

「怖い?お前が?」

水垣が俺の言葉に、眉をあげて怪訝な顔をする。
そういや、俺が怖いって、自分でいうのもなんだが珍しいな。
でもやっぱり、あのピリピリした感じは、怖い、だよな。

「うん。なんか、変な感じがした。いい人だったけど。いい人で優しかった。でも、なんか、変な感じだった」

俺の説明に水垣が、小さくため息をつく。

「変な感じ、ばっかりだな」
「だって、分かんねーし」
「こっちが分からない」
「でも、いい人だった。ほら、マカロンもらった。食う?」
「餌付けか」

なんか失礼なこと言われた。
別に食い物でカイジューされたわけじゃないぞ。
多分。

「お前食い意地張ってる割には、独り占めしようとはしないよな」
「ん?」

リビングの机の前に座り、マカロンの箱を置いて、リボンを解き、蓋を開く。
誇らしげにきちんと整列している姿は、まるでお澄まししているお嬢様のようだ。
なんとも慎ましく美しい。
ソファに座ってる水垣が、俺を見下ろして笑う。

「おいしい食い物、分けようとするよな」
「んー。腹減ってたら一人で食うぞ?」
「ま、そうだな」

腹減りすぎてたら、人のことなんて気にしない。
全部ひとり占めして食う。

「マカロン、もらうな」
「ん、んまいぞ。あ、これとこれとこれはダメ。それ以外な」
「はいはい」

水垣は無難そうなチョコ味のマカロンを取り、口に入れる。
そして、一口齧って頬を綻ばせた。

「ああ、本当においしい」
「だろ!」

こいつの仏頂面も笑顔になる。
おいしいものはなんとも偉大だ。
誰だっておいしいものを食べればご機嫌になるだろ。
そうだ、ばーちゃんの煮豆も後で食わせてやろう。
まあ、こいつや四天サンはあんまり食わないかな。

「やっぱり、おいしいものは、ワカチアイたいだろ?」

おいしいものを食べると笑顔になる。
ご機嫌になる。
ならみんなで食べればみんなハッピーだ。

「クラスメイトとは分かち合いたい?」

水垣はマカロンを食べながら、少し笑って聞いてくる。

「は?なんであいつらにメシ分けてやんなきゃいけねーの?」
「高橋さんは?」
「んー?うーん、まあ、そんな好きなものじゃなければ」
「玉野さんは?」
「あいつ欲しがるからな、仕方ねーな。余ってたらやる」
「四天や縁は?」
「まあ、量があったら分けてやる」
「そうか」

水垣が楽しそうに小さく笑って、俺の頭を撫でる。
なんだ、こんなことされたの始めてたぞ。
今日は俺の頭を撫でるとアイスがもらえるとかのキャンペーンでもしてるのか。

「なんだよ。柊弥さんといい、お前と言い、男の頭撫でて何が楽しいんだよ」
「………柊弥さんって、玉野さんの叔父さんだっけ」
「うん。可愛いからって撫でられた」
「………奇特な趣味だな」
「奇特って?」
「珍しい人」

珍しい人。
まあ、うん、確かに珍しかったな。
俺の頭撫でて何が楽しいんだ。

「んー、ま、確かに。変な人だった。ただ、イケメンだったぞ」
「そうか」

そこで水垣が言葉を切って、少し考える。

「水垣?」
「次玉野さんのところ行くなら、俺も誘ってくれ。そのお祖母さんと柊弥さんを見てみたい」

そしてそんなことを言った。
まあ、あっちも会いたがっていたからそれは問題ないだろう。

「ああ、お前も連れてこいって言ってたからいいんじゃねーの」
「そうか」

水垣は頷くと、マカロンをもう一つ口に放り込んだ。





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