今日は少し寝坊してしまった。
のそのそと起きていくと、リビングにはのんびりと座ってお茶を飲んでいる四天サンがいた。

「おはよう、朝日」
「オハヨー。帰ってたんだ。早いな」
「ていうか今帰ったからね」
「ゴクローサン」

よく徹夜なんかで遊びまわれるもんだ。
寝ないと活動できない俺には考えられない。
この人、いつも寝てばっかいるくせに、ある意味体力あるよな。

「今日の朝ごはんはなあに?」

エプロンを身に着けキッチンに行くと、期待に満ちた声が聞こえてくる。
今日は寝坊したし、インスタンスとのスープとトーストぐらいにしようかと思ったんだがな。
この人がいるなら、それなりに手の入ったものを作らなきゃいけない。

「四天サン、何食いたいの?」
「徹夜明けだから、あっさりしたものがいいかな」
「簡単なのでいい?」
「もちろん」
「んー?」

考えろ。
深く深く考えろ。

俺は今、何が食いたい。
そして短時間で、手早く出来るものは何がある。
このところトーストなどの洋食が続いていた。
そうか。
ならばやっぱり、ここは和食だろう。
和食。
そして簡単に手軽に、今ある材料で出来るもの。
よし。

「お茶漬けにするか」
「あ、いいね」

四天サンも納得したようだ。
それならばお茶漬けを作ろうじゃないか。
お茶漬けはバリエーションが非常に多い。
鍋やお好み焼きと一緒。
何をも受け入れ包み込む、オールラウンダータイプのご飯だ。
お茶漬けと一言で言っても、そのすべては表しきれない。

「あんた梅干し嫌いだよな」
「嫌い」
「ったく」

水垣と四天サンのおかげで、随分レシピのレパートリーが狭まっている。
だいぶ面倒くさい。
まあ、その分この二人にうまいと言わせたときは快感なのだが。
とりあえず、梅干しは使えないと。

「うーん」

そうだ、塩鮭があったはずだ。
あれを焼いて、昆布茶と三つ葉と刻み海苔。
後は仕上げにごまを散らそう。

「………よし」

鮭を焼いてる間に昆布茶を急須に入れて、三つ葉を切っておく。
まだ手持無沙汰だったのでキュウリを切って軽く塩もみ、生姜を切って乗せて、元々あった千枚漬けも切って一緒に器にいれる。
肉気がなくて物足りなそうだから、常備菜のチャーシューを出してレンジにかける。
だいぶ常備菜が減ってるから、今度まとめて作ろう。

そうこうしているうちに鮭が焼けるので、ほぐしてご飯の上に載せて、ごまと刻みのりと三つ葉を散らす。
急須にお湯を入れれば、出来上がりだ。
漂う海苔と鮭の香ばしさと、昆布茶のいい出汁の匂い。
匂いを嗅いだだけで幸せになれそうだ。

「ほら、どうぞ」
「わー、おいしそう。簡単といいながら一品じゃないのがさすが朝日だよね」
「簡単だろ」
「料理が出来ない俺からしたら、漬物が自分で作れるだけですごい。ありがと」

こいつの場合は料理ができない、ではなく、しない、だろうけどな。
二人向かい合わせにお茶漬けを啜っていると、水垣が降りてくる音がする。

「おはよう。あ、四天、お帰り」
「うん、ただいま、司狼。おはよう」
「オハヨ」

水垣は俺たちが食ってるものを見て、少し首を傾げる。

「今日はお茶漬けか」
「嫌か?」
「いや、うまそうだ」
「よし」

もう用意はしてあるので、昆布茶を入れてくるだけだ。
さっさと用意して、三人でダイニングテーブルを囲む。
うん、インスタントの茶漬けもいいが、こうして作るのもうまい。
この季節はちょっと熱いけどな。

「そうだ、二人ともお仕事だよ。今週末」
「え」

お茶漬けを啜り終わった四天サンがふいにそんなことを言い出す。

「いいけど、テストが近い」
「ああ、そういえばそっか」

水垣の言葉に四天サンは思い至ったように目を瞬かせる。
そして俺と水垣の顔を見比べて小さく笑う。

「司狼は問題ないとして、朝日は困るかな。どうしようかな」
「いやほら、でも仕事って大事だろ。そっちを優先するよ。うん、仕方ない、仕方ない」
「お前な」

水垣のため息交じりのつっこみに、けれど四天サンはにっこりと笑う。

「ありがと、朝日。そんなに協力的なんて。仕事に協力した上で、赤点とらないようにするなんて大変だけど、頑張って」
「え」
「学業が本分だしね。その上で仕事もこなす。なんて朝日は優しい子なんだろ」

なんだそれは。
そんなことは言ってない。

「おい、四天サン」
「なあに?」
「………」

抗議しようとしたが、けれど完璧な笑顔で封殺される。
くそ。
変なこと言うんじゃなかった。
これだったらせめて仕事の方をサボりたかった。
今更許されないだろうけど。

「二人とも、試験期間中は、勿論家事は後回しでいいよ。ご飯はレトルトでもコンビニで買ってきてもいいし、俺と志藤も自分で用意する。掃除なんてしなくても死にはしない。まあ、洗濯はしないと駄目だね。じゃあ、俺がするよ」
「それはやめろ」
「四天はしなくていい」
「あれ、ひどい」

この前この人が洗濯をしたときは、縮むセーター、皺だらけのワイシャツ、色が移ったTシャツなど、わざとじゃないかというほど洗濯失敗のフルコースを披露した。
志藤さんもさすがに渋い顔で、手伝わなくていいって言ってたっけ。
四天サンは、坊ちゃん育ちのせいか家事全般については無知で、なおかつ実は割と大雑把なせいで、向いてない。
辛うじて出来るのはレンジで温める、お茶やラーメンのお湯を沸かす、そして掃除と片付けぐらいだ。

「あんた家事の才能ないじゃん」
「やればできると思うんだけどな」
「自分の実力を見誤るな。分を弁えろ」

下手に手を出されたくないので、はっきりと告げる。
すると四天サンは苦笑した。

「あー、なんかすごい懐かしいこと言われた」
「前に言われたことあんの?」
「言ったことあるの」
「オコガマシイな」
「はは、確かに」

それから小さく肩を竦める。

「ま、適当にするから、勉強優先にしてね。赤点とったらペナルティかな」
「………ちなみに、どんな?」
「んー」

さすがに養われてる身で文句は言えない。
食事抜きとかは本当に勘弁してほしい。

「お勉強する時間作らなきゃ駄目だよね。料理してもらうとか申し訳ないし、次のテストまで圧力鍋使用禁止とか、むしろ料理禁止とか、外ご飯につれていかないとか」
「や、やる!勉強する!します!」

想像以上にえげつなかった。
さすが四天サンだ。

「はい、お利口さん」

四天サンが手を伸ばして俺の頭を撫でる。
本当にムカツキ倍増しだ、この言い方。

「勉強位は教えられるから、いつでも聞いてね」
「………」

この人に教わるぐらいなら、水垣に教わった方がマシだ。
どんだけ嫌味を言われるか分かったもんじゃない。

「ああ、ただごめん。テスト前で申し訳ないんだけど、一つだけお願いがあるんだ。代わりに何かお礼考える」
「お願い?何?」

この人がメシのリクエスト以外で、俺にお願いなんて珍しい。
命令はするけどお願いなんてしない。

「なんか、持ち歩きが出来る、消化いいご飯を作ってくれないかな」
「は?」

ていうかメシのリクエストだった。

「俺の彼女が、朝日に会いたがってるんだ。朝日の料理が食べたいんだって」
「四天サンの彼女?」
「そう。体が弱いから、ほとんど外に出られないんだ。今度の仕事の前に、朝日の料理を持って、一緒にお見舞いにいってほしい」

この人の彼女か。
仕事の前だったら別に出かけるのは一緒だし。

「お礼はするよ?」

何より、四天サンの彼女とやらを見てみたい。
この人と付き合える女ってのは、どんな女なんだろ。
噂の魔性ビッチと二股かけられても文句を言わないんだろうか。
興味ある。

「んー、まあいいけど」
「ありがとう。食も細いから、出来れば食べやすいのでお願い。色々わがまま言ってごめんね」

四天サンは本当に嬉しそうに優しく笑った。
そしてその彼女のために謝罪なんかもしてくる。
まるで別人のようだ。

「あんたがそんな風に言うって、本当に大事な人なんだな」

彼女を大事にしているのが、ひしひしと伝わってくる。
志藤さんに向けるものとも、水垣に向けるものとも違う、柔らかい感情。
なんか、不思議だ。

「うん。とても大事な人だよ」

四天サンは少し目を伏せて、頷いた。
見たこともない優しい表情だけど、どこか寂しそうにも見えた。



***




そして昼休み、四天サンの依頼をどうしようかとレシピ本を眺めていると、後ろから軽く頭をはたかれた。

「おい、勉強はどうした」
「う」

いや、分かってる。
分かってるけど、これも大事なことだろう。
なにより四天サンのリクエストだ。
なんてことは、言い訳だってことは、誰よりも分かっている。

「は、原田君も勉強するんですか」

目の前で俺のレシピ本を興味深そうに見ていた玉野が、顔をあげてくいついてくる。

「………のっぴきならない理由により」
「わ、私もです!」
「どうしたんだ?」

玉野は悲しそうな顔で、肩を落とす。
そして、ぼそぼそと話し始める。

「お祖母ちゃんと柊弥ちゃんから、あんまり悪い点数取ると、あの家の草むしりと掃除を全部って言われたんです。後、柊弥ちゃんと夏休みは強制勉強合宿って。預かる以上、成績も管理する責任があるって…。お父さんとお母さんに、成績悪くなったら申し訳立たないって。私が成績悪いのなんて、こっち来る前からなのに!」
「俺だって頭悪いの元からなのにな」
「二人とも開き直らない」

水垣の冷静なつっこみに、俺と玉野は同時に黙り込む。
逃げても、目を逸らしても何にもならない。
うん、分かってる。

「………仕方ないから、少し勉強するか」
「は、はい」
「何からする?」
「私、英語がさっぱりです!」
「おう、俺もさっぱりだ」
「お揃いですね!」
「で、テスト範囲ってどこからなんだ」
「分かりません!」
「………あのなあ」

疲れたように深く深くため息をつく水垣。
それから俺と玉野の両方の頭を叩く。
ついに玉野まで殴られ始めた。

「とりあえず何でもいいからノートだせ。テスト範囲教えるからメモしろ」
「仕方ないな」
「は、はい!」

適当にその辺にあったノートを引っ張り出して、水垣が言うテスト範囲をメモする。
ていうかこいつ、なんで何も見ずにテスト範囲なんて言えるんだ。

「後で各教科のノートにちゃんとメモれ。というかお前ノート取ってるんだろうな」
「取ってるはずだが、何書いてあるんだかさっぱりわからない」
「………」

今開いたこのノートは古文か。
黒板に書いてあることを丸写ししたはずだが、たまにミミズのような文字があったり、いきなり思いついたレシピなんかがメモってある。

「このアホ」
「いで」

それを見ていた水垣が俺のノートを丸めて、俺の頭をひぱったく。

「玉野さんは?」
「ひっ」

玉野が慌てて自分のノートを胸に抱く。
ぜってーこいつも取ってない。

「………ノートは貸してやる。ただし教科書を見比べながら、どこの話をしているか確認しながら、自分で書き写せ。コピーはするな」
「えー」
「えーじゃない」
「いで」

もう一度殴られた。

「玉野さんも、いいね」
「は、はい」

なんか玉野への扱いがだんだんぞんざいつーか、俺と同レベルになってきた。
あ、ていうことは俺が玉野と同レベルなのか。
それは嫌だ。

「あ、あの、水垣君」
「ん?」

玉野がノートを胸に抱きながら、水垣を見上げる。
目は泳いでいて、まっすぐ見るって訳じゃないが。

「あの、あの、その、出来れば、勉強付き合ってもらえませんか」
「え?」
「私たち二人でろくな勉強ができるとは思えません!」
「俺とお前が一緒に勉強するのは確定事項なのか」
「あ、当たり前じゃないですか!」

当たり前なのか。
一緒に勉強するなんて一言も言ってないんだが。

「だって、と、友達なんですから」
「え?」
「そんなさも不思議そうな顔で聞き返さないでください!」

玉野が机に手をついて立ち上がる。
そして、珍しくすごい剣幕でまくしたてる。

「いいんです!それはいいんです!一緒に勉強するんです!」
「へい」

ま、いいけどな。
俺も一人だと確実にサボるし。

「そそ、れで水垣君、お暇なときでいいので、お願いできないでしょうか!」
「お前、水垣怖いんじゃないの?いいのか?」
「だって、水垣君以外にお願いできるような人がいません!原田君は一緒に勉強したいですが、役には立ちません!」
「だからお前は言葉を選べ」

とりあえず一発殴っておく。
まあ、言ってる通りだけどな。
勉強で役に立つとは思えない。

「す、すいません、お忙しいとは思うのですが、できれば」
「そうだな。俺も教えてほしい。ていうか何をすればいいのかさっぱりだ」

水垣は少しだけ考えてから、ひとつ頷いた。

「うん、いいよ」
「マジか」
「本当ですか!」
「俺で役に立てるかどうかは分からないけど、付き合うよ」

素直に喜んで顔を輝かせる玉野。
そして水垣がにっこりと綺麗に笑う。

「二人とも、頑張ろうね」

あ、なんか今、ぞわってした。





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