金曜日から学校の休みをとって、仕事に行くことになった。
こんなことなら試験があるから仕事はいやだって言えばよかった。
まあ、そんなこと言ってもたぶん連れていかれるんだろうけどさ。

仕事の場所はそんな遠くないらしく、その前に四天サンの彼女さんとかいう人に会いに行くことになっていた。
志藤さんの運転で訪れたその家は、こじんまりとした小さな古い平屋で、洋風と和風を足して2で割ったような家だった。
結構築年数が経ってそうな、古い木造の、でも懐かしい匂いがする家。

敷地は俺たちの住んでる家より随分小さいが、それでも小さな庭も付いている。
庭にある大きな木が揺れる音が耳に優しく、庭で寝たりするのが気持ちよさそうな家だ。

チャイムを鳴らすと、中年のちょっと太めのおばちゃんが出てきた。
え、もしや、この人が、四天サンの彼女か。

「いらっしゃいませ、四天さん。栞さんがお待ちです」
「いつもありがとうございます。これ、おみやげです。どうぞお子さんたちと召し上がってください」
「まあ、こちらこそいつもどうもありがとうございます」

途中で買ってきたケーキを渡しながら四天さんが朗らかにお話する。
まあ、そんなわけねーよな。
まさかの熟女趣味かと一瞬わくわくしてしまった。
まあ、そもそもこのおばちゃんは別に病弱に見えねーしな。
敵の一人や二人倒せそうだし。

「恐れ入りますが、お茶をお願いできますか。お昼は持ってきたので。栞の部屋に行きます」
「はい、すぐにお持ちいたします」

なんて話をしながら四天サンは勝手知ったる様子ですたすたと家の中に上がってしまう。
人の家なのに躊躇がない。
戸惑っていた俺も志藤さんに促され、一緒に上にあがる。
なんとなく、俺たちが住んでる家に似た、懐かしい匂いがする。
庭の木に阻まれ、光はわずかに差し込んでいる薄暗い家。
玄関の先には廊下が伸びていて、歩くたびにキシキシと音がする。
そんな広くもなく、お手伝いらしいおばちゃんが引っ込んだキッチンらしき部屋のドアが右手にあり、その隣に二つほどドアがある。
向かって左手には小さな庭が見えるガラス戸。
これがエンガワってやつなのかな。
台所と二つのドアを通り過ぎ、廊下の突き当りにあるドアに四天サンは迷いなく向かう
ノックをすると、ドアの向こうから響く、金平糖のような甘くてコロコロとした声。

「栞、入っていい?」
「どうぞ、入っていいよ」
「失礼します」

四天サンが声をかけて、ドアを開く。
その部屋は廊下と同じような薄暗い光りの差し込む、少し埃っぽい、けれど甘い匂いがする部屋。
陰と光にコントラストに満ちた部屋の奥のベッドに座り込むのは、細い細い女の子。

「久しぶり、栞」

四天サンが、聞いたこともないような甘い声を出す。
水あめに更に蜂蜜をぶっこんだかのような、優しく甘い声。
驚いて横を見ると、四天サンは見たこともないような優しい顔をしていた。
なんだこれ。
ていうか誰だこれ。

「しいちゃん」

ベッドに座っていた、長い黒髪の浴衣を着た女の子は、目を細めて同じような蕩けるような声で応える。
折れそうなほどに細い体、手足、こけた頬。
けれど四天サンを見て頬を赤らめると、途端に生気に満ちる。
ガリガリって言ってもいいほどだが、その笑顔は、見とれるほど可愛かった。
触れたら折れて壊れてしまいそうな、綺麗な綺麗な、繊細に作られた飴細工みたいな人だ。
ハカナイなんて言葉、日常生活で使うことないけど、この人みたいな人のことを言うのだろうか。

「体調は?」

四天サンがベッドまで近づいて、その頬にそっと触れる。
それこそ壊れ物を触るような、優しく、親しげで、愛しさに溢れている。

「しいちゃんが来たから元気になった」
「そう、ならよかった。俺も栞の顔を見て元気になれた。ごめんね。中々来れなくて」
「ふふ、しいちゃんが忙しいのは分かってるよ。頑張ってね」
「ありがと、栞」

そっと額にキスをすると、栞さんはくすくすと楽しそうに笑った。
だから誰だ、これ。
目の前のこの気持ち悪い少女漫画に出てきそうな男は誰だ。
ていうか居心地悪い。

「あなたが、朝日君?」

一通りイチャイチャすると、栞さんがようやくこちらに視線を向ける。
よかった、見えたはいたんだな。
自分が透明人間にでもなったのかと思ったぜ。

「えーと、はい」
「ずっとお話聞いてたんだ。会えて嬉しい。初めまして、私は、金森栞です。栞って呼んでね。あ、朝日君って呼んで平気?」
「なんでもいいです。ハジメマシテ」
「ありがとう。よろしくね」

やっぱりほっそいけど可愛い人だ。
くっそ、まあ、四天サンの彼女が可愛くないわけないよな。
知ってた。
そして栞さんはにっこりと笑って、水垣と志藤さんに視線を向ける。

「志藤さんも、司狼君も、来てくれてありがとう。ごめんね、忙しい所」
「いえ、私も栞さんにお会いできて嬉しいです」
「栞さんもお元気そうでなによりです」

一通り近況なんかを話していると、さっきのお手伝いさんがお茶を持ってきてくれた。
それを待って四天サンが俺を促す。

「そうだ、栞。今日は朝日が、栞のために料理作ってきてくれたんだ」
「え、本当!嬉しい!しいちゃん約束守ってくれたんだ!」
「栞との約束だからね」

いや、約束って、労働してるの俺じゃねーか。
ていうかしいちゃんって四天サンのことか。
一瞬つっこみたくなるが、間違いなく俺にとっていい結果にならないだろうか堪えた。

「ありがとう!朝日君!いっつもしいちゃんが美味しい美味しいって自慢するから一回食べてみたかったんだ!」
「うまいか知らないけど」
「確かに食べてみないとわからないね。でも、とりあえず私のために作ってきてくれたのが嬉しい」

まあ、食べもしないで褒められるより確かな感想だな。
期待されるのは悪い気分じゃない。
もってきていたバッグから、料理を取り出す。
お弁当箱を開くと、栞さんが顔を輝かされた。

「わあ、すごい!」
「えっと、オクラの白和えとイサキと野菜の甘酢餡かけ、豆腐のハンバーグと、こっちはアボカドのグラタン、野菜の煮物。で、煮豆」

指をさして、料理をそれぞれ説明する。
消化が良く食べやすいものということで、基本的に胃に優しいものを選んでみたつもりだ。
食材の消化のよさや体を温める効果など、調べればなかなか奥が深い。
夏野菜は体を冷やすものが多く、冬の野菜は体を温める効果があるものが多い。
旬っていうのは、やはり意味があるんだな。
分かってはいたが、料理の世界は広く果てがない。

しかし、水っぽいものが多くて重箱に詰めるのはなかなか苦労した。
サランラップ多様で、見た目はちょっとよろしくない。
こういう場合、どうしたらいいんだろうな。

「おいしそう!」

栞さんは素直ににこにこと楽しそうにしている。
その言葉はお世辞抜きに見える。
彼氏と違ってひねくれたところのない人だな。

「あと、栞さん、甘いものって平気?」
「大好きだよ」
「じゃあ、デザートはかぼちゃのお汁粉。あっためた方がおいしいけど、とりあえず今はまだそこそこあったかいと思う」

四天サンが栞さんのためには金を惜しまなかったため、欲しかったランチジャーと大きめのポットを買ってもらえた。
保温性の高さは、すでに実験により折り紙付きだとわかっている。
来る前に熱々に温めておいたから、まだ温かいだろう。

「すごい、デザートまで手作りなの!」
「最近ちょっとやりはじめた」
「しいちゃんが自慢するだけあるね!」

自慢してんのかよ。
本当かよ。

「もらっていいかな?」
「どうぞ」
「ありがとう!」

キラキラと目を輝かせる栞さんに一応持ってきていた割りばしを渡す。
弁当を前に差し出すと、いそいそと、けれど綺麗な仕草でお弁当に箸をつける。

「ん、おいしい!アボカド食べたの久しぶり!こっちの煮物もやさしい味ー!!」
「よし」
「んん、お魚もおいしい」

にこにこと本当に嬉しそうに食べられるのはやはりいい気分だ。
ていうかやっぱり可愛いな。

「栞、落ち着いて。お茶もあるし、テーブル用意するよ。俺たちも食べたいし」
「あ、あ、そうだね。がっついちゃった。ごめんね」

口元を押さえて恥ずかしそうに笑うのもまた可愛い。
しかし、本当に仕草の一つ一つが可愛いなこの人。

「可愛いな」
「は!?」

思わず口から出てしまった感想に、水垣がすっとんきょうな声をあげてこっちを見る。

「なんだよ」
「え、いや、お前、今」
「なんでそんな驚くんだよ。可愛いだろ、栞さん」
「いや、そりゃ、可愛いけど」

なんでそんなオロオロしてるんだ。
この人が可愛いってのは、誰も文句を言わないと思うのだが。

「こら、朝日。栞は俺のものだから、手を出したらダメだよ」
「出さねーよ」

四天サンが楽しそうに笑いながら、栞さんの頭をなでる。
誰がそんな怖いことするか。

「でも本当に珍しいね、朝日が女の子にそんなこと言うなんて」
「女子に飯食ってもらって、うまいって言ってもらうのはなんかいいな。満足感がある」

女子に食べてもらうというのは男どもに食わせるのとはまた違った満足感がある。

「お前らに食わせても、こんな可愛い反応帰ってこないしな」
「可愛い反応しようか?」
「やってる人間が大事なんだよ、可愛い反応は。俺が栞さんと同じ言動して可愛いか」
「まあ、それは同感だけどね」

小突かれると思ったけど、四天サンは苦笑して肩をすくめる。
女子がやるからいいんだ、女子が。

「女子が可愛く俺のメシを食ってうまいというのは中々いい」
「ていうか女子って、お前よく玉野さんに食事ふるまってるだろ」

水垣が眉をひそめながら聞いてくる。
あいつを女子ってカテゴリに入れてるこいつは偉いな。

「あれは餌付けだ」
「………お前」

可愛いといえるかもしれないが、犬猫に餌をあげる感覚だ。

「あはは、ありがとう、朝日君。本当に、美味しいよ」

栞さんが俺たちの会話を聞いて朗らかに笑う。
そんな笑い方も女子って感じで可愛い。
つーか俺の周りにいる女子って玉野とか高橋とかだしな。
こんな女子って女子はいなかった。

「皆さん、用意ができましたよ。私たちもご相伴に預かりましょうか」

なんて話をしていたら、一人てきぱきと食事の用意をしていた志藤さんが声をかけてくれる。
そして一同で食事の時間になった。

「かぼちゃのお汁粉なんてはじめて食べた。甘くて、でもしつこくなくておいしい!」
「そりゃよかった」
「うん、俺もこれ好きだ」
「水垣は野菜も食え」
「そうですよ、司狼さん。この煮物すごくおいしいですよ」
「………俺だけじゃなくて、四天にも言え」
「そうだよ、しいちゃん。お野菜もちゃんと食べな」
「はーい」

さすがに四天サンも、彼女には弱いらしい。
珍しくおとなしく野菜を口に運んでいる。

「四天サンも栞さんには弱いんだな」
「あはは。朝日君、しいちゃんにいじめられてない?」
「心外だな。司狼と一緒にものすごく可愛がってるよ」

可愛がるって言葉の意味は広いな。

「しいちゃんは好きな子ほど苛めるかならあ」
「それこそ心外。栞を苛めたことあった?」
「たまにね」

苦笑して肩をすくめる四天サンは、それでも楽しそうだ。
本当に、こんな穏やかな、フツーの人っぽいこの人初めて見た。

「朝日君、しいちゃんはものすごく扱いづらい人だけど、よければ、よろしくね。本当は結構いい子なんだよ」
「えーと、はあ」

なんとも答えづらく、語尾を濁す。
扱いづらいのところが大きすぎて、いい人部分がみえねーよ。

「朝日、何かな、その答えは」
「そんな風に脅す人間が本当にいい人とはおもえねーよな」
「本当に可愛いね、朝日は」
「いだいだいだいだ」

また頭をぐりぐりとげんこつで小突かれる。
だからその態度がいい人じゃねーんだって。

「あはは、すごく仲いいね」

彼氏のやることは全部ポジティブに見えるらしい彼女の言葉。
そう思うのは勝手だが、俺の主観とは違うことは言っておこう。

「栞さんの目にはすごいフィルターかかってんな」
「おい、原田」

水垣が咎めるように俺の袖を引っ張る。

「ふふ、とりあえずしいちゃんは、朝日君のことが大好きだよ。もちろん司狼君も、志藤さんも」

そして栞さんは少しだけ表情を改めて、目を細める。
ベッドの上で背筋を伸ばし、頭を下げる。

「これからもしいちゃんのことをよろしくね。志藤さん、司狼君。そして、朝日君」

そして低く落ち着いた声で、そう言った。



***




食事を一緒にして、栞さんが疲れた様子を見せたので、早々に退散することになった。
連れだってドアの外に出ると、ちょうど玄関先に誰かが、お手伝いさんに迎えられていた。
逆光になってよく見えないが、俺と同じぐらいの、男だろうか。

「………いらしてたんですか」

客も俺たちの方を見て、険のこもる声でそう言ってきた。
なんだ、知り合いか。

「ああ、迪、久しぶり」

相手の喧嘩腰っぽい態度とは真逆に、四天サンがいつも通り朗らかに笑う。
すすむ、か。
聞いたことはないな。
一歩近づくと、その姿が見える。
やっぱり俺とそう年の変わらない、黒い髪の目が大きな整った顔の細い少年。
誰かに似ている気がする。

「あまり、金森の家に出入りしないでくださいませんか。昔と違って、あなたと関わっていいことは、今の金森の家にはありません」

迪と呼ばれた人は、家の中に入ってきて、いきなりそんなことを言ってきた。
喧嘩腰つーか、フツーに喧嘩売ってるな。

「ここは金森の家じゃないよ。俺がもらった、栞の家。なんで迪は出入りしてるの?」

四天サンは朗らかに笑っているから一瞬気づかないけど、明らかに喧嘩を買った。
この人に喧嘩売るとか、迪とやらは勇気あるな。

「………身内の世話は、俺たちの義務ですから」
「それも俺と栞が雇った人間で賄えるはずだけど。何してるの?忙しいんでしょ?」

のんびりと、特に声の調子も変わらない。
ていうか楽しんでいる感じがする。

「もしかして本家の方に口出されてる?それならごめんね。でも、そんなはずもないと思うけど」
「………」
「まあ、大切なお姉さんの見舞いに来るのを止めはしないけど」

姉ってことは、栞さんの弟なのか。
つーか、なんでこんな喧嘩腰なんだ。

「栞に負担はかけないでね。俺の大事な彼女なんだから。それとここは俺の家だから、好き勝手しないでね」
「………」

迪さんが唇をきりっと噛みしめる。
あ、あれか、シスコンってやつか。
お姉ちゃんの彼氏が気に入らないってやつか。
まあ、あんだけかわいいお姉ちゃんなら仕方ないかもしれない。

「………当主にも選ばれず、本家を追い出された落ちこぼれが、偉そうに」

水垣がぎゅっとこぶしを握ったのが視界の隅に見えた。
一歩踏み出して、迪に向かおうとする。

「ダメだよ、司狼」

その手をそっと四天サンが抑える。

「じゃあ、落ちこぼれはとりあえず帰るよ。でも栞が具合悪くなるようなことあったら出入り禁止だからね」

何事もなかったようににっこりと笑って、玄関に向かう。
迪は顔を背けて、玄関先に突っ立っている。
とりあえず邪魔だ。

「………四天」
「なあに?一応俺は年上だから『さん』ぐらいつけてくれると嬉しいけど」

靴を履いて外に出るところで、迪はまた声をかけてくる。
こいつは四天サンにかまいたいのかかまいたくないのかどっちだ。

「………本家を追い出された厄介ものに、払う敬意なんてない!」

そういえばおいたして追い出されたとか言ってたっけ。
メーカとかは大変だな。
お家騒動ってやつか。
あれだろ、財産争いとかで、殺人事件とか起こるんだよな。
犯人は一番人がよさそうな奴。

「お前は、あの女と一緒に、大人しくしてればいいんだ!」
「だからそうしてるでしょう?俺と栞は、二人で大人しく隠居生活してるでしょ?何が不満なの、迪」
「………っ」

迪が握った手を、四天サンに振りかぶる。
あー、やっちゃった。

「迪さん、おさがりください。暴力はいけませんよ」

返り討ちにあうかと思ったが、さっと四天サンの前にあった志藤さんが迪の手をつかむ。
優し気に諭すように言っているが、手にすごい力が入ってるのが見てわかる。
迪の手、痛そうだなー。

「は、離せ!」
「はい、失礼いたしました」

志藤さんはにっこりと笑って、手を離す。
あー、あっちの手は痣になってそうだなー。
なんか可愛そうになってきた。

「じゃあね、迪。あんまりお姉さんを困らせるんじゃないよ」

四天サンはむかつく感じに手をひらりとふって玄関から出る。

「お前を、野放しにしている、先宮の気がしれない!」

まだくじけない迪が、なんか言ってる。
こいつ中々ガッツあるな。
四天サンがちらりと肩越しに振り向いて、口の端をゆがめた。

「ねえ、本当に」



***




「なに、あのドラマに出てくるいじめっこみたいなやつ」

車に向かいながら聞くと、四天サンが吹き出す。

「栞の弟。俺より二つ下のはずだから、えっと、二人より二つ上かな」
「超感じ悪いなー」

まあ、多少かわいそうな気もしたが。

「お気になさらず、朝日さん」
「志藤さん」
「四天さんはあのようなささやかな脆い虚勢を張る方を、気にされないですから」

あ、この人が一番怒ってるぽい。
そっとしておこう。

「こらこら志藤。まあ、まだまだ若いんだから仕方ないね。見る者すべてに噛みつきたくなる年だしね」

ていうかお前はいくつなんだ。







ご感想、誤字指摘。ポチだけでも。
こちらのメッセージには返信はしないです。



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