日直の用事で職員室へ行った宮守がいない教室で、佐藤が不思議そうに首を傾げた。

「ところでさ、アヤと三薙はいつ付き合い始めるの?」
「は!?」

紙パックのジュースを飲んでいた岡野が、ジュースを噴き出さんばかりな反応を見せる。
女子三人に囲まれていた藤吉も、便乗して岡野に問う。

「あー、そういえば、どうなの、そこんとこ」
「なんなんだよ、お前ら、最近」

岡野は苛立たしそうに髪を掻きあげて、吐き捨てる。
その不機嫌そうな声音は、知らない人間なら怯むかもしれないが、そこそこ付き合いの長い三人は特に動じることはない。
槇がおっとりと笑って佐藤に問う。

「ていうか、千津はいいの?」
「えー?」
「千津も、宮守君に興味があるみたいだったから」

槇の言葉に岡野が口をつぐみ、藤吉も気まずそうに眼鏡を直す。
けれど当の佐藤はあっけらかんと笑ってみせる。

「んー、ちょっといいなーって思ったけど、三薙、私に興味ないし。ならさっさと別に行く!」
「そっか」
「そーそー。アヤから奪い取ってやる!ってほどテンションは上がらなかったんだよね」
「だから私は!」

岡野が佐藤の言い草に口を挟もうとするが、他の三人はやっぱり聞かない。
藤吉が自分を指さし、佐藤にアピールする。

「たくましいなあ。俺とかどうかな佐藤?」
「あはは、藤吉面白いね」
「………いや、冗談じゃなかったんだけど」
「ねー、アヤいつコクるの?」
「コクらない!」
「おお、怒った」

岡野は忌々しそうに、ジュースをずるずると啜り、黙り込んだ。
これ以上話すことはないというように、そっぽを向く。
槇がとりなすように、穏やかに佐藤に諭す。

「こういうことは、あまり第三者が口出さない方がいいと思うよ」

槇の言葉に即座につっこんだのは岡野だった。

「あんたが言うな」
「私はもう少し、態度を軟化させた方がいいって言っただけだし」
「………ったく」

にこにこと笑う槇に何を言っても無駄と判断したのか、再度そっぽを向く。
佐藤は駄々をこねるように、ジタバタとその場で暴れる。

「えー、でもほら、もう三年だよ!高校生は終わっちゃうんだよ!最後の夏休み!夏祭り!クリスマス!いいの、恋人がいなくていいの!?」
「千津、自分は?」
「だって私はアテがないもん!なら、友人の恋を応援しようと思って!私キューピッド!」
「あはは、随分強引なキューピッドだね」
「恋は少しくらい強引じゃないと!」

テンションを上げる佐藤と、そんな佐藤を笑いながら見ている槇。
女子達の会話を見ていた藤吉が、遠慮がちに口をはさむ。

「俺も、そういうのは口出さない方がいいと思うけどなー。周りが口出したらうまく行くもんもいかなくなるだろ」
「そうそう」
「えー、でもさー」

藤吉の言葉に、槇がうんうんと頷く。
話に加わらないことをアピールするように、ストローをガジガジと噛んでいた岡野が、小さくつぶやく。

「だからそもそも、なんで私がって話になってんだよ。私はあいつのことなんて」
「どうも思ってないの?」
「………思ってない」

槇のつっこみに、岡野は鼻を鳴らして言い捨てる。
意地っ張りを発動させてしまった親友に、槇が苦笑する。
藤吉も困ったように笑いながら、岡野に言う。

「まあ、今日は帰り、三薙をお茶にでも誘ってあげてよ」
「なんで、私が」
「サービスサービス。たまには女の子と二人きりとか、あいつ喜びそうじゃん」
「何がだよ!」

完全に臍を曲げた岡野が目を吊り上げて、怒鳴りつける。
さすがに本気で不機嫌になってきたようで、他の三人もようやく口をつぐむ。

「だいたいあいつは、私っていうより」
「皆、どうしたの?」

そこで、話題になっていた当の本人が帰ってきて、なにやら言い争っている友人達を不思議そうに見ている。
岡野が後ろを振り向いて、宮守を睨みつける。

「え、な、何?」

何も知らない宮守は、その視線に怯んで一歩下がる。
そのやりとりに苦笑しながら、藤吉がフォローするようにひらひらと手を振る。

「お帰り、三薙」
「ただいま、誠司。何かあったの?」

恐る恐る聞く宮守の腕に、佐藤が抱きついた。

「待ってたよー。アヤがね、お話あるんだって」
「わ、抱きつかないで、佐藤!」
「だから千津だってば!」
「ご、ごめん!」
「もー、それでね、アヤが話があるって」

なんとか佐藤の腕から逃れ、宮守が焦りながらも問い返す。

「お、岡野が話?」
「そうそう、ね、アヤ?」
「なっ」

急に振られて、岡野が息を飲む。
宮守がビクビクとしながら、それでも恐る恐る岡野に聞く。

「な、何?どうしたの?」
「………」
「岡野?」

むっつりと黙りこんだ岡野に、宮守が近づいてもう一度問う。
他の三人はじっと、その様子を見守っている。

「どうかしたの?」
「………今日の帰り、遊んで帰るから」
「え?」
「暇?だったら行くよ」
「え、今日は、暇だけど」

誘っているものの不機嫌そうな岡野に、宮守は困惑して泣きそうな顔をする。
何がなんだかわからないように、あたふたと周りを見渡す。
他の三人は何やら二人を眺めてにやにやしていて、宮守の戸惑いを解決してくれるような人間はいない。
岡野はむっつりとした表情のまま、先を続けた。

「皆で、遊びに行くよ」
「皆で?」
「そう。こいつらと」

こいつらと言って藤吉と槇と佐藤を指さす。
指された三人は驚いたように目を丸くする。

「へ?」
「ええ!?」

三人の様子に、宮守はやっぱり困惑し、首を傾げる。
友人達の言うことがバラバラで、何がなんだかわからない。

「えっと、遊びに行くの?」
「そう。行くの行かないの?」

岡野が更に詰め寄ると、宮守はちょっと躊躇って、それでも頷いた。
少し恥ずかしそうに頬を赤く染めて笑って、大きく頷く。

「行く!」

それから嬉しそうににこにこと笑いながら、岡野に問いかける。

「どこ行くの?」
「これから決める」
「そっか」

そんな様子を見守っていた藤吉が困ったように小さくため息をつく。
それから明るく笑って宮守に聞く。

「三薙、どこ行きたい?」
「どこがいいかな」
「俺ら、本当に勉強してないなー」
「あはは、確かに」

宮守は、困ったなと言いながら、はしゃいでいる。
佐藤も軽く宮守の肩を叩く。

「まーまー、息抜き息抜き。友達といっぱい遊べばその分効率も上がるよ!」
「息抜き多いねえ」
「気にしない気にしない」

槇と佐藤は塾の時間があるので、それまでどこかに行こうという話になった。
どこに行くかなんてことを話していると、ふと宮守が黙りこむ。
そして、恐る恐る、小さな声で、誰にともなく話しかける。

「………なあ」
「ん?」

藤吉が、首を傾げる。
宮守は、緊張した面持ちで、一度唾を飲み込む。

「俺、うまく、出来てるかな」
「何が?」
「俺、ほら、友達いなかったし、人付き合い、うまくないから、皆のこと、不快にさせてないかな。ちゃんと、出来てるかな」

少し俯きながら、つっかえつっかえ、問う。

「迷惑、かけて、ないかな。いや、かけてるんだけど。でも、えっと」

おどおどと周りの人間を見渡すと、まず反応したのは岡野だった。
眉をつりあげ、低い声で、宮守を見下す。

「そういうこと言っちゃう、うざったいところが駄目」
「う」

宮守が呻いて、俯く。
ついで槇が、穏やかに笑って可愛らしく首を傾げる。

「そうだなあ、あんまりネガティブ過ぎるのはフォローするのも疲れるかな」
「う、ご、ごめん」

更に唸って謝りながら、視線を下に下げてしまう。
佐藤が不思議そうに聞く。

「迷惑って、何?どういうこと?三薙なんかしたの?」
「い、いや、してないけど」

佐藤の反応に小さく笑って宮守が首を横に振る。
藤吉がくすくすと笑いながら、ポンポンと宮守の肩を軽く叩く。

「ま、皆迷惑かけつかけられつ、だろ。大丈夫だよ。変なことしたらここのお嬢様方は鉄拳制裁をもって矯正してくれるよ」

藤吉の言葉に岡野が、睨みつける。

「あ?」
「ご、ごめんなさい!」

慌てて謝る藤吉に、槇が楽しげに笑いながら、宮守をまっすぐに見上げる。

「まあ、藤吉君の言うことは一理あるかな。私も彩も千津も、多分嫌なことは我慢しないから、宮守君が嫌なら言うよ。あはは、私達の方が性格悪いね」

宮守は、友人達の言葉を受けて、最初は戸惑っていたが、徐々に理解の色を示す。
そして、小さく何度も何度も頷く。

「………そっか、うん」

そこにごつい指輪をいくつも付けた岡野の手の平が、宮守の頭をはたく。

「うじうじ考えこんでんじゃねーよ、このへたれ」
「ったっ、う、うん、ごめん」

頭を抑えながら、もう一度頷く。
それから、ぎこちなく表情を緩める。

「………ありがとう」

ぎこちない笑い方は、それでも嬉しさが溢れ出ていた。
照れたように顔を赤らめて、堪え切れないようににやにやと笑いながら俯く。

「俺さ、本当に、皆に会えてよかった」
「………」
「………」
「………」

宮守の言葉に、藤吉と岡野と槇は、思わず黙り込む。
一人動じない佐藤が、もう一度宮守の腕に抱きついた。

「私も三薙に会えてよかったよー!」
「だから抱きつかないで佐藤!」
「俺は抱きついてもいいよ、佐藤!」
「え、藤吉はやだ」
「なんで!?」

そしてまた騒ぎ始めた三人を見て、岡野がぼそりと隣の槇に言う。

「………まだ、このままでいい」

槇も、嬉しそうに藤吉と佐藤とじゃれている宮守を見て苦笑しながら頷く。

「そっかあ。そうだね、うん、そうかも」
「そ。そういうこと」

岡野も騒いでいる三人に混じり、宮守の頭を叩く。
宮守は痛いと抗議しながらも、嬉しそうに笑っている。
槇は、もう一度だけ頷き、誰ともなくつぶやく。

「もう少しだけ、このままでいるのもいいね」

じゃれあう友人達を見て、小さく笑った。





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