「暇だ」

突然ソファでごろりと仰向けに転がると、双兄はそんなことを言い出した。
今まで寝ていたのに、目が覚めたのだろうか。

その日は珍しく、兄弟四人が全員揃っていた。
一兄と双兄と四天が揃っているのは、あまりないことだ
四天はどうでもいいけど、二人の兄がいるのは、嬉しい。

「暇だああ」

夜通し飲んでいたらしい双兄は、細長い手足をソファに投げ出してゴロゴロとしている。
朝方、一兄と俺と四天が何するでもなく集まっていたリビングに来ると、高いびきをかきはじめたのだ。
特に気にすることなく、そのまま一兄は新聞読んだり本を読んだりニュースを見たりして、俺と四天はゲームをして遊んでいた。
すっかり寝たと思っていたら、いきなりのこの発言。

「暇だあああああああ」
「うるさい」

一兄が面倒くさそうに冷たく本から目を離さずに切り捨てる。
一人掛けのソファにゆったりと腰かけて、長い脚を組んでいる。
そんな姿は、本当に大人の男って感じがする。

「暇なら修行でもしてこい。最近なまっているだろう」
「どうして休日の朝っぱからそんな陰気なことしなきゃいけないんだよ。兄貴じゃないんだからさあ」

その瞬間、一兄の青い力が空気を揺らして、不安定な格好で寝ていた双兄をソファから引きずり落とす。
無防備になっていた双兄はしたたか背中を打った。
上半身を起こして、忌々しげに抗議の声を上げる。

「いてえ!力使うなよ!」
「これくらい防いでみせろ。修行不足だ」

やっぱり一兄は冷静な声で、あっさりと返した。
長兄は、次兄に対しては結構冷たい。
双兄は口をへの字に曲げてぶちぶちと文句を言いながら長い髪をかき回す。

それから、双兄のオレンジ色の力がゲームに夢中になっていた四天に向かう。
四天の隣にいた俺は、思わず身を竦める。
が、それは末弟に届く前に白い力に跳ね返された。
更に、白い力はオレンジ色の力を飲み込むと、そのまま持ち主の元へと向かう。
白い力が双兄の足をからめ捕る寸前、双兄がそれを防ぐ。
パシンと音をたてて、空気が揺れた。

「っぶねー!」
「やめてよ、双馬兄さん」

四天はゲーム機から目を離さないまま、双兄に冷たく告げる。
双兄はふてくされたように渋面を作る。

「かっわいくねーな、お前は本当に!」
「それはごめんね」
「かー、かわいくない!」

つまらなそうに叫んだ瞬間、今度は双兄の力が俺に向かう。
まさか自分に矛先が向かうとは思わず、咄嗟に身構える。
しかし、俺はそんな瞬間的に力は作れない。

「わ!」

多分それは冗談ぐらいに弱められた力だろうが、当たった時の痺れるような痛みを思い出す。
なんとか力を練って、微弱な防御を行おうとする。
だめだ、やっぱり間に合わない。

バシッ!

思わずぎゅっと目をつぶると、空気が弾ける音がして前髪がかすかに揺れた。
しばらく待っても、力は届く様子はない。
目を閉じる前に見えたのは、オレンジと白と青のハレーション。
恐る恐る目を開く。
そこには、もう何もなかった。

「双馬、道場に放り込むぞ」
「兄さんを狙うと俺にも被害が来るからやめてよ」

不機嫌そうな一兄と四天の声。
どうやら、二人が防いでくれたようだ。
ほっと胸を撫でおろす。

「わーったよ」

長兄と末弟に本気の声でたしなめられ、次兄はしぶしぶ頷く。
それからソファに背を預けたまま、俺に向けって指を一本立てた。

「いいか、三薙、修行が足りないぞ。これくらい防げるようにならなきゃ」
「………それが言いたかっただけだろ」
「あー、三薙もかわいくなーい」

またソファに寝っ転がって、ごろごろし始める。
本当にこの人はしょうがない。

「あー、暇だー」

一兄と四天は完全に無視。
俺は仕方なく、ずりずりとソファに近寄って、自分のやっていたゲームを差し出す。

「双兄、ゲームやる?」
「そんなお子ちゃまがやるようなもの、この大人の男の魅力の俺にできるか」
「何が大人の魅力だよ、この前徹夜でやってたくせに」
「二週間もありゃ、男は大人になるんだよ。お前はまだまだお子ちゃまだから分からないだろうけどな」

せっかくの提案をすげなく返されただけでなく馬鹿にされて、むっとする。
四つも違うから、そりゃ確かに双兄は大人だ。
でも、こんなどうしようもない態度の人に大人だとか言われたくない。

「誰がお子ちゃまだ!子供は双兄だろ!大人の男ってのは、一兄みたいな人を言うんだ!」
「お前、ほんっと、兄貴特別扱いだよなあ。ひいきひいきー」
「一兄は双兄みたいなガキっちいことしない!」
「兄貴が大人だあ。あいつこの前なあ……」

何かを双兄が言いかける。
しかし、そこでそれまで黙っていた一兄が低い声で割り込む。

「双馬。お前の所業、全部父さんにぶちまけるぞ」
「すいません、なんでもありません」

即座に謝る双兄。
何がなんだか分からず、俺は一兄の座る一人掛けのソファに視線を向ける。

「一兄?」
「なんでもない。三薙、そんなのかまってないでこっちこい」
「うん」

確かにこの人に関わっていても絡まれるだけなので、ずりずりと今度は一兄の傍に移動する。
一兄の座ったソファに背を預けると、大きな手が俺の頭をくしゃりと撫でた。
恥ずかしいが、少し嬉しい。

「ほら、ガキだー」

頬が緩んだのを目敏く見つけられて、双兄に野次を飛ばされる。
恥ずかしさもあいまって、思わずまた噛みついてしまう。

「だからガキはそっちだろ!つーか俺より四天のがガキだろ!」

矛先を向けられた四天は特に気にすることなく、まだゲームに目を落としている。
双兄は馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

「四天がガキだあ。いいか三薙、四天はお前よりなあ」
「双馬兄さん、この前の借り、今すぐ返してもらうよ」
「分かりました。言いません」

四天の冷たい声に、双兄はそう言って口を閉じた。
俺にはやっぱり何がなんだか分からない。

「四天?」
「そんな酔っ払い気にしなきゃいいんだよ」
「………」

そりゃそうだけどさ。
だって、双兄が絡んでくるから。
ぶちぶちと口の中で文句を言っていると、双兄がソファで転がりながらまた馬鹿な事を言い出す。

「まったく、兄貴も四天もほんっと性格悪いよなあ。俺の癒しはお前だけだあ、みつー」
「双兄も十分性格わりーよ!」

そんな休日の昼下がり。





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