「あ、これ、かわいい」

久々のデートの最中、栞は学生をターゲットにしているような雑貨屋の前で足を止めた。
目を止めた薔薇をモチーフにしたネックレスに目を輝かせる。
四天も足を止めて、栞の視線の先に目を向ける。

「どれ?」
「これ。あー、でもこっちもかわいいな」

そう言って手にしたのは、シックな薔薇のネックレスとは違い、和風で控えめなデザインの睡蓮をモチーフにしたブレスレット。
両方を手にとり、しげしげと注意深く眺める。
その姿を見て、四天は少し笑ってブレスレットにそっと触れる。

「こっちの方が好きだな。でも、栞にはどっちも似合う」
「もう、しいちゃんはうまいんだから」
「俺は栞には嘘はつかないよ」
「どこでそういうのを覚えてくるかなあ」

さらりと嬉しいことを言う恋人に、栞は顔を赤らめる。
いつだって出てくる臭い言葉は他の人間が言えば呆れてしまうかもしれないけれど、四天が言うのなら話は別だ。

「もう。でも、そっか。じゃあ、こっち、お小遣い出たら買おうっと」
「今買わないんだ」
「金欠なんだ。すぐお小遣いの日だし」

それからしばらくいくつかの店を冷やかして、お互いトイレに行ってから店の外に出る。
そしてしばらく歩いてから、四天はそっとかわいいリボンのかかった包み紙を栞に差し出した。

「はい」
「へ?」

なんのことか分からず首を傾げる栞に、四天は楽しそうに笑っている。
その悪戯が成功した子供のような笑顔を見て、栞はそれがなんなのかを思い至った。
悔しそうに、四天を見上げて唇を噛んだ。
そしてその長くつややかな髪をくしゃくしゃにして、うなる。

「うー!」
「どうしたの?」
「あーもう、失敗した!あんなこと言ったら絶対しいちゃん、こうするに決まってるのに」
「あれ、読まれてた?」
「読んでたら、こんなことさせない!」

聞くまでもなく、その包装紙の中身はさっき栞が欲しいと言ったブレスレットだろう。
すでに自分で稼ぎを得ている年下の恋人は時折こうして自分のために散財する。
気をつけてはいるものの、忘れた頃にやるからタチが悪いのだ。
上目遣いに睨みつけると、四天はそれすらも楽しそうにくすくすと笑う。
栞は目を吊り上げて、ビシッと指を立てる。

「いーい、しいちゃん。いくらしいちゃんがお金持っていても、こういうのは駄目。一般的な感覚を忘れないようにっていっつも言ってるでしょ!プレゼントは記念日のみ!中学生レベルのものだけ!いい!」
「だって栞に似合うと思ったから、つい買っちゃったんだ。許してくれない?」
「う」

年下らしく甘えるように首を傾げる四天に、栞はつい頷いてしまいそうになる。
いつも大人びている四天のそんな顔は、中々見ることが出来ない。
そんな自分を戒めて、ぶんぶんと首を横にふった。

「そういうこと言っても駄目!じゃなきゃもうしいちゃんとは買物に来ない!」
「それは嫌だな」
「だったらこういうことしないの!」
「はあい」

肩を怒らせて怒る栞に、四天は気のない返事をする。
全く反省していない様子で、軽く肩をすくめる。

「どうせ、あぶく銭なのに。持ってても仕方ない」
「将来何があるか分からないでしょ!ちゃんと貯めておくの!」
「しっかりしてるなあ。大丈夫。少しの蓄えはあるよ。いますぐ栞と二人暮らしが出来るぐらい」
「だーからー!もう!中学生の台詞じゃない!とにかく、無駄遣いはいけないの!」

くすくすと笑う四天に、顔を真っ赤にして叱りつける栞。
騒いでいると、周りの人間がちらちらと見ていくが、まるで一対の人形のような二人の痴話喧嘩に目を細めていく。

「でも、これは貰ってくれるでしょ?俺が持ってても仕方ないし」
「………貰うよ」

ため息をつきつつ、栞は結局受け取ってしまう。
それがいけないのだとは思いながらも、自分のためにしてくれたことだと思うと最後まで怒りきれない。
それに、四天の気持ちは、本当は嬉しくて仕方ないのだ。

「………ありがとう。嬉しいよ、しいちゃん」
「うん。俺も栞がかわいくしていてくれると、嬉しい」
「もう………、本当にどこでそういうこと覚えるのかなあ」

さらりと言われる歯の浮くような台詞は、さすがに呆れながらもやっぱり嬉しくなってしまう。
それが、誰よりも大好きな恋人からの言葉だから。
それが、自分だけに向けられているものだと知っているから。
悔しそうに睨みつけながらも、栞の顔は真っ赤になっていた。

「じゃあ、お小遣いでたら、しいちゃんに奢るね」
「ありがとう。期待してる」

四天は頷くが、栞はそれでもどうせ奢るには結構苦労するんだろうな、と思って内心ため息をつく。
結局なんだかんだで栞にお金を支払わせるようなことはしないのだから。

「お金があるなら、自分に使えばいいのに」
「特に使う必要もないからなあ。服にゲームに本に、それくらい。必要なものは家で用意してくれるし」
「お友達と遊びに行ったりとかさ」
「お友達、ねえ」

四天は友達がいない訳ではない。
学校で話す人間はいるし、ごく稀にクラスの人間と休日に遊びに行ったりもする。
けれど基本的には忙しいし、積極的に友人を求めている訳ではない。
家に招いたりはしないし、家のことを誰かに話したりもしない。
どこか一線を引いた付き合いしかしていない。
それを栞は酷く歯がゆく思っていた。

「駄目だよ、しいちゃん、しいちゃんはまだ中学生なんだから。落ち着くのは一矢さんぐらいの年になってからで十分だよ」
「一矢兄さんね。一矢兄さんみたいになれたら、いっそ楽だったのかなあ」

四天は夕暮れの空を見上げながら、そんなことを言う。
栞はその腕を掴みながら、くいっと引っ張る。

「でも私は、しいちゃんが一矢さんだったら困る」

四天は立ち止って栞を見下ろして、小さく笑う。

「大丈夫だよ。俺は栞のしいちゃんだから。一矢兄さんには憧れるけど、なりたいとは思わない」
「うん!」

そのまま四天は栞の手を握って、二人並んでゆっくり歩く。
四天の冷たい手は、栞の体温を吸ってジワリと温かくなる。
赤い赤い世界の中、二人寄りそう影が長く伸びる。

「栞の方は平気?最近体への負担が結構あるんじゃないの?」
「そうだね。でも、しいちゃんにちゃんと調整してもらってるから平気だよ」
「それならいいけど、あまり無理しないで」

心配してくれる四天に、栞は小さく笑う。
そしてぎゅっと、その大きくてごつごつとした手を握りしめる。

「大丈夫だよ。ちゃんと奉納舞をこなさないとね。見ててね、誰よりも綺麗に舞ってみせるよ」
「うん」
「三薙さんよりも、五十鈴さんよりも綺麗に舞うよ」
「うん」

力強く言う栞に、四天はただ静かに頷く。
ぎゅっと四天も栞の小さな手を強く握る。

「ふふ」
「何?」
「そういえば、三薙さんと五十鈴さんって、似てるよね」
「兄さんと、五十鈴さん?」

五十鈴をからかったやりとりを思い出して、栞は笑う。
三薙は五十鈴をかわいくて妹のようだと言ったけれど、栞にしてみれば三薙もかわいい。
言うと傷つけてしまうだろうから、絶対言わないけれど。
四天は少しだけ考えて、一つ頷いた。

「ああ、確かにそうかもね」
「でしょ。優しくて純粋でお人好しなところとか」
「鈍感で空気読めなくてネガティブなところとか?」
「もう!」

どうしても皮肉を言う四天に、栞は頬を膨らませる。
それを見て楽しげにくすくすと笑いながら、四天は穏やかな表情でぽつりと言う。

「俺も、兄さんみたいに育ってたらあんな風になってたのかな」

栞は首を傾げて、ちょっと考える。

「優しくて純粋でお人好しなしいちゃん?」
「鈍感で空気読めなくてネガティブな俺」
「ぜんっぜん、想像つかない」
「俺も」

そこで二人は同時に噴き出した。
お互い喉を振わせて笑いながら、肩をぶつけあう。

「そういえばまたしいちゃん、三薙さんを苛めたでしょ」
「うーん、苛めたというか実験したというか」
「また!三薙さん、落ち込んでたよ」
「あの人が落ち込むのっていつものことでしょ」

栞がぴたりと立ち止って、手をつないだまま四天の前に廻り込んだ。
そしてもう一方の手もとって、まっすぐに真面目な顔で四天の目を覗き込む。

「あのね、三薙さん。しいちゃんのこと、もっと知りたいって。仲良くなりたいって言ってたよ」
「………」

四天も笑顔をひっこめて、片眉をぴくりと跳ねあげる。
それを見て、栞は小さな子供を言い聞かせるように優しくも厳しい声で諭す。

「駄目だよ、しいちゃん。あまりいじめないようにね」
「別にいじめてるつもりはないんだけどなあ」
「しいちゃんは、好きな子は苛めるタイプなんだから」

そう言うと、四天はにやりと笑って腰をかがめる。
こつんと栞の額に自分の額をくっつけて、悪戯っぽく目をきらめかす。

「大変だ。じゃあ俺は栞を苛めなきゃ」
「またそういうことばっかり言って。十分苛められてます!」
「俺は誰よりも栞に優しくしてるつもりなんだけどなあ」
「それは分かってます!」

真っ赤になって、栞は手を離して四天から体を離す。
二歩ほど離れてから後ろを振り返る。
動揺する栞を楽しげに観察していた四天を睨みつける。

「でも、三薙さんはあまり苛めちゃだめだよ」
「そうだね。ちょっとやりすぎたかも」
「そうだよ。気をつけてね」
「はあい」

それから二人はまたしばらく歩いて、栞の家の近くの児童公園にやってくる。
子供はもう帰った後なのか、星が出始めている菫色の空の下、遊具だけが寂しく佇んでいた。
離れがたい二人はベンチに並んで腰かける。
落ちかける夕日の断末魔のような輝きを見ながら、栞が目を細める。

「綺麗だねえ」
「うん」

四天も目を細めて、夕日を見ている。
お互い視線を合わせないたまま、まっすぐ前を向いて言葉を交わす。

「しいちゃんはもうちょっと普通の中学生らしく、しよ。遊んで、笑って、泣いて、はしゃいで、そういうことしよ」
「………そうだね」
「そうだよ」

四天が、栞の華奢な肩に自分の頭を載せる。
それからそっと目を瞑った。

「しいちゃん、疲れた」

甘えるように昔の呼び方をされて、栞は優しく笑う。
そして自分の肩に乗った頭を、そっと労わるように撫でる。

「うん、四天君。お疲れ様。頑張ったね。いっぱいいっぱい、頑張ったね」
「うん」
「大丈夫だよ。私はずっと、一緒だからね。一緒にいるから」

四天はうっすらを目を開けて、ただぼうっと夕日を眺める。
その表情は、放心したように頼りなく、年相応に見えた。

「うん、栞」

栞も身を寄せるようにして、四天の頭に自分の頬を寄せる。
触り心地のいいつやつやとした四天の髪の感触に心地よく酔う。

「………綺麗だね、しいちゃん」

そのまま二人は寄り添いながら夕日をじっと見ていた。





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