変な疑念が、頭から離れない。 そんなはずないのに。 ある訳ないのに。 「宮守、どうしたんだ?」 声をかけられているのに気付いて、目の焦点が結ばれる。 気がつくと目の前には、眼鏡の男が心配そうに顔を覗き込んでいた。 「あ、え、藤吉」 「なんか今日変だな。体調悪いの?」 「う、ううん」 ぼうっとしていた俺を気遣ってくれている。 こんな優しい友人に、俺は何を考えているんだろう。 なぜ、邪気に触れても何ともなかったのか。 あの屋敷を佐藤に教えたのは、藤吉だった。 文化祭の時も、別荘の時も、一緒にいて怪異に襲われた。 そういえば、あの夢を見た時も、藤吉と会った日だった。 あの夕暮れの街の術を、天が破った次の日、藤吉は体調を崩して休んでいた。 「本当に?」 「へ、平気。ありがとう、藤吉」 駄目だ。 変なことを考えるな。 偶然だ。 全部偶然。 何もおかしいことはない。 そもそも藤吉が、俺にそんなことをしてなんの得があるんだ。 何もない。 馬鹿馬鹿しい。 本当に俺は最低だ。 「あ、分かった。岡野がいないから寂しんだろ」 藤吉がからかうようににやりと笑う。 その言葉の意味を把握して、顔が一気に熱くなる。 「な、な、ち、ちが」 「分かってる分かってる。寂しいなあ。大丈夫、すぐに来るよ」 「ち、ちげーって!」 ああ、でも今はこんな風にからかってくれることに安心する。 俺の変な態度を、気にしなければいい。 忘れろ。 こんな考え、捨て去ってしまえ。 「宮守君、彩がいなくて寂しいんだね」 「ま、槇まで!」 後ろから槇がおっとりと話しかけてくる。 槇と佐藤の姿が見えて更にほっとする。 そうだ、これが日常。 何も変わらない、大切な日常。 今後も続く、かけがえのない日常。 「すぐに元気になってくるよ。昨日メールきたし。お見舞いいってくれてありがとね」 「いや、それは、俺も心配だったし」 岡野の元気な姿を見れて、嬉しかった。 いつも元気な岡野が体調を崩しているのは、嫌だ。 俺と槇とのやりとりに、佐藤が拗ねたように頬を膨らませる。 「私も行きたかったなあ。チエの用事がなければさー」 「え、佐藤も用事があったんじゃ………」 「昨日の彩の様子、どうだった?お土産食べてくれた?」 「え、あ、うん。具合悪くて食べはしなかったけど、喜んでた」 お見舞いを渡した途端、態度が軟化したので、大分喜んでいたのだろう。 その後ひとしきり、岡野の昨日の様子について話しているうちに、チャイムがなって始業になってしまった。 藤吉が席に帰る前に、俺の顔を覗き込んでくる。 「よし、岡野の話したら元気になったな。大丈夫そうだ」 「ば、ばか!」 「あはは、でも、無理するなよ。お前すぐ無理するんだから」 そうして朗らかに笑って、手をひらひらとふりながら戻っていく。 すごく気がついて、さらりと優しい。 「………ありがとう」 優しくて明るくて誰にでも愛される、大切な友人。 ずっと憧れていた太陽みたいな奴。 やっぱり俺の気のせいだ。 そんなこと、ある訳ない。 ないんだ。 下校している最中、後ろから一台の車が近寄ってきた。 グレーのセダンは、見覚えがある。 「三薙さん、よろしければ乗って行かれませんか?」 「志藤さん!」 ウィンドウが開いて顔を出したのは、使用人の男性だった。 そっと停車して、俺に向かって穏やかに笑う。 「是非!」 断る理由なんてなくて、一つ返事で頷く。 車を出て俺のためにドアを開けようとする志藤さんを制してさっさと助手席に入ってしまう。 車で送ってもらうことよりも、志藤さんと話せることが嬉しい。 家の中では、宮城さんの目もあり中々話すことが出来ない。 「あ、でも、いいの、かな。平気ですか?」 「これなら使用人の役目の域は越えてないと思われます。三薙さんのお怪我もまだ治っていらっしゃいませんし」 志藤さんが叱られるんじゃないかと不安になって聞くと、志藤さんはさらりとそう言った。 そっか、偶然見つけた俺を送ることは、別に怒られることじゃないだろう。 「じゃ、じゃあちょっと遠回りして帰りませんか?もしお暇があれば、ですが。もっと志藤さんと話したいです」 勢いこんでつい、お願いしてしまう。 こんなチャンス、中々ない。 志藤さんは一瞬黙り込んだけれど、すぐにちらりと悪戯っぽく笑った。 「………そうですね、道が混んでいるようですから、少し迂回して帰りましょうか」 道は全然混んでなんかいない。 このままでは5分もすれば家に着いてしまうだろう。 けれど志藤さんはハンドルを切って、家への道からそれてしまう。 「………なんか志藤さん、ちょっと変わりましたね」 「駄目でしたでしょうか?」 「いいえ!」 駄目元で言ったが受け入れられるとは思わず、驚いてしまっただけだ。 以前の志藤さんならきっと、家のしきたりですからと言ってさっさと家に帰ってしまったのではないだろうか。 こんな風な少しの逸脱も、許さなかったはずだ。 志藤さんはちょっとだけ困ったように笑う。 「熊沢さんにも四天さんにも、もっとうまく立ち回れと事あるごとに言われますので、少しはお二人を見習おうとかと」 「四天?」 「ええ、馬鹿正直なのは美徳ではない、と」 熊沢さんは分かるが、ここで天の名前が出てくるとは思わず聞き返す。 そういえば人に気を許さない天が、志藤さんは気に入っていた。 なんだかざわりと、胸が騒ぐ。 「………なんか四天、志藤さんのこと、気に入ってますよね」 「気に入っていらっしゃるといいますか、使い勝手がいいと仰っていました。それで最近何かあると使っていただいております。今も奥様のご実家の方に伺っていたんです」 「え………」 「四天さんのお遣いで呪具を取りに」 志藤さんは嬉しそうに微笑んでいる。 天にものを頼まれるのが、誇らしいのだろう。 使用人の人達は、父や兄達や弟、宗家の人間に信頼されることは誉としている。 志藤さんも、天と親しくなって、嬉しいのだろう。 「………」 「三薙さん?」 「………天は、しっかりしてるし、強いし、志藤さんも、天の方がいいですよね」 でも、志藤さんとは、俺の方が先に仲良くなったのに。 あいつ、俺には志藤さんと仲良くするなって言った癖に。 結局志藤さんも、俺より天の方がいいんだ。 そんなの分かってた。 分かっていた。 けれど、悔しくて、哀しくなってきた。 「………」 「………すいません、変なことを言いました」 黙り込んだ志藤さんに、謝罪する。 こんなのただの八つ当たりの逆恨みだ。 志藤さんが天を慕うのは、当然だ。 みそっかすの落ちこぼれより、歴代でも稀な力を持つ宗家のエリートの方が、誰だっていいに決まってる。 そんなの分かっている。 なんて身の程知らずの、醜い嫉妬。 「確かに四天さんはあんなにお若いのに冷静で聡明でお強くて、非の打ちどころのない方です」 「………」 自分で言っておいて、肯定されてショックを受ける。 天が、完璧な人間なんてこと、知っている。 「尊敬できる主人となられる方だと、思います」 「………です、よね」 やっぱり誰だって、天の方がいいんだ。 俺は、弱くてへたれなただの落ちこぼれで、なんの魅力もない。 「でも、友人にはなれません」 「え」 どんどん落ち込んでいた俺に、志藤さんが言葉を続ける。 意外な言葉に、顔をあげて隣の志藤さんに視線を向ける。 「私は四天さんに尊敬の念を抱いても、主従としての一線を越えるようなことは望みません」 志藤さんはまっすぐに真面目な顔で、前を向いている。 それから少しだけ躊躇うように、言葉を切る。 「でも、三薙さんに対しては、尊敬の念と共に、その、恐れ多いのですが、えっと、恐縮なのですが」 「は、い」 「………出来れば、もっと親しく、お話とかさせていただければとも思います」 ちらりとこちらに視線を一瞬だけ向けて、志藤さんはそう言った。 何を言われたのか急には分からなくて、ただじっと志藤さんの横顔を見る。 「………」 「………その、三薙さんには、ご迷惑ですし、思い上がったことを言っているかもしれませんが」 「い、いえ、全然!全然迷惑じゃないです!全然!」 そして申し訳なさそうに声のトーンを低められて、ようやく気付く。 とても嬉しいことを言われたことに気づく。 さっきまでどん底まで落ちていたテンションが、急激に上がる。 「俺は、俺も、親しく話したり、したいです!友達として、付き合えた方が、嬉しいです!」 確かに、天のように尊敬されたり、慕われたりするのは、羨ましい。 宗家の人間として実力を認めてもらいたいと思わない訳ではない。 でも、志藤さんと主従の付き合いなんて、したくない。 友達の方が、いい。 「………こんな分を弁えない発言をして、申し訳ないのですが」 「いいえ!俺も志藤さんのこと、尊敬してるし、大好きです!」 「え、え、あ、え」 志藤さんがハンドルを切り損ねて大周りしてしまう。 向かいの車がクラクションを鳴らす。 「し、志藤さん!危ない!」 「し、失礼しました!」 慌ててハンドルを操作して、持ち直す。 ああ、心臓がバクバクしている。 「だ、大丈夫ですか?」 「はい、失礼いたしました」 志藤さんも落ち着くように何度も深呼吸をしている。 それから白い頬をわずかに赤らめて、ぼそりと言った。 「そ、その、私も、三薙さんのことを、恐れ多いことですが、敬愛しております」 「あは、堅いなあ」 「………申し訳ございません」 敬愛なんて言葉、俺の方こそ恐れ多い。 でも、とても志藤さんらしい言葉だ。 志藤さんは俺に友情を感じてくれることを、感じる。 「じゃあ、志藤さんも俺の友達ですね」 「………家の外では、出来ることでしたら」 「はい!」 家の中では、難しい。 父さんも一兄も宮城も、見つけたら叱るだろう。 小言だけで済まなくなるかもしれない。 だからこんな風に家の外で、友達でいられたらいい。 「俺、友達って全然いなくて、寂しかったから、嬉しいです」 「こちらこそ、そんな風に言っていただけて光栄です。三薙さんは、友達が多そうなのに」 「全然です。俺、馬鹿で間抜けだから。あ、でも、この一年で友達出来たんです。大事な大事な、友達」 「………それは、よかったです」 志藤さんがふっと表情を緩めて優しい顔を作る。 その表情に胸が温かくなる。 そう、大事な友達が出来た。 大切なかけがえのない、友達。 「………その」 「三薙さん?」 大切な友達、なのに。 なんで俺はこんな馬鹿な考えを持っているんだ。 忘れてしまえ。 何を志藤さんに言うつもりだ。 馬鹿馬鹿しい、勘違いだ。 そうだ、こんなもの、言うまでもない。 気のせいですよ、の一言で終わる話だ。 「えっと、その志藤さん、恋人っています?」 「は!?」 馬鹿な考えを振り払うように話題転換すると志藤さんが慌てた様子でこちらを見た。 それを見た俺も慌ててしまう。 「ま、前見てください!」 「失礼しました!」 即座に前を向き直す。 運転が下手な人ではないと思うけど、大丈夫だろうか。 なんでそんなに動揺しているんだ。 「えっと、聞いちゃいけないことでした?」 「いえ、失礼しました。現在そういった存在はおりません」 「そっか」 存在って、また堅い言い回しだ。 本当に志藤さんはなんか堅い。 そこが、いいのだけれど。 「俺も、恋人いません」 「そう、ですか」 昔は無邪気に、彼女が欲しいと思っていた。 好きな子が隣にいるって、どんなに楽しいだろうと夢見ていた。 「俺、今までも、好きになった人、いたんですけど」 「………ええ」 「今、なんかそれよりもっと、強い、なんか………」 そんな他愛のない妄想なんて、追いつかないくらいの感情を持てあましている。 今まで恋をしていたと思っていた。 でもあの時のふわふわした綿あめのような甘い感情とは、違う。 それよりももっと強い感情。 「勿論みんなみんな、大好きなんです。でも、その子のことは、見ているだけで、涙が出そうになるんです。触れたくて抱きしめたくて、大事にしたくて。何も哀しい想いさせないように、守ってあげたくて。傍にいるだけで、嬉しくて、温かい気持ちになるんです」 「ええ」 「………こんな気持ちになるの、初めてです」 「そう、ですか」 一瞬、口にするか躊躇う。 志藤さんは穏やかに前を向いている。 「………多分、これは、恋なんです」 だから、言ってしまった。 誰にも言えなかった。 言葉にするのが怖かった感情。 目を逸らしていたかった感情。 「でも、俺なんかが、人を好きになったりしちゃ、いけないのに」 「………もし、お聞きしてよければ、なぜですか」 こんな感情、持っちゃいけなかった。 恋なんて、しちゃいけなかった。 だって、俺は恋をする資格なんてない。 「……・…俺の体質、知ってますよね。俺は、自分のことすらままなりません。一生、兄弟達に寄生して生きていくしかないです」 どんなに嫌でも生きることを望む以上、結局俺は一兄か天に寄生することを選ぶだろう。 いや、もう選んでいる。 どちらに頼むか、をまだ選べないだけで。 一生人の世話になるしかない存在。 その上、兄弟にあんなことをしてもらうように強要するのだ。 「それなのに、人を好きになるなんて、おこがましいし、許されないです」 みんな、そんなことないと言ってくれるが、どうしてもやっぱり俺は、人に迷惑をかける存在だ。 いるだけで、人の迷惑になる。 何も為さない存在。 「………ごめんなさい、こんなこと志藤さんに言っても困らせるだけです。気にしないでください。そうだ!またたい焼き食べに行きませんか」 その上こんな風に、人に愚痴って慰めてもらおうとしている。 志藤さんが優しいから、甘えてしまっている。 「え」 志藤さんが道の横に車を寄せ、停車する。 どうしたのかと運転席を見ると、志藤さんがこちらをじっと見つめる。 「………私も、三薙さんのため何も出来ません。私のようなものは、宮守の家に相応しくないですし、早く出ていった方がいいですよね」 少しの間黙っていた志藤さんが、ふとそんなことを言う。 俺は慌てて首を横に振る。 「そ、そんなことないです!」 「でも、私は役立たずです」 「そんなことないです!志藤さんは強いじゃないですか!四天にだって気に入られてるし、家のためにすごく役に立ってます!」 「では、力がない私は、必要ありませんか?」 「馬鹿なこと言わないでください!力がなくても、志藤さんは必要です!」 そこで志藤さんがふっと表情を緩めた。 「ありがとうございます」 「あ………」 「私も、三薙さんが力があってもなくても、尊敬しておりますし、その、好ましいと思っています」 少し照れたように笑う志藤さん。 その優しい笑顔に胸がきゅーと温かくなってくる。 「で、でも」 「その方は、三薙さんに力がなくては駄目だと仰ってるんですか?」 「………いいえ」 へたれとか愚痴愚痴言うなとは言われるが、強くなれなんて言われない。 それに、岡野の方が全然強い。 守ってくれるとまで言われてしまった。 強くて頼もしい女の子だ。 「では、三薙さんの存在が迷惑だと?」 「いいえ、岡野はすごいはっきりしてるから、俺のこと嫌いだったら、話すらしてくれてないだろうし」 傍にいて笑って話してくれるってことは、嫌われてないはずだ。 多分。 「三薙さんはその方に何かを求めているんですか?」 「………何か?」 「三薙さんの想いを返してほしい、守る代わりに何かをしてほしい、そう言ったことを思ってらっしゃるんですか?」 「………笑ってくれると、嬉しいです。今まで通り傍にいて、一緒に笑ったり出来たりしたら、いいと望んでいます」 それが求める見返りだ。 触れたいとも抱きしめたいと思う。 でも、ただ元気で笑っていてくれれば、いい。 「でしたら、それでよろしいのではないでしょうか?」 「え」 志藤さんが悪戯ぽくちょっと軽い様子で言う。 まるでなんだか熊沢さんのようだ。 「その方が三薙さんのことを倦厭されておらず、ありのままの三薙さんを見てくださっているのでしたら、何の問題もないと思われます」 「で、でも、俺が、好きだったら、迷惑じゃ」 「こんな風に言うのはなんですが」 俺が口を開こうとすると、志藤さんがさらりと遮った。 「三薙さんが今まで通り笑っているだけでいい、ただ大事にしたいと仰るのでしたら、相手の方はなんの害もありません。想うだけなら、誰の迷惑にもなりません。正直三薙さんの想いはあってもなくても一緒だと思います」 確かにそうだ。 俺が好きだろうと嫌いだろうと、岡野には痛くもかゆくもないだろう。 それはそれでちょっと寂しいけれど。 「好きになる資格がない、というのは三薙さんの中の問題です。相手の方が迷惑に思うかどうかまでは、三薙さんが決めることではありません。迷惑だと仰ってるんですか?」 「いいえ!」 岡野は迷惑だなんて言ってない。 そんなこと言わない。 これからも守れって、言ってくれた。 傍にいることを、許してくれた。 「………じゃあ、想うだけなら、許されるかな」 岡野にとって益にも害にもならないのなら、思っているだけはいいだろうか。 もし知られたらキモイだろうけど、知られなければ、いいだろうか。 「この後、その方との関係がどうなるかは分かりません。いい方向に行くかは悪い方向に行くか、三薙さんの体のことも、どうなるか分かりません。もしお相手の方が、三薙さんのことを………」 「志藤さん?」 「いえ」 志藤さんがゆるりと頭を振る。 「ただ、想いすらも否定されるなんてことは、ないと思います。ないと、信じたいです」 それからじっと俺の目を見て、しっかりとした声で言った。 この感情が、否定されなかっただけ、嬉しい。 適当に、その場限りの慰めではない。 しっかりと考えて話してくれたのが、分かる。 俺のこの想いは、罪ではないだろうか。 害悪では、ないのだろうか。 「………ありがとう、ございます」 「いえ、本当に出過ぎたことを申しました」 「いいえ、嬉しかったです。ありがとう、志藤さん」 目尻が滲んで、声が少し鼻声になってしまった。 胸に熱いものがこみあげている。 泣いてしまいそうだ。 誤魔化すように目を拭って、笑う。 「志藤さんは、そんな風に思う人がいるんですか?」 こんなに真剣に言ってくれるということは、志藤さんにも大事に想う人がいるのだろうか。 恋人はいないと言ったけれど、好きな人は、いるのだろうか。 「………ええ」 志藤さんはそっと目を伏せる。 女性のような、長いまつげが、白い頬に影を作る。 「これが恋かは分かりません。でも守りたくて、笑顔が見たくて、傍にいるだけで嬉しくなる。そんな方がいます。迷惑だと、思いたくないのは、私です」 視線をあげて、じっと俺を見る。 けぶるように優しく笑う。 見ているこっちが嬉しくなるような、温かい微笑み。 「想うだけなら許されると、私が信じていたいんです」 その表情から、本当にその人が大切なのだと伝わってきて、嬉しくなる。 志藤さんに、そんな存在がいるのが、嬉しい。 俺の感情を、分かち合ってくれる人がいて、嬉しい。 「志藤さんに想われるならきっと相手は嬉しいです!迷惑だなんて思う訳ありません!」 「それなら、いいのですが」 自嘲するように、眉を顰める。 こんな風に自信がないところが、志藤さんの欠点かもしれない。 もっと自信をもてば、きっとものすごいモテるだろうに。 「はい!だって志藤さんはこんなに優しくて素敵な人なんだから!」 「………ありがとうございます」 志藤さんは俺の言葉に、困ったように笑った。 |