十分に温まり、大野屋の人が用意してくれた部屋で体を休めていると再び水魚子さんが訪れた。
移動するのも疲れるだろうということで、今日はこのまま旅館で休んでくれと言われる。
露子さんも静養しているところなので、前当主として水魚子さんが挨拶にやって来たらしい。

こういう話は俺はまだまだ無理だから天が水魚子さんに対峙する。
十二畳ほどの和室の部屋の中は、俺と志藤さんと天と水魚子さん。
水魚子さんは下手したら孫ほどの年の差になるだろう少年に対して深々と頭を下げた。

「この度は当家の不始末により宮守のお方々には大変なご迷惑をおかけしてしまい、心よりお詫び申し上げます」

畳に額を押し付けんばかりの女性に対して、天はいつも通り冷静に表情を動かさない。
俺だったら慌てておろおろしてしまいそうだ。

「どうぞ顔をお上げください。このような仕事で、想定外の事態はつきものです。神は人知の及ばぬ存在。我々の物差しで測れるものではございません。そのように恐縮していただかなくても結構です」
「………ですが」
「今回、このような危険が及ぶようなことは想像されてなかったのでしょう?危険性を告げる義務を怠ったわけではない」

水魚子さんは恐る恐る顔をあげて、一つ頷く。

「ええ、龍神は心優しく近しい存在。立見と共にこの地を収め始めてから、意味なく人を害することもありませんでした。まさかこんな………」
「龍神は我々に仇なすつもりはなかったようです。ただ助けを求めていただけで」
「………はい、そのように露子から聞きました」
「でしたら、今回のことは立見家にとっても予想外だったのでしょう。それほど責があるとは思いません。立見家現当主からも少なからず謝意を頂きました」
「宮守家の温情には、感謝いたします」

水魚子さんがまた深々と頭を下げると、天が表情を緩めて微笑む。
でも、これって、天は少しは立見家に責任があるって言ってるんだよな。
多分、確かにあるんだろうけど。
この事態を招いたのが露子さんであるにしろそうでないにしろ、立見家の関係者であることは間違いない。

「ただ、邪気祓いの範囲内とは思うのですが、こちらの仕事については想定外でしたので、始末については当家の当主とお話しいただけますか」
「勿論です。すでにご連絡はいたしましたので、その後のことは当主同士で相談させていただきます」
「お願いいたします」

露子さんと父さんに、後は任せる形か。
どこまで話すのか分からないけど、丸く収まるといいんだけど。
水魚子さんが顔をあげて、背筋を伸ばす。

「婚儀はまた日を改めて執り行わせていただきます。道切り行事は皆様のお力添えにより無事済みましたので、婚儀は立見家のみで行えそうです。本当にありがとうございました」
「恙無く婚儀が終えるよう、心よりお祈りしております」
「ありがたいお言葉です。無事儀式を終えた際には、ご迷惑かもしれませんがご一報差し上げます」
「ありがとうございます」

そしてまた水魚子さんが深々と頭をさげ、天も同じように下げる。
これで話は、終わりか。
ほっと、息をついて肩の力が抜ける。

「では、私は失礼させていただきます」

水魚子さんが立ち上がり、頭を下げる。
慌てて気になっていたことを聞く。

「あ、露子さんは、大丈夫ですか?」
「ええ、皆さまより水も被っておりませんので。明日にはお迎えにまいりますね。ご挨拶させます」
「なら、よかった。えっと、無事、結婚式、終わるといいですね」

何を言ったらいいのかよく分からなくて、なんか微妙な内容になってしまった。
水魚子さんが、困ったように苦笑する。

「………なんだかんだできっと、龍神は折れます。問題はないでしょう」
「え」
「露子は、望んだことを全て実現させる子ですから」

それはどこか諦めたような、疲れたような言い方だった。
でも顔は苦笑だが、晴れやかにも見える。
複雑な表情のまま、ふっと水魚子さんがため息をつく。

「だからこそ、霧子に当主になってほしかったんですけどね」
「………」

水魚子さんは、露子さんの龍神への執着を気づいているのだ。
もしかしたら露子さんが、龍神を一人占めしようとしていることにも、気づいているのかもしれない。
天がそこで小さく笑う。

「露子さんは立派な当主になられるでしょう」
「………ええ、きっと、そうなるでしょうね」

水魚子さんは、やっぱり苦笑したままそう言った。
露子さんは、間違いなくいい当主になるだろう。
その先にあるのが、どんな未来かは、分からないけれど。
水魚子さんはどう思っているのだろう。
長年龍神と共にあった、花嫁は、露子さんをどう思ってるのだろう。

「………あの、湊さんは」
「家におります。湊にも明日ご挨拶させますね」
「………はい」

湊さんは、家がなくなるかもしれないと知ったらどうするのだろう。
喜ぶのだろうか、苦しむのだろうか。

「今夜はゆっくりとおやすみください。本当にありがとうございました」

水魚子さんは綺麗にお辞儀をして、優しく微笑んだ。



***




もうこの地での俺たちの役目は終わりとなり、解放感が溢れてくる。
勿論色々気になることはあるし、胸につかえてることもあるけど、それは、俺が気にしても仕方ないことだ。
そこを踏み込んでいっても、いいことなんて、ない。

立見家から離れて、露子さんや湊さんと顔を合わせなくて済むのも解放感の理由かもしれない。
今の心境で顔を突き合わせて、ちゃんと話せるか分からない。
明日には、ちゃんと接しよう。
今日はただ、仕事の完了を喜ぶ。

旅館は、いたせりつくせりで最高だ。
思いのほか龍神の世界にいたせいで昼食を取り損ねていた俺たちに、豪華な夕食を振る舞ってくれて、お腹もいっぱい。
そして貸し切りの温泉にもう一度入って、旅館の人が敷いてくれた布団にゴロゴロと転がる。
手足の重さとだるさと布団の柔らかさが気持ちがいい。

「俺、旅館に泊まるのも初めてだ。ご飯もおいしかったな。部屋まで持ってきてくれるんだ」
「美味しかったね。淡水魚はあまり食べないから新鮮」
「うん!」

天もどこか柔らかい態度で答えてくれる。
こうやって普通に話せるのは、ほっとする。
喧嘩をしたい訳じゃ、ないんだ。

「仕事なのにこんな楽しんじゃっていいのかな」
「まあ、一応もう終わったしね。始終遊び気分じゃ困るけど。兄さんはオンオフの切り替えが下手すぎるから気をつけてね」
「う………」

いつもよりリラックスして柔らかい天だが、やっぱりそういうところは変わらず釘をさしてくる。
いや、俺が悪いんだけど。
でも、今ははしゃいでいても、怒られないらしい。
なんだかうきうきとしてくる。

「なあ、天は修学旅行行ったんだよな」
「行ったね、ベタに京都奈良」
「やっぱり大勢で寝たのか?」
「6人部屋だったかな」
「楽しかった?」
「それなりに。兄さんが期待してるように女子が来たりしたしね」
「来たんだ!」

漫画とかで読む修学旅行そのものだ。
これまではそういった行事に参加できる兄弟達が羨ましくて悔しくて、あまり話を聞いたりしなかった。
でも、今はなんとなく聞ける気がする。

「志藤さんはどうでした?」

布団に転がる俺を真ん中にして、右隣に天が座っていて、左隣が志藤さん。
部屋を分けようかとも言われたが、暖房代も勿体ないので一緒にしてもらった。
なにより一緒が、楽しい。
志藤さんが優しく笑う。

「そうですね、私の時もそういったやりとりはありました。夜通し騒いで、高校の頃は酒を持ちこむ奴とかもいて、教師に怒られたりもしました」
「お酒とか飲むんだ!」
「さすがにそれは見つからないようにしましたけどね」

悪戯っぽく笑う志藤さん。
髪を下ろしているせいもあって、なんだか若く見える。
落ち着いていて大人って感じの人だけど、そういえばこの人も大学生なんだっけ。
高校生の頃はやんちゃとかしたのだろうか。

「天は、夕食とか美味しかった?」
「安い宿泊料で学生向けだから美味しい訳がないね。食べ歩きしたのは美味しかったよ」
「何食べたの?」

二人の旅行の話を聞いていると、やっぱり胸が痛い。
ちょっと寂しくて羨ましい。
俺も、藤吉や岡野達と一緒に修学旅行に行けたら、どんなに楽しかっただろう。
どんなに嬉しかっただろう。

でも、今は聞いているだけでも、楽しい。
天と志藤さんと話せることが、嬉しい。

「へへ」
「何?」
「なんか、三人で寝るって、楽しいな」

こんな風に枕を並べて寝るなんてあまりない。
この前の双兄との仕事の時はあったけど、あの時は緊張状態で切羽詰まっていた。
リラックスした状態で皆とごろごろ出来るなんて、楽しい。

「………」
「なんだよ」

天が俺の言葉に、呆れたように見下ろしてきた。
小さくため息をつく。

「兄さんって、ば、ごめん、警戒心ないの?」
「お前今馬鹿って言おうとしただろ!」
「気のせいだよ」

いや、絶対言おうとした。
体を起こして、噛みつく。

「なんで俺が馬鹿なんだよ!」
「ついこの前俺に何されたか忘れたの?」
「なっ」

その言葉に一昨日のことが脳裏に思い浮かぶ。
思い出すだけで羞恥で消えてしまいたくなるような出来事。
努めて思い出さないようにしていたのに。

「忘れようとしてたんだよ!今日は、志藤さんもいるし、お前だって変なことしないだろうし」
「この前も志藤さんいたでしょう」
「………」

そういえば、天は志藤さんがいようがなんだろうがお構いなしだった。
むしろ見せつけるようなことをしていた。
そんなことを思い出して、恥ずかしくて顔が熱くなっていく。
志藤さんにも、見られたんだ。
慌てて天から少し身を引く。

「ま、また、変なこと、するつもりなのか」
「変なことねえ」

そこで天が何かに気付いたように眉をあげる。
そしてちょいちょいと手招きする。

「あ、兄さん、顔」
「え」
「こっち」

顔に何かついているのかと、言われるがまま顔を近づける。
すると天の顔も近づいてきて、避ける間もなく唇を重ねられた。

「うわ!何すんだよ!」

一瞬の触れ合いに、慌てて後ずさる。
志藤さんの息を飲む音が聞こえる。
またこいつはなんでこんなところでこんなことをするんだ。
仕掛けた方の弟は、心底呆れたようにため息をつく。

「本当に、馬鹿だよねえ」
「お前今ストレートに馬鹿って言っただろ!」
「なんでそう簡単に何回も騙されるの?」
「………だって」

別に騙されたい訳じゃない。
警戒してない訳じゃない。
でも、せっかく楽しい雰囲気だった。
天も機嫌が良さそうだった。
だから、楽しかっただけなのに。
嬉しかっただけなのに。

「せっかく、志藤さんと、一緒だし、お前とも、色々話せるかなって、思ったし………」
「もうちょっと警戒心持てば?」
「………どうせ、俺は馬鹿だよ」
「うん」

躊躇ないなく頷かれ、余計にへこんでくる。
悔しい、哀しい、苦しい。
せっかく楽しかったのに、嬉しかったのに、そんな気持ちが台無しになる。
天はどうして、楽しい気持ちにさせてくれないんだろう。
俺が馬鹿だからいけないのか。

「あの、どちらかというと、騙すほうが非があるかとは思うのですが………」

そこで恐る恐る、志藤さんが割って入った。
天がつまらなそうに志藤さんに視線を向ける。

「あ、差し出がましいことを申しました!申し訳ありません!」

その視線に志藤さんが慌てて頭を下げる。
俺は志藤さんを庇うために天の間に割って入る。

「志藤さんは悪くないです!そうだよ!騙すほうが悪いんだよ!なんで俺が悪い方向になってるんだよ!」

哀しみと悔しさが、怒りにとって変わる。
なんか俺が反省しそうになるが、そもそも騙してあんなことする四天が悪い。
志藤さんの言うとおりだ。
なんで俺が責められてるんだ。
けれど天は俺の怒りには動じない。

「確かに騙すほうが悪いけど、今の時代警戒心がない人間は馬鹿呼ばわりされて当然だと思うよ?皆が皆善人じゃないんだし」
「う………」

確かに自衛は必要だろう。
騙される方が馬鹿なんて言い分は認めたくないけど、そう言われかねないのも確かだ。
でも、なんか納得できない。
天が言ってることは、理不尽だと思う。

「だったらお前は悪人ってことか!」
「そうかもね」

そしてやっぱり俺の怒りなんて気にせず頷く。
悔しさがこらえられなくて唇を噛む。
こんな風に喧嘩なんて、したくなかったのに。
ただ、楽しく過ごしたかっただけなのに。

「………せっかく、楽しく過ごせると思ったのに」
「………」

俯いた俺の耳に、天のため息が聞こえる。
また、呆れられただろうか。
しかしその次の言葉は予想外だった。

「そうだね、悪かったよ。空気を壊した」

素直に謝るのが意外で顔を上げる。
天は真面目な表情で俺を見ていた。

「え!?」
「ごめん。安心して、今日は変なことはしない」
「………本当だろうな」
「約束する」
「………なら信じる」

天が約束したなら、それは信じられる。
約束は、破らない奴だ。
けれど俺が頷くと、天は意地悪そうに笑う。

「まあ、俺としては特に何もする気はないんだけど、大丈夫なの?」
「え」
「供給」
「あ」

この手足のだるさは、風呂上がりのせいかと思っていたけれど、違う。
これは、力の枯渇に伴うものだ。
今日は、随分と力を使った。
まだ持つとはいえ、今の俺の状態ではいつなくなるか予想がつかない。
供給はしておいた方がいい。

「自分の体のことぐらい把握しておいてよ」
「………」

天の呆れたような言葉に、黙るほかない。
ただでさ失いやすくなっているのだから、力の残量は常に気にしないといけない。
供給は、しないといけない。

「供給しないと、いけないよな」
「いけないんじゃないかな。大丈夫ならいいけど」

俺の体のことだ。
俺が決めないといけない。
でも、天に供給してほしくない。

「別に俺でも志藤さんでも、どちらでも好きな方をどうぞ」
「………」

どちらでもって、どうしたらいいんだ。
志藤さんとも、気まずい。
でも天に頼むのも怖くて嫌だ。
あんな話をされた後なら、余計だ。
それに天と供給をしたら、志藤さんになんて思われるんだろう。
いつもあんなことをしている訳じゃないと理解してくれているとは思うけれど、落ち着かない。
じゃあ、志藤さんに頼むべきだろうか。
でも、志藤さんも疲れているだろうし、それにやっぱり気まずくて恥ずかしい。

「選べないなら、二人でやってみようか」
「え!?」
「ええ!?」

ぐるぐると迷っていると、天がとんでもないことを言いだした。
驚く俺と志藤さんとは対照的に、天は自分の提案に満足気だ。

「二人って出来るのかな。楽しそう」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て!ちょっと待って!」
「じゃあ、どっちがいい?」
「えっと、えっと」
「じゃあ二人で決定」
「えええええ!」
「あ、あの、あの、四天さん!それはちょっと!」

焦る俺と志藤さんに、弟が落ち着き払ってにっこりと笑う。

「試してみましょう。今後何かの役に立つかもしれないし」
「なんの!?」
「そんな恐れ多い!」
「そんな恐れ入るようなものでもないですよ」
「ですが!」

強く抗議の声を上げる志藤さんを無視して、天が俺の腕を引っ張った。
抵抗する間もなく、天の体に寄りかかる。

「はい、兄さんこっち」
「ちょ、ま、待った!待った!」

手を振り払い、弟の体を押しのけようとする。
しかし腕を捻りあげられ、固定されて動けなくなる。

「関節決めるな!」
「宮守の血の繋がりに基づき、我が力を………」

俺の抵抗をなんなく捩じ伏せ、さっさと呪を唱え始めてしまう。
こいつ、変なことしないって言った癖に。
これは十分変なことだ。

「天、やめ、んっ」

そして顎が強引に持ち上げられ、唇が塞がれる。
叫んで開いていた口から、濡れた舌が入ってくる。

「ん、うぅ………」

俺の舌に触れて、唾液が絡まる。
その瞬間、回路が繋がって、天の力が流れ込んでくる。

「ん、ん」

舌を弄ぶように絡められて、唾液を交換して飲み込む。
白い力が、じわりじわりと、俺の体を満たして行く。
だめだ、気持ちがいい。
力が抜けていく。
しばらくして、天の体がそっと離れていく。

「は………」
「繋がった。こうなると、素直だよね」

押しのけようとしていた手は、いつの間にか拘束が解かれていたけれど力が入らない。
中途半端に力を注がれた体は、より飢餓を感じる。
力を得ようと、天の体にしがみつく。

「はい、どうぞ、志藤さん」

天が、俺の後ろにいる志藤さんに笑いかける。
放り出されて、もどかしくて、天に強くしがみつくが、僅かに漏れ出る力しか受け取れない。
苦しい、足りない、渇く。
もっと力が欲しい。

「ええ!?四天さん、ちょっと、落ち着いてください」
「落ち着くのはあなたです」
「待ってください!」
「俺は待てますけど、兄さんが待てませんよ」

天が力を帯びた手で、俺の頬に触れる。
足りない、こんなんじゃ足りない。
もっともっと欲しい。

「………くっ、う」
「ほら、苦しそう。回路開いてる状態だしね」

注がれることのない回路は、開いている分力が放出されていく。
喉が渇く。
唾を飲み込む。
でも、足りない。
なんでくれないんだ。
力が欲しい。
与えてほしい。

「志藤さんがくれないと、兄さんが干からびてしまいます」
「四天さんっ」
「兄さん、大丈夫?」

天が俺の顔を覗き込んで、唇を舐める。
慌てて俺から天の舌を舐めようとするが、すぐに逃げられる。

「どうして、く、るしい。ちょうだい、力、もっと」

理性では、みっともない浅ましいと分かっている。
でも、体が欲しがっている。
もっともっともっと。

「じゃあ、志藤さんにお願いして」
「………」

そんなことしたら、いけない。
志藤さんを困らせたらいけない。
駄目だ。
これ以上、あの人を困らせたらいけない。

「兄さん、このままじゃ力がなくなっちゃうよ?」

天の声が、耳に吹き込まれる。
体がひっくりかえされて、後ろにいる志藤さんを向きあう形になる。
志藤さんが、目を見開いて、俺をじっと見ていた。

「しとうさ、ん」

耐えきれなくて、手を伸ばす。
ああ、俺は根性なしだ。
でも、欲しい。
苦しい。
耐えられない。

「ちょう、だい」
「っ」

志藤さんが顔をくしゃりと歪める。
それと同時に、志藤さんも手を伸ばす。

「あ………」

手を繋ぎ引き寄せられて、強く体を抱きしめられた。
志藤さんが呪を唱える声が、耳元で聞こえる。
もうすぐ貰える期待感に、俺も志藤さんにしがみつく。
呪を唱え終わると同時に、繋いだ手から回路が繋がる。
天の回路も残っている。
なんだか、無理矢理開かれた体の中が、変な感じがする。

「ん…んっ……」

天の力と違って、ゆっくりと緩やかに力が流れ込んでくる。
少し物足りない。
でも、落ち着いて、気持ちがいい。
手が温かくて、心地よい。
志藤さんの力は、淡い緑。
まるで森の中にいるように落ち着く、色。

「気持ちよさそうだね」

天が笑いながら、俺の隣に座る。
そして、顎を掴まれた。

「兄さん、俺のもどうぞ」
「んっ」

天が口を塞ぎ、舌が触れ、白い力も入ってくる。
体の中に開かれた二つの回路から、力が注ぎ込まれる。
白と緑の力が、俺の中で混ざり合う。
全身が痺れるような快感に、脳が蕩けていく。
皮膚がなくなり感覚が剥き出しになったように、布に触れるだけでピリピリする。

「ん、つっ」

志藤さんが繋いだ手が、急に強く握られる。
折れるほどに力を込められ、痛みに声が漏れてしまう。
天に口が塞がれているので、制止することもできない。

「は、あ」

首に少し湿った温かい感触を感じる。
志藤さんの荒い息遣いが、聞こえる。
そこからも力が流れ込んでくる。
濡れた感触がした後、首に痛みが走る。
でも、それすらも、快感と感じる。
何もかもが、気持ちがいい。

「どんな感じ?」

天が唇を離して、聞いてくる。

「へ、ん………んっ」
「苦しくない?」

よく分からなくて、答えられない。
この感覚はなんだろう。
苦しい気もする。
二つの力が注ぎこまれる感触は、違和感を感じる。
けれどいつも以上に、快感を感じて、体が痺れている。

「ふふ、気持ちよさそうだね」
「あ………」

天がもう一度、唇に触れる。
そのまま天と志藤さんに、満たされるまで力を貰う。
ようやく解放された頃には、いつも以上の疲労感を感じていた。
もう瞼を開いていられない。

「………ばか、やろう」

丁寧に布団に寝かされながら、最後になんとか毒づく。
変なこと、しないんじゃなかったのかよ。

「おやすみ」

天の笑いを含んだ声が聞こえる。
もう一度馬鹿野郎と、口の中で呟いて、俺は意識を手放した。





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