かつん、かつん、かつん。 奇妙な音は、窓から、連続的に聞こえている。 その何かの姿は、いまだに見えない。 ガタン、ガタガタガタガタ。 窓が、音を立てて揺れる。 風ではない。 揺れているのは、真ん中の二面だけ。 まるで、誰かが向こう側から力いっぱい叩いているように激しく揺れる。 今にも割れるんじゃないかというぐらい窓が軋む。 ガタガタガタガタ! バン! 「きゃ、ああ!」 一際大きく叩きつけられて、槇が悲鳴を上げる。 その肩を岡野が抱いて、二人で寄り添う。 二人を庇うように、藤吉が前に立つ。 音が止む。 窓の軋みがなくなる。 静かになった。 「………いなく、なった?」 岡野が恐る恐る、窓を伺う。 けれど、その楽観的な想像を肯定する気にはなれない。 「………だめ、だ」 血の気がひいていく。 また嫌な汗が、じっとりとシャツを濡らす。 「………窓に、結界、張ってない」 俺が張ったのは、ドアのある方の壁だけだ。 だって、窓なんて、反則だろ!? 学校内だけにいるんじゃないのかよ!? いや、誰もそんなこと、言ってないのだけれど。 カチ、リ。 「………鍵がっ」 藤吉の切羽詰まった声が響く。 真ん中の窓の鍵がゆっくりと、回る。 ざわり! 気持ち悪さが頂点に達する。 だめだ、このままじゃだめだ。 結界をもう一回張るか。 いや、駄目だ。 間に合わない。 「に、げてっ!」 叫んだ瞬間、藤吉が女子二人の背を押す。 俺は壁に駆けより札に手を触れ、結界を解除する。 パシと、ゴムをはじいたような軽い痛み。 「早く!」 「どこに!?」 「えっと、結界がはれるところ!………窓がない、ドアだけの、部屋!できれば狭いところ!」 「どこだよ!」 「わかんねえよ!」 藤吉は俺と怒鳴り合う隙にもドアを開けてくれる。 本当に、頼もしい。 俺なんかより、全然冷静だ。 「音楽室!」 岡野が叫ぶ。 そうだ、あそこなら防音の関係で窓はない。 強固な結界を張るには、狭いスペースがいい。 あそこの楽器室なら、ちょうどいい。 「何階だっけ!?」 「四階!」 藤吉の問いに、槇が答える。 教室を飛び出す。 ガラリと背中の方から音がする。 振り返るな、と自分に命じるが、我慢できずに一回だけ振り返る。 黒い枯れ木のように細い手が窓の桟にかかるのが、見えた。 ざわざわと気持ち悪さが増して、胃にどんよりとした痛みを感じた。 必死で飲み込み、俺もみんなの後を追う。 「特別教室だから、西側!」 「分かった!」 教室なんかがある東側の反対側に、特別教室は集まっている。 俺達はリノウムの床をぺたぺたと言わせながら、西側に走る。 後ろから何かの視線を感じる気がする。 ピリピリと産毛に電流が走るような感触。 廊下を走りぬけて、端までたどり着く。 藤吉が真っ先に階段を駆け上がる。 少し遅れて岡野が、そして槇が。 後ろに意識を研ぎ澄ましながら、それに続く。 文化祭の飾り付けをされた廊下も階段も、いつもよりも不気味だ。 うるさいぐらいの過剰な装飾が、余計にこの静けさを浮き上がらせている。 息を切らせながら、階段を一段飛ばしで登る。 岡野の肩が激しく上下している。 苦しそうだ。 早く、なんとかしないと。 なんで、俺はこんなに弱いんだよ。 なんにもできない。 助けたい。 もう、失いたく、ない。 何も失いたくないのに、出来るのはただ逃げることだけ。 早く、早く来て、四天。 四天、助けて、四天。 踊り場を越えて、三階に辿りついて、さらに四階の階段を向かう。 そこで先頭の藤吉が舌うちをした。 「またかよ!」 それで、すぐに分かる。 階段の上から、足音がする。 ひたひたひたひたひた。 かろやかな足音が、階段を駆け下りている。 どうなってるんだよ、本当に。 「みーつけた。みーつけた。きゃはははははは!」 声が、初めて感情らしきものを見せる。 どこか平坦な、あどけない笑い声。 四階から更にスピードを増して駆け降りてくる。 「藤吉、下がって!こっちに!」 藤吉が言う前に二段ほど上っていた階段を飛び降りる。 ダン!という痛そうな音を立てて三階の床に降り立った。 そのまま俺が先頭で三階へ駆けだそうとする。 しかし、今度は三階の先の廊下から声が響く。 「きゃはははははははは!」 どうしたら、いいんだ。 もう分からない。 でも、声がする方向にいったら、捕まる。 後ろからは声が、しない。 「一回戻る!」 藤吉と槇と岡野を、二階へ向かう階段へ押しやる。 三人が走り出したのを見届けて、俺も駆け降りる。 どこだ。 どこへ行けばいいんだ。 分からない。 分からないよ。 どこへ行ったらいいんだ。 どこへ行ったら、あいつがいない。 疲れた。 足が痛い。 呼吸が苦しい。 助けてよ。 助けて、天。 二階へ降りる。 皆が声を聞こうと、一瞬だけ動きを止める。 足音がしない。 「ひ!」 岡野が喉の奥でつぶれた悲鳴を上げる。 皆が岡野の視線を辿る。 薄暗い二階の廊下の先。 闇の中に、一際濃い闇がある。 そこには枯れ木のように細い黒い人影が立っていた。 「みーつけた」 顔は見えないのに、そいつがにたりと笑うのが分かった。 |