痛ましそうに眉を顰めた祐樹さんは、横たわる女性を見つめている。
四天は剣の汚れを布で拭いながら、肩をすくめる。

「さて、どうでしょう。とりあえず目に見える怪異の元は断たれましたが」
「………まだ、終わりではないのしょうか」
「確証を得てませんので、もう少し調査をしてからお答えいたします」
「そうですか」

祐樹さんは苦しげにふっとため息をつく。
四天はそんな祐樹さんをちらりと冷たい目で一瞥しただけだった。

「今日はこの遺体の後始末をしなければいけませんね」
「はい、それに関しては石塚の方で致します」
「よろしくお願いいたします」

そうか、このままにしておく訳にはいかないよな。
事故死にするのか、どうするのか。
今までの被害者については、3人目からは正確なことは伏せているらしい。
家出の末の事故死とか、誰にも見つからないところで病死していた、とかで強引に片付けているようだ。
この人の家族は、苦しむんだろうな。
幸せな家庭だったはずなのに、家出なんてことになったら、原因を自分達に探すのだろうか。
自分達を、一生責めるのだろうか。
せめて少しでも苦しみのない嘘で、この人の死を隠してくれればいいけれど。

「皆さんは先にお帰りください。私は家の者が来るまで待ちます」
「何もないとは思いますが、念のため石塚の方が来るまで私たちも一緒におります」
「そんな………」
「あなたに何かがあれば、それは宮守の手落ちになりますので」
「………はい、ではお願いいたします」

四天は、ものすごい不機嫌だ。
言葉遣い事態は丁寧だが、内容はとても刺々しい。
俺の、せいなんだろうな。
祐樹さんまでとばっちりを食らわせてしまって、本当に申し訳ない。
暗い顔で佇む祐樹さんに近づいて、小さな声で話しかける。

「………祐樹さん、お怪我とか、ないですか?」
「私はただ見ていただけなので。返ってご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「あ、いえ………」

そういう意味じゃなかったんだけど。
どうしよう。
何を言ったらいんだろう。
ていうか、祐樹さんも無茶をするなあ。

「三薙さんは、大丈夫ですか?」
「今日は前ほどじゃないです。仕事は………失敗しちゃいました、け、ど」
「………」
「あ、こういうの、言うのよくないですよね」

気遣おうとして気遣われてる上に、弱音まで吐いてしまった。
この前他家にはそういう弱みを見せない方がいいって言われたばっかりだったのに。
ああ、本当に俺って駄目駄目だ。
でもなんか祐樹さんて、つい話してしまいたくなるんだよな。
黙りこむ俺に、祐樹さんは困ったようにふっと笑った。

「本当に三薙さんは、素直な方ですね」
「いや、そういう訳じゃないんですが………」

素直なんじゃなくて、迂闊なだけだ。
どっちかっていうと意地っ張りで頑固で偏屈な方だし。
天の邪鬼だし。

「素直ですよ。雫と似ている」

雫さん、素直、なのかな。
素直なのかな。
かなり攻撃的だったけど、ああ、でも結構かわいくて素直なところ、あったな。
祐樹さんがさっきみたいに、俺の頭を撫でようとして手を伸ばす。
あ、また撫でられる。
そう思った瞬間、祐樹さんはすっと手を引いた。

「石塚の方がいらっしゃいました」

変な空気になってしまったところで、熊沢さんの声が響いた。
そう言えば連絡してくれてたんだっけ。
祐樹さんが再度、俺達に促す。

「では、皆さんはお帰りください。こちらで後始末をして、その経緯については後ほどお伝えいたします」
「そうですね。では少し周りを見てから、お先に失礼いたします」

四天がそう言って一礼して、車が置いてある方向に歩きだす。
一瞬、どうしようか迷う。
祐樹さんだけに任せておくのも、なんか申し訳ない気がする。
お手伝いすることとか、ないだろうか。
足手まといにしかならなかったから、少しでもなんか出来るなら、したい。

「あ………」
「三薙さんもお帰りください。昨日からあまり寝ていないでしょう」
「………」

けれど、石塚家の長男はにっこり笑ってそう言ってくれた。
そう言う祐樹さんこそ、目の下のクマがくっきり浮かんでいる。

「兄さん、そこにいて何が出来るの?」

確かに、何もない。
いても、それこそ邪魔になるだけだ。

「………分かった。祐樹さん、それじゃ後をよろしくお願いいたします」
「はい、ゆっくりお休みください。お疲れさまでした」

最後にねぎらってくれた祐樹さんは、やっぱり優しげでほっとする笑顔だった。



***




石塚の家に返ってくる頃には、昨日と同じで3時近かった。
これから寝ても、またそんなに寝れないんだろうなあ。
ハードだ。
四天なんて俺より寝てないはずなのに、なんでこんな元気なんだろう。

「は、あ」

すでに敷かれていた布団に横たわり、息をつく。
ああ、これから風呂に入って着替えて歯を磨いて。
このまま寝ちゃいたいな。
でも、体にさっきの匂いがかすかに染みついて、気持ち悪い。

「また邪気酔い?」
「みたい、だ。頭が痛い」
「ま、余計なことして集中切らしてたしね」

天が服を脱ぎながら、冷たく見下ろしてくる。
そうだ、俺はちゃんとまだ謝っていなかった。
体を起こして、天に頭を下げる。

「………ごめん」
「ごめん、ね。今回俺たちがいたし、失敗すること前提で動いてたからどうとでもなったけど、もっと切羽詰まった状況に今回みたいなことになったらどうするの?」
「………」
「兄さんは一人前になりたいんだっけ?それなら自分で出来ることぐらいちゃんとやってね。口先だけの決意はもう飽きた」

ぐさぐさと、一番痛いところに突き刺さる言葉。
俺はいつも一人でなんとかしたい、四天になんか力は借りたくないって言いながら、結局どうすることも出来ない。
失敗ばっかりしては、いつもいつも兄弟に迷惑をかける。
能力とか、供給が必要な体だから、とかじゃなく、一番弱いのは、この心。

「兄さんのそれは優しさじゃなくて、ただの弱さ」
「………分かってる」
「そう、分かってるならいいけどね」

心底馬鹿にしたようにくっと喉で笑う。
腹は立つが、仕方がない。
四天の言うことは、いつだって正しいから。

「それじゃ、俺は先に風呂借りるよ。剣の手入れもしなきゃいけないからね。人の脂って、とれにくいんだよね」
「………」
「自分が何をしたいのか、何が出来るのか、ちゃんと考えてね」

そして着替えを持って、四天は部屋から出て行った。
後に残ったのは、どん底まで落ち込んだ俺。

「いやあ、四天さんお怒りですね。俺がいるのに珍しくあんなに感情むき出しにしちゃって」

そして実はいた熊沢さん。
兄弟げんか、って言っていいのか分からないけど、こんな言い争いに巻き込んで本当に申し訳ない。

「………熊沢さんも、すいません」
「いえいえ。でも本当に今回みたいのは危ないですから気をつけてくださいね」
「はい………」

そうだ、俺だけじゃなくて、四天や熊沢さんにも危険があったかもしれないんだ。
熊沢さんは相変わらずにこにことして怒る様子はない。
それがまた、申し訳なくてしかたない。

「四天さんの仰ることも正しいですが、あんなにきつく言わなくても、ね。まだまだ三薙さんは仕事に慣れていない状態ですし」
「………でも、そんなの言い訳にならない。下手したら、四天や熊沢さんも危ない目にあっていたかもしれないですし」
「四天さんにだって初心者だった頃があったはずなんですけどね」
「………あったんですかね」
「なさそうですねえ」

あいつはなんか、初仕事から飄々としてこなしていそうだ。
四天は何も悪くないし、むしろ四天が正しいのに、浮かんでしまう嫉妬と羨望と恐怖。
何に対しても冷酷なぐらい冷静で、強大すぎる力を持つあいつが、憎くて、怖い。
どんなに打ち消そうとしても、浮かんでしまう感情。

「俺は三薙さんのそういうところ好きですけどね」
「そういうところ?」
「甘くて、弱いところです」
「………欠点じゃないですか」

フォローしてくれようとしているのか、更に突き落とそうとしているのか分からない。
まあ、正しいんだけど。
何をするにも甘くて、弱い。
何一つ満足にできはしない。

「甘さも弱さも、必要ですよ。辛くて強いだけじゃ、疲れてしまいます」
「でも俺は、辛くて強くなりたいです」
「まあ、確かに三薙さんにはピリ辛ぐらいの辛さは必要ですけどね」
「………はい」

強くなりたいって思うのに、どうしても弱さを捨てられない。
迷惑をかけないようになりたいのに。

「まあまあ、そんな落ち込まないで。要は覚悟の問題ですから。そのうち慣れますよ」
「いつになったら、慣れるんですかね」
「そればっかりは分かりませんけどね」

慣れられるというなら、早く慣れたい。
仕事が出来ると浮かれていても、実際に目の前にすると怯んで失敗ばかりだ。
この前も、そして今回も。
現実の前に、打ちのめされるだけ。

「………一兄や双兄や、四天みたいに、なりたいです」
「一矢さんと四天さんは、覚悟が違いますからねえ。あの人達は小さい頃からかなりなスパルタ教育でしたから」
「だから、俺みたいな甘やかされた奴みると、苛つくんでしょうね」
「そう卑下しないで。ある意味あのお二人は図太いから」
「………すいません、なんか愚痴ってばっかりで」

ていうか、なんで俺、熊沢さんにこんな愚痴ってるんだろう。
しかも甘やかされてるし。
これだから弱いって言ってるのに。
こんなところ、一兄に見られても四天に見られても、叱られる。
使用人の人達を統率する立場に、総家はあるのに。
うなだれた俺に、熊沢さんは小さく苦笑する。

「双馬さんと三薙さんは繊細ですから」
「は!?」
「あれ?」

落ち込んでいたのがだ、思わぬ言葉に思わず顔を上げてしまう。
俺の勢いに不思議そうに首を傾げる熊沢さん。

「双兄のどの辺が繊細!?」
「あはは、三薙さんには双馬さんがどう見えてるんですか」
「図太いっていうかふてぶてしいっていうかいい加減って言うか、いや、かっこいいんだけど、たまに優しいけど、適当で意地悪なのに要領良くて憎めないっていうか」

とりあえず繊細っていう言葉は似つかわしくない。
一兄と四天に聞いてもそう言うだろう。
熊沢さんは楽しそうにくすくすと笑っている。

「なるほど。そうですね、確かにそういう一面もある」
「全面じゃないんですか?」
「双馬さんは実は結構繊細だったりしますよ」

これが幼馴染って奴なのか。
俺が見ている双兄と、熊沢さんが見ている双兄は別人だったりしないだろうか。
明らかに納得していない俺の表情を見て、熊沢さんは苦笑しながら肩をすくめた。

「三薙さんにそう見えるってことは、そう見てほしいんですね。ちょっと余計なこと言いました。双馬さんには内緒にしておいてください」
「………はあ」

口の前で指を一本たてて、悪戯っぽく片目をつむった。
そんな仕草が、なんだか本当によく似合う人だ。
一兄より少し年下なはずだけれど、ドキッとするほど大人だったり、子供だったりする人。

「本質って言うのは中々変えられません。三薙さんは三薙さんらしく頑張ればいいと思いますよ。後は経験です。慣れれば、あの遺体だって四天さんの言うようにモノにしか見えなくなります」
「………はい」
「まあ、そうなってしまうのも、哀しいですけどね」

さっきの四天のように、もののように、扱える。
それがきっと正しいことなんだろうけど、確かにそれは哀しいことのように感じた。
俺に、できるのだろうか。

「とりあえず、四天や熊沢さんに迷惑をかけないように、何があっても自分の出来ることはやり遂げられるように、します」
「はい、あまり無理しないで。そのフォローのために、俺たちはいるんですから」
「………はい」

熊沢さんって、本当にいい人だ。
でも、甘えてばかりもいられない。
私情をはさまないで、仕事を完遂できるように、ならなければいけない。
誰の手も煩わせないように、ならなくちゃ。

「三薙さんのその弱さと甘さを残したまま、強くなっていただければ、それが理想ですけどね」

俺は、どうやって成長すれば、いいんだろう。





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