「え、じゃあ、今週末いないの?」
「うん、木曜日から四日間休む」
「へー、ていうか仕事?のたびに休んでると出席日数やばくないの?」
「公休扱いになるらしいよ」
「マジで!?」
「マジで」

藤吉がうらやましそうに何度もへーとかうーとか唸っている。
その気持ちは、分かる。
俺も、堂々と休めるのは、少し嬉しい。
仕事だから遊びに行くわけじゃないし、気を引き締めないといけないんだけどな。
でもやっぱり、学校を休むってのは、いつになってもうきうきするもんだ。
学校嫌いじゃないけど。
特に今は。

「学校が認めているってことは、意外に宮守んちみたいな仕事って、世の中の仕組みに組み込まれてんだな。全然知らなかったけど。なんかやっぱ秘密組織的なものなの?」

なんだそれは。
そう言われるとまるで映画とかみたいだ。
しかも悪の組織っぽい。
まあ確かに、俺にとっては生まれた時から自然な環境だけど、そうじゃない人達には奇異なものに映るのかもしれない。
うちの仕事みたいのは本当はとても生活に根付いているのに、ほとんど知る人はいないし。

「別に秘密にしてもないと思うよ」
「でも、化け物がいっぱいいるとか、それを退治する奴らがいるとか、知ってるやついないよな」
「俺も詳しいことは分からないけど、昔から国として認めているみたいだよ。別に特に隠しても公開してもないけど、なんとなく知らない人が多いみたい。というか知る気がないんだろうな」

時代も時代だ。
夜が少なくなり、鉄の塊が空を飛び、海の向こうの人間とも一瞬で会話が出来る時代。
見えないものの存在に気を払うなんて、もはや冗談の世界だ。
誰も気にしないし、知ろうともしない。

それでも本当はそれはそこにあるのだ。
いまそこに。
世界中に。
たとえ、見えなくとも。
あり方や見え方を変えても、それは俺たちに寄り添うようにそこにある。

けれど、昔よりもずっと見えない人が多くなり、知る術もなくなった。
人は夜の闇を排し、恐れなくなり、見えざるものに敬意を払わなくなった。
それは成長とも言えるし、退化とも言えると思う。
見えないということはそれに惑わされることはないということ。
けれど、それらに手を伸ばされた時、それを振り払うことが出来ないということ。

藤吉は納得したようにああ、と頷く。

「まあ、言っても笑われるだけだよな。多分」
「うん、俺が見えたりするってのも、信じてくれない人の方が多いし。別に言っても、どうにもならない。冗談にされるだけ。だから特に隠してもないんじゃないかな」
「下手に隠すよりも、普通にしてた方が誰も気にしないのか」
「だいたい管理者の家ってなんかしら副業みたいのやって、一般生活してるしね」
「宮守の家は?」
「えーと、不動産系が主。貸しビルとかマンションとか。後は飲食店とかスーパーとか経営している分家もいたっけかな。本家は社があるから神主と思われてたりもするし」
「おぼっちゃんだ!」
「………うん、まあ、金はあるとは、思う」

宮守一統合わせれば、本当にかなりな規模になるんだろうなあ。
うちは宗家の力が絶対だから、一応それを全部好きに出来る権利はあるらしいし。
やらないけど。
藤吉がじろじろと眼鏡の下から覗き込んでくる。
少し怯んで身を引く。

「でもお前庶民臭いよな」
「だって俺お小遣い制だし。多分、一般的な額だし」
「へえ、ご両親しっかりしてるな」
「うん、厳しいよ」

兄達や弟は、お小遣いとは別に仕事の報酬はもらっているようだ。
働きには相応の対価。
それは分かるから、特にずるいとかは思わない。
特にそこまで困ってないし。
欲しいものはいっぱいあるけど、お小遣いで賄うのは普通のことだ。
そういう感覚は、普通でいたい。
何もできないのに、金遣いだけ荒い馬鹿とかにはなりたくない。

でも、うらやましいとは思う。
報酬そのものじゃなくて、きちんと仕事をこなせて対価をもらうにふさわしい働きを出来ることが。

「なんでこんな公立の学校いるの?」
「うちから一番近いから」
「え、そういう理由!?」
「基本的には、この土地を守るのが仕事だから。ということで、昔からみたい。まあ、今は交通も発達してるし、形骸化してるけどね。それに大学はこの辺ないし、どこでもいいって訳じゃないから、さすがに一兄も双兄も県外出てる」

でもたぶん、俺は無理だろうな。
家から離れるわけにもいかないしな。
てことは高卒になるのかなあ。
就職どうしようかなあ。
こんな体で、働けるのかな。
家の仕事手伝うって言っても、特に役に立てないし。
無駄飯ぐらいはやだなあ。
あ、通信大学があるか。
大学出て、なんか在宅の仕事、見つけられないかな。

「宮守?」
「あ、え?」
「どうしたの、急に暗い顔して」
「いや、将来のこと考えて暗くなった」
「なんだそれ」

朗らかな男は、声をあげて笑った。
藤吉の笑い声は、明るくてほっとする。
なんかこっちまで嬉しくなってくる。
暗い気持が、吹き飛ぶ気がする。
こいつの笑い声、好きだな。
と思った瞬間とてつもなく自分の考えが恥ずかしくなって、ごまかすように話を切る。

「と、とにかく、そんな感じだ!」
「へー、そういえば一矢さんはもう働いてるんだっけ」
「うん、双兄は大学生って、それにしても、どうしたんだ藤吉、急にそんな色々」
「いや、せっかく宮守と仲良くなれたし、色々知りたくて」
「…………」

言葉が出てこなかった。
心臓が、痛くなった。
血が顔に集中してくる。

「お、赤くなってる」
「ば、ば、馬鹿だろ!!」
「うん、さすがに恥ずかしいな」

ちっとも恥ずかしくなさそうに真顔で頷く藤吉。
やばい、どうしよう、嬉しい。
仲良く、なれてるのかな。
なれてるといいな。

「あ、えっと、その、藤吉は?」
「俺?」
「藤吉は、その、兄弟とかは?」

赤くなっているだろう顔を隠すように俯き加減に問う。
藤吉が一瞬首をかしげたのが、視界の隅に映った。

「俺は妹が一人いるよ。後お父さんとお母さん。ごく普通の家。遠縁にはすっごい金持ちがいるけどね」
「へえ」

妹がいるのか。
藤吉に似てるかな。
似てないほうがいいかもしれない。
藤吉の髪を長くした想像をして、すぐにやめた。
いや藤吉がどうこうってことじゃないが。
藤吉はむしろかっこいいと思うが。
藤吉が俺を見て、面白そうに唇を持ち上げる。

「俺に興味持ってくれた?」
「だ、だって、仲良く、なれたし」

本当はずっと前から、興味はあったのだ。
色々、知りたかった。
クラスメイトとして他の奴らと違って、ひかないでいてくれた藤吉。
ずっと、仲良くなりたいと思っていた。
その性格をもっと知りたいと、思っていた。

正直に言うと、藤吉は真顔で一瞬黙り込んだ。
そして困ったように笑うと、俺の肩をぽんぽんと叩く。

「本当に宮守って、慣れるとかわいいよなあ」
「へ?」

苦笑い交じりに言われて、なんのことだか分からない。
戸惑って間抜けな声をあげてしまった。

「何男二人でいちゃついてるの?」
「あ、え!?」

更に、いきなりそんな声が降ってくる。
女性にしては少し低い、落ち着いた声。
気がつくといつの間にか机の隣には、岡野が立っていた。
今日もメイクがばっちりだ。
藤吉は気づいていたらしく慌てず軽く手をあげる。

「私も混ぜてー!」
「わあ!」

後ろからは急に佐藤の甘い声が響いた。
肩に覆いかぶさるように、のしかかられる。
や、やわらかい。
やわらかい。
うわ、だめだ。
やわらかい。

「仲いいよねえ」

そして優しい、穏やかな声。
岡野の隣には、温かく笑う槇が立っていた。

「あ、えっと、メシ終わったの?」

なんとか佐藤の腕から逃れて問いかける。
ちょっともったいなかったかな。
いやいやいや。

昼休みはまだまだ残っている。
学食で飯を食っているらしい三人にしては早い帰還だ。

「うん、今日早く授業終わったから。宮守君たち、何話してたの?」
「いや、別にそんな大したことは」
「宮守が俺のことをもっと知りたいってさ」
「うわ、キモ。ヤバ」
「おい、藤吉!」

華やかな女子三人が加わって、急に賑やかになる。
最近、よくある光景。
藤吉と飯を食うことも、こいつらと話すことも、ようやく慣れてきた。
なんか、夢見ていた学校生活。
友達と無意味な会話が出来る、そんな空間。
嬉しくて、楽しい。

「あ」

ふと視線を感じて、顔を上げる。
そこには長身の、目立つタイプの男がいた。
安倍が、こちらを見ていた。
いや、睨みつけていた。
目が合うと、すぐに視線をそらして教室から出て行った。
胸がちくちくと、疼く。

「どうしたの?」
「あ、いや、なんでもない」

頭をふって、佐藤に笑い返す。
それは、今考えることじゃ、ない。





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