「それじゃ、やっぱりお正月は忙しいんだ」
「うん、前にも言ったけど、家の行事があるんだ。お祭り」

藤吉達が用事があるってことで、今日もなんとなく岡野と二人で帰ることになった。
なんでもないような顔をして日常会話を交わしているが、内心焦りまくっている。
皆といる時はなんでもないのだが、岡野と二人になると、最近おかしい。
心臓が早くなって、体温が上昇して、焦ってますますうまく話せなくなってしまう。

「お祭り?屋台とか出たりする訳じゃないんだよね」
「あはは、それはないな。奥宮っていう家の大事な場所があるんだけど、そこに新年の挨拶をするための祭り」
「へえ」

岡野は分かったような分かってないような顔で頷いた。
まあ、普通の人には管理者の家の行事なんて訳が分からないよな。
隣の岡野は今日もメイクばっちりで、アクセサリじゃらじゃらで攻撃的だ。
最初はその外見からちょっと怖いと思っていたのに、怖くて強くて頼もしいけど、でもとてもかわいいに変わったのはいつからだっただろうか。

「そういえば、四天君とは仲直り出来たの?」

前を向いていた岡野が、ふとこっちを見てくる。
思いかけず視線が合って、また心臓が跳ね上がる。
岡野の吊り気味の大きな目は、とても強い。

「う、うん。えっと、まだあいつが俺につっかかってきた理由ってのは、分からないんだけど、でも、今度教えてくれるって、言ってた」

岡野の視線にドキドキして視線を逸らしながら、説明する。

「ふーん、それでいいの?」
「………うん。少しだけ、天に近づけたから、それでいいんだ」
「そっか」

四天のことを考えて、少しだけ鼓動が収まる。
相変わらず弟は何を考えているのか分からない。
でも、険悪になる前ぐらいの関係性には戻れた。
いや、その頃よりは少し近づけただろうか。

あれから天は変なことも言わないし、しない。
以前のように嫌みは言うが、ふざけたり笑い合ったりすることもできる。
少しだけ、距離が縮まった気がする。

「きっと、もうちょっと、仲良く、なれるんじゃないかな」
「そ。まあ、せいぜい頑張れよ」
「うん」

ものすごく仲良くっていうのは無理かもしれないけれど、それでもやっぱり険悪になんて、なりたくない。
俺も変な意地やコンプレックスを忘れて四天を理解しよう。
俺達はお兄ちゃんで、あいつは弟なんだから。

「岡野の、おかげ」
「は?」
「岡野言ってくれただろ、外に連れ出して、叱りつけろって」

本当に沈み込んでいた時、岡野が言ってくれた言葉。
乱暴で力技の、岡野らしいまっすぐなアドバイス。

「結局本当にその通りにしたら、なんかうまくいったし。殴りはしなかったけど」

岡野をちらりと見ると、きょとんとして不思議そうに首を傾げていた。
その無防備な顔に、頬が緩んでしまう。

「後さ、岡野、言ってくれただろ、俺のこと強いって」

そして、岡野は言ってくれた。
あんた、強いよ、弱くないよ、って言ってくれた。

「俺、やっぱり強くない、弱いし、人に迷惑かけてばっかり」

どうしたって、俺は強くない。
弱くて泣いて喚いて足掻いて、みっともなくじたばたするだけ。
力はこれ以上強くはならない。
家族の手を借りなければ生きてはいけない。

「でも、岡野の言葉に、すごい支えられた。俺は強いんだって思うと、力が沸いてくる気がした。この前の仕事、岡野のおかげで乗り切れた。勿論、家の人達にも沢山助けてもらえたんだけど、でも、岡野の言葉にも、すごくすごく、支えられた」

双兄や熊沢さんや志藤さん、皆の力があって、乗り切れた。
哀しくて辛い出来事はあったけれど、結果的に仕事としては成功におさめられた。
家に迷惑をかけることは、なかった。
俺としては大きな進歩だ。

「岡野って、すごいよな。岡野といると、俺本当に強くなれる気がする」

力は強くならない。
人の手を借りないと生きていけない。

でも、心はもっと強くなれるはずだ。
強くありたいと思う。

「ありがとな」

改めてお礼を言うと、岡野は立ち止ってしまう。
そして、しばらく目を丸くしてじっと俺を見ていた。

「岡野?」

俺も足を止めて、岡野に声をかける。
しばらくして岡野は栗色の髪をくしゃくしゃと掻きまわして苦虫を噛み潰したような顔で大きくため息をついた。

「………あんたって、本当に」
「え?な、何?」
「………なんでもない」

なんだか急に不機嫌になった岡野に、焦ってしまう。
なんか気分を害するようなことを言っただろうか。
やっぱりなんか自分が弱いとか言っちゃったのが情けなくて呆れてしまったのだろうか。

「あ、え、えっと、あ!」

謝ろうかと思ったが、なんだか余計に怒られる気がした。
場の雰囲気を変えようと、話題を探す。
そこで岡野の大きく空いた胸元を飾るネックレスが目についた。

「これ、この前のネックレスだよな!」

小さい白いすずらんが連なった、シンプルなデザイン。
派手な外見の岡野にはやや地味すぎるが、それでもその清楚な愛らしさが不思議と岡野に似合っていた。

「やっぱり、岡野に似合う。かわいい」

つい手を伸ばして、その小さな白い花に触れる。
ネックレスは岡野の体温を移して、温かかった。
そして指に触れる感触は、ネックレスのものだけではなくて。
小さなネックレスには俺の手は大きすぎて、自然と余った部分はネックレスのある場所に触れてしまう訳で。
つまり岡野の大きく開いた胸元に、指が触れていた。

「あ、ご、ごめ!ごめんなさい!」

気付いた瞬間火傷しそうなほどに熱くなって、慌てて手を離す。
どんな感触かだったなんて、さっぱりわからない。
ただ、温かかった。
何してんだ、俺。
本当に何してんだ。

「………」
「すいません!」

黙りこんだ岡野に、慌てて頭を大きく下げる。
俺って奴は最低だ。
無意識とは言え、あんなところを触っちゃった訳で。

「あー、もう!このへたれ!へたれ!へたれ!」
「う、うわ、何!?ご、ごめん!?痛い、痛い痛い痛い!」

下げた頭をいきなりばしばしと叩かれた。
仕方ないとはいえ、痛くてつい逃げてしまう。
一歩後ずさって身を離すと、向かいにいた岡野は眉を吊り上げて当たり前ながら怒った顔をしていた。

「お前、実はめっちゃタチ悪い!」
「え、な、す、すいません、あ、岡野、顔真っ赤」
「うるせー、黙れ!」
「は、はい!」

足を蹴りつけられて、慌ててもう一度謝る。
何度も何度も謝るが岡野は怒った顔のままだ。

「あ、三薙!」

その時やや低めの女性の声が、俺の名前を呼んだ。
そっちの方向を見ると、そこには背の高いすらりとしたショートカットの涼やかな容貌の女性。
正直この気まずい空気の中では、天の助けだ。

「雫さん!」

雫さんはレトロな形のセーラー服を纏って、手をぶんぶんと降っている。
ボーイッシュな外見だが、セーラー服もよく似合う。

「これからあんたんち行くところだったんだ!」

にこにこと笑いながらこっちに駆けてくる。
そして俺の隣にいた岡野に気付いて、慌てて軽く会釈をする。

「あ、友達?こんにちは」
「あ、う、うん。えっと、クラスメイトの岡野」
「………こんにちは」

岡野がさっきの不機嫌が抜けきらないのか、やや憮然として頭を下げる。
知らない人だから警戒しているのかもしれない。

「岡野、こっちは家の方で付き合いがある石塚雫さん」
「よろしくね」
「はい」

雫さんが友好的に笑いかけると、岡野も表情を緩めた。
基本的に雫さんの不機嫌なところばかり見ていたので、本当はこんな風に明るくて朗らかな人なんだなって思った。
彼女の痛みが、少しでも癒えているといいのだけれど。

「三薙のクラスメイトってことは高校二年生?」
「はい。石塚さんは何年生なんですか?」
「私は高三。一つ上」
「へえ。その制服ってここら辺のじゃないですよね」
「うん。ちょっと離れたところなんだよね。結構遠い」
「セーラー服もいいですね。ちょっと憧れる」
「私はやっぱりブレザーに憧れるよー。セーラー服って面倒くさい」

なんだか俺をおいて、女性二人は朗らかに会話している。
二人とも社交性高いなあ。
俺だったら初対面の人とこんな風に話すのは無理だ。
なんだか微笑ましくなって見ていたが、次の雫さんの発言に飛び上がる。

「あ、岡野さんって、もしかして三薙の彼女?」
「ち、違う違う違う!そんな訳ないって!あり得ない!」

とんでもない発言に、思わず割って入ってしまった。
いくらなんでもそれは岡野に失礼だ。

「………」

案の定岡野はまた不機嫌そうにむっつりとしている。
やっぱり嫌だったのだろう。
分かってはいるがちょっとショックだ。

「ご、ごめんな岡野」

俺はあまり悪くない気がするけれど、思わず謝ってしまう。

「このクソへたれ」
「痛い!」

すると岡野にまたローキックを決められた。
理不尽だ。

「帰る」
「え、お、岡野」
「じゃーね」
「え」
「それじゃ、石塚さん」
「あ、ばいばい」

岡野はくるりと振り返ると、そのまま後ろを見ないですたすたと歩いて行ってしまった。
後ろ姿が拒絶されているようで、声もかけられない。

「あー………、悪いことしたかな、私」
「え、そ、そんなことないと思うけど」

雫さんばつが悪そうに頭の後ろを掻いている。
あの発言は、まあ多少問題あったがそこまで怒るようなことじゃなかったと思う。

「………そんなに嫌だったのか」

自分で言っておいて、結構ショックだ。
そこまで嫌がられなくてもいいじゃないか。
一応友達なんだしさ。

「三薙、鈍すぎ」
「え」

その言葉に、いつのまにか俯いていた顔を上げる。
雫さんは呆れたような顔で、はっとため息をつく。

「だから彼女出来ないんだよ」
「う、うっさいな!」

俺がへたれだから兄弟達と違って女の子に縁がないのだろう。
そんなの、俺が一番よく分かってる。





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