暗い部屋の一室で、長身の男が蹲って頭を抱えている。
その隣には同じく長身の男が佇んで、丸くなる男を見つめていた。
二人しかいない部屋の襖が開き、新たに表れた少年のまだ高い声が響く。

「何、双馬兄さんついに言っちゃったの?本当にやるとは思わなかった」

どこか嘲りを含んだ言葉に、蹲っていた次兄がびくりと震える。
立っていた長兄が、現れた末弟に視線を向ける。

「ああ」
「お目付け役は?」
「別の仕事で出ていた」

長兄である一矢の態度は、次兄や末弟のものとは違い、感情はあらわさず冷静だった。
末弟、四天は首を傾げて、唇を皮肉げに歪める。

「まーったく、責任とれないくせに、すぐそういうことするんだから」

長い手足を折り畳み、ぎゅっと丸くなっている双馬に一歩近づき、嘲笑ってみせる。

「前も一緒に仕事行った時に勝手に行動するし、口先だけの約束するし、ある意味兄さんより双馬兄さんの方がタチ悪いよね。分かっててやってるんだから」
「四天、後にしろ。双馬を責めても仕方ない」

愚痴のように双馬を責める言葉を口にする四天を、一矢が制する。
止められた四天は、つまらなそうにため息をついて軽く肩を竦めた。

「はーい、一矢兄さんは優しいね。せっかく順調にいってたのに」
「まだ別に取り返しのつかない事態じゃない」

一矢はそこで傍らに座る弟に視線を向ける。

「それに、こいつの弱さを見越しておかなかった、俺の非でもある。早めに外しておくべきだった」
「………っ」

双馬が更に小さくなるように、頭を抱え小さく呻く。
それを見て、四天が楽しそうにくすくすと笑った。

「あはは、余計にきっつい。仕方ないんじゃない?俺もいきなりこんな馬鹿なことするとは思わなかったし。ある意味行動力はあるよね。肝心な行動力はないけど」

更に次兄を嘲る弟の態度を一瞥して、一矢が短く問う。

「四天、三薙がどこにいるか分かるか?」
「んー」

四天は目を瞑って、指をこめかみに当ててみせる。
血水晶で結ばれている三兄の居場所は、いつだって知ることが出来る。
近ければ近いほど、その存在は明確に感じ取れる。

「近くにいる。家からすぐそこ」
「そうか。正確に分かるか?」
「うん。大丈夫。ま、どうせあの人はどこにもいけないんだけどね。いきなり現実知って、どうしたらいいか分からないだろうし。かわいそ」

四天がくすくすと笑い、双馬がまた苦しげに呻く。
一矢はただ静かに、四天に問う。

「雨の中悪いが、迎えにいってくれるか」
「はあい。一矢兄さんは?」
「先宮へ報告と、今後についてお伺いする」
「了解。お疲れ様です。不肖の弟たちの後始末は大変だね?」

そこでようやく、一矢が表情を崩した。
肩を竦めて笑う。

「長男の責任だからな」

それから、片方の眉を吊り上げて面白がるような笑顔を見せる。

「しかし、お前は双馬に感謝するべきなんじゃないのか?昔も、今も」
「何を?」

四天はなんのことか分からないというように首を傾げる。
その表情を一矢はじっと見つめる。
数瞬の後、ふっとため息まじりに苦笑した。

「まあ、いい。双馬をそう責めるな。こいつが考えなしなのは今に始まったことじゃない」
「さっきから一矢兄さんの方が非道くない?いいけどさ。あ、そういえば、これで仲良し兄弟ごっこはおしまい?」

四天が悪戯っぽく上目づかいに問うと、一矢は首を横にふる。

「それは三薙次第だな。あいつが望むなら、これまで通りの環境を用意する」
「そっか。俺たちは、兄さんのためにあるんだしね」
「その通りだ」

一矢が頷くと、四天は少しだけ鼻に皺を寄せた。
末弟の見せた表情に、長兄はとても楽しげにくすくすと笑う。

「それに別に、俺はごっこのつもりはないぞ?皆、可愛い俺の弟たちだ。心の底から可愛がっている」

一矢が大きな手で、四天の長めの黒髪を撫でる。
四天は一瞬嫌そうに眉をしかめながら、すぐににっこりと綺麗に笑った。

「そうだね。俺も一矢兄さんのそういうところ、すっごい尊敬してて好きだよ」
「ありがとう。俺もお前のそういうところを可愛いと思うよ」

するりと自然に手から逃げ出す四天に、一矢が苦笑する。

「三薙が風邪をひく。さっさと迎えにいってやってくれ。風呂を沸かしておく」
「はい、行ってきます。大好きな兄さんを迎えにね」

四天はそう言い置くと、後ろを見ずに部屋からさっさと出て行った。
残されのは長兄と次兄。

「双馬、すぐに熊沢が来る。風呂に入って部屋に戻ってろ。許可があるまで外に出るな」

さっきまでの明るい声とは違い、冷たく冷静な声だった。
双馬がのろのろと、ようやく顔を上げる。
救いを求めるように、すがるように、泣きながら、長兄を見つめる。

「兄貴………、俺は……、こんな」
「四天の言葉じゃないが、お前は少し後のことを考えなさすぎる。まあ、今更だな」

一矢は苦く笑って、ため息をつく。
そして、その仕草にびくりと震える双馬の長い髪を、優しくくしゃりと撫でる。

「戻って休め。もうあまり考えるな」

もう一度優しく頭を撫でると、一矢も部屋を出て行った。
残された双馬は、倒れこむように畳につっぷす。

「兄貴、三薙、四天………、俺は」

漏れる嗚咽を聞く人間は、すでに誰もいなかった。






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