弱いけれど、強い。 泣き虫なくせに、強がり。 人のことはすごく気にするくせに、自分のことには無頓着。 素直なくせに、すごく卑屈。 頭も悪くないし、容姿も悪くないし、性格も悪くないのに、自分に自信がまったくない。 人に関わるのが苦手なくせに、人に関わりたがる。 臆病なくせに、愛したがる。 とてもアンバランス。 とても不思議。 宮守君は、不思議。 「え、槇、一人で新幹線乗れるの!?」 おじいちゃんの家に一人で行った話をしていたら、宮守君が声を上げて尊敬のまなざしで私を見てくる。 なんて答えたらいいのか分からなくて、つい曖昧に笑ってしまった。 「………」 「………あ、えっと、それって、普通だった?」 すると宮守君は急にトーンダウンして恥ずかしそうに眼を伏せる。 自分がモノを知らないということを知っている子に、ついついフォローしてしまう。 「まあ、乗ったことない人も多いと思うよ。この年だと、そんなに新幹線って乗る機会ないし」 「だ、だよな」 私の言葉に頷きながら、やっぱり恥ずかしそうに目尻を赤くしている。 学校の成績もいいし、本もよく読むみたいだからボキャブラリーなんかもいっぱいあるのに、こんなことは全然知らない。 「宮守君って、不思議な人だよね」 「へ?」 「知識があると思ったら、変なところで知識がないよね」 そう言うと、宮守君は子供の用に拗ねて唇を尖らせる。 そんな仕草は、彼の雰囲気にも相まってとても幼く見える。 「どうせ、世間知らずだよ」 「世間知らず、か」 見た目も性格も、普通の男の子で、オバケ関係とかを除けばあまりおかしなところはない。 でも時々とても幼く感じる。 友達がいなかったからだろうか。 人と関わることが少なかったせいだろうか。 オバケとかと付き合っていたせいだろうか。 どこかで成長をし忘れたような、不安定さを感じる。 「宮守君って旅行とか、遠足とか、行ったことないんだよね」 「この前行ったじゃん」 まだ拗ねているようで、宮守君の声は尖がっている。 そういうところは、同じ年の男の子なのに、微笑ましくなってしまう。 「うん、楽しかったね」 「うん!すげー楽しかった!」 でも、こんな風に言うと、すぐにころっと機嫌を直す。 はじめての友達との旅行は、本当に本当に楽しかったようで、宮守君はいつだってあの旅行の話をするとき嬉しそうに幸せそうにする。 数少ない宝物を、大事に大事に抱えているように。 「うん、また行きたいね。あの旅行以外とかは、行ったことないんだっけ」 「最近は仕事で遠出はするようになったけど。学校の行事は行ったことないな」 そして寂しそうに、また顔を曇らせる。 宮守君は、ころころと素直に表情を変える。 そんなところがまた、幼い印象を受ける。 「そうか。電車は一人で乗れるんだっけ」 「う、ん」 「何でそんなに不安そうなの?」 「切符の買い方、よくわかんねー。路線とか。誰かいれば、いいけど」 ぼそぼそと、決まり悪そうに話す。 この街からあまり出たことがないというのは、本当なのだろう。 「バスは?」 「それは、一応乗れるよ。………路線、やっぱりよく分からないけど」 「ネットで調べること出来るでしょ」 「今まで、必要を感じたこと、なかったから。どこか行くときは、家族の誰かが一緒だったし、車、出してもらったから」 彼の話には必ずと言っていいほど家族が出てくる。 常に、誰かと一緒にいるように、会話に頻繁にあがる。 実際はみんな忙しくて、それほど一緒にいる訳じゃないらしいのだけれど。 それだけ、彼の行動範囲と交友関係が狭いのだろう。 「遠出するときは、必ず、誰かいるんだ?」 「………だって、家の用事で出かけることぐらいしか、ないから」 「ああ、別にからかってる訳じゃないよ」 「………」 「だからそんな顔しないで。今度は電車にのって、遠くまで行こうよ」 そう言うと、宮守君はようやく表情を緩める。 世間知らずな男の子。 家を出るときは、家族と一緒。 電車の乗り方もバスの乗り方もよく分からない。 それを疑問とも思わない。 まさに箱入り息子。 本当に箱に入れられて、大事に育てられたよう。 まるで外の世界を知ることがないように、周りを囲われていたみたい。 持病なんかがあるらしいし、仕方のないことなのだろうけど、元気な彼を見ていると、どうしてそこまで行動を制限されているのか分からなくなる。 仕方のない、事なのだろうけど。 なんだか違和感を感じる。 「車、長時間だけど辛かったら言ってくれ」 なんだか成り行きで一緒に旅行に行くことになった宮守君のお兄さんが、穏やかな表情で笑う。 顔立ちは少し似ている気がするけれど、余裕と男くささで、ぐっと大人っぽく見える。 以前文化祭の時にもあったことがあるが、やっぱりカッコいい。 「はい、平気です。運転ありがとうございます」 「ありがとうございます!」 私と彩と千津と藤吉君が口々に挨拶をして頭を下げると、一矢さんは鷹揚に笑った。 「宮守のお兄さん、やっぱりイケメンだな」 「確かにね」 「やっぱり何度見ても超イケメンだね!いいものみたー!双馬さんもかっこいいよね」 「うん、そうだね」 彩と千津がきゃあきゃあとはしゃいでいる。 気持ちは分からなくもない。 宮守君の兄弟は、全員美形でかっこいい。 宮守君も素材は決して悪くないのに、どうして目立たないのだろう。 それも、不思議。 「三薙、大丈夫か」 「あ、うん、平気。あ、一兄、自分で持てるってば!」 一矢さんが、宮守君の荷物をひょいっと持って車に持っていく。 それを慌てて宮守君が追いかけていく、微笑ましい光景。 「宮守って、兄ちゃんの前だと、なんか途端に弟になるよな」 「確かに、かわいいね」 「な」 それを見ていた藤吉君が、私と同じように苦笑していた。 いつも私たちの前ではもう少し大人っぽいが、兄弟、特に一矢さんの前では、途端に子供のようになる。 微笑ましいし、彼には似合っているのだけれど、少し苦笑もしてしまう。 「でもどっちかっていうと、弟になるところより、私たちの前では精いっぱい男の子してるところの方が可愛いかも」 「言うなよ、それ、本人に」 「言わないよ」 男らしいことに憧れている彼に、そんなこと言ったら傷つくだろう。 そっと胸の内に秘めておこう。 それにしても、宮守君は朝からにこにことして、はしゃいで、本当に嬉しそうだ。 「嬉しそうだね、宮守君」 「ああ、よかったな、一矢さんたちも呼んで」 「うん、よかった。私たちも目の保養が出来て楽しくなる」 「女はやっぱり顔か!」 「うん」 「断言しないで!」 「あはは、一矢さんたちを呼んでくれたのは藤吉君だっけ?」 「宮守に任せてたら、いつまでも誘わなそうだしさ」 「確かにね」 あれ、でも、いつのまに藤吉君は一矢さんと仲良くなってたんだろ。 連絡先なんて、交換してる暇、あったっけ。 あの文化祭の時だろうか。 車で送ってもらった時に、交換したりしていたのだろうか。 あの時、あの二人が一緒になることってあったっけ。 聞こうかと思って隣を見ると、もう藤吉君はいなかった。 千津に呼ばれて荷物の運搬を手伝っている。 そういえば、さっきの千津の言葉にも、なんかひっかかりを覚えたんだ。 やっぱり、何度見てもイケメンって、千津は一矢さんを何度も見ていたっけ。 今日何度も見返して、何度見てもイケメンって、ことかな。 そうだよね。 なんだろう、魚の骨がひっかかってるみたいに気持ち悪い。 「………」 もう一度宮守君を見ると、今度は双馬さんになにやら絡まれていた。 乱暴に頭を撫でられて、抗議をしている。 一矢さんは苦笑してそれを見ていて、四天君は彼女さんと話している。 「………弟、かあ」 「千絵、どうしたの?」 ぼそりと一人で呟くと、ちょうど寄ってきていた彩が聞きとがめた。 「ううん、同じ弟でも、竜君とは違うなあって」 「竜が生意気すぎんだろ。あいつ、本当に最近うるさい」 うんざりとして渋面を作る彩につい笑ってしまう。 生意気盛りの小学生は、お姉ちゃんに反抗して止まらない。 口も悪く、本気の取っ組み合いすらする。 それだけ彩を信頼しているのだろうけど。 「でも、私には竜君の方が弟って感じがするな」 「まあ、あいつはブラコンすぎだろ。あんなにべったべたに甘やかされてさ」 あいつ、のところで宮守君を顎で指す。 彩のところとは、随分違う。 双馬さんと宮守君の関係は、彩と竜君に近いかもしれない。 でも宮守君も、抵抗してもやっぱり双馬さんに本気で怒っているようには見えない。 とても、嬉しそうで楽しそうで信頼しきっている。 そうだよね、信頼だ。 あれは、信頼。 彩と竜君と同じものだ。 「確かに、甘やかしてるね。特に一矢さん」 「な。まあ、礼儀作法とかには厳しみたいだけど」 「そうだね」 「あ、そろそろ車いこ」 「うん」 でも、宮守兄弟を見ていて、なんだか違和感を感じてしまう。 一矢さんも双馬さんも、宮守君を可愛がって構っている。 四天君は、宮守君に辛く当たっているようだけど、それも竜君の彩につっかかる態度とは全然違う。 それに、あの兄弟は、宮守君と宮守君以外の兄弟への態度は、なんだか違う。 一矢さんは双馬さんと四天君には冷静に一歩ひいているように見えるし、四天君は上の二人の兄にはどこかよそよそしい。 双馬さんだけは、他の兄弟への態度と変わらないかもしれない。 でも、特段甘やかしているのは、宮守君だけに見える。 宮守君を中心として、兄弟たちの輪が作られている。 「甘い、か。なんで、宮守君にだけ、甘いんだろ」 家族のあり方なんて、星の数ほど。 その家族ごとに違う。 人それぞれ。 常識なんてない。 定型なんてない。 だから別におかしいことではない。 分かっているのに、なぜか、違和感が降り積もる。 「槇さん、おいで」 「あ、はい、すいません!」 一矢さんが穏やかに笑って私を手招きする。 ああ、やっぱりこの人は、なんだか苦手。 私は彩の不器用で、綺麗な笑い方が、好き。 この人の隙のない笑顔と態度が、とても完璧で、苦手。 「危ない!」 飛んできたボールを避けようとした彩がよろけて植木に突っ込もうとしたところを、宮守君が慌てて庇う。 「うわ!」 「つっ」 腕を植木と彩の間に入れて引き寄せ、反対の手でボールを跳ね返す。 「大丈夫、岡野!?」 「だ、大丈夫………」 「二人とも大丈夫!?」 慌てて駆け寄ると彩はびっくりしたのか目をぱちぱちとさせている。 彩が無事なようで、ほっと胸をなでおろす。 宮守君の腕の中にいる彩はいつもよりもなんだか可愛らしく見える。 いつもどことなく頼りなく見える男の子は、実は割と反射神経も運動神経もいい。 こんな時、いつもとのギャップ効果か、とてもかっこよく見える。 「あ、ありがと、ってあんたが怪我してんじゃん!」 自分を庇う腕が血を流しているのを認めて、彩が慌ててその腕から逃げ出す。 植え込みに突っ込んだ時に枝で擦ったようで、痛々しい血の筋がいくつもできていた。 「え、ああ。別にこれくらい平気だよ」 「あほか!手当しろ!」 「いや、舐めてれば治るって」 「うるさい!人をかばって喧嘩なんてするな」 焦って乱暴な口調になる彩に、宮守君が困ったように眉を下げる。 庇って怪我して、怒られるなんてさすがに可哀そうだ。 彩のいたたまれない気持ちも、分かるのだけど。 口を出そうとする前に、宮守君がおどおどとしながら、言い返す。 「だって、岡野が怪我するなんて、嫌だし。それにこれくらい、俺、男だし」 「………」 「岡野が、怪我しなくて、よかった」 そして不器用にぎこちなく笑う。 ああ、本当にこの子、時折とんでもなく、タラシ体質だよなあ。 これが素だから始末が悪い。 案の定彩も、みるみるうちに顔が赤くなっていく。 「あほ!」 「っで」 そして照れ隠しの一発が入る。 これがなければいいのになあ、彩は。 まあ、これがなければ彩じゃないけど。 「あ、あんたが怪我したら、私が、嫌なんだよ!」 「え」 お、デレた。 「お、恩着せがましい!」 「………」 と思ったら、余計な一言入った。 あーあ、宮守君、傷ついちゃってる。 可哀そうに。 「ああ、そういう顔するな!」 あからさまにしょぼんとする宮守君に、彩がまた焦る。 彩がこんなに恋愛に不器用だとは思わなかった。 自信満々で、なんだって前向きで真っ直ぐな子なのに。 二人のやりとりが不器用すぎて、つい笑ってしまう。 見ていて可愛いのだが、放っておくとどこまでも拗れてしまいそう。 「宮守君、彩はね、宮守君が怪我して心配って言ってるだけだよ」 「え」 「チエ!!」 彩が、気持ちを代弁してくれた私に怒鳴りつける。 でも彩に怒鳴られたって、私は何も怖くない。 「ね、ほら照れ隠し」 「そう、なの?」 「………知るか!」 恐る恐ると彩に視線を送る宮守君も、その耳が赤くなっていることに気づいたのだろう。 嬉しそうに眼を細めて、唇を噛みしめて、手をもぞもぞとさせている。 ああ、見ているこっちがこそばゆい。 「とりあえず手当しようか。ね」 「あ、俺、手当するの、持ってる」 「そうなの?」 「うん!ほら!」 宮守君が顔を輝かせて鞄から取り出したのは、シンプルなブルーのポーチ。 ああ、あの布には見覚えがある。 彩と一緒に手芸店まで行った時に、買っていた。 彩が今度は顔まで真っ赤にさせて、俯いている。 本当に、見ているこっちがこそばゆい。 「いいもの持ってるね」 「だろ」 宮守君は得意げに嬉しそうににこにことしている。 こそばゆい通り越してなんだかイライラもしてきそうだ。 もう、二人とも、可愛すぎる。 「ほら、彩、手当してあげなきゃ」 「………」 「助けてもらったのは、だあれ?」 「し、仕方ねーな」 理由を与えてあげると、彩はようやく動いた。 ブルーのポーチの中身をあけて、宮守君の腕の手当てを始める。 本当に、面倒くさくてかわいいんだから。 「でも宮守君も、守るのは大切だけど、自分も大切にしてね」 「うん、ありがとう。でも俺男だし、少しくらい怪我しても、いいし」 宮守君は本当にそう思っているように、笑顔を見せている。 事実、本当にそう思っているのだろう。 この子は、自分の怪我にはあまり頓着しない。 「でも心配だよ?」 「心配?でも、これしか怪我してないよ」 「当たり前だろ!」 「ご、ごめん!」 今の『当たり前』は、『心配』にかかってたの、分かってるのかな。 こいういうところは、困った子だな。 「あんまり怪我しちゃ、駄目だよ」 「そっか。うん、ありがとう。気を付ける」 「そうしろ。お前ドジなんだから」 「う………」 分かってるのかなあ。 分かってなさそうだなあ。 本当に心配してるんだけどな。 「海なんて、そんなじゃいけないんだからな!」 「そうだな。海、行きたいな」 怪我する前に話していた会話に戻ると、宮守君が表情を綻ばせる。 夢を見るように目を細める。 「行けたら、いいなあ」 ああ、また違和感が胸にたまっていく。 言いようのない不安が、募っていく。 「宮守君は、どうして、俺なんか、とか、俺はどうでもいいっていう言い方をするんだろうね」 「え?」 二人で話しているときに、ふと聞いてみる。 彼は、時折自分のことなんてどうでもいいという態度をとる。 自分になんの価値もないというように。 どうしてそこまで、自己評価が低いのだろう。 「自分は大事じゃない?怪我してもいい?」 宮守君は不思議そうに眼を瞬かせる。 「そりゃ、怪我はしたくないよ」 それからちょっと困ったように笑う。 「でも怪我したら、大切な人が助けられるっていうなら、怪我ぐらい、どうでもいい」 「それは、かっこいいなあ」 「茶化すなよ」 別に茶化してはいない。 ただ、危なかったしくて不安に思うだけだ。 「半分褒めてるんだよ」 「半分?」 「うん、怪我して守るっていうなら、怪我しないで守ってくれた方がかっこいい」 「そりゃそうだ」 宮守君が冗談だと思ったのか、くすくすと笑う。 「でも俺、弱いから。不器用だし、なんでもかんでも出来ない」 自分の手をじっと見つめて、目を伏せる。 幼い印象を受ける宮守君の、大人びた顔。 いつも素直で希望と憧憬で目をキラキラとさせている彼が、疲れた諦めのようなものを感じさせる顔。 ごくまれに、こんな顔をすることがある。 「俺なんかが役に立つことが出来るなら、嬉しいな。俺でも出来ることがあるなら、それを全力でしたい」 「………」 「俺の力が役に立つことがあるなら、俺の手が届くなら、なんだってしたい。なんだって、やる」 それはとっても綺麗な言葉。 とってもかっこいい言葉。 少年漫画なんかで出てきたら、主人公の熱い台詞になるんじゃないだろうか。 「役立たずでなんて、いたくない。少しでも、誰かのためになることを、したい」 「………」 でも、どうして、私はこんなに不安になるのだろう。 どうして、彼の言葉が危なっかしく感じるのだろう。 「あ、悪い。変なこと言った」 「ううん」 熱くなった自分を恥じるように、顔を赤らめる。 別に、変なことではない。 恥ずかしがるような台詞でもない。 「宮守君の決意はかっこいいと思うよ」 「………だから茶化すなよ」 「茶化してはないよ」 「………」 茶化してなんていない。 馬鹿にして笑ったりもしない。 「でも、お願いだから、自分も、大事にしてね」 「うん、ありがとうな、槇」 宮守君が、嬉しそうに眼を細めて笑う。 嬉しそうに笑わないで。 私は、気遣っている訳じゃない。 ただ、不安なだけだ。 でも、きっと、この言葉は届いてない。 この言葉は聞いてない。 宮守君の心に、この言葉は届かない。 宮守君の幸せと私の幸せは違う。 宮守君と私の考えは違う。 だから分かり合えない。 だから完全に伝わることなんてない。 それが素敵。 それが楽しい。 でも、それがもどかしい。 「うん。彩のためにも、宮守君はずっと、元気でいてもらわないとね」 宮守君は目を丸くして不思議そうに首を傾げる。 誰が見ても明白な好意を、彼は受け取らない。 理解すらしていない。 人が恋しくてしかたないくせに、人の好意は分からない。 痛みが嫌いなくせに、痛みに頓着しない。 明け透けなくせに、心の底を見せない。 人の言葉を求める癖に、人の言葉を聞いていない。 ずっとみんなでいることを望んでいるくせに、ずっといられると思っていない。 未来を願っているくせに、未来を信じていない。 とてもアンバランス。 とても不思議。 宮守君は、不思議。 歪つで、苛立つほどに鈍感で、本当は、どこかで人を拒絶してるんじゃないだろうかと思うほどに、無頓着。 「………」 彩は大事? とても大事、いつでも、いつまでも笑っていてほしい。 宮守君は大事? 大事、大切な友達。 不器用で優しい友達。 そして、彩の大事な人だから余計に大事。 彩が笑っていてくれるには、彼も笑っている必要がある。 だから、彼には自分も、大事にしてほしい。 「………ね、彩を、傷つけるようなことは、しないでね」 宮守君はやっぱり不思議そうに、瞬きをする。 言いようのない不安が胸を満たす。 もどかしく、形のない、ぼんやりとした、嫌な予感。 ああ、どうか、私の嫌な予感なんて、外れますように。 何もなくて、あの時はこんなこと考えたんだって、笑い話で話せますように。 皆で海にいって、また楽しく過ごして、思い出話に花を咲かせられますように。 世界はそれほど優しくない。 明確な正解なんてない。 裏と表の区別もない。 ただただいい加減で、色々なものの輪郭や境界すら曖昧で適当。 でも、だからこそ願う。 私の愛する人たちの世界がなるべく綺麗でありますように。 少しでも痛みや苦しみが少なくありますように。 曖昧で適当な世界に流されないように、立っていられるように、少しだけ優しくありますように。 |