朝食を取る広間に訪れると、先に座って待っていた志藤さんが心配そうに顔を曇らせた。

「お二人とも、大丈夫ですか?お顔色があまりよろしくないようですが」

よく眠れなかったせいで、頭痛はする。
体も少しだるい。
でも、最近は、ずっとこんなものだ。

「大丈夫です。ちょっと寝不足なだけですから」
「………そう、ですか」

笑いかけはするものの、志藤さんはより暗い顔になる。
こんな顔をさせたいわけじゃないのに。
心配かけないようにしないと。

「別に何もしてませんよ。お話してただけ」
「あ、いえ、そ、そういう訳ではなく」

天がさっさと志藤さんの向かいの席について、馬鹿にしたように言う。
すると、志藤さんが顔をさっと赤らめた。

「あ」

そこで、俺も志藤さんが顔を曇らせた理由が分かった。
慌てて近づき、首を横に振る。

「き、昨日は何もしてませんよ!?」
「昨日、はね」
「天!」

昨日を強調して混ぜっ返す天をたしなめるが、志藤さんは目を伏せたまま首を横に振る。

「お気づかい、なさらないでください。気にして、いませんから」

いや、もうめっちゃ気にしてるし。
どうしたらいいんだろう。

「えっと」
「兄さん、とりあえず座れば?」
「う、うん」

突っ立ってると目立つし、天の隣に座って、志藤さんの顔をちらっと覗く。
志藤さんはどことなく耳と尻尾を垂れたような犬のように、しょんぼりしているように見える。
駄目だ、犬とか失礼だ。

「その、志藤さん」

昨日は本当に何もしてないし、そんな落ち込むようなことは何もない。
それをどうやって伝えようかと考えていると、横でテーブルにセットされていたサラダをつつき始めた天が口を開く。

「よく考えてみれば、兄さんの処女もらったのって俺だね」
「て、天!」

また何を言い出すんだ。
しかも他の客がそこらにいるのに。

「俺たち穴兄弟だし、仲良くしましょうよ。といってもその理屈で行くと、一矢兄さんとも仲良くしなきゃいけないけど」
「ふざけんな!!」
「はは」

隣の天の頭を思いきりはたくと、天がそれでも楽しそうに笑った。
どうしてこいつはこういう悪趣味な冗談ばっかり言うんだ。
本当にタチの悪い。

「………」
「あ、あの」

目の前の志藤さんは更に俯いてしまっている。
あああ、駄目だ。

「あの、志藤さん、あのですね」
「………」
「俺が、その、俺が自分の意思で、その、えっと」

顔が熱くなってくる。
朝っぱらから、なんの話をしてるんだ。
でも、この人のこんな顔を見ていたくない。
志藤さんには、笑っていてほしいんだ。
俺が見ている、最後の、最後まで。

「………したのって、志藤さん、だけ、ですから」

でも、やっぱり恥ずかしい。
本当に、何いってんだろ、俺。

「三薙さん………」

志藤さんが顔をあげて、驚いた様子で俺を見ている。
とりあえず、暗い顔ではなくなった。
よし、後一息だ。

「ひどい、俺は遊びだったんだ」

そして天がまたふざけ始める。
もう一度、天の頭をはたく。

「遊びとかそういうんじゃねーだろ!つーかお前彼女いるし!」
「まあね」

そんなこと言っていると、汁ものなどを持って、従業員の人がやってくる。
さすがに三人とも口をつぐんだ。
そしてテーブルに温かいものを用意された後、天が卵焼きを食べて言う。

「ていうか男三人で修羅場って痛いね」
「誰のせいだ!」

誰がややこしい話にして、こんな事態にさせたんだ。
最初に、昨日は何もしてないっていうだけでよかったのに。
ていうか本当に、なんで朝からこんな話をしてるんだ。

「じゃあ、今度は栞を交えて四人で修羅場しようか」
「だから、やめろ!」

なんか、栞ちゃんは楽しんでやりそうな気がして怖い。
でも俺はそんな事態に、居合わせたくない。

「あはは」
「ったく、お前はどうして、そうなんだよ」
「まったくねえ。どうしてなんだか」

そんな天だけが楽しそうな会話をしながら朝食を済ませて、広間を後にした。
宿泊したのは離れの方にあるので、人気のない庭を通り抜ける。
庭の前まで来たところで、天が立ち止まる。

「俺、トイレ行ってくる」
「あ、うん」

そして俺は志藤さんと二人、花が芽吹き始めている庭を歩く。
どことなくぎこちない空気の中、何を話せばいいか分からず黙り込む。
先に口を開いたのは、志藤さんだった。

「………四天さんは、今日はどこか、明るいですね」
「え」

隣を見上げると、志藤さんは天が去った方を見ていた。

「いつものどこか張り詰めた様子が、今日は緩んでいる気がします。どことなく、柔らかい空気というか」
「そう、ですか?」
「あ、私ごときがこんなことを申し上げて差し出がましいのですが!勘違いだと思いますが!」

そういえばいつもより、よく笑っていたような気がする。
態度が悪いのはいつも通りだけど、和やかだった気がする。
表情も、柔らかかった気がする。
でも、俺は、そんな違い、言われるまで気づかなかったけど。

「………」
「三薙さん?」

黙り込んだ俺の顔を、志藤さんが不安そうに覗き込んでくる。
この人は、天のことを、見ていてくれるのか。
そんな違いに、気づけるほどに。

「志藤さんは、四天のこと、好きですか?」
「は!?」
「あいつを、嫌いでは、ないですか?」
「え、えっと」

志藤さんは顔をみるみるうちに顔を真っ赤にして、あたふたと焦った様子で手を無意味に動かす。
そして、しどろもどろに答えてくれた。

「その、私がお慕いしてるのは、その三薙さん、お一人です」
「え、あ」
「私は、三薙さんが、好きです」
「え、あ、は、はい。あ、ありがとうございます。その、嬉しいです。お、俺も、好きです」
「は、はい」

うわ、こんな明るいうちに、外でこんなこと言うのすごい恥ずかしい。
顔が熱くなってきた。
誰もいないとはいえ、やっぱりちょっと、外だと落ち着かない。

「えっと」

えーと、なんだっけ。
なんでこんな話になったんだっけ。
いや、こういう話をしようと思ったんじゃなくて。
いや、俺も志藤さんのこと、好きだけど。

「えっと、いや、違くて、いや、すごく嬉しいんですけど、あの、天のこと、その、友達だと思ってくれてたり、しますか?」
「あ、え、あ、え!?」

志藤さんは、俺の言葉の真意を理解してくれたのか、ますます顔を赤くする。
俺も恥ずかしくて、たぶん顔が赤くなっているだろう。

「………」
「………」

なんとなく立ち止まり、黙り込んでしまう。
でもいつまでもこんな見合っていても仕方ない。

「あ、その、どうでしょう」
「えっと、その、友人というのは、さすがに畏れ多いですが、その、尊敬しています。三薙さんとは、違った意味で。あの方の判断力や冷静さ、その力を、羨ましく思い、仕事にご一緒させていただけるのは光栄だと思っています」
「嫌いじゃないですか?」
「それは、勿論」

志藤さんは表情を緩めて笑いながら頷く。
その言葉に、嘘もお世辞もないように感じる。
志藤さんは、真摯に天に向き合ってくれているように、思える。

「そう、ですか」
「はい」
「その、天は、志藤さんが好きです。頼っています」

人に頼ることをしない、そもそも必要以上に人を傍に寄せ付けない。
あの警戒心が強い弟が、これほど近づくことを許した人。
間違いなく、天は、この人のことが気に入っている。

「あいつが人を信用することなんて、ほとんどないです。でも多分あなたのことは、信頼している。だから出来れば、その、嫌じゃなければ、あいつと仲良くしてやって、くれますか?」

こんなこと、俺が言うべきじゃないかもしれない。
でしゃばるものじゃないかもしれない。
でも、縋るように、志藤さんを見上げて、頼む。

「出来れば、ですけど、傍にいてやってくれませんか」

志藤さんは面食らったように眼鏡の向こうの目を丸くしたが、すぐに優しく微笑んでくれた。
そういえば、出会った当初は癇性めいて見えた志藤さんの表情は、いつのまにかこんな柔らかいものが多くなった気がする。

「それは、勿論。四天さんにお許しいただけるのなら」

その頼もしい言葉に、ほっとする。
嬉しくて、俺も笑ってしまう。

「ありがとうございます。兄として、礼を言います」

あいつは、栞ちゃん以外にはたぶん誰にも心を許していない。
家族にも誰にも。
だからせめて、志藤さんのような人が傍にいてくれたらいい。
信じられる人が、傍にいてくれればいい。
天の痛みに満ちた生き方が、少しでも痛みが和らぐといい。

「三薙さん、その」
「はい?」

しかしそこで志藤さんは、困ったように目を逸らす。

「四天さんを嫌うなんてことは勿論ありません。尊敬し、敬愛しております」
「はい、ありがとうございます」
「でも、恐れながら、憎らしく思うこともあるんです」
「え!」

思いもよらない言葉に、思わず志藤さんの腕をつかんでしまう。
今嫌いじゃないっていったばかりなのに憎らしいってなんで。

「え、えっと、どうして!?確かにあいつ生意気で年上に対する礼儀とかなくて慇懃無礼だし人を小馬鹿にするし見下すしからかうし」

駄目だ、フォローになってない。
ていうかあいつのいいところってどこだっけ。
強くて頭がいいところとか。
いや、それ性格のよさとイコールじゃない。
むしろ余計にむかつく。
そういえばあいつ性格悪い。

「た、確かに天は、傍にいるには、ちょっと性格悪すぎますね………」
「いえ、違います」

志藤さんが苦笑しながら、首を横にゆるりとふる。
そして俺に屈みこみ、額が触れるすれすれのところまで顔を近づける。
志藤さんの熱を感じる距離で、囁くように言う。

「あなたに初めて触れた方であり、そしてこんなにもあなたの心を占めているあの方を、憎らしく思うんです」
「え、と」

最初に、触れたって、言われても、あれは儀式だし。
なんてことを考えていると、そのまま唇に柔らかなものが触れた。

「ん」

目を閉じる暇もなく、そっと熱は去っていく。
至近距離で、志藤さんが悪戯っぽく笑った。

「失礼しました」
「い、いえ」

突然のキスに、心臓がバクバクと高鳴る。
勿論、嫌ではない。
でもなんだか、恥ずかしくて落ち着かない。

「天は、その、弟、だから」
「ええ、存じております。でも、三薙さんは大切に想っていらっしゃるでしょう」
「それは………」

天を、どう思ってる。
憎かった、羨ましかった、嫌いだった、妬ましかった。
恨み憎みながらも、でも、信頼し、憧れていた。
結局いつだって手を貸して、助けてくれた。
超然として、人間離れしていて、俺とは全く違う存在のように感じていた。

「天は」

でも、そんなことなかった。
苦しんでいた、もがいていた、あがいていた。
俺と同じだった。
あいつは、俺の、弟だった。

「四天は、大事な、大切な、俺の弟、です」

そう言ったとたん抱きすくめられた。

「う、わ!」
「失礼します」

驚く暇もなく顎を掬われ、キスをされる。
今度は一瞬で離れてはいかない。

「ん、ふっ」

何度も何度も確かめるように、深く唇を啄まれる。
しがみついて必死にそれに応えると、志藤さんがぎゅっと俺を強く抱きしめる。
その腕の強さが心地いい。
優しいけれど奪われるように触れ合う唇が、気持ちがいい。
そのまま何度か啄むと、そっと唇が離れていく。
志藤さんが俺の肩に顔を埋める。

「………その言葉にすら嫉妬してしまう、私の狭量をどうかお許しください」

恥ずかしそうな消え入りそうな声に、一瞬言葉を失う。
その後、可笑しくなって笑ってしまう。

「………困った人ですね」

ぴくりと震える体を、俺も強く抱きしめる。
その柔らかな髪を、そっと撫でる。

「志藤さんは、困った人です」

俺の言葉なんかに、一喜一憂してしまう、馬鹿な人。
困った人。
でもこのストレートに表してくれる好意が、心地いい。
この人の嫉妬が、愛おしい。

「申し訳、ありません」

謝る志藤さんの体をそっと押してちょっと離れて、その顔を両手で包む。
不安そうに泣きそうな顔をした人が可愛くて仕方ない。

「でもそんな志藤さんが、俺は好きです。大好きです」

そう言うと、志藤さんが痛みを感じたようにきゅっと唇を噛む。
愛しい。
抱きしめて、頭を撫でて、キスしたくなる。

「まあ、いちゃつくのはいいんだけど、人目につくよ、ここ」
「うは!」
「わあ!」

なんてことを考えていたら、後ろから涼しい声がかかった。
慌てて二人して飛び退いて体を離す。
声の方を見ると、天が無表情に俺たちを見ていた。

「わー、らぶらぶだねー」
「て、天、いつから!?」
「二人が人をダシにしていちゃついてるところから。志藤さんが俺が憎らしいとかなんとか」

志藤さんの顔がさっと青くなる。
風を切るようなものすごい勢いで頭を下げる。

「も、申し訳ありません!」
「いえいえ、本音が聞けてよかったです」
「申し訳ありません!尊敬しているのは本当です!」
「はいはい」

ぞんざいに流す天に、志藤さんはますます焦った様子になる。

「天、志藤さんはそういう意味じゃなくて」
「はいはい、分かってますって。あなたのことは、信じてます。ていうか、あなたのそういうことを俺は信用してるんです」

天の言葉に、志藤さんが不思議そうに首を傾げる。

「えっと、そういう、ところ?」
「恋に盲目で、粘着質で執念深くて単純でのめり込みやすい所」
「………」

志藤さんが黙り込む。
さすがにその言いぐさはないだろうと、たしなめようとする。

「おい、天」
「だからこそ、俺はあなたを信じた。熊沢さんも多分そういうつもりだったんだろうし」
「え、熊沢さん?どういうこと?」

けれどたしなめる前に出た名前に、問い返してしまう。
天はこちらに視線を向けて、肩を竦める。

「熊沢さんはね、双馬兄さん以外とことん興味ない人なの。で、双馬兄さんは、優柔不断で一矢兄さんと俺のどちらにも味方面でふらふらする人なの。ついでに兄さんのことを可哀そがってめそめそする」

これまた酷い言い草だ。
本当に天は、双兄が、好きじゃないようだ。
確かに双兄は、優柔不断かもしれないけれど、でも、その言葉に素直に頷けもしない。
俺は天のようにも、一兄のようにもなれない。
多分一番考え方とかが近いのは、双兄な気がする。
人は迷って、当然だ。

「一矢兄さんは絶対的な力があるけど、俺には何もない」

天はじっと広げた自分の手を眺める。
天と一兄のどちらが力があるか。
家の仕事としての力というなら、それは天だろう。
でも、家の権力を使えるという意味では、それは一兄だろう。

「そのことにお優しい双馬兄さんが心を痛めるから、熊沢さんが双馬兄さんの精神安定のために、俺のお守り兼兄さんのお守り兼やっかい払いで用意したのがその人。たぶんね」
「え?」

その人、のところで志藤さんを指さす。
志藤さんは双兄が、俺の友人になれればということで用意したと言っていた。
後、熊沢さんも、志藤さんの精神が安定すればいいとも言っていた。
更に、天に近づけたのはそういう意味もあったのか。

「一石三鳥。すごいね。その人、それなりに強いし」
「え、え?え!?」

志藤さんは何を言われているのかよく分からないように、あたふたとしている。

「最初からそこまで考えたんじゃないだろうけどね。まあ、兄さんのこと好きになったあたりでちょうどいいと思ったんじゃないの?」

熊沢さんはどこまで何を考えて、行動しているのだろう。
優しくて頼もしい人だとは思っている。
双兄のことが大事なのも知っている。
でも、そんなことまで考えているのか。

「えっと、そうなんですか?」
「し、知りませんでした」

あたふたとしている志藤さんに問うが、志藤さんはぶんぶんと頸を横に振った。
熊沢さんの思惑なんて、まったく知らなかったのだろう。

「熊沢さんは、それなり優しくて人当たりのいい人だけど、双馬兄さんのためならその他すべて切り捨て利用できる人。その人を俺につけて俺がどうしようと、その人がどうなろうと結果は気にならない。ちょうどいいことにその人は、双馬兄さんとそんなに仲良くないみたいだし、何かあっても心を痛めない」

俺や天に近づけるってことは、ばれれば宮守に睨まれるだろう。
志藤さんが、処分される可能性だってあった。
それは、熊沢さんもよく分かっていただろう。
でもそれでもいいと思ったのか。
双兄のためになるなら。

「で、それを聞いて、どう思います?」
「………」

天は面白そうに、焦っていた志藤さんを見上げて笑う。
志藤さんは黙り込んで、何度か目を瞬かせる。
でもすぐに表情を落ち着かせると、そっと微笑んだ。

「………変わりません。何も変わりません」

まっすぐに天の目を見て、静かな、けれどしっかりとした声で告げる。

「四天さんに対する尊敬も、敬愛も、そのままです。私はあなたに仕えることを光栄と思います。あなたに利用価値があると思われることもまた、光栄です。あなたのような優秀な方に、使える人材だと思われるのは喜ばしい」

そして、胸の前で手をぎゅっと握る。
蕩けるように優しく、笑う。

「そして三薙さんに対するこの想いは、私だけのものです。誰の思惑があろうと、誰に利用されていようと、それだけは変わらない。私の想いは誰にも侵されない」

はっきりと、力強く、言う。

「私は、三薙さんをお慕いしています」
「………しとう、さん」

胸が熱くなって、きゅうきゅうと痛む。
嬉しい。
苦しい。
切ない。
嬉しい。
でも、痛い。

「だって、よかったね?」
「………」

天がくすくすと笑って、言う。
いい、のだろうか。
これは、いいことなのだろうか。

「ま、そういう粘着質なところが、少なくとも兄さんのことは裏切らなそうだなーって思ったんです」
「………四天さん」
「さあ、さっさと用意して行こうか、海に」

そして一人すたすたと歩き始めてしまう。
俺と志藤さんも顔を見合わせて、慌ててその後を追いかける。
俺と天の部屋に入ると、天が、くすりと笑う。

「大事な大切な、弟ね」
「なっ、聞いてたのか?」
「ばっちり」

くるりと俺の方を振り返り、幼い様子で首を傾げる。
どこか馬鹿にしたように、くすくすと笑う。

「どうもありがとう、光栄だね」
「………うるさい」
「お礼を言ってるのに」
「黙れ」

言葉に嘘はない。
こいつは大事で大切な、弟だ。
こんな、ムカつく態度をとっていようと、俺を利用しようとしていたとしても、全てを隠していたとしても。

「怒らないでよ。じゃあ、俺もお返しするよ」
「なんだよ」
「俺が奥宮を大嫌いになった理由。宮守を憎むようになった最初のきっかけ。簡単なことだよね」

天が俺を見て、にっこりと笑う。
いつもの、どこか人を食ったような笑い方。

「俺は多分、あんたが、大切だったんだ。だから、あんたがアレになるなんて、許せなかった」

小さいころの無邪気な笑顔は、もう見なくなって久しい。
高かった声は、低くなった。
手足は伸び、身長は俺よりも高くなった。
幼いころの面影は、ほとんどない。

「小さい頃から、俺は、三薙お兄ちゃんが、大好きだったよ」

けれど、やっぱり、こいつは、大事で、大切な、俺の弟なんだ。





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