どんなに悩んでも、どんなに未来が見えなくても、時間は嫌でも進む。 ずっとベッドの中で考え事をしていたくても、朝は来る。 悩んでいることなんて無駄だというように、現実は待ってくれない。 お腹が空く。 トイレに行く。 学校へ行かなければいけない。 どんなに悩んでいても、私は生活しなければいけない。 ご飯を食べて、排泄をして、勉強をする。 相変わらず頭も痛いし、胸の中がもやもやとして重苦しい。 根木の家に来て食欲は出たが、睡眠不足は続いている。 ああ、もう何もかもが面倒だ。 悩むのも、学校へ行くのも、考えるのも、全てやめてしまいたい。 「どうしたの、清水?」 「………なんでもない」 隣を歩く根木が、黙り込んだ私の顔を覗き込んでくる。 なんとか笑顔を作って、首を横に振った。 だめだ。 私が、そんなでどうする。 根木はもっと面倒だろう。 こんな面倒くさい私に付き合ってくれているのだ。 当事者の私が逃げてどうする。 私はちゃんと、考えなければ。 根木と二人並んで登校する。 美穂さんと根木と一緒に食べた朝食はおいしかった。 お兄さんは寝ていて起きてこなかったけれど、やっぱり楽しかった。 あんな風にずっとずっと、食事をとれたら、どんなに素敵だろう。 校門をくぐり、下駄箱に向かう。 私と根木が一緒に登校していることに不思議そうに視線を向ける同級生も多い。 何か聞きたげに近付いてくる人たちに、根木は笑って普通に挨拶をしていた。 あまりにも自然だからか、誰も特に聞いてこない。 一緒にいたらまずいだろうか。 根木にも迷惑かけるだろうか。 でも同じクラスなのに、ここで別れたら逆に変だろうか。 どうしようかと周りを見渡す。 そして、ふと感じる視線。 「………あ」 下駄箱の前に、千尋が立っていた。 こちらをじっと見ていた。 焼けつく明るい太陽の下、白い顔が浮かび上がるように青い。 あの優秀で完璧な弟が、クマを作り、やつれて、ひどく弱々しい。 今にも消えてしまいそうなほど、儚く感じた。 「あ」 思わず足を千尋の方に踏み出す。 けれど、それ以上近寄ることはできなかった。 「………根木」 腕を、大きな手に掴まれていた。 強い力で拘束されて、私はそれ以上進むことができない。 見上げると根木は笑いもせずに私を見ていた。 「行って、どうするの?」 「どう、って………」 「なんて声かけるの?」 「………」 答えられなかった。 大丈夫、とも、どうしたの、とも、言えない。 私には、まだ言えない。 私は、まだ言ってはいけない。 足を止め、もう一度前を向く。 千尋は、まだ私を見ていた。 私が来ることがないと分かったのか、背を向ける。 振り返る瞬間、泣きそうな顔をしていた気がした。 気のせいかも、しれないけれど。 「にしても、本当に倒れそうだな。ったく」 根木が苦々しくつぶやく声が、酷く遠く感じた。 長い長い一日を終える。 学校にいるのが、苦痛でしょうがなかった。 授業なんて、上の空。 根木に話しかけられても、ロクに答えられない。 それは、布団にもぐりこんでも、まだ続く。 事態は何も変わらない。 悩んでも、頭が痛くなって、気持ち悪くなるぐらい悩んでも、現実は何も変わらない。 何も変わってくれない。 当たり前だ。 行動を起こしていない。 ただ時間だけが過ぎていく。 こうしている間に、全てが解決すればいいのに。 ただ時間だけが、流れていく。 私は何をしたらいい。 勉強が頭に入らない。 こんなんじゃ受験に落ちてしまう。 早く、決着をつけなければ。 なんで、今なんだろう。 もっと後なら、よかったのに。 今じゃなければよかったのに。 そうしたらきっともっとうまく考えられた。 ああ、今じゃなければよかったのに。 どうしたらいい。 何をしたらいい。 分からない分からない分からない。 千尋のあんな姿は見たくない。 でも、それなら千尋の元へ行くのか。 それは根木を失うということ。 根木を失うのは嫌だ。 もう、明るい所に行けなくなってしまう気がする。 千尋の手を取る。 それはこの違和感と罪悪感を抱えていくということ。 それに私は耐えられるのだろうか。 私は、我慢していけるのだろうか。 もう、疲れた。 もう、嫌だ。 考えは堂々巡り。 何も解決したりしない。 もう何も考えたくない。 千尋が、私を欲しがらなければよかった。 根木が、ただの友人ならよかった。 二人とも、ただ私に優しくして傍にいてくれればよかったのに。 ただ、私に温かいものを与えてくれればよかったのに。 私に何も求めないで。 私があんたたちに与えられるものなんてない。 私から何も奪わないで。 そんな感情はいらない。 要らない要らない要らない。 ただ、優しい関係でいたい。 どうして、一人に決めなきゃいけないの。 一緒にいればいいじゃないか。 今のままで、根木も千尋も傍にいてくれればいい。 二人とも欲しい。 二人ともいらない。 疲れる。 苦しい。 嫌だ。 じゃあ、一人でいるのか。 そんなの出来るわけない。 寂しい。 誰かにいてほしい。 私にはあの二人しかいない。 一人でいて、誰かを探すか。 出来るとは思えない。 無理だ。 私は、一人では、いられない。 考えはループしてより一層胸の苦しさが増すばかり。 夜の闇は、悩みを更に深くする。 布団に潜ってもいられなくなって、私は大きくため息をついた。 のそのそと起き上がり、リビングに向かう。 何か飲もう。 そして、落ち着こう。 こんなんじゃ、何も考えられない。 そっとふすまを開けると、明りが飛び込んできた。 暗さに慣れた目は急に光に順応出来ずに戸惑い目を瞑る。 「あれ、どうしたの?」 「あ………、道隆さん」 恐る恐る目を開けて声の主を確かめると、リビングのテーブルで寛いでいる道隆さんが軽く手を挙げて笑った。 |