私には、何が必要か。
私は何をしなければいけないか。
私はどうしたいか。
私は、これからどういう形になっていきたいのか。

どこへ行きたい。
何が欲しい。
後悔しない道は、どれ。

よく、考えた。
気持ち悪くなるぐらい、考えた。
こんなに考えたのは、もしかしたら生まれてはじめてかもしれない。

私は、今まで流されるように生きてきた。
辛いことがないように。
痛いものから逃げるようにして。
ただ失うことが怖くて、少しでも痛みが小さくなるよう、何もかもから目をそむけていた。
そのツケが今来た。

だから、いっぱい考えた。
今度こそ、考えた。

私は、明るい場所へ行きたい。
根木の家のように、笑い声のあるところにいたい。
根木のように、優しい人間になりたい。
私も、笑っていたい。

誰も恨みたくない。
誰も憎みたくない。

一人になりたくない。
優しくされたい。
傍にいてほしい。

もう、泣きたくない。
辛いのは嫌。
苦しいのは嫌。

千尋の悲しい顔は見たくない。
根木の優しさを失いたくない。

千尋はずっと傍にいてくれた。
私が呼吸を出来ていたのは、千尋のおかげだった。

根木の持つものは、私が欲しいものだった。
根木のおかげで、私は温かさを知ることが出来た。

それなら私は。


私は。



***




バイトから帰った根木と美穂さんと一緒に、ご飯を食べる。
今日は道隆さんはいなかった。
美穂さんのご飯は温かくて、おいしい。
二人の明るい会話に、心はゆったりとほどけていく。

この空間が、私は欲しい。
これが、欲しい。

お風呂に入って、カーティガンを着こんで、根木の部屋に向かう。
ノックをすると、開いているよ、といつものように朗らかな声が帰ってきた。
一瞬ためらって、けれど遠慮なくドアを開ける。
根木は部屋の隅に置かれているシンプルな勉強机に向かっていた。
椅子をくるりと回して、向かい合う。

好奇心に満ちた目が、私を見つめている。
私はそっと目を伏せる。
軽く、喉が渇いている。
ごくり、と唾を飲み込む音が頭の中に響く。

「どうしたの?」

ドアを開けたまま突っ立っていた私を、根木が小首を傾げて見上げる。
私は顔をあげて、一歩前に出る。
そして後ろ手でドアを閉めた。

「根木」
「はいはい?」

さあ、言おう。
これは、自分で決めたこと。
ようやく、自分で決めたこと。

誰のせいにもできない。
父でも母でも、根木でも千尋でもない。
これは、私の意思。

「あのね」
「うん?」

根木は急かさずじっと待っていてくれる。
優しい人。
最初に出会ったときから変わらない。
この人は、私の話を聞いてくれている。

「根木、私、明日、家に帰ろうと思う」
「………」
「千尋に、話す。もう一度、話す」
「………答えは出た?」

その声は、労わるような温かさに満ちている。
根木の切れ長の目が、私の意思を探る。
私は一度大きく深呼吸した。
それから、ちゃんと顔をあげて、その目を見つめた。
目は、そらさない。
顔は、下げない。

「うん」

そして、頷いた。





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