俺は器用で、人が大好きで、楽しいことが大好きで、いつも笑顔に囲まれていた。 片親だけど普通の中流家庭だし、兄貴がいるし寂しくない。そしてとても円満だ。 勉強もそこそこできるし、運動神経も悪くない。 顔だっていけてる。 毎日が楽しくて楽しくて、人生はバラ色だ。 だから乾いた人間に惹かれた。 そのカラカラの何かを、満たしたかった。 潤って欲しかった。 俺の有り余る幸せを、分け与えたかった。 だから好きになるのは、どこか乾いた人ばかり。 友人も彼女も。 笑ってもらえるのが、嬉しかった。 安心してもらえることで、満足した。 俺に、執着してほしかった。 そして。 俺が、執着したかった。 小学生の頃、マンションの隣の部屋に綺麗なお姉さんが住んでいた。 俺は昔から綺麗なお姉さんが大好きだった。 そのお姉さんはいい匂いがした。 おっぱいが大きかった。 お菓子もくれた。 だから、お姉さんが大好きだった。 今思えば、お姉さんはお水な人だったのだと思う。 服装も派手だったし、化粧濃かったし。 優しかくて、可愛かった。綺麗だった。 大好きだった。 でも、お姉さんはいつもなんだか疲れていた。 どこか寂しげに顔を曇らせ、アンニュイな雰囲気を漂わせて。 それがまた大人ーって感じで、俺はお姉さんを見るたびにドキドキした。 お姉さんに大好きって言うと、お姉さんはいつもにっこりした。 大好きって言い続けたら、お姉さんはずっとにこにこしてくれるのかな、て思った。 お姉さんがにこにこしてくれると嬉しかった。 だから、お姉さんをにこにこさせたかった。 俺はいつもお姉さんに大好きって言った。 だけど、お姉さんはその時はにこにこするけど、すぐに疲れを滲ませてしまう。 ちょっと、寂しかった。 大人になったら、お姉さんを笑わせてあげられるのかな、と思った。 早く大人になりたかった。 そんなお姉さんが、ある日からすごく明るくなった。 寂しさはなりをひそめ、まさに輝くような笑顔。 はじけるような笑い声を上げ、アンニュイな雰囲気なんて吹き飛ばすように。 まさに大人ーって感じのお姉さんも大好きだったけど、そんな少女のようなお姉さんも大好きだった。 ていうかぶっちゃけお姉さんならなんでも大好きだった。 毎日にこにことしていたお姉さん。 俺は、お姉さんを輝かさせているものが、なんだかはよく分からなかった。 それでも、お姉さんが笑っているのが嬉しかった。 すごくすごく綺麗だったお姉さん。 最後に見たのは、それからしばらしくして。 ランドセル背負って学校から帰ってくると、お姉さんはマンションの前で背の高い男の人と寄り添っていた。 むかっとした。触ってる男が許せなかった。 俺のものだと主張するように辺り憚らず腰に回された腕。 男の独占欲が透けて見えるようだった。 でも、見とれてしまった。 お姉さんの蕩けるような笑顔。 それは俺がいつも見ているものよりずっとずっとずっとずっとずっと。 綺麗で、安心しきっていて、心に突き刺さった。 その時、なんとなく分かった。 お姉さんのアンニュイな空気を変えたのは、あの男なんだって。 俺にはにこにこさせることできなかったけど、あいつがやったんだって。 悔しくて、ムカついて、情けなかった。 やっぱり大人じゃないと駄目なんだ、って思った。 男の力強い腕には、かなわないんだって。 それでもお姉さんがあまりにも幸せそうだから、ほっとしたんだ。 お姉さん、これでにこにこ、していられるんだ、って。 男も、お姉さんをほしがってるのが、すごく分かった。 それならいいや、って。 最後にお姉さんは、俺に気付くとひらりと笑顔で手を振った。 そして男と寄り添って、小さくなっていった。 それがお姉さんを見た最後。 お姉さんと男は、遠い街で自動車ごと海につっこんだ。 男は妻子持ちで、事業に失敗して、借金だらけだったらしい。 お姉さんとはいわゆる不倫の関係だ。 人の不幸が大好きな大人達の噂話から、断片的に聞こえた情報。 それが計画的な自殺だったのか、事故だったか今はもう分からない。 もしかしたら、無理心中って奴かもしれない。 宿がとってあったらしいし、逃げるつもりだったのかもしれない。 もう、あのいい匂いを感じることはできない。 あのおっきいおっぱいにドキドキすることもない。 お菓子ももらえない。 寂しかった。 哀しかった。 泣いた。 それでも思ってしまったんだ。 ああ、これでお姉さんはにこにこしていられるんだな、って。 もう、寂しい思いはしないんだな、って。 あんなにお互いを欲しがっていた2人。 あんなに笑っていた2人。 とても、満たされていた2人。 それはとても不幸な結末で、周りから見たらなんとも滑稽なお話。 俺も、今となっては事故であれ自殺であれ、そんな結末しかなかった2人を哀れだと思い、他を選べなかった2人を馬鹿だと思う。 それでも、思ってしまったんだ。 ああ、うらやましいな。 俺も、あんなに執着してみたい。 それが、俺の心の中をずっと、じりじりと焦がしている、想い。 |