「陛下、どこに行かれるんですか」 聞きなれた、誰よりもむかつく美声が聞こえた。 ミカの肩に担ぎあげられたまま、そちらに視線を向ける。 思った通り、そこには金髪の悪魔がいた。 「セツコと出かけてくる。*******、後は*********」 「やめてください」 ミカが出かける旨を告げようとすると、悪魔はあっさりと静止する言葉を吐いた。 こいつか、こいつが私のおでかけを阻害していたのか。 私が怒鳴りつけようとすると、ネストリはその先を続けた。 「あなたとセツコが出かけたら、エリアスが泣きます」 え、なになに。 どういうこと、泣くって。 エリアスってばヤキモチかしら。 うわ、私ってば本当に、今最高のモテ期きてる!? 『一国の王が足手まといを連れて単独で外に出てたら、傍付きのものなら誰でも泣きます』 一瞬ちらりとよぎった勘違いの痛い発言をすかさず拾い上げて悪魔はつっこみを入れてくる。 くそ。 分かってるわよ、そんなこと。 女ってのは分かっててもそういう妄想をしてしまうものなのよ。 心に秘めてるものなのよ! 『かなり本気じゃなかったですか?』 『うるさい!その後にすぐ打ち消すわよ!一瞬いい気になるのが女のサガよ!』 心に秘めてたら誰にもばれないから問題ない。 どれだけ勘違いしていい気になろうが、口に出さなきゃ貞淑な女でいられるのよ。 脳内会話とかどうでもいいところだけファンタジーな卑怯技さえなければ。 『まあ、女性ってのは確かにそんな感じはありますが』 食事に誘われただけでも、こいつ私に気があるのかしら、って思うわよ。 ちょっとその気になってときめくわよ。 ただし、いい男だけね。 友達なら普通に食事としか思わないし、どうでもいい奴ならウザい、キモイとしか思わない。 『そこまで暴露しなくてもいいんですけどね』 『誰が暴露させてるのよ!!!独り言勝手に聞いてるんじゃないわよ、この美形役立たず!』 『それは罵りの言葉なんですか?』 『見た目しか価値がないってことよ!』 悪魔は黙り込んだまま、私は日本語で怒鳴り合う。 ていうか私が一方的に怒鳴ってるんだけど。 悪魔は相変わらず、どこ吹く風。 くそ、いつかこいつの弱点絶対見つけ出してやる。 見てろよ、ぎゃふんと言わせてやるからな。 ごめんなさい、世津子様許して!って言わせてやる! その出来のいい面踏みにじってやる! 『楽しみですねえ』 『お茶に雑巾汁いれるわよ、このセクハラやろう!』 なおも、脳内舌戦を繰り広げる私たち。 そこで、蚊帳の外になっていた乗り物がようやく口を出した。 「てことで、でかけてくる」 私を担ぎあげたまま、何事もなかったかのように一歩足を踏み出す。 そこで風が一筋吹き、ミカが足をもつれさせバランスを崩した。 「きゃあ!」 「っと、おい、ネストリ、******!ピメウスを**************!」 すんでのところで私を放り投げることは回避し、ミカが悪魔に何かを抗議している。 なんだ、悪魔が何かしたのか。 そういえばなんか魔法みたいのつかえるんだっけ、こいつ。 今の風がそうなのか? そんな本格的な魔法みたいの使えるのか。 脳内出歯亀とか、電流SMとか以外も使えるのか。 「だから、やめてください」 「少し出かける************、暇を、*******************」 「本気で********しますよ」 「面白い****************」 「へえ、そんなこと言っていいんですか?」 「お前こそ、誰に*******口を********」 担ぎあげられているせいで、ミカの表情は見えない。 どこか笑いを含んでいるものの、低くドスが聞いている。 ネストリはやっぱり笑顔。 けれど、その笑顔にはいつも以上の毒があるように思える。 え、何。 言葉分からないけど、なんか不穏な空気なのは分かるんだけど。 お局生活も何年にもなって、空気読むのは得意よ。 あえて読まないけどね。 面倒くさいから。 でも、これはやばい気がする。 えーと、こいつらのケンカとか激しく巻き込まれたくないんだけど。 どうなるか分からないけど、夕日の中で一発殴り合って爽やかに倒れる、とかなさそう。 勿論、平和的な会話による解決、なんて文化的なものはこいつらの辞書にはない気がする。 逃げたい。 どうしよう。 こいつらのどうでもいいケンカに巻き込まれるなんてまっぴらだ。 なんの得にもならない争い事は嫌い。 ミカを殴り倒して走り去ろうかと検討していると、これまた聞きなれた足音が響いてきた。 パタパタと、軽いけれどせわしないかけ足。 が、二つ。 ミカの肩の上でそちらに視線をやると、そこにはやっぱり眼鏡のへたれ。 隣にはメイドさんを連れている。 メイドさんが連れてきたのだろうか。 いい仕事するわ、メイドさん。 「やめてください!!」 エリアスは泣きそうな声で眼鏡を押さえながら走ってくる。 すごいなあ、へたれのモデルタイプというかなんというか。 どうしてここまで絵に描いたようなへたれでいれるんだろう。 漫画に出てきそうだわ。 まあ、この子はそういうところがかわいいんだけど。 ミカとネストリはエリアスの登場で、殺気だった空気を解いた。 ったく、いい歳したおっさんが、ケンカっぱやくていけないわ。 血圧高いんじゃないの。 薬用○命酒でも飲んでろってのよ。 『短気なのは陛下だけですよ』 『絶対あんたも気が短い』 困ったような悪魔の声が脳裏に響く。 けれど、それは即座に却下。 それは断言できる。 間違いない。 ていうか、自分に敵意を向ける人とかには容赦がないタイプだ。 「どうなさったんですか、お二人とも」 エリアスが軽く息をあげながら、悪魔と馬鹿を交互にみやる。 悪魔と馬鹿は視線を一回合わせ、首をかしげた。 「なんだったっけか」 「さあ、なんでしたっけ」 ああ、馬鹿だ。 本当にこいつらは馬鹿だなあ。 アルノ。 アルノ、早く塔から降りてきて、アルノ。 私の唯一の癒し、アルノ。 ああ、でも、アルノも歳だし塔から降りてくるには時間かかるだろうなあ。 「もう、あなたたちがケンカをすると、城が***************!この前は*********全部壊れる**********!!!!」 なんか怖いこと言ってる気がする。 言葉分からなくてよかったわ。 なおも説教臭いことを言いつのろうとするエリアスに馬鹿王はうんざりとしたように声をあげる。 「わかったわかった、悪かった」 ミカが肩をすくめる。 あんまり動くとお腹圧迫されて苦しんだけど。 ていうか私いつまで担ぎあげられているのかしら。 「ちょっとセツコと外に行って…」 「ダメです!」 ミカが軽く言おうとすると、遮ってエリアスが止めた。 いやまあ、よく考えればそうだ。 私は城の中にしかいないから、ミカが一人でフラフラしているの普通になっちゃったけど、一国の王ってそうふらふらしちゃいけないものよね。 あんまり城の中でもフラフラしないものなんじゃないかしら。 だいたいテレビなんかで見ると、いっぱいSPとか付いてて。 ものものしい感じで、トイレいくにもお付きがいて。 ていうか、ミカはもしかして本気で一人で私を連れ出そうとしてたのかしら。 この反応はそうなんだろうなあ。 まあ、そりゃ止めるわ。 「行くなら兵士を***************、明日に、******予定をいれ********」 「だってセツコがな*************」 なんか私、ダシにされてないか。 別にミカに連れてってもらわなくてもいいんだけど。 むしろよく考えれば他の人がいいんだけど。 ていうかぶっちゃけてアルノがいいんだけど。 うん、アルノがいいわ。 「ねえ、ミカ…、私は」 アルノがいい、と言おうとして単語を探す。 そうして、分からなかったので適当に分かる単語で言おうとするとその前に遮られた。 「では、エリアス、あなたが行きなさい。セツコと一緒に」 『は!?』 ネストリの訳の分からない発言に、エリアスと私が同時に声をあげた。 エリアス、エリアスと一緒に? うわ、頼りなさそう。 「そ、そんな、私はっ!」 「嫌ですか?」 「嫌ですよ!」 嫌なのか。 すっごいむかつく。 私のどの辺が嫌なのかはっきりさせたいところなのだが、なにせ言葉が分からない。 くそ、イライラする。 せめて降りて、揺さぶってやりたい。 さっさと放せ、この馬鹿王。 「嫌、なの?」 「あ、いえ、そうじゃなくて!ね、ネストリが行けばいいじゃないですか!」 私の低い声に失言に気付いたのか、焦ってパタパタと手をふる。 悪魔がその言葉に、ちらりと私に視線を送る。 そしてかわいらしく小首をかしげた。 「セツコ、私でいいですか?」 「ありえない!」 何があろうとそれだけは絶対に無理だ。 こいつと二人きりとか勉強の時間だけで十分だ。 ていうか勉強の時間だけでも本当はごめんだ。 正直私の視界から姿を消してほしい。 「私は、アル」 「ということなので、エリアス、いってらっしゃい」 私がアルノを指名しようとすると、遮って言いつのる悪魔。 エリアスがパクパクと口を開いて何か言おうとすると更にそこでミカが追い打ちをかけた。 「しょうがない、エリアス、命令だ」 そこで、エリアスは絶望的な表情を浮かべた。 今にも泣きそうな、死んでしまいそうな情けない顔。 ていうか、そんなに嫌か。 エリアスのくせに超生意気。 私がエリアスを拒むことがあっても、エリアスが私を拒むなんてありえないだろう。 エリアスだからこそ怒りが倍増。 こいつ、絶対しめる。 私は心に強く誓った。 |