こたつに入ってぬくぬくしつつ、みかんを食べる。
やっぱ冬はこれだよね!
向かいには駿君が座っていて、同じようにみかんを食べている。
おじいちゃんは近所の寄り合いに、おばあちゃんはお買い物行っている。
ぽつぽつと話しながら、なんとなしにテレビを見る。
駿君とも打ち解けて、こんな他愛のない時間を過ごすのも辛くなくなっている。
むしろ楽しい。
テレビは時間が中途半端なせいか、あまり面白いものはやっていない。
今夜やるテレビの予告のようなものが映し出されていた。
て、あ、今日。
「今日ってそういえばクリスマスだ!」
あまりにも縁がないんで忘れていた。
「………これだけ日本中浮かれてるのに忘れてたのか」
「だ、だって……」
駿君が呆れたようにいやーな目つきで私を見ている。
「女子高生にもなって…、哀しいやつ」
「うう……ほっといてよ」
今年はおじいちゃんの家にいるからツリーとかを飾ることもなかったし、スキーとかで外出することが多かったからテレビとかも見てなかったし…。
て、なんか言い訳するほど哀しくなってきた。
私もイルミネーション輝く街とかでかっこいい彼氏と聖夜を満喫したかったさ!
で、でもさ!
「そういう駿君はどうなのよ!」
「お前は小学生に何を求めてるんだよ。まあ、俺はクラスの奴と約束あるけど」
う、負けた…。
私は多分家にいても友達全員出払ってただろうしなあ…。
さ、寂しい。
あ、なんか本気でへこんできた。
「そっか…駿君もいないんだ…」
「なんだ。俺がいたほうが良かったのか、予定のないお姉さんは?」
意地悪そうに笑って聞いてくる。
くそー、悔しいぞ!
「だっておじいちゃん達しかいないのも寂しいしさ。いないよりいた方が…」
飛んできたみかんが鼻にヒットした。
痛い。
「痛いよ!」
「やかましい」
もう一個飛んできた。



***




その日の夕食は、おばあちゃんが気をつかってくれたのか、チキンとケーキが出た。
二人ともケーキとかはあまり食べないようだから、私のためなんだと思う。
その心遣いはとっても嬉しくて、ケーキは美味しかった。
でも、やっぱりちょっと寂しいなあ。
地元いた方がよかったかなあ、少なくとも賑やかさはあったから。
食後にコタツに入ってクリスマス特番を見ているとそう思ってしまったりもする。
そして8時になろうとした頃だっただろうか、おじいちゃんちの旧式の黒電話が鳴り響いた。
おばあちゃんが出て、対応する。
私はこのうるさいけど、電話らしいベル音が結構好きだ。
「鈴鹿ちゃん。あなたに」
「へ?」
思いがけず呼ばれる。
おばあちゃんちに私にかけてくる人なんて、そういない。
誰だろう?
「男の方よ」
不思議そうな顔をしてた私の表情を見てか、おばあちゃんは楽しそうに笑う。
お父さんかな?
クリスマスだし。私の声が聞きたいとか。
寒いのを我慢してコタツから出て、受話器を受け取る。
黒いプラスチックはストーブに負けずに冷たかった。
「はい、お父さん?鈴鹿だよ」
『……』
あれ、どうしたんだろう。
「もしもし?」
『……だれがお父さんだよ』
お父さんにしては、高く澄んだ声。
この通りのいい、けれど不機嫌さがにじみ出る声は…。
もしかして…。
「しゅ、駿君?」
『遅い!』
「ご、ごめんなさい!」
うわ、ものすごい勘違いしちゃった。
は、恥ずかしい。
『お前さ、せめて相手を確かめろ』
「…ごめんなさい」
受話器越しにものすごく盛大なため息をつかれた。
「ごめん」
『まあいいよ。それよりお前、これからちょっと出て来い』
「はい?」
『スキー場の近くの駐車場まで』
「え、ちょっと」
『5分でこい』
「な、無理だって…」
『はい、10秒経過』
「うわ、うわわわわ!!!!」
慌てて受話器を下ろす。
ご、5分って。10分はかかるよ。
急いでそこらへんにあった上着を羽織り、玄関に向かう。
「お、おじいちゃん、私ちょっと出かけてくるね!」
「おう、気をつけてな」
どこに、とも、どうして、とも聞かずにおじいちゃんは快く送り出してくれた。
うら若い娘が夜に外出なんだから、もう少し心配してくれてもいいと思うんだけど…。
そんなことを考えながら、私は夜道を急いだ。



***




「…半纏かよ。色気ねえ…。お前本当に女子高生か」
息をせき切らして辿り着いた途端、聞こえたのはそんな声だった。
「…だ、だってっ…急にっ…言うから……っ」
いつだって色気のある格好しているわけにはいかない。
家でくつろぎ中だったのだ。それでこんな文句を言われてはたまらない。
肺が爆発しそうで、私はその場に座り込む。
駿君は小さくため息をつくと、しゃがみこんだ私を覗き込んだ。
「で、なんでそんなに雪まみれなの?」
「……駿君が急げって言うから…」
最大限急いだ結果だ。
雪国育ちじゃないからしょうがないじゃないか。
「…ちょっと悪かったな」
……ちょっと?
少しひっかかったものの、駿君が私につもった雪を丁寧に払ってくれるので文句は飲み込むことにする。
髪や、頬についた雪を払うと、私の手をとり引っ張り起こした。
「急いでたんだ」
「……なんで?」
「こっち」
私の問いには答えずに、駿君は手を引く。
手袋を忘れた私の手に気づいたのか、手袋を片方投げてよこす。
これは、あれかな。
渡された手袋を右手にはめて、左手を隣の私より少し低い位置にある右手とつなぐ。
つないだ手はそのまま駿君のコートのポケットに入れられた。
氷のようだった手は、人の体温を感じてぬくもっていく。
温かくて、安心した。
駿君は一歩前を後ろを振り向かないまま歩いている。
耳がちょっと赤い。
寒さのせいか。それとも…。
「ね、どこ行くの?」
「もうちょっと」
駿君はすたすたと歩いていく。
私はすでにどこにいるのか分からない。
どうやら坂道のようだが、まわりはぽつぽつと民家。
街灯はあるものの、数が少なく、暗くてちょっと怖い。
踏みしめられているから、それほど歩くのに苦労はしないがそれでもすべるからずっと下を向いたまま。
駿君とつないだ手に力をこめてしまう。
少し笑われた気がした。
雪はふっていないが、やっぱり寒くてもっと厚着をしてこなかったことを後悔する。
特に顔がつっぱって痛かった。
突き刺すような寒さ。
「駿君……、まだ?」
我ながらものすごく情けない声。
そろそろ限界が近づいてきた。
くじけそうで泣きそうだ。
もうあと少しで歩けなくなる。
と、駿君の足が止まった。
危うく背中に鼻をぶつけそうになる。
「ついた」
その声で私は顔を上げる。
民家も切れ人気のない中、目の前の道が切れていた。
やっぱり高台だったようで、すぐ先は崖のようになっている。
「う、わあ」
思わず声を漏らしてしまった。
暗闇の中、景色が広がっている。
眼下にあるのは、光の渦。
目の前の山が、様々な光で彩られている。
「クリスマスでスキー場がライトアップするんだ。で、あそこの光はスキーヤーがライト持って滑ってんの」
思わず言葉を失って見入っていた私に、駿君が説明をしている。
確かに目の前にあるのは、私も利用しているスキー場だった。
けれど昼しか利用したことのなかった私には、そこは違った場所に見えた。
木々にはイルミネーションが取り付けられ、その中を様々な色のライトが流れ落ちていく。
それは幻想的で、不思議な光景だった。
「綺麗…」
「気に入ったか?」
「うん!!」
力いっぱい頷く。
ここまで来た疲れも何もかも吹っ飛んだ気がした。
駿君は珍しく優しげに笑う。
「良かった。これ、9時までだからさ。少し急がせた。ごめんな」
そう言って、照れたように頬をかいた。
いつも大人っぽい駿君の、歳相応な表情。
「ううん!大丈夫、本当にありがとう!」
そんな駿君がちょっと可愛くて、思わず自然と頬が緩んだ。
駿君も、笑みを深くする。
「何も用意できなかったからさ、まあ、クリスマスプレゼント代わりってことで」
「え……!でも私何も用意してないよ!?」
そんなこと言われたら、私も返さなくてはいけないのでは。
ど、どうしよう。お金そんなにないしな。
焦る私に、駿君は肩をすくめる。
「別にそんなのいいよ」
「ええ!?で、でもそれは悪いよ」
「いいって。俺が勝手にやったことだし。しかも金とかかかってねえし」
なぜか唇を尖らせる駿君。どうしたんだろ。
うー、でもなあ、それじゃあなあ。
こんな素敵なプレゼントもらったんだし……。
「じゃあ、来年!来年渡すね!今年の分も合わせて!」
私の提案に、驚いたようにこちらを見た。
いや、私だってプレゼントぐらいはするよ。
「…来年?」
「そう、来年!楽しみにしててね」
重ねてそう言うと、駿君の表情がみるみると変わっていく。
思わず見とれるような、こぼれるような、笑顔に。
「駿君?」
「じゃあ、楽しみにしてる。来年」
「え、う、うん」
やっぱり全開の笑顔のまま、もう一度スキー場に向きなおる。
私もつられてそちらを向いた。
光の洪水はまだ続いていた。
凍てつくような寒さの中、手をつないだまま私達はずっとそれを見ていた。



Merry Xmas!!




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