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駅についたのは、もう夜に近かった。 冬休みに入り、父の実家である東北の小さな町に訪れることにした。 理由は特にない。 勉強しろとうるさい親から逃れるためとか、雪が見たかったとか、 そんなものだ。 女友達は皆、高校生活初の冬休み(の間のイベント群)に燃えているし、 自身がクリスマスを一緒にすごす相手や、除夜の鐘を一緒に聞くような 相手が出来なかったのも一因と言えるかもしれないが。 女の友情の儚さよ。 ずっと家で無聊な日々を送っていても仕方がないので、お金のかからない 場所に旅行にくることにした。 スキーやスノボも出来るらしいし、冬休みいっぱいいる予定だ。 父の実家に来るのは5年ぶり、小学校の最後の年以来だ。 交通費も馬鹿にならないので、いつもは両親だけで帰ることが多い。 久しぶりに見たその町は一面の銀世界だった。 白、白、白。 普段は都内に住み、ここまでの雪を目をすることがなかったので言葉を失う。 いつも田舎に訪れるのは夏だった。 「すっごい…」 感動とかそういうことの前に、圧倒的なその量にただ呆然となる。 「ここは…どこ…?」 困った。景色にまったく見覚えがない。 おじいちゃんの家は駅から近く、歩いていける距離だった。 なんとなく覚えているので、案内や地図がなくても大丈夫だと思っていた。 しかし、これは予想外だった。 これではおじいちゃんの家までたどり着けるかどうか。 それ以前に遭難しそうだ。しかも暗くなってくる。 けれどこのままずっとここにいるわけにも行かないので、意を決して 歩き始めることにした。幸い雪も今は弱い。 わかるはず!大丈夫!自分を信じる! 一歩踏み出す。 埋まる。 先が思いやられる。 長靴はいてくればよかった…。 どれくらい歩いただろう。とりあえず駅からは遠ざかった。 けれどゴールからも遠ざかってる気がする。 なんだかもうあたりには民家すらない。 雪は歩き始めた途端、強さを増した。 「おかしいな…。どこがいけなかったんだろう。タバコ屋で曲がったまで はあってると思うんだけど。道が減って増えてる…」 独り言でも言っていないとくじけてしまいそうで、しゃべり続ける。 寒い。足が冷たいを通り越して痛い。眠い。 「私…、このまま死ぬのかな…」 そうして終わりが見えない上に変わらない景色の中、しゃがみこみそうに なったその時、 「鈴鹿!」 私を呼ぶ声をした。 「あれ、ついに幻聴が…?」 「幻聴なわけねえだろ!この馬鹿!」 そして腕を強い力で掴まれた。 「あれ…?」 「何やってんだよ!駅で待ってても全然こねえし、じいちゃん家に電話 しても来てねえっつーし!うろちょろしてんじゃねーよ、馬鹿!」 そこには小学生か中学生か、私より三つ、四つぐらい年下の男の子がいた。 まっすぐでうらやましくなるぐらいつややかな黒髪。 その下には切れ長な、同じように黒い瞳が覗いている。 雪国生まれらしい白い肌は、今は紅く染まって興奮を示している。 「ほんっととろくせえな!」 乱暴な話し方をする子だ。 けれどどうやら私を知っているらしい。 …………。 「…えーと、どなたですか?」 すこーん、と頭をはたかれた。 「てめえは!脳みそ腐ってんのか!馬鹿なのにも程がある!」 どうやら彼は本気で怒っているらしい。 でも私には本当に心当たりがない。 そもそもここに来るのも5年ぶりなわけだし…。 私が首をひねっていると、下から見上げている少年はますます不機嫌な 顔になる。 「……お前、本気で思い出せねえのか」 声が低い。こ、怖い…。 ん……?この怖い視線。怖い口調。えらそうな態度……。 なにやら浮かんでくるものがある……。 これは…。 「…もしかして駿ちゃん!?」 「遅い!」 「す、すいません!」 やっぱりそうだった。 駿ちゃんは、おじいちゃんの家の隣に住んでいる私より4つ年下の男の子。 5年前に来た時に、歳の近い子がいなかった私は駿ちゃんとよく遊んだ。 昔から偉そうで賢くて怖くて強かった。恐怖の小学1年生。 で、でも…。 「駿ちゃんもっとちっちゃかったよ!?それにもっとかわいかった!」 そう、あの頃の駿ちゃんはもっと小さかった。 目は大きくてくりくりしてたし、声はもっと高かった。 「当たり前だろうが!あの頃から何年たってると思っているんだよ! それと「ちゃん」とかつけるな」 「…で、でも駿ちゃ…」 ぎろりとにらまれる。 …怖いところは変わっていない。 「ご、ごめんなさい。あの、その、駿君?ひ、久しぶり…」 なぜだか駿ちゃ、じゃなかった駿君はふてくされたようにそっぽを向く。 「……ほんっとーに久しぶりだよな。お前全然こっちこねえし」 「あ、うん。5年ぶりだよね。おっきくなったね」 「忘れてたくせに、親戚のおばさんみたいなこと言うな」 おばさん…。ひどい…。 「ご、ごめん。忘れてたわけじゃないよ。ただ駿ちゃ…君すっかり変わってるんだもん」 そう、すらりと伸びた手足。多少低くなった声。大きくてくりくりしてた目は 切れ長になりシャープな印象を与える。 5年前からあまり身長の伸びなかった私とは、かなり差をつめられている。 昔お腹のあたりだった頭は、今では鼻の下あたりまである。 「5年も会ってなかったからな。そりゃ違うだろうよ」 「…うん」 やっぱり態度がそっけない。 久しぶりなんだからもうちょっと明るく話してもいいのに…。 「それよりお前はなんでこんなところにいるわけ?」 「なんでって…おじいちゃんちに行くため」 駿君は思いっきり馬鹿にしたようにため息をつく。 な、なによ。 「お前のじいちゃんちはまったく反対だ。駅を出た時点で間違ってる。 南口じゃなくて北口。そっから間違えるとはな。馬鹿だから道に迷うだろう とは思ってたけど、まさかそこまで馬鹿だとは思わなかった。お前の馬鹿さ加減を まだ甘くみてた。どうりで待ってても来ないはずだよ」 さすがにこれにはむっとくる。 「ちょ…そんなに馬鹿馬鹿言わないでよ!ちょっと間違えただけじゃない!」 駿君は鼻で笑う。 「ふーん、ちょっとね。で、俺が来なかったどうするつもりだったの?」 「えっと、それは…人に聞いて…」 「見てのとおりこの先500メートル民家はありません」 「み、道を引き返してとりあえず駅まで…」 「駅からじいちゃんちまで数十メートルの距離を間違える奴がここから 駅までたどり着けるわけねーだろ」 「えっと、えーっと…」 「お前さ。一応とはいえ女子高生なんだからケータイぐらい持ってるんだろ? 電話かけるとか思い浮かばないの?」 「あっ!!!」 そうだった。ポケットから急いでケータイを取り出す。 あ、圏外じゃないんだここ。 「はい、で、馬鹿なのは誰でしょう?」 「……すいませんでした。私です」 情けなくて涙がでそう。 4つも年下の男の子に馬鹿にされている。 ていうか本当に馬鹿だ。 なんだか5年前と力関係が変わらない…。 「まったく手間かけさせるんじゃねーよ。行くぞ」 駿君は乱暴にそういうと、くるりと踵をかえした。 そういえば…。 「ね、駿君。どうやって私がここにいるって分かったの?」 「ああ?駅員さんに聞いたんだよ。おっきな荷物持った女が南口から 出てったってな」 さすが人が降りるのが少ない小さい駅だ。よく覚えてる。 「で、でも私がこっちの方向来たってよく分かったね」 駿君はこちらを振り返るとにやりと笑った。 うう、性格悪そうな笑い。 「あちらこちらに人型が残っていたからな」 ………確かにここにくるまでことあることに転んで、あちらこちらに 私の跡が残っているはず。……恥ずかしい。 でも一応お礼を言わなければ。 駿君がこなかったらどうなっていたかも分からないわけだし。 「そっか、それで探してくれたんだ。大変だったでしょ?ごめんね。 ありがとう」 そういうと、駿君はまた顔を前へ向ける。 「……別にそんなに大変でもなかったよ。それにこのまま街中で凍死と か笑えないから」 本当に笑えない…。 「ごめんなさい…」 「いいから行くぞ」 「はい」 と歩き出した瞬間。 「うわあ!」 踏み固められた雪につまづき、倒れこむ。 う、ここは踏み固められているので痛そうだ…。 地面が目の前にあった。 もう間に合わない。 潔く目をつむって衝撃にそなえた。 どすん、と音がする。 ……? 思ったよりも衝撃がなかった。 「あれ?」 「重いんだよ!はやくどけ!」 目を開けると駿君がすぐそばにいた。 「れ、…駿ちゃん?」 「ちゃんって言うな!」 「ご、ごめんなさい!」 慌てて飛び起きる。 どうやら駿君が受け止めてくれたようだ。 けれど受け止めきれずに二人で倒れこんだ模様…。 私はおかげで痛くないけど、駿君はお尻痛そう。 悪いことをしてしまった。 「ごめんね。駿君まで倒れちゃった。私の方が大きいから」 「……本当だよ。重いんだよ、お前!」 むかっときたけど、ここは押さえる。 「ごめんね。ありがとう」 駿君は悔しそうに唇をかんだ。 「くそっ……」 「駿君?」 「なんでもねーよ」 それからそのまますたすたと歩き始めた。 私は慌てて後を追った。



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