古びているが重厚な作りの石造りの城。
はるか昔に滅びた国の遺跡だと聞いている。
罅割れた壁がそこかしこに、瓦礫の山を築いている。
調度は年月を経てなお美しく、この城のかつての主の趣味の良さを思わせる。

瓦礫の中、速度を緩めず俺たちは駆け抜ける。
小さな翼を持つ魔物が、大挙して俺たちに襲いかかる。

「シルヴィ!焼き払え!」
「分かった!カルシード、突破して!」

仲間である頼もしい女魔道士に指示をすると、彼女は即座に反応してくれた。
炎の魔術は、広間の壁を舐め、標的へと襲いかかる。
何匹かは焼き殺されるが、数におされ大半は生き残っている。
けれど、動きが止まった。
それで十分。

俺は両手に装着した剣で、行く手を塞ぐダークバード共を振り払う。
奥へと続く、道が出来る。

「よし、いくぞ!」
「分かった!」

駆けると、仲間達は躊躇なく後に続く。
絶対の信頼を感じ、こんな時なのに笑みが浮かぶ。

魔道士シルヴィ。
剣士イムカ。
治癒師メルア。

ここまで共に生き延びてきた頼もしい仲間たち。
これ以上の仲間は、手に入らないだろう。
衝突もした。
パーティーの解散の危機もあった。

けれど。
いや、それだからこそ、ここまで強い信頼を持つことができた。
恥ずかしいが、絆、なんてものを感じている。

俺はこいつらを守りきれるだろうか。
いや、守りきって見せる。
こいつらだけは、守る。

たとえ、あいつとの対峙がどのような結果を生むことになろうとも。



***




「カリス!」
「ミト」

肩までのさらさらの明るい金髪と、サファイアのような青い瞳を持つ幼馴染がこちらにかけてくる。
大きく手を振り、嬉しくてたまらないというように端正な顔をくしゃくしゃにしている。
こいつを見るたびに尻尾をふる犬みたいだと思う。
草原で寝っ転がっていた俺は、体を起してミトを迎える。
ミトは俺の前に座り込むと、にこにこと話し始めた。

「カリス、あのね僕、お師匠様から、一本取ったよ」
「本当か!?」
「うん、長剣と突剣では、もう僕より強い人いないって」
「お前この前、精霊魔法の上級試験も受かってたよな」
「うん!」
「すっげーな。偉い!」
「ありがと!」

にこにこと笑うミトに悪意は全くない。
ただひたすら自分の上達を喜んでいる。
まだ十五にもならない子供が、その道の達人よりも遥かに上の実力を見せつける。
そこにある危うさを同じく幼い俺でも感じ取っているが、こいつの邪気のない笑顔を見ていると何も言えなくなってしまう。

「えらい?」
「偉い偉い」

きらきらとこちらを見つめてくるミトに、俺はつい苦笑する。
褒めてやると、更に嬉しそうにミトは目を細める。
そしてかわいらしく小首を傾げて、おねだりをする。

「ねえ、頭撫でて」
「しょうがねえな。ほら、よくやった」
「ありがと、カリス!」

癖っ毛で黒髪の俺とは違う、さらさらの髪をかき回す。
ミトは気持ちよさそうに目を細めた。



***




イモリア地方の惑いの森の奥深く、そこははるか昔から化けもの共の巣だった。
ゴブリンやらキマイラやら、オーガやドラゴンまで。
退治に訪れた冒険者たちを何人も血祭りにあげ、いつしかその森は魔の地となった。

人を飲み込む、人食いの森。
けれど森の奥には滅びた国の宝があるとして、挑戦する冒険者は絶えない。
そしていつからか、命からがら逃げかえった生存者から奇妙な噂が出た。

森の奥にある城に、人がいた。
魔物たちをそいつが率いている、と。

最初は恐怖からの幻覚だとか、気のせいだとか、笑われていた。
けれど、その話が何人もの冒険者の口から上がるようになり、冗談ではすませられなくなった。
まことしやかにささやかれる、『魔王』の存在。

そして、今では魔王の火遊びと呼ばれるその日。
森の近隣の十にわたる村や町が一日にして滅ぼされた日に、それは真実なのだと世界に知れ渡った。

生き残りの人間たちは語る。
魔物を操り街を襲い、剣をふるい、焼き払ったのは、確かに人だったと。

そいつはミルトリアと名乗った。
火の中で輝く金髪と、透き通るような青い瞳を持った、美しい男だった。

魔王ミルトリア。
その名は、みるみる内に世界に広まった。



***




「最近、みんな、口聞いてくれなくなったんだ」
「………」

村の中の空気は、さすがのミトも気付くほどになっていた。
俺は苦い気持ちで何も言えなくなった。
ミトは悲しそうな顔で、俯いて草原の草をぶちぶちと千切る。

「ネスも、イリアも、アーベルも。僕、また嫌われちゃったのかなあ」

そこには傷ついた子供の顔があるだけ。
ミトは、何も悪くない。
ただ、ミトの能力が、他人のそれよりはるかに上回っているだけだ。
ただ、それだけ。

しかし、それだけでも、人の恐怖と怯えを引き起こすには十分だ。

「お前、この前、テスを怪我させただろ」
「だ、だってテスが先に石を投げたんだよ!」
「それに、また魔物と遊んでただろ」
「だって、彼らは友達だよ!」
「分かってる。けれど、お前は力がありすぎる。だから、無暗に力を振うと怯えられる。使うなって言っただろ」
「だ、だって!それじゃ僕は殴られていればいいの!?僕はいじめられても黙ってるの!?」
「逃げろ」
「それでも、また殴られる」
「そうしたら、俺を呼べ。俺が守ってやる」

まっすぐに青い目を見つめて言う。
するとミトは、悲しそうにくしゃりと顔をゆがめた。

「ほ、本当に?」
「俺はいつだってミトを守ってきただろ」
「う、うん。うん」

本当は剣の腕も、魔術の腕も、はるかにミトの方が上だ。
体だってミトの方が背が高く、綺麗な筋肉がついている。
けれど、いつだってミトを守ってきたのは俺だ。
いじめられ、冷たくされて泣いているミトを守ってきたのは、俺だ。

「カ、カリスはずっと一緒にいてね」
「ああ、一緒にいる」

6歳ぐらいと思われる頃に、森に捨てられていたミト。
偶然狩りに出ていた俺の両親が拾った。
森にいる前のころは、何も覚えていなかった。
この辺りでは見ることのない金髪。
不審がる村の反対を押し切り、両親はミトを育てることにした。
それ以来ミトとは兄弟のように育ってきた。
素直でかわいく無邪気なミトは本当に弟のようだった。

最初は奇異の目で見ていた村人も、徐々に天使のような少年を受け入れていった。
けれど、成長にともないミトの力が強大になっていく。
剣も魔術も、すでに村の実力者なんてとっくに超えている。
誰も、ミトにかなうものはいない。

それが決定的になったのは、この前の魔物の襲撃。
繁殖期の魔物が凶暴になることはいつものことだったが、ここ最近の気候の不安定さで動物が減り、森の食糧が少なくなったらしい。
魔物が村まで襲ってきた。
中にはキマイラまで混じり、お師匠様も苦戦を強いられ、村の損害は甚大になるところだった。

それを、撃退したのは、ミトだった。
その力をふるい、数十匹もいる魔物を一掃した。
そして、生き残った魔物を説得して追い返した。

今まで家族で隠してきたことが、それで判明してしまった。
ミトは魔物を操ることが出来る。
それが村に知れ渡った時、村人たちがミトに向けたのは。

感謝ではなく、恐怖と敵意、だった。



***




魔王ミルトリア。
その名前を聞いた時には、まさかと思っていた。
まさか、あいつな訳はない、と。

魔物を操る不思議な力。
強大な魔力。
誰も寄せ付けない剣の腕。
金髪と青い目の、美しい男

けれど、どんなに信じまいとしても、噂はそれを許してくれない。
だから、俺は魔王を倒すパーティーに入った。
この目で、確かめるまでは、信じない。

「どうした、カルシード?」
「イムカ」
「こんな状況で考えごととは頼もしいな。俺たちのリーダー様は」
「麗しの魔王様のことを考えていたのさ。かなりの美形って話だからな」

そう言うと、イムカはどんな美人でも男には興味がねえと言って下品に笑った。
シルヴィとメルアが同じように笑う。

「あら、私たちは興味があるわね。どんないい男なのかしら」
「ええ、せめてカルシードとイムカよりは美しいといいのですけど」

戦いの合間の一休止。
魔物のいない部屋に笑い声が満ちる。

こんな状況でも笑える仲間を、頼もしく思う。
そして、かけがえのない存在だと思う。
迫りくる決戦に、誰一人恐怖していない。
強大は力を持つ魔王だろうと、俺たちが負けるとは思っていないからだ。

「………きっと、美形だぜ」

俺が知っている、あいつならば。



***




城の一番奥。
おそらく謁見か何かで使われていたのだろう、仰々しい一室。
無駄に広く過度な装飾が施されたその部屋の玉座に、そいつは座っていた。

暗闇が支配する部屋で、そいつの顔はまだ見えない。
けれど、美しい金髪は炎に照らされ輝いていた。

「………魔王ミルトリア、か?」
「………そう呼ばれているらしいな。何用か」
「あんたを倒しに」
「愚かな」

尊大な低い、けれど美しい声。
あいつの声か?
分からない。
俺はあいつの子供の頃の声しか知らない。

「こんにちは、魔王様。俺はイムカ」
「私はシルヴィよ。はじめまして、そしてさよなら」
「私はミルアです。短い間ですが、お見知りおきを」

四人とも、疲れてきっている。
ここに辿りつくまで、数え切れないほどの魔物を倒してきた。
少し休んで回復したとはいえ、万全ではない。
けれど、負ける気はないようだ。
声は力に満ちている。

「そうか、だが生憎我が城は来客が多いので、覚えきれぬ。すまないな」

ゆっくりと一歩近づく。
魔王は玉座から立ち上がろうともしない。
しかし隙は一つもない。
座っているだけで、強大な力を感じ、ビリビリと肌がしびれた。
更に一歩近づくと、魔王の手に魔力が集まって行くのを感じる。
俺はもう一歩近づいて、そして言った。

「俺はカルシードだ、魔王ミルトリア」
「………カル、シード?」

魔王の声が、わずかに怪訝そうに揺れる。
俺は胸がしめつけられて、そっと息をつく。
そしてもう一歩近づいた。

「カリス、だ。ミト」



****




村に帰ると、そこは焼け野原になっていた。
長老から使いを頼まれ王都に向かい、10日の間、村を離れていただけだった。
しかし、そこにはもはや何もなかった。

村の真ん中にある井戸も。
よくお菓子を買っていた雑貨屋も。
幼いころから育ってきた家も。

そして使いを頼んだ長老も、隣のマルおばさんも。
父さんも母さんも。

そして、ミトも。

何人かだけいた生き残りは、悪魔の仕業だと言った。
あの化け物、ミトの仕業だと。
ミトが俺の父と母を殺し、全ての村人を殺し、魔物を使い、村を焼き払ったのだと。
そして姿を消した、と。

信じられなかった。
けれど、もはや誰もいないこの村で、真実など分からなかった。
だから、逃げるように王都に向かった。

そこで聞いた、魔王の噂。
俺は真実を知るために、剣と魔法の腕を死ぬ気で磨いた。
心許した人は全員いなかくなった。
仲間に会うまで、ずっと孤独な道だった。
それでも、諦めきれなかった。
ただ、真実を知りたかった。

そして今、俺は魔王に対峙している。



***




「カ、リス?」
「シルヴィ、イムカ、ミルア、動くなよ!」

俺はそう叫ぶと、双剣をしまい走り出した。
カルシード!とシルヴィが叫ぶのが聞こえる。
けれど、そのまま足を止めない。

暗闇の中、魔王の白い顔が、浮き彫りになる。
懐かしい、金の髪。
いつも近くで輝いていた、青い瞳。
端正な、美しい顔。

唇を強く噛むと、血の味が広がった。
そのまま玉座へと駆け寄る。
魔王が動く気配はない。

「こ、の馬鹿!」

そして、拳でその顔を張り飛ばした。
魔王は玉座に座ったまま、思い切り体を傾げる。

「何してんだ!」
「え、か、カリス?」
「そうだ、カリス様だ。何してやがる、この馬鹿が」

魔王ミルトリア、ミトは大きな目をまんまるく見開く。
さっきまでの尊大なしゃべり方はどこへやら。
子供っぽい幼いしゃべり方で、俺の名を呼ぶ。
そして、口をぱくぱくと開いて何かを言おうとする。

「………あ」
「なんだ」
「………カリ、ス」
「そうだ」
「カリス。カリスカリスカリス!」
「泣くな、馬鹿!」

青い瞳から、同じように青い宝石のような涙がボロボロと溢れてくる。
そしてしゃくりあげて、ただ、俺の名前を繰り返す。

「とりあえず泣きやめ。ここで何してるんだ?」
「え、えっと、ま、魔王?」

泣いてしゃくりあげながら、なんとかミトは答える。
俺はそれを聞いて思い切りもう一度頭をはたいた。
今度は平手だが。

「痛い」
「殴った俺も痛い。なんで魔王なんてしてるんだ?」
「いつのまにか、そう呼ばれてたから、魔王なのかなって。ここに来たのは、最初にここに連れてきた人が、ここなら、食べ物手に入って、暮らせるって」

頭痛を覚えて、眉間を抑える。
ああ、昔からこいつは、人の言うことを素直に鵜呑みにする奴だった。
小さくため息をついて、先を続ける。

「そいつらは?」
「前に、僕のこと殺そうとしたから、ちょっと魔術使ったら、死んじゃった」
「………力、増してないか?」
「どんどん強くなってる」

ミトは善悪の判断が幼い。
悪い奴は殺してもいいと思っている。
まあ、村では罪を犯した奴は死刑だし、魔物も殺していたからあまりその辺の感情が育たなかった。

少し困ったように、ミトは眉を八の字にした。
俺に怒られるんじゃないかと怯えているらしい。
もう怒ってるけどな。

「ここの魔物どもはなんだ」
「だって、寂しいんだもん」
「だもん、じゃねえ!化け物共と仲良くするのやめろって言っただろ!」

もう一度はたくと、頭を押さえてミトは上目づかいに俺を見てくる。
あまりにも馬鹿馬鹿しすぎる理由に、頭痛がさっきから止まらない。

「な、なんで怒るの?」
「前にこの周りの村とか滅ぼしたのはなんでだ」
「………」
「ミト」
「お、お買いもの行ったら、僕には売るものないって、みんな僕を殺そうとするから………、ちょ、ちょっと、力使っただけなんだ。でも、どんどん火事になっちゃって、それでみんな興奮して、魔法とか剣とかで、襲ってくるから………、僕が怒ったら、魔物達も暴れ出して………」

この行き当たりばったり野郎が。
ついうっかりで滅ぼすな。
気が付いたら魔王になるな。

苦い思いが、胸を溢れる。
人の中にいるには、異質すぎる力。
それを持つミトに罪はない。
けれど、それを恐怖する人達を責めることもできない。

「お前の力は強すぎるから使うなって言っただろ!」
「………」

もう一度怒鳴りつけると、びくりとミトは体を震わせる。
少し止まっていた涙が、またぼろぼろと溢れてくる。
そして、俺を睨みつけてくる。

「か、カリスだって」

いきなり、俺のプレートメイルに両手を叩きつける。
ミトの馬鹿力に押されて、少し咳き込んだ。
くそ、相変わらず無駄に強い。

「そ、そんなこと言って、カリスが、悪いんだ!」
「………」

泣きながら糾弾されて、俺も胸が痛くなる。
そうだ、俺も悪い。

「カリス、守ってくれなかった!僕のこと、守ってくれるって言ったのに!なのに、カリス帰ってきてくれなかった!いつまでも僕のところ、来てくれなかった!」

しゃくりあげながら俺に訴えるミトが、痛々しい。
俺は胸を叩き告げるミトの白い手をとって、握りしめた。
そしてその涙でうるむ青い目を、真っ直ぐに見つめる。

「あの日、村で何があったんだ?」

ミトの顔がますます歪む。
悲しそうに苦しそうに、みているこっちが泣きたくなるぐらい辛そうに。

「長老が、僕のこと、ワザワイの元だから、殺すって、言って。師匠とか、ババ様とか、みんな僕を殺そうとして、義父さんと、義母さんが、かばってくれて、僕のこと逃がそうとしてくれて、そうしたら、みんな、義父さんと義母さんを、殺して………」

そこで思い出したのか、目をぎゅっと瞑る。
俺は、血の味がする唇をまた噛みしめる。
ああ、やっぱり、そうだったのか。
俺一人使いに出すなんて、おかしいと、ずっと思っていた。
俺に、邪魔させない、ためだったのか。

「そ、それで、気が付いたら、みんないなくなってて、村も、なくなってて。怖くて怖くて怖くて」

ミトが小さく震えながら、つっかえつっかえ説明する。
俺はミトの手を握る手に、力を込める。

「僕、カリスに会いたくて…、カリス、探しにいって、でも、道分からなくて、どこに行ったらいいか分からなくて………っ」

そして、そこで一際大きくしゃくりあげる。
俺を見上げて、途方にくれた顔をする。
昔、いじめられて俺のもとへ逃げ込んできた顔だ。

「………カリスに、会いたくて」

俺は、玉座に座ったままのミトの頭を胸に押しつけた。
昔々、いつも慰めてやった時のように。
ただ、強く抱きしめる。

「………悪かった」
「うう、う………」
「ミト、怖かったな。ごめんな」
「うわあああああ、あああああ」

そして、今度こそ盛大に泣きだした。
何も変わっていない。
十年前と、何も変わっていないミト。
幼すぎる、かわいいミト。
俺より図体でかくて、魔王と呼ばれる強大な力を持つくせに、どこまでも弱い、俺の弟。

「………ねえ?カルシード?」

そのまましばらく久々の再開に浸っていると、凛とした美しい女の声が響いた。
しまった、忘れてた。
どうしたものか。

「あー………」
「私たちは、どうすればいいのです?」

シルヴィに続いて、ミルアからも追撃が来る。
まあ、そりゃそうだよな。
困るよな。
こいつらに説明してねーし。
裏がとれるまでと思って。

「えーとな」

俺は頭を掻いて、一旦ミトの体を離す。
ミトはすがりつこうとしたが、肩を軽く叩いておしとどめた。
うわ、こいつ鼻水付けやがった。

くるりと仲間を振り返ると、三人は玉座のすぐ傍まできていた。
軽く手をあげて、にっこりと笑う。

「悪い、俺こいつと暮らすわ」
「はあ!?ふざけてんのか!?」

即座に反応したのは直情型のイムカ。
俺は手を顔の前で立てて、もう一度謝る。

「いやー、ごめんな、俺こいつのこと守るって約束してんだよ」
「なんだそれ!そいつは魔王なんだぞ!これまで何人も人を殺してきてんだぞ!」

それはそうだ。
どんな理由があろうと、こいつの罪が消える訳ではない。
ここに来た冒険者どもは自業自得としても、滅ぼした村には罪のないものも多かっただろう。
ミトの力に怯えるのは、仕方のないことだ。
しかし。

「んー」
「………罰は、受けなければいけないと思います」
「いや、でもさ。こいつ多分、やろうと思えばこの国っていうか世界破滅させるのも簡単だぞ」

そう言うと、三人は顔をひきつらせた。
俺との話からも分かっただろう。
ミトの力は強大すぎる。
俺たちに太刀打ち出来る次元じゃない。

「ちょっと力使って村10個だからな、全力出せば国なんて軽いだろ」
「………そ、それは……」
「で、俺がこいつの面倒見てやれば、制御できるって訳だ」

きょろきょろと俺たちのやりとりを見ていた傍らのミトの肩をぽん、たたく。
ミトが俺を見上げるのが、視界の片隅に映る。

「陛下に言っといてくれよ。国滅ぼしたくなきゃ、俺たちにかまうなって。その代わり戦争か何かあったら手伝ってやるって」
「相変わらず、打算的ね」
「だって俺、国とかどうでもいいし。まあ全員悪い条件じゃないだろ」

別に正義感から魔王退治やってた訳じゃないし、国に忠誠誓ってる訳じゃないし。
ミトを刺激して国を滅ぼすよりは、魔王を配下においた国として周りを威圧する方が得だろう。
まあ、配下だと余計に恐怖を抱かれ大変なことになりそうだから、魔王が気に入って住んでる国だから手を出したら危険だぞ、ぐらいな認識を植え付ければ十分な抑止力だ。
それぐらい、国のお偉いさんなら頭が回るだろう。

「こいつには反省させとくからさ。一生かけて」
「か、カリス、カリス一緒にいてくれるの!?」
「ああ、こんな趣味の悪い家は引っ越すけどな」
「う、うん!うん!カリスが一緒ならどこでもいい!」

ミトが勢いよく何度も頷いて、たどたどしく笑う。
図体がでっかくなっても何も変わらないミトを見て、俺は苦笑してしまう。
そんな俺たちを見て、シルヴィもため息をついて肩をすくめる。

「まあ、そんな魔王様見たら馬鹿馬鹿しくて何も言えなくなるわ」

シルヴィの言葉に、イムカとミルアも深くため息をつく。
ミルアが眼鏡を直して、生真面目に答える。

「魔王の制御に成功したって、伝えておきます」
「ああ、お前らを処罰したら、魔王と一緒に全力でお相手するってのも言っておいてくれ」
「ありがとよ。まあ俺も褒美さえもらえりゃ、なんでもいいわ」

イムカがどこか投げやりに言う。
一番正義感が強い奴だから、納得できないところがあるのだろう。
申し訳ない。
しかし、俺にとって一番大事なのはミトだ。
こうと決めたらてこでも動かない俺を、誰より知っているのもこいつらだ。
言っても無駄だと分かったのだろう。
それに実際問題、ミトの力はどうしようもない。
こいつらはその辺の計算も早い。
得な方を選ぶしたたかさもたっぷり持っている。

「落ち着いたら連絡するから、遊びに来てくれ」
「新居祝い持って、お邪魔するわ」

ミトに魔物をひかせ、書状を作らせ、王の使いへとやった。
下手したらあいつらも処罰されるかもしれないが、まああいつらならうまくやるだろう。
腐っても俺の信頼する最高の仲間だ。
こずるさもあるし、立ち周りもうまい。

「か、カリスカリス」
「なんだ?」
「本当に一緒にいてくれるの?」
「ああ、お前は本当に俺がいなきゃどうしようもないしな」

三人が立ち去った後、ミトが立ち上がって俺に恐る恐る聞いてくる。
俺は笑って、俺より背の高い弟の頭を撫でてやる。
懐かしい、さらさらの絹糸のような金の髪。
ミトが嬉しそうに顔をくしゃくしゃにする。
昔々のあの日のように。

「一生守ってやるよ、ミト」

それが、約束だから。
そのために、俺はここに来たのだから。





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