「運命の人に出会った!」


乱暴に戸をあけて入ってくるなり、貴島 加奈(きじま かな)はそう言った。
部屋の中にいたのは3人。
生徒会会長である神崎 叶(かんざき かなえ)。
副会長の寺西 幹(てらにし みき)。
会計の吉川 慎二(よしかわ しんじ)。
3人は息せき切って入ってきた加奈を一瞥するなり、それまで行っていた作業に戻っていった。
「おいこら!人がせっかく衝撃的な告白してんだから無視すんじゃない!」
大きな黒目がちな目をらんらんと輝かせ、つややかな肩より長い黒髪を振り乱す。 それでも3人は真面目に取り合おうとしなかった。
そこで加奈は手近にいた吉川を捕まえた。
襟首を締め上げてにっこりと笑う。
「ね、聞きたいでしょ?私の素敵な出会いのお話」
「聞きたくない」
締める力を更に強める。
「ぐ、げほ」
「吉川君たら素直じゃない。さ、どうよ、聞きたいでしょ?ていうか聞け」
にっこり笑ったまますごむ。もともと顔の造作は整っているだけに凶悪だ。
「だー!離せよ!この馬鹿力!聞きたくないっつってんだろ!」
加奈は笑顔を消すと、そのまま吉川を床に放り投げた。
「いだ!何すんだよ!」
「付き合い悪いったら。人がせっかく素晴らしい恋物語を語ってやろうとしてんのに」
そこで神崎がゆっくりと止めに入った。
「こらこら、あまりかわいそうな亀をいじめるんじゃありませんよ、お嬢さん」
それに寺西が乗る。
「そうよ〜、あんまり乱暴に扱うと消耗が激しいわよ〜。大事に使わなきゃ」
「人をモノ扱いするな!」
食って掛かる吉川を無視して、神崎が話を進めた。
「で、加奈ちゃん。今度は何に惚れたの?ハリウッドのアクションスター? 女手一人で3人のお子さん育ててる未亡人の源さん?商店街の包丁さばきが見事だった魚屋さん?それとも二次元モノかな?」
「3丁目の御主人をかばって怪我した土佐犬のポチ〜?飼い主以外からは絶対に
餌をもらわなくて餓死しそうになったポメラニアンのヨシュア?」
「この前出た新製品のチョコじゃねーの。食いてー食いてー言ってたし」
付き合いの長い人々はこれまでの加奈の「運命の出会い」をあげていった。
「ちっがう!」
見当はずれのことばかりを言う奴らを一喝する。
「違うの?」
少し意外そうに神崎が言った。
「違う!そんなんじゃない!もう本当に運命の出会い!ラブ!フォーリンラブ!ボーイミーツガール!同じ学校!同じ学年!男!」
『ええー!!!!!』
意外な言葉に3人が驚く。
「加奈ちゃんが同い年の男子に惚れるの?」
「加奈ちゃんって恋愛不感症じゃなかったのね〜」
「………またなんかの勘違いじゃねーの」
加奈は吉川にだけラリアートを決めた。
「いってーな、こら!」
気にせず話を進める。
「そうなの、本当にもう衝撃的な出会いなのです。それは昨日の夕方のことでした…。朝から嫌な雨が降りしきる梅雨の日……」
「世界を作るな」
吉川は無視する。
「私は一人道を歩いていました。すると前からガラの悪い、いかにもな躾けのなってなさそうな男子高校生の群れが私の前に現れたのです!」
「あー、縞工業のヤツかな。うちの生徒金持ってる人間多いしなー」
「カモよね〜」
「私は恐怖に慄きました。か弱い女の身、何かされたらどうしましょう!」
「お前がなんかするの間違いじゃねえの?」
「そうだね、加奈ちゃん有段者だしねー」
「加奈ちゃんにたかろうとするなんて運の悪い不良さん達ね〜」
外野は一切無視。
「そんな危機的状況に現れたのが、そう!私の運命の相手でした!」


*



雨の降りしきる中。
ケダモノのような男に囲まれたか弱い美少女。
絶体絶命大ピーンチ!
しかし、そこに現れた長身の男。

「……そこ、どいて」
落ち着いているのか、状況を理解していないのか、男は普通に話しかけた。
「なんだぁ、お前」
「ふざけんな、お前がどっか行けよ!」
「……俺、そこに用がある」
「だったら後にしな!今は取り込み中なんだよ!」
長身の男は困ったように眉を寄せる。
「……俺も急いでる」
動じない男に、ケダモノ3人は苛立つ。
「うるせえな!」
3人の男のうちの1人が闖入者に殴りかかった。
と、次の瞬間倒れていたのはケダモノのほうだった。

そして、怯える私を尻目にあっという間に3人の男を打ち倒しました。

その後お礼を言う私に、彼は何も言わずに駆けていったのでした。


*



「どーよ!どーよこの詩情あふれるリリカルロマン!少女漫画の1ページ!」
「誰が怯えるって」
「大丈夫〜?何か変なクスリでもやっちゃった〜?」
「加奈ちゃんが自分で倒したんじゃないの?」
「ちょっと!さっきから聞いてりゃ好き放題言いやがって!本当の話!マジ!大マジ!うちの制服だったの!背の高い男子!」
日本人形のような真っ直ぐな髪を苛立たしげに掻き回す。
「……もしかして本当の話なの?」
「だから最初から言ってるでしょ!本当!本当の話!」
「お前の妄想じゃなく?」
「何度言わせりゃ気が済む!」
「だって加奈ちゃん勢いだけでたまに口から出任せ話すし。この前も車に轢かれそうになって筋肉○付並みの跳び箱技を決めた!3メートルは跳んだ!とか言ってたし」
神崎が冷静に突っ込む。
「……まあ、そんなこともあったかもしれない。け、けどね、これは本当なの!本当にあったの!」
寺西が手を叩いて喜ぶ。
「すっご〜い!本当にロマンチック〜!で、で?それからどうしたの?」
神崎と吉川もようやく興味を惹かれたように加奈を見た。
「………」
「それから彼とはあったの〜?」
「……まだ」
「え〜、加奈ちゃんほど行動力のある人間がどうしたの〜?もう素性を突き止めて捕獲したのかと思った〜」
そこでがばっと加奈は頭を下げた。
「だから!それを皆に頼もうと思ったの!あの人を探すの手伝って!」






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