「むかつくむかつくむかつくむかつくー!!!!」 かわいらしく整った顔を見苦しくゆがめて口汚く毒づく少女。 加奈は、今のも子供のように地団駄を踏み始めそうだった。 「かーなちゃん、ちょっとは落ち着きなさい」 「そうよ〜、埃が立つじゃない」 椅子に座って呆れたような顔で諭すのは神崎と寺西。 そんな二人に手近にあった教科書を投げつけながら、加奈は険しい目で睨みつける。 「これが落ち着いていられるか!なにあの女あの女あの女ー!!!」 「落ち着けよ、暴れたってどうにもなんねーだろ」 落ちた教科書を拾い上げながら、吉川はため息をつく。 「あああ!?」 すっかりガラが悪くなった加奈は、吉川の言葉に今にも飛び掛りそうだ。 けれどその前に、教科書をポンポンとはたきながら可愛らしい容貌の少年は眉を寄せる。 「けど、本当になんなんだろうな、あの二人」 その言葉に、加奈は口を不機嫌そうにへの字に曲げる。 つい先日突然加奈と有川の間に割り込んできた、有川に親しげに触れる少女。 麻生が、加奈を苛立たせてる原因だった。 麻生と有川の仲が、とても深いものであることは麻生が生徒会に入ってきた直後に分かった。 特別、べたべたするというわけでもない。 むしろ二人の会話は、少ないぐらいだった。 しかし、さりげなく腕を絡めたり、髪に触れたり、親しげに有川に触れる麻生。 それを拒もうともせずに、むしろ当然のものとして、心地よさそうに受け入れる有川。 業務中もソファに並んで腰掛け、自然と寄り添う二人。 どちらから、というわけでもない。 どちらともなく、身を寄せ合い、もたれあう。 麻生が生徒会に入って請け負った業務は、有川の補佐だった。 それは今まで電子ベース化されていなかった過去の資料の打ち込みや、現在の資料の電子フォーマット化。 麻生はそれを聞いたときには、女らしく穏やかな笑みをどこかゆがめた。 「これが、『響』にしかできない仕事ねえ」 「もちろん。とっても大切な仕事です」 神崎の言葉を鼻で笑うと、それでも穏やかに微笑む。 「そう。まあ引き受けたからには、最後までやります」 そして仕事の内容を有川に聞き、その成果を一通り眺めると白髪の少年に柔らかく微笑みかける。 「あら、私が教えた時よりずっと手際よくなったようね。すごいわ、響」 有川はその言葉に、無表情ながらもどこか誇らしげな色を浮かべる。 それは、有川がパソコンの扱いを麻生に習ったということ。 有川は麻生に褒められると嬉しいということ。 また、有川の大事な仕事の一つであるお茶入れ。 その日のお茶菓子に合わせて飲み物の種類は変わるが、なんでも合いそうな時は、有川は皆に希望を聞く。 神崎はコーヒーを好むが、たまに日本茶を頼む。 寺西はあまいミルクティーが好きだが、ジュースを飲みたくなる日もある。 吉川は特に希望がないことが多いので、有川に任せることが多い。 加奈はその日によって全く変わる。 そんな感じで、日によって変わるメンバーの嗜好に有川は伺いを立てる。 しかし、麻生には何も聞かない。 その日はコーヒーのブラックだったかと思うと、次の日はカフェオレ。 その次の日はまたブラックにもどるかと思えば、また次の日はアイスティーになったりもする。 有川は何も聞かずに作り出す様々な飲み物にに、麻生は文句も疑問も持たずに受け入れる。 そして満足気に息をつくのだ。 神崎が一度聞いてみた。 「ねえ、響ちゃんはなんで麻生さんの飲み物は勝手に作るの?」 有川は少し首を傾げると、なんでもないように言う。 「なんでって…、ショウのは、分かるから」 それはポストが赤いのは当然、というような本当に自然な言葉。 麻生もそれを自慢したりもせず、当然といった顔で頷く。 そう、二人の触れ合いは本当に自然すぎて、当然過ぎて。 それが何よりも、加奈を苛立たせた。 「なーんなのよ!あの女!」 せめて有川と親しいことを自慢して、加奈につっかかってくれば可愛げもあるというもの。 しかし麻生が攻撃的だったのは初対面のあの日だけ。 生徒会にいる間も黙々と口数少なく仕事をこなす。 有川が生徒会のメンバーと楽しそうに過ごしても気にせず、ただ1人孤高を保つ。 しかし、要領よく手際よく、本人が言ったとおりに有能な人材だった。 内容をすぐに飲み込み、有川と自分の仕事の分担し、指示をだし、合理的な手順で片付ける。 このままだったら約束の夏休みを前に、ノルマをこなしてしまいそうな勢いだ。 それは加奈が文句をつける隙もないくらいだった。 仕事ができないようであったら、色々難癖つけて追い出そうとしていた加奈には腹立たしいことだった。 また、加奈がいくら有川に絡もうとも、麻生は余裕を崩さない。 抱きつこうが撫で回そうが告白しようが、まったく動じず、むしろ微笑ましそうに見ている。 嫉妬してつっかかってくるようだったら、返り討ちにしようと闘争心に満ち溢れていた加奈には肩透かしだった。 またその余裕もむかついて仕方がない。 とにかく、結論から言うと。 「あの女の存在気に入らなーい!!!」 「加奈ちゃんぶっちゃけすぎ」 「だめよ〜女の子らしくそういう気持ちは心に秘めないと〜」 「俺は女性に、希望が持てなくなります……」 思い思いの言葉を口にする面々に加奈はどんどんヒートアップしていく。 「だってだって、有川前みたいに触らせてくれなくなったし、何かって言うとあの女に助けを求めるような目をするし!」 「それは仕方ないんじゃねえの」 口をはさむ吉川にペンケースを投げ飛ばす。 そうして腕を組むと、仁王立ちして神崎を指差す。 「叶!」 「はいはい」 神崎も困ったように手を上げる。 「あの女の弱みでもなんでもとにかく情報を探ってこい!」 「えー……」 視線を彷徨わせながら、ポリポリと頭を掻く。 「あんたが言ったんでしょ!まずは敵を知ることから!」 「いや、まあそうなんだけどさ」 「あの女、隙がなさすぎるのよ!弱みでも握ってゆすってやる!脅してやるー!!」 「………加奈ちゃん、ぶっちゃけすぎだってば。美少女台無し」 「うるさい!愛の前に立ちはだかる障害は乗り越えるのみ!」 「乗り越えるつーか」 「排除するっていうか〜」 「ぶちのめす勢いですね」 神崎の襟元を掴んで揺さぶりそうな勢いで、加奈は意気込む。 しかしながら、突然の調和を乱す麻生の登場は、生徒会のメンバーも快く思ってなかった。 ちなみに本日有川は道場で不在。 有川がいない日は、当然のように麻生もこない。 「んじゃまあ、そろそろ攻撃に転じますかー」 「そうね〜、あの娘嫌いだし〜」 「寺西先輩もぶっちゃけすぎです……」 吉川の言葉は、誰も聞いていない。 神崎がやんわりと加奈の手を外すと、ぽんぽんと加奈の頭を撫でる。 「じゃあ俺は麻生の家の周辺とかからなんか聞いてくるよー」 吉川はペンケースを片付けながら、ため息をつく。 「俺はクラスの奴から話を聞きます」 寺西は楽しそうに悪戯っぽく笑って手を叩く。 「じゃ〜私は二人が前にいた学校とかのお話聞いてくる〜」 ずっと一緒にいた、加奈の心安い友人はそう言ってどこか、呆れた顔して、しかし協力の意をします。 加奈はその言葉に輝くような、しかしどこか性格の悪さを滲ませた笑顔を浮かべる。 「よく言ったわ!それでこそわが心の友!」 「調子いいなあ、本当にお前」 吉川の呆れたような声は、またも黙殺された。 加奈は腰に手をあてて、脳裏に浮かぶ憎たらしい顔に挑むように指をさす。 「みてなさい、あの女!絶対有川から引き離しやる!」 |