セックスは好きじゃない。
あんたが誰を抱こうと関係ない。



- 黒幡 -




今時懐かしいガタガタの木造の引き戸を開くと、女の嬌声が響き渡っていた。
もう駄目、とか、イっちゃう、とかAV顔負けの卑猥ワード満載だ。
随分声のデカイ女だ。
外まで響くんじゃないか、これ。

俺は買物袋を掲げて台所に向かう。
どうやら台所でヤってる訳じゃないらしく、安心する。
前にうっかり台所で立ちバックでヤってるところを見た時は気まずかった。
女はご丁寧に裸エプロンをしていた。
先輩は芸術家肌なくせに俗物なところがある。
別に人のセックスを見る趣味はない。
見せつけられるのは勘弁してほしい。

しかし先輩は、本当に性欲が強いな。
一昨日俺とヤったばっかりなのに、今日は女とか。
食欲と睡眠は忘れがちなのに、性欲だけは忘れないとか。
性欲が薄い俺には理解できない。

まあ、いいや。
とりあえず俺は食事を作ることにしてしまう。
さすがに喘ぎ声をBGMにするのはうんざりなので、ipodのイヤホンを耳にかけ大音量にする。
お気に入りのボサノヴァが流れて、ようやく世界が閉じられる。

さて。
今日は暑いし、冷やし中華にするか。



***




「………い、おい」

中華スープの仕上げをしている最中に、後ろから声をかけられた。
料理と音楽に集中していた俺は、ようやくそれに気が付く。
耳からイヤホンを外して後ろを振り返ると、どこか不機嫌そうな先輩の姿。
ていうか真っ裸だし。
綺麗な筋肉のついた、ヌードデッサンをよく頼まれる体だ。
照れも何も感じないその平然とした様子は、相変わらず野生の血を感じる。
まあ、見せても恥ずかしくないんだろうな。
今日は髭もちゃんと剃られて、嫌になるほど端正な顔があらわになっている。
どこかけだるい様子は、情事の後の壮絶な色気が漂っている。

「あれ、終わったんですか?」
「終わった」
「相手は?」
「帰った」
「そうですか」

相手はシャワーも浴びなかったんだろうか。
またヤった後にとっとと追い出したのか。
本当に鬼畜だなあ、この人は。
それを知ってついてくる女も女だが。
ま、お互い合意の上なら何も言うことはないだろう。

「あ、シャワー浴びてからメシにしますか?」
「………」
「ていうか、あんた精液くさいです。シャワー浴びてきてください」

さすがにこのイカくささの中、食事をする気にはなれない。
俺は軽くそう言って、再び調理台に向き直る。

「それだけか?」
「はい?」
「他に言うことないのか?」

言われて、ちょっと考える。
なんか先輩にいうこと、あっただろうか。
今日は教授からも頼まれてないし、作品の仕上がりはまだだ。

「あ」
「なんだ」
「今日冷やし中華ですけど、嫌いじゃなかったですよね?」

もう一度肩越しに振り返ると、先輩はいつもどおりのむっすりとした顔をしていた。
初対面の人間は一度は怯む、こわもてだ。
まあ、顔のつくりがいいから余計に怖いってのはあるんだが。
先輩は俺の問いには答えず、全裸のまま踵を返す。

「シャワー浴びてくる」
「はい」

先輩と意志の疎通がとれないのはいつものことなので、俺は頷いて鍋に向き直った。



***




古びた昔ながらの居間で、二人並んでちゃぶ台を囲む。
開け放たれた縁側からは風が吹き込み、ちりんと風鈴が音を立てる。
音だけは涼しいんだがな。
いい加減クーラーとテレビくらい買ってくれないかな。
テレビがあれば、まだ間ももつんだが。

「それにしても先輩は絶倫ですね。一昨日俺とあんだけヤっておいて、今日女とか」
「セックスしてるとインスピレーションが沸く」
「それならどんどんヤってください」

それが先輩の創作の源になるなら、それこそ枯れ果て赤玉が出るまでやってほしい。
ああ、でもあんまり早く打ち止めになるのも問題か。
先輩の作品はずっとずっと、永遠に見たい。
若いうちの一瞬の輝きだなんて、ごめんだ。
セックスはほどほどにしてくれると助かるな。

「お前は本当に俺の作品第一だな」

先輩が呆れたように箸を止めて、ため息をつく。
俺は即座に頷いた。

「勿論です」
「俺が他の奴らとセックスして、なんも思わねえの?」

なんも、と言われても、絶倫だなあと思うが。
ああ、でもそうだな。

「あー、女とセックスするなら、出来れば俺とセックスするのやめてくれませんか?」

俺の言葉に、先輩が、にやりと笑う。
そんな顔をすると、本当に色悪って感じの色気がある。
まあ、この性格を知っていても、男も女も寄ってくるよな。
良くも悪くも、人を惹きつける人だ。

「なんだ、他の女の匂いのする男とヤりたくないとかか?」
「いえ、面倒なんで」
「あ?」

俺は自分の分の麺を啜って、説明する。

「そもそもそこまでセックス好きじゃないんで。オナニーで十分なんですよ、俺」
「お前、俺とセックスでひーひーヨガってんじゃねーか。あれは演技か?」
「はあ、まあ、そりゃ男なんで気持ちよくはなりますけど。先輩うまいですし」
「だろう」

プロポーズもどきを受けて、嫁的存在になる契約を交わした。
その一週間後には、ほとんど強姦まがいに犯された。
抵抗しても力では全く敵わなかった。
しかし、男は初めてだと言いながらも、先輩はうまかった。
減るもんでもないので、それからは求められたら応じた。
気持ちよかったし。
俺童貞だったし。

でも、と俺は続ける。

「後始末俺がしなきゃいけないし、負担大きいし、メリットとデメリットでデメリットの方が大きいんですよ」

確かに気持ちいい。
気持ちがいいが、シーツの洗濯や中出しされた後の始末や、次の日の筋肉痛と尻の痛みを考えると、別にしなくてもいいと思う。

「なんで、女とするなら出来れば俺は免除してほしいんですが」

そう言うと、先輩は不機嫌そうに眉をしかめた。

「それで、他の奴とヤるのか?」
「いえ、だからオナニーで十分なんで」

女とも男とも、別に今はどうこうしようと思わない。
元々そういった意欲が少ない。
彼女が欲しいと思ったこともあるが、色々煩雑なアレコレを思い浮かべると面倒だった。
今の俺は、先輩の作品を一番に見て、大学で勉強するのが何よりの楽しみなのだ。

「うわ」

いきなり、腕をひかれて畳に押し倒された。
畳が痛んで柔らかいから、痛みは全然感じないが、驚いて声をあげてしまう。

「んっ」

先輩の顔が覆いかぶさってきて、唇を吸われる。
すぐに舌が入り込んできて、強く舌を絡められる。
冷やし中華の出汁の、しょっぱい味。
口の中を掻きまわされる感触に、ジンと脳と背筋が痺れて、と下半身が熱くなる。

「は、あ」

唇が離れて、酸素を求めて仰ぐ。
俺の腕を抑えつける人物を見上げると、欲情した雄の顔がそこにはあった。
その顔を見て、俺の体もまた温度を上げる。

「………ヤるんですか?」
「ヤる」
「あんたさっきやったばっかりじゃないですか」
「うるさい」

黙らせるように、首筋に噛みつかれ、痛みを感じる。
けれどそれに自分でもびっくりするような、甘い声を上げてしまう。

先輩の大きな手が、俺の体をまさぐり、服を脱がし始める。
あの作品を作り出す右手が、俺の体に触れていると思うと、脳が焼き切れるような快感を覚える。

「はっ」

別に先輩が誰と寝ようと、かまわないんですよ先輩。
俺に見せつけるように抱いても、全然いいんです。

あんたがそうして俺を嬲るたびに、俺は快感を覚えるんです。
あんたが俺の気を引こうとするたびに、あんたの関心を集めているって、分かるんだから。

嘘はついてないですよ。
セックスは好きじゃない。
あんたが誰を抱こうと関係ない。

ただ、俺の反応に怒って、こうして乱暴に俺を抱く手が、何よりも好きなんです。





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