「あら、そんな急に起き上がっちゃだめよ」

目の前の外見だけはものすごい男前でフェロモンムンムンなホスト崩れ。
しかし何度確かめても、その台詞はその男の口から出ていた。

「くー!!!」

急に起き上がったせいで背中に激痛が走り、俺はうずくまる。
背中とかケツとか色々いてえ。
ベッドの上で悶えていると、イケメンのオカマは慌てたように肩を支える。

「やだ、大丈夫、アナタ」
「ちっくしょー、お前のせいだっ」
「え、アタシ何かした!?」
「くっそー、そんな男前なのにオカマかよ!ときめいて損しただろ、この馬鹿イケメン!!声までイケてんのによ!!その無駄なツラ、俺によこせ!!」
「え、何、アタシ告白されてるの?それとも貶されてるの?」
「この馬鹿野郎、期待させてんじゃねーよ!」
「えーと、とりあえずそんな興奮しないで、アタシが悪かったから」
「もったいねーんだよ、この馬鹿!!」

本気で悔しくて俺は痛みも何もかも忘れてソイツをなじる。
ソイツは困ったようにオロオロしながら、俺の肩を落ち着けるように撫でる。

あー、もったいねえ。
あー、もったいねえ。
あー、もったいねえ。

その時、オカマのすぐ後ろから、おずおずと女の声が聞こえてきた。

「あ、あの…」
「ああ!?」

化粧気のないラフな格好をした、けれど結構若くて割と綺麗な女。
イライラする感情のまま、俺はその女を睨みつける。
女は一瞬怯んだように1歩後ろに下がるが、意を決したように頭を下げる。

「あ…ご、ごめんなさい!この子を助けてくれてありがとう!」

いきなりの謝罪と感謝に呆気に取られる。
俺、こんな女見たことねーぞ。
首をひねって、なんで礼を言われているのか思い出そうとする。

「………えーと」
「本当に、おかげで怪我をしないですみました!」
「あー」

その女の足にからまってるチビガキを見て、ようやく何があったかを思い出してくる。
俺は、そのチビガキに突っ込まれて支えきれずに、階段落ちしたんだった。
なんだ、あの高さから落ちたのに、俺死んでねーのか、さすが俺。
体、いてーけどな。
にしても、この女は。
徐々に、苛立ちからと戸惑いから、怒りへと感情がシフトしていく。
俺は息を吸うと、思い切り怒鳴りつける。

「この馬鹿女!あんなところでガキから目離してるんじゃねーよ!」
「あ……」
「ガキって頑丈そうに見えて柔いんだからな!簡単に死ぬぞ、そんなチビガキ!ガキ死なせる気か、馬鹿親が!」
「あ、ほ、本当にすいません!」
「謝まるぐらいならこんなことすんな!おかげでメチャメチャ体いてーじゃねーか!」

哀れぽく何度も頭を下げる女に、余計にムカムカとしてくる。
ったく、だから女ってのは勝手だし無責任だし嫌いなんだ。
自分のガキぐらい自分で面倒見やがれ。
俺が更にその女を罵ろうとすると、低い美声がのんびりと割ってはいる。

「ね、ちょっとアナタ」
「なんだ、このオカマ!」
「ま、そんな言い方ひどいわね!オカマだからって馬鹿にされるものじゃないわよ!」
「うっせーよ!」
「なっまいきなガキね。まあいいわ、坊や、とりあえずこの子が何か言いたそうよ」

オカマがそう言ってしゃがみこみ、おずおずと俺を見上げるチビガキの肩を押す。
ガキは母親を罵ってる俺を不安そうに見上げると、一度すがるようにオカマのほうを振り返る。

「………」
「ほら」

オカマは優しい声と笑顔で、もう一度ガキの背を押した。
ガキは小さく頷くと、俺の座り込んでるベッドに1歩近づく。
女も嫌いだが、ガキも好きじゃない。
俺は特に笑ってやる気もなく、そのガキを見下ろした。

「……なんだよ」
「あ……」

口を開けて、泣きそうに顔をゆがめるが、きゅっと手を握り締めて、もう一度俺を見上げる。
そして、大きな目でまっすぐに俺をみて、小さな口を開いた。

「…ありがとう」
「…………」
「助けてくれて、ありがとう」
「………おう」

なんとなく気まずくなって視線をそらして、俺はあくまでも不機嫌に頷く。
しかし、ガキは何が楽しいのか嬉しそうに小さな顔をくしゃりとさせて笑う。
ポケットからごそごそと何かを探ると、その小さな手を俺に差し出した。

「あのね、これ、あげる」
「なんだラムネか?」
「うん、おいしーよ」
「…サンキュ」

もらえるもんはなんでももらう主義だ。
俺はとりあえず礼を言って、そのラムネを受け取った。
ガキはくすくすと笑うと、また母親の後ろに隠れる。
しゅんとしていた母親は、泣きそうな顔でまた頭を下げる。

「あ、あの、本当にごめんなさい…」

なんだか、その間抜け面を見てるのも、飽きてきた。
小さくため息をつくと、視線をそらす。

「………もういいよ」
「でも、その何かお礼とか…」
「いいって!ただ、絶対もうすんなよ!」
「あ、は、はい……」
「……俺が勝手にやったんだから、別にいーよ」
「……その、本当にありがとうございます」

別に礼を言われたくてやった訳じゃない。
俺はいい奴でいい男だから、男として当然のことをしただけだ。
それでも、その親は何度も何度も頭を下げて、送る、礼を言うときかなかった。
どうやら近くの病院に担ぎ込まれたらしい俺は、診察代だけを貰うことにして、それ以外は断った。
ガキの腹の虫がめちゃめちゃ主張してうるせーしな。

「お兄ちゃん、ばいばい」
「じゃーな」

ガキは最後までにこにことして、俺にそのおもちゃのような手をふって去っていった。
ようやく二人が去って、俺は大きくため息をついた。
さっきやってきた看護士からは痛みが続くようだったらもう一度来るようにとだけ言われ、帰宅の許可がでた。
帰る用意をするため、ベッドから降りようとしたところで、その存在を思い出した。

「あんたはなんで行かないんだ?」
「ああ、せっかくだから最後まで責任持とうと思って」
「は?」

ベッドの傍でずっとにこにこと笑って見ていたオカマは、訳の分からないことを言い出す。
やっぱり何度見ても、すっごいかっこよくて激しく腹が立つ。
形のいい手を伸ばしたと思うと、俺の頭をくしゃくしゃとかき回した。

「坊やってものすっごい生意気だけどいい子なのねえ」
「頭を撫でるな!坊やって誰だ!」
「やっだ、かっわいー」
「抱きつくな!うっとおしい!つーかいてーよ!」
「あ、やだ、ごめんなさい」

調子にのって抱きついてくるオカマに、また背中の痛みがぶり返す。
慌ててオカマは離れていくが、背中とケツが痛い。
取り繕うように笑うと、無駄なイケメンはおネエ言葉でポケットから車のキーを取り出す。

「まだ体痛いでしょ、送ってあげる」
「……あんた、誰だよ」
「あ、アタシ、坊やを助けてあげたのよー。覚えてない?」

そういえば、一番最初にそんなこと言ってた気がする。
しかし最初に背中を強打した辺りで、俺の意識はブラックアウトしていた。
こいつに助けられたことなんて、これっぽっちも覚えてねえ。

「気絶してるんだから、覚えてるわけねーだろ」
「ま、そうよね。でもアタシがアナタ助けたのよ。ほらほらお礼は」
「……誰も助けてくれなんていってねえよ」
「まあ、そうよね。アタシが助けたかったから助けたかったんだし」

もっと突っかかってくるかと思ったが、あっさりと引く。
逆になんとなく、悔しい気分になる。

「さ、送ってあげる。車あるから取ってくるわ」
「………」

黙り込んだ俺を気にすることなく、ドアから出て行こうとすると一度振り返ってにっこり笑う。
その笑顔は本当に男性らしい色気に満ちていて、更にムカムカとする。
こんな趣味の悪い男で、しかもオカマなのに。

「あ、アタシ浅野貴弘っていうの」
「…たかひろ」
「そ、貴弘。中々男らしい名前でしょ」
「似合わねえ」
「ひっどいー、アナタは?」
「………」

こんな胡散臭くて訳の分からない男に、いきなり名乗るのは嫌だった。
俺はガキの頃から変質者に狙われたせいもあり、そもそも人見知りだ。
黙り込んだ俺に、アサノは肩をすくめる。

「まあ、可愛くない。じゃあ好きに呼んじゃうわ。ジョン」
「どっから出てきた!」
「昔飼ってた犬でね、すっごい間抜けな顔してたわー」
「誰が間抜け面の犬だ!」
「じゃあ、ピー太?」
「その明らかに人間のものではない名前はなんだ!」
「昔買ってたインコでね、ちっちゃくってかわいかったわー。アナタにそっくり」
「チビっていうな、このデカ男!バーカバーカ!」
「バカって、ぷ。やっだ、もう、かわいいわね、ピー太!」
「笑うな!誰がピー太だ!俺は神野大輔だ!」
「かんのだいすけ?」
「そうだ!」

く、思わず自分からバラしてしまった。
ものすっごい悔しいが、しかし言ってしまったものは仕方ない。
アサノは嬉しそうに笑う。

「じゃあ、大ちゃんね。大ちゃん、うんぴったりね」
「ちゃん付けするな!」
「だってかわいいんだもん」
「もんとか言うな、このオカマ!キモイ!」
「あ、アタシはオカマじゃないわよ。貴弘って呼んで、た、か、ひ、ろ」
「うっさい、変態!」

アサノは、俺の罵る声も気にせず楽しそうに笑うともう一度頭を叩いた。
立ち上がると余計に、その身長差が目立つ。
くそ、なんでこんな奴がこんな背がでかいんだよ。
宝の持ち腐れじゃねーか。

「はいはい、とりあえず家に送ってあげるから、帰りましょう」
「くっそおお」
「玄関で待ってて、取ってくるから」
「………」

その広い背中に、相変わらず胸がむかつく。
だからドアから出て行く寸前で、そいつを呼び止めた。

「おい、アサノ!」
「はあい?」

のんきな声をだして、ふりむく。
俺は人差し指を突きつけて、胸をそらす。

「礼を言ってやる!ありがたくうけとれ!」
「は?」
「お前が勝手にやったことだが、俺の美貌に傷がつかなかったのは褒めてやる!ありがとうな!」
「………」

ずっとにやにやしていたにやけ面が、真顔になって口をぽかんと開ける。
その間の抜けたパンダのような顔がかっこ悪くて、少しだけ胸がすく。
しかし、人が礼を言ってやってるのにどういたしましても言わないとは礼儀知らずな奴だ。

「なんだ人がせっかく頭下げてやってるのに不満か!」
「ぶ」

奇妙な音がしたと思ったら、目の前の背の高い男が思いっきり歪んでいた。
かっこわるい。
と、思った瞬間、大音声で笑い始める。

「ぶは!ぎゃははははははは!!!やば、やっば」
「……なんで笑うんだ!」
「い、いや、な、なんでもな…ぶ」
「笑ってんじゃねーよ!この、馬鹿オカマ!!」

そう言ってとめようとするが、一向にアサノは止まらない。
腹がたった俺は、殴って蹴って止めようとする。
それでも止まらなくて、通りすがった看護士に怒られて、ようやくぴくぴくと痙攣しながらも笑いを収める。
本当にムカつく奴だ。

「失礼な奴だな!」
「もう、やーだ、かわいいんだから、大ちゃん」
「大ちゃんて言うな!」

アサノは優しく笑うと、俺に1歩近づく。
何かと顔をあげると長い指で顎を掬われ、頭2個ぐらいでかいアサノを見上げる形になる。
徐々に近づいてくるから、やっぱり綺麗な顔をしてるなーとかぼんやり見ていたら、唇に何かがかすめた。
すぐに離れていったと思ったら、嬉しそうに優しく笑う。

「お礼、これでいいわ」

ちょっと、待て。
今のはなんだ。
今の、あれは。
ちょっと硬くて、なんかいい匂いがして。
あれは。
もしかして。

「俺のファーストキスー!!!!」

そうして病院内に、俺の叫び声が響き渡った。





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