「じゃあ、ちゃんと千夏ちゃんに連絡するのよ」

まるで保護者のように言いつけられて、俺はムっとする。
こいつも千夏も、まるで俺がガキのように扱う。
車の中から乗り出してるアサノに、怒鳴りつけた。

「分かってる!忘れてない!」

しかしアサノは余裕たっぷりに苦笑するとごめんなさい、と言った。
くそ、この余裕もまたムカツク。

「じゃあ、またね。金曜日に迎えにくるわ」
「忘れんなよ!」
「分かってるわよ、ヘアピン飲まされたくないもの」

そして約束を思い出したのか、アサノはくすくすと笑い始めた。
ムカついて顔が熱くなってくる。
くそ、指きりなんてしなければよかった。
いつも千夏としてるから、つい癖になっていた。
全部全部千夏のせいだ。

「笑うな!」
「ごめんごめん」
「いいな、笑うなよ!あれはナシにしろ!忘れろ!」
「いやよ、嬉しかったもの」
「嬉しいってなんだ」
「せっかくの、約束だもの」

アサノはくすくすと笑うが、確かにその笑みは優しさを含んで嫌みなところは何もない。
やっぱり少しムカムカするが、ニコニコと笑いかけられ何も言えなくなった。
アサノはそのしっかりと縁取られた彫りの深い眼でじっと俺の目を見る。

「なんだよ」
「なんか、大ちゃんと話してると心が洗われるわ」

よく分からないがそれは、褒め言葉ではない気がする。
なんとなくさっきからずっと馬鹿にされてる気がする。

「俺、馬鹿にされてるのか?」
「違うわ、見習いたいのよ」
「まあ、俺は超いい男だからな」
「うん、大ちゃんと一緒にいるのは楽しいわ」
「………やっぱり馬鹿にしてないか?」
「してないしてない」

釈然としないが、真面目な顔で言い返されるとやっぱり何も言えなくなる。
でもやっぱり馬鹿にされてる気がするんだが。
俺の考えていることが分かったのか分からないのか、今度こそアサノは別れの挨拶を口にした。
なんだかんだで玄関先でずっと話し込んでいる。
そのうち近所の人間に怒られそうだ。

「それじゃ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」

なので俺は大人らしく怒りを納めて、素直に挨拶してやった。
アサノはやっぱり見とれてしまうぐらいな綺麗な顔を柔らかく崩すと小さな車の中に戻っていった。



***




「もしもし?」
『大輔?あんた今ちゃんと家?』
「うん、アサノに送ってもらった」

アサノに言いつけられたからって訳ではないが、電話しないときっとうるさく言われるだろうから家に入ってそうそう千夏に電話をかけた。
俺の言葉に、耳元で大きく息を吐く音がした。

『そう、よかった……』
「何がだ?」
『ううん、いいの。悪い人じゃないみたいね、浅野さん』

相変わらず意味が分からない奴だ。
メシ食ってる時からずっとアサノを気にしているが、なんなんだろう。
アサノに気があるのか?
いや、でも知り合いじゃなかったはずだよな。
俺だって今日知り合ったんだし。
そもそも、あんなチャラい男は千夏には相応しくない。

『それで、何を食べさせてもらったの?』

俺が考え込んでいると、千夏が話題を変えた。
それについては話すことが沢山。
徹夜しても語り尽くせないほどの感動的な夜だった。
俺が勢い込んで話していると、千夏の奴は羨ましそうに相槌を打っていた。
いつもいいもん食ってないだろうし、千夏も連れて行ってやればよかったな。
そして、話の流れでアサノとの約束の話になる。

「あ、そうだ!金曜日にアサノにつれってもらうことになったんだ!」
『どこに?だからちゃんと主語を入れなさいよ』
「うるせーな!」

いちいち細かいことにうるさい千夏に突っ込むと、千夏ははいはいごめん、と面倒くさそうに言った。
そうか、アサノの反応が何かに似てると思ったら千夏から面倒くさそうな態度を抜いた感じなんだ。
畳にごろごろ転がりながら、二人の共通点を思う。

無駄に整った容姿。
無駄にでかい背。
人を馬鹿にしたような態度。
保護者みたいに口うるさい。
おいしいものをくれる。

そこまで考えたところで千夏が小さくため息をついて再度問いかけてきた。

『それでどこにつれってってもらうの?』
「ゲイバー!」
『…………』
「アサノが安全で怖くないところ連れてってくれるって!」
『………』
「ラバースーツの奴とか怖いやつとかいないんだって!俺でも楽しめるって」

俺がせっかく説明してやってるのに、千夏の反応は薄い。
さっきのメシの時は反応がよかったのに。
やっぱり花より団子だな、千夏は。

『………えーと、どっからつっこんだらいいかしら』
「何がだ?」
『とりあえず、浅野さんてなにもの?』
「さっき説明したじゃん。オカマの人。違ったバイだった。節操のないバイ」
『………不安が募って仕方ないんだけど、本当に安全なのね?』

何度も説明したのに、まるで人の話を聞いてない。
いつもそうだ、千夏は。
全く困った奴だ。
しょうがないから心の広い俺はもう一回懇切丁寧に説明してやる。

「安全だって言ってたぜ。初心者でも平気なところ連れてってくれるって」
『いや、そうじゃなくて………』
「なんだよ?」

しばらく黙りこむ千夏。
返事が返ってくるまでの間、なんとなく壁紙についたシミの数など数えてしまう。
6つほど数えたところで、千夏からようやく返事が返ってきた。

『いえ、何でもないわ。そうよね、あんたも高校生だしね』
「なんだよ、タメじゃねえか。忘れたのか?」
『ううん、なんでもないの。あ、護身用にスタンガン渡しておくわ。あと12時までには絶対帰ってきなさい。いいわね』

いつものように口うるさくガミガミという千夏にやっぱりムカっとする。
こいつもこういう上から話すような所がなければ悪いやつじゃないのに。

「うっさい!お前俺のおふくろかよ!」
『あんたみたいな息子欲しくないわよ』
「俺のどこが不満だ!」
『……いいから、あんた私の言うこと聞かないでいい目にあったことある?』

そう切り返されると、腹が立つが黙ってしまう。
確かに千夏の忠告はなんか予言のように当たることが多い。
ムカついて無視して、ひどい目にあったことは、数えきれない。
それでもこう言われると素直に言うことなんて聞きたくなる。

「………ぐ、くそ。千夏のばーか!ばーかばか!もう寝る!」
『はいはい、おやすみ。また明日スタンガン渡すわ』
「いらねーよ!」

やっぱりちょっと怖いかな。
スタンガン持ってった方がいいかな。
とか思うが言ってやるもんか。
誰が千夏になんか借りるか。

『はいはい、あ、大輔』
「なんだよ!」
『………』

俺の悪態も気にした様子もなく、切電しようとした俺を呼び止める。
しかしその後、呼びとめたくせに黙り込んだ。
俺はケータイを持ったまま首を傾げる。

「なんだ?」
『いいわ、また今度で』

どこか、低い声あった。
いつも無愛想な女にしては低い声だが、ちょっと様子がおかしい。
昔からずっと一緒にいる奴だ。
それくらいの変化は感じとれる。

「ん?いいのか?大丈夫か?」
『うん、今日は遅いし、また今度で』
「分かった。なんかあるんだったら言えよ」

千夏は、俺がいなきゃ駄目だしな。
ずっとずっと、俺が守ってやった。
小さい頃の泣いてばかりの千夏が、脳裏に浮かぶ。
そういえば、病院で昔の夢を見た気がした。

千夏は俺の言葉に声を少しだけ声を明るくした。
いつもの調子に戻ったことがわかり、少しほっとする。
全く心配させやがって。

『うん、わかってるわ。じゃあ、お休み』
「おう、お休み!」

元の調子に戻って再度就寝の挨拶をする千夏に、俺も明るく返した。
明日千夏に、今日の素晴らしい食事の数々を更に話してやろうと思いながら。






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