「あんたのその張り付いた優等生面、結構好きなんだよね」


健一郎



校門の近くでは、一人の女がぼんやりと立っていた。
眼鏡をかけた地味で目立たない印象の女。
よく見れば素顔は意外と整っているのだが、そこそこに小奇麗にして、そこそこに地味にしているために全く分からない。
周囲にわざと埋没するかのように、違和感を覚えるほどに無個性だ。

「日和か」

小学生の頃からの顔見知りでもあるので、一応声をかける。
かけられた方も一応こちらを見るが、特に返事をする様子もない。
ただぼんやりとこちらを見ている。

「………」
「健一郎だ」

ため息交じりに一応自己申告する。
するとようやく日和は面倒くさそうに、頷いた。

「分かってるよ。面倒だから返事しなかっただけ」
「こっちも分かってる。相変わらずだな」
「健一郎相手に取り繕っても仕方ないし」

翔太と真理子を介して知り合った女は、興味をなくしたようにまたふいと前を向く。
他の人間の前ではある程度の愛想のよさを振りまいているけれど、俺の前では無気力全開だ。
酷い時なんて、どれだけ話しかけても返事をしない時すらある。
今日はそこそこ気分が上向きなのだろう。
この今にもその場で眠りこけてしまいそうなほどの脱力感を、上向きと言っていいのかどうかも分からないが。

「お前、他人の前では最低限取り繕う癖に、俺の前だと全開だよな」
「不満?」
「不満だな。少しは取り繕え」

出会った時はそこそこ外面のよさを見せていたのに、今は誰よりも俺へ対する扱いが酷い。
うざがっている翔太よりもぞんざいというのはどういうことだ。

「やだよ、面倒くさい」

また、面倒くさい、か。
こいつの口癖は面倒くさい、だ。
同い年とも思えないほど、何事に対してもやる気がない。
やればそこそこなんでも出来るくせに、何かに熱意を持って取り組むと言うこともない。
いや、そこそこ出来るからこそやる気が出ないのか。
それは俺にもよく分かる。

「あんたはどうせ私が取り繕わなくても、嫌ったり、そもそも好いたりもしてないし、噂立てないし、面倒なことにならないでしょ。だったら頑張って話したりしたくない。面倒くさい。あんただって私のこと興味もないでしょ」
「まあな」
「じゃあ、いいじゃない」

俺としても暇つぶしに話してるだけで、特に日和と仲良くしようとも思わない。
お互い、興味がないから何を言われようが何を言おうが正直どうでもいい。
面倒な事態にもならない。
そういうところは気が合う。

「真理子を待ってるのか?」
「うん」
「あんな面倒な女、よく付き合ってられるな」

美人で気の強い馬鹿なはとこは、かわいくて連れ歩くのはそれなりに優越感だが、ずっと一緒にいるのは疲れる。
面倒くさがりの日和は、それでも昔から真理子にだけはよく付き合う。
それがずっと意外ではあった。

「それはこっちの台詞。翔太の傍になんて、よくいられるね。あんただって面倒臭がりなくせに」
「お前と一緒にするな」

この息をする死体のような女と、一緒にされたくない。
俺は少なくとも青春と言う奴に、前向きに取り組んでいる。

「まあね、私はあんたみたいに人に執着するなんて出来ないし」
「お前も少しは学生らしく人生楽しめよ。年を取るのは後でも出来るぞ」
「これでも精一杯頑張ってるんだけどねえ」

ふうっと日和はため息をつく。
気だるく髪を掻きあげる様子は色気があると言えないこともない。

「正直息をするのも面倒なところ、頑張って生きてるんだけどなあ」
「末期だな。死ぬのも面倒か?」
「よく分かるね。あんたのそういうところ好き」
「俺はお前のそういう無気力なところ見てると苛々するけどな」

一応勉強も運動も学生活動もそれなりに頑張ってる身としては、何でもできるくせに何もしようとしないこの女に苛々することもある。
まあ、だからといって何かをさせようととも思わないが。
そこまでこの女に対する興味も熱意もない。
好きにすればいい。
日和がふいに手をパンと叩く。

「そうだ、私達付き合ったら、結構うまくいくと思わない?」
「まあ、楽そうだな」

こいつといたら取り繕うこともしないだろうし、楽は楽だろう。
顔もスタイルも悪くはない。

「ね。でも面倒だわ」
「だろうな。俺も御免だ」

地の底を這うというか、地面を突き破って地下に潜っているテンションさえなければ。
この無気力な人間に付き合っていたら、俺まで生きる屍になってしまいそうだ。

「俺はお前と違って、人生を全力で生きてるからな。相手にするにはそれなりに生きてる奴がいい」
「翔太があんたに靡く日は来るのかねえ」

俺が翔太に関心を払っているのは、こいつも知っている。
翔太自身にも真理子にも気付かれているから別に問題はない。
ただ、問題なのは、日和は俺が好意で翔太に構っているのではないと気付いている点だ。
まあ、こいつが翔太に何か言うこともないだろうが。
面倒だから。

「来るのかなじゃない。来させるのさ」
「あんたも翔太も真理子も、生きてるよねえ。すごいなあ」

今日は本当に饒舌だ。
真理子と出かけることでテンションがやや上がっているのかもしれない。

「お前、話すの面倒臭いくせに、今日は付き合いいいな」
「あんたのその張り付いた優等生面、結構好きなんだよね。中身ドロドロしてくるくせに、表面上は綺麗で、見てて楽しい」
「俺もお前のその生きてんだか死んでんだか分からない話し方は脱力出来ていい」

ここまで肩の力を抜いて話せる人間も、そうはいない。
ていうかこいつぐらいかもしれない。
張り付いた仮面はすでに素顔と同じぐらい俺に馴染んで、何が正しいのかも分からないぐらいだ。
家族にすら、これを外して話すことはない。

「日和!あ、健ちゃん!」

その時、校門から出てきた少女が、明るい声を上げる。
媚びるような甘い甘い砂糖のような声。
かわいいけれど僅かにうざったさを感じる。
けれど俺は笑顔を見せて手を上げる。

「おつかれ、真理子。これから出かけるのか?」
「うん。日和に付き合ってもらうの。日和、割とセンスがいいから」

友達が他にいないんだろう、という言葉は飲み込んだ。
まあ、真理子はいざとなったら連れ歩く男はダース単位でいるだろうから、本当に日和と出かけたいのだろう。
女性を寄せ付けない真理子だから、なんだかんだ言って日和を気に入っているようだ。

「健ちゃんも行く?」
「あー、それなら私はパスするわ」

日和が真理子の言葉に、あっさりと言った。
拗ねてるとか気を使っているとかではないだろう。
ただただ純粋に面倒なのだ。
俺と一緒に出かけることもそうだが、そもそも真理子と出かけるのすら面倒なのだろう。

「いや、俺はやめておく。用事があるからな」

思わず苦笑して、首をふった。
元々、俺にも予定がある。

「あいつ?」

真理子がちょっと不機嫌そうに眉をしかめた。
どこか似た二人は同族嫌悪か、どうにも合わないらしい。
翔太はそうでもないが、真理子は完全に嫌っている。

「ああ。お前らと一緒だ。剣道具の買物に付き合ってくる」

真理子はますます嫌そうに口を尖らせる。
整った顔をしたはとこは、そんな顔をしてすら可愛いのは確かだ。
観賞用としては、中々ないぐらいに好ましい。

「ふーん」

真理子は頬を膨らませて、背を向けた。
そして日和の腕を軽く引っ張って促す。

「じゃあ、いいよ。行こ、日和」
「はいはい」

日和はやっぱり面倒くさそうに、のんびりと歩きだす。
真理子の不機嫌を意に介す様子はない。
その後ろ姿に、苦笑が漏れる。

「いってらっしゃい、真理子。気をつけろよ。じゃあな、日和。せいぜい息しろよ」
「前向きに努力するわ」

日和は振り向かないまま、頷いた。
どこまでも、生きる屍のような女。

ああ、そうか。
死体には気を使わなくて済むから楽なのか。





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