「さくらがわあああ!!!」

それはすでに学校の名物恒例行事となりつつある。
俺と桜川の対決。
天使のような少年は俺が後ろに引き連れた人間を見て、くすりと儚く笑う。

「ああ、今度は人を連れてきたんですね。色々考えますね、先輩」
「もうプライドも何もいるか!何をしてもお前をヤる!!」

もう見栄もプライドも捨てた。
俺は今、こいつに勝つことだけを追い求める一人の男。
ていうかぶっちゃけこいつを打ちのめさない限り、見栄もプライドも取り戻せない。
何もかも、こいつを倒してからだ。

ガタイのいい目つきの悪い男が睨みつけても、いつもと変わらず少女のようにつつましやかに微笑んでいる桜川。
それを見て、俺の後ろにいた奴らがまんまとこの小悪魔の策にはまる。

「秋庭、お前本当にこの子にやられたのか?」
「だっせー!見とれてたんじゃねえの」
「うるせえ!いいか、お前ら、なめてかかるなよ!」

何回目かを人目につくところでやってしまったせいで、すでに俺が桜川に負けたことは学校中に知れ渡っていた。
相変わらず桜川は、人前では犬を引き連れお姫様よろしく猫を被っている。
噂は半信半疑で人に受け入れられていた。
俺の後ろにいる俺と似たり寄ったりの柄の悪い連中も、やはり信じていないようだ。
再度油断は禁物だと促すと、納得できないような顔でやる気なさげに桜川を囲み始める。
その動きはいかにも面倒くさそうにだらだらとしている。
くそ、連れてきただけ無駄だったか。

「ま、いいけどな。ちゃんと分け前よこせよ」
「金もな」
「勝てたらな!」

俺も臨戦態勢を作る。
あれから毎日のように体を鍛え直している。
武道をやっていた最盛期の頃の勘を取り戻しつつあるものの、一撃一撃急所を狙いしとめる野生の動物のような殺気と敏捷性を持つ桜川にはまだまだ及ばない。
けれど、そこそこ強いのを3人連れてきた。
こいつらが盾と囲い役ぐらいにはなってくれるだろう。

「瑞樹」
「いいぜ、秀一。4人くらいどうにでもなる」

桜川の隣にいた犬は、少しだけ心配そうに眉をひそめて主の肩に手を置く。
その心配を払拭するように笑って、桜川はちらりとこちらに視線を向ける。
俺の後ろの奴らは、その尊大な態度に少しだけ動揺を見せた。
こいつらは今でも俺が犬にやられたと思っていたのだろう。
んなわけあるか。

「俺も………」
「大丈夫だって、俺を信用してないのか?」
「それはない」
「だろ?」

それでも心配そうに声をかける眼鏡に、桜川はぽんとその腕を叩いた。
相変わらずの犬の絶対服従ぷりと、桜川の親しげな態度がムカつきながら俺は役立たずのナイトをいつものように挑発する。

「相変わらず役立たずだなボディーガード。お前なんでここにいるの」
「うるさい!!!」

面白いぐらい予想通り頭に血をのぼらせる。
冷静そうな外見とは裏腹に、桜川よりもずっと短気で単純だ。
こいつくらい扱いやすかったら、どんなに楽だったか。

「おーおー、来いよ、子犬ちゃん。かわいがってやるぜ」
「……このっ」

挑発にあっさりのって、身構える犬。
しかしその腕を抑え、桜川は低い声で命じた。

「手を出すな、秀一。それは俺のだ」
「………瑞樹」

ぞくりと、背筋に快感に似た感覚が走った。
小柄で華奢な体躯。
まあ、脱げば着痩せをしていて、中には存外綺麗な筋肉をまとっていると知っているが。
それでも、儚い少女のように頼りなげな少年。
それなのに、命ずる目と声は、こんなにも強い。
誰も抗えないほどに、王者の威厳をもっている。

その絶対者が、俺を自分のものだと言っている。
とてつもない屈辱。
雄のプライドを踏みにじられる。
それなのに、アルコールでも含んでいるかのような酩酊感に頭が侵される。
天使のような容貌の男が、俺に独占欲を見せている。
ぞくぞくとして、眩暈がする。

悔しそうに唇をかむ眼鏡だが、主の絶対の命令に静かに体を引いた。

「あんたに手を出していいのは、俺だけですよね?ね、零?」

一転して高く澄んだ声で、にっこりと笑いかけてくる。
ベッドの中でだけ呼ばれる名前で呼ばれ、俺は一気に顔と頭が熱くなる。
敵愾心と服従してしまいそうになる自分の狭間で、自分を焚きつけるように叫んだ。
桜川の前に出ると、余裕も何もなくしてしまう。

「うるさい!!!」
「くっくくくく、ほら、来いよ。他の奴らも」

子供のような態度の俺に、楽しげに笑うと桜川はこちらに向かって手招きする。
その笑顔は挑戦的で、しかしタチの悪い淫乱な女のような色気を含む。

「な、なんか」
「想像と、違わないか、こいつ」

俺の後ろにいた3人が、桜川の態度にようやくその本性に気付き、戸惑い、動きに迷いが見え始める。
本当に、連れてきただけ邪魔だったかもしれない。
けれど、盾と枷ぐらいにはなってもらおう。

「いいから行くぞ、お前ら!」

そして、4人対1人の一方的な戦いは始まった。



***




「ま、雑魚がいくつ集まっても雑魚は雑魚ってことで」
「お前、本当に、人間か………」
「ひどい、先輩、俺傷ついちゃう」

そして、立っているのは桜川1人。
あっという間の出来事だった。
いつもより、むしろ早いくらいかもしれない。
例の特殊警棒のようなもので急所を打ちのめされ、俺達4人は各所を押さえて倒れ伏している。
対して桜川は無傷。
いまだ余力を残していそうな余裕を持って、にこにこと楽しげにデカい男共の中に佇んでいる。
王者の威厳をもって。

「………本当に、卑怯くせえ」
「ま、4対1なんだし許してよ」

俺が言ったのは、その圧倒的な実力差についてだ。
しかし桜川は武器のことを言われたと思ったのか、肩を軽くすくめた。
まあ、剣道三倍段とも言うから素手対剣道じゃ分が悪いかもしれない。
といっても、4対1だ。
そしてこの体格差。
なんで負けるんだ。
おかしすぎる。
訳が分からない。
というか何かの間違いだろ。
間違いすぎる。
おかしい。
絶対おかしい。
卑怯くさい。
神様なんてものがいるなら、そいつは不公平すぎる。

俺がこの世の不平等さを嘆いていると、桜川は俺のそばにきて細く白い手で俺の武骨な手をつかむ。
そしてそのまま見た目からは想像できない強い力でひっぱり立たせた。
にやりと意地悪く笑って、問いかける。

「さ、てと、覚悟はできてるよな?秋庭?」
「………好きにしろ」
「よし、いい子だな。部屋で行く?それとも、あいつらの前にする?」
「………部屋に」

ここで逆らったら、間違いなくここでやられるだろう。
この前は「やれるもんならやってみろ」と啖呵を切ったおかげでひどい目にあった。
本当に寮のフリースペースで縛りあげられ犯されそうになった。
半泣きで許しを乞うて部屋に移動してもらったが、部屋ではもっとひどい目にあった。
思い出したくもない。

そして、あの件で俺が桜川に負けたということが知れ渡った。
本当に踏んだり蹴ったりだ。
こいつは洒落なんかじゃなく、いや例え洒落であっても実行する。
そういう男だ。
俺のプライドを踏みにじり、屈伏させるためならどんな手だって遣う。

「秀一、お前そこの片づけておいて。小汚すぎてそっちはあんま興味ないな」
「瑞樹!!」
「お小言は後で聞くって。ストレス解消なんだから少しは見逃してよ」

俺の手をとって寮内に消えようとする桜川に、犬は焦った声で呼びとめる。
しかし桜川はそれを気にせず肩をすくめると、甘えるように指を一本立てて片目をつぶる。
その仕草に、やはり眼鏡は何も言えなくなった。
軽く頷いて、俺たちが去るのを見送っていた。

やはり桜川の親しげな様子に、俺の腹は胃もたれしたときのようにムカムカとする。
唯一心を許しているのがあの眼鏡だということが、なんとなく気に入らない。

「あいつ、お前のなんなの?」
「秀一か?言っただろ、弟分て」
「でけえ弟だな」
「なんか育っちまってな。ガキの頃は小さくてかわいかったんだけどな」
「お前が育ってねえしな」

俺のはるか下にあるつむじを見ながらつい正直に言うと、お返しは鉄拳制裁だった。
桜川は基本的に抜き手や掌底を使って拳は使わない。
こういうつっこみぐらいだ。
しかし、どちらにせよ、重い。

「いてえ!!マジで入れることねえだろ!」
「背のことは言うな」
「気にしてんのか」
「お前みてえに無意味にでかいってのも情けねえけどな。デクの棒」
「くっ……」

珍しくかわいいことを言う桜川をからかうと、すぐに返り討ちにあった。
本当にこのかわいい男相手では、調子が出ない。
こんなにやり込められるのは柳瀬ぐらいしかいなかった。
全く、何もかもがうまくいかない。
俺は人を服従させる側で、決して人に膝まづく人間ではないのだ。
そういうのは、あの犬ぐらいでいい。

「………もう一人のデクの棒」
「秀一か?」

デクの棒で通じてしまうのが悲しい。
犬の頑張りが全く報われていないことに少しだけ同情する。
こいつの横にいたら、どんな努力だって無駄だと思ってしまう。
どんなに焦がれても、手に入らないもの。

「俺を見てる目が、嫉妬に狂った女だったぜ」
「……………」

何人か付き合った男や女が、新しい相手を見る時の目だ。
捨てられる前の、悲しい女の目。
そして、自分の大事なものを奪っていくものを激しく憎む目。

俺の言葉に、珍しく桜川は苦虫を噛み潰したような顔を見せた。
その顔で十分分かった。
桜川は、あの犬のことをそういう対象では見れないのだ。
そして、犬の感情を持て余している。
少しだけ愉快になる。
桜川が、犬に対してそういう感情を持っていないことを。

「弟分ねえ、お前も分かってんだろ?」
「あいつは、弟なんだよ」
「へえ?」

そして、この圧倒的な王者の弱みを握ったようで、愉快になる。
馬鹿にしたように嫌みに問い返すと、腹に重い蹴りが入った。

「ぐっ」
「うるせえな、お前自分の立場分かってんのか?」
「………っ」
「黙っとけよ、肉便所?」

腹をかばって前屈みになる俺を、冷たく見下ろす桜川。
どうやら、そこは弱みであると同時に逆鱗でもあるらしい。
俺は自分の迂闊さを呪った。
桜川を怒らせると、どんな目に会うのかは分かっていはずなのに。

そして予想通り、ひどい目にあった。

もう縛られることはなくなったものの、ベッドに乱暴に押し倒され前戯もそこそこにジェルの滑りを借りて強引につっこまれる。
小さな体躯に似合わない凶暴なそれで、腹の奥をかき回される。
痛みに、枕につっこんだ顔を生理的な涙が伝う。
十分に息をする余裕もなく、ただ酸素を求めて金魚のように口を広げて浅く呼吸を繰り返す。
苦しくて、痛い。
しかし、それ以上に恐怖を覚えるのは、こんなひどい状態でも勃ちあがっている俺のもの。
十分に広げられなかったのに、俺は桜川をなんなくのみこみ、そこから与えられる快感をかき集める。
痛みがいつもよりひどい分、余計に快感に敏感になる。
中から性器を刺激されるような直接的で乱暴な快感に、自然と前も堅くなり涙を流す。
痛いはずなのに、桜川のものに嬉しそうに吸いつき、蠕動する。
口が閉じれず、唾液が枕にしみこむ。

「さすがに、何回も、やると具合がよくなるな」
「はっ、ああ、うっ、ん」
「きもち、いいぜ、零」

俺の腰に手をおいて、乱暴に腰を揺らす桜川。
肉が打ちつける音が淫らに部屋に響いて、俺の快感をますます煽る。
機嫌がいい時の桜川は、こちらが恥ずかしくなってやめてくれと思うほど優しく丁寧に抱くが、機嫌が悪いときは一方的に自分の快感を追う。
甘く溶かされるように抱かれる時は、雄のプライドを刺激され、牙を抜かれていくようで怖く、そして女のように善がり乱れる自分が恥ずかしくてしょうがない。
けれど、こんな風に一方的におもちゃのように抱かれるのは、どこか、胸の隅っこに針が刺さっているように痛む。
その感情が、なんだかは分からないが。
ただ、ぽっかりと空いた空洞に風が吹く。

「ああ!!!」
「は、あ」

それでも慣らされてしまった体は快感をかき集め、中で吐き出されたものにも快感を感じる。
ついでにようにおざなりに前をしごかれ、強く腰を打ちつけられ、背中をのけぞらせてイった。

体はいつもどおり、快感を覚える。
どこもかしこも敏感になって、触れる吐息にする体が跳ねる。

それなのに、なぜかどこかが冷たかった。






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