放課後の教室。
窓からは夕日が差し込み、校舎内を紅く染めている。
試験が近い今の時期は人気が少ない。
ここ、2-3にも例外を除いて誰もおらず、活動が熱心な部の声が、
外から聞こえてくるだけだ。
教室内には二人の男子生徒。
一つの机をはさむようにして座っている。
机に教科書を広げ、勉強の真っ最中だった。




「ぜってー、みなこの方がいいって!!」
「はあ?お前目ぇ腐ってんの!?加奈の方がいいにきまってんだろ!」

学校の教科書はすでに男の教科書たるグラビア雑誌の下に引かれ、
二人は人生のお勉強に突入していた。

「ばっか、お前見てみろよこのウェスト!折れるって!加奈デブじゃん!年増じゃん!」
「ふざんけんな!そんなえぐれ胸は興味ねえよ!見ろよこれ!この胸!
これに顔をうずめてみたいと思うのが男として正常な反応だろ!」
「こんのデブ専!熟女マニア!」
「うるせー、このロリ!」
「誰がロリだよ!俺の興味は13歳以上にしか向いてねえ!」
「十分アブねーよ!ギリギリだよ!つーか俺も年上のポヨヨンが好きなだけで熟女もデブもお断りだ!」

肩で息をしながらもお互いにらみ合い、一歩も引く気配はない。
これは二人のアイデンティティをかけた闘い。
引くこと、それは自分を否定することに他ならない。
スレンダーな女性が好みな橋本は一つ息をつくと、諭すようになだめるように語りかけた。
「分かった。分かったよ。でもな、よく考えてみろよ。この、みなこの足首。 足首しまってる女はアソコモしまってるていう太古からの言い伝えがあるだろ? それを追い求めるのが漢の道!」
豊満な女性が好みの菊池は、返して穏やかに微笑む。
「甘い。甘いぜ橋本。加奈のこの乳、ケツの肉!どんだけ男喰ってきたんだよ! て体だろ?いいか、経験豊富な女に手取られ足取られナニ取られ! 一度は夢見る漢の本能!」
穏やかに微笑みあっていた二人だが、次第に顔がゆがんでくる。
間に流れる空気は、またもや熱をはらみうねりはじめた。
橋本が立ち上がり机をたたく。その振動で教科書が何冊か落ちた。
グラビア雑誌は落ちる前に二人同時にうけとめた。
「ぜってーみなこのアレの方がいいって!」
菊池は座ったまま橋本の挑戦的なまなざしを受け止め、不敵に笑った。
「よし、いいだろう。そこまで言うなら賭けよう。」
「うけてたつ!」
「加奈のテクニックに700エロス!」
「みなこの名器に1000オブジョイトイ!」
静かな教室内に二人の叫びが響き渡る。
「よし言ったな!後でほえづらかくなよ」
「俺がかくのはマスだけだ!お前こそひざまづけ!命乞いをするがいい!」
そこまで言い切ると、橋本はようやく座った。
机の上では二人の争いの元となった女性達が、扇情的なポーズでこちらに微笑みかけてる。
お互い無言になり、夢の中での恋人、夜のお供を見つめた。
「……………」
「……………」
二人の賭けはどちらが勝つこともない。
確かめようがないからだ。
二人はあえてその点から目をそらした。

ひとしきり試験勉強の合間のリフレッシュを楽しんだ後、橋本が机につっぷした。
「はー…。ヤリてー…」
心底切なそうな声でつぶやく。
「まあ、お下品」
菊池は椅子の背もたれによっかかり伸びをしている。

2年になって初めて会った二人だが、すぐに気があい仲良くなった。
好みは違うし、性格も結構違う。何がきっかけだったかも覚えていない。
しかし今では馬鹿も言い合えるし、普通の悩みからシモの悩みまで言い合える。
そういう、気の置けない仲となっていた。
ただ、二人の間には大きな違いが一つ。
17歳の青少年としては果てしなく大きな悩み。そして大きな河。

橋本はうらめしげに菊池をにらんだ。
「お前はいいよなー…。彼女いるし。…経験あるし」

そう、菊池は彼女持ち。しかも高校に入って二人目だったりした。
また始まった恨み言に菊池は嫌そうに顔をしかめる。
「お前は高望みしすぎなんだよ。清楚系でスレンダーで料理が上手くてって…。 何年前のお嬢様だよ」
「だってさー…」
「後ギラギラしすぎ。アレ引くって。この前の合コンもお前めっちゃ引かれて たし」
「マジ!?」
橋本は思いもかけない言葉に飛び起きた。
この前の合コンはなかなか好感触だと自負していたのだ。
確かにあれから女の子から連絡はないが。
「マジ。彼女欲しいって態度出しすぎ、てゆーかやりたいってオーラ出しすぎ。 アレは俺でも引くな。盛り上げ役としてはなかなかいい感じだったよピエロ君」
「うそー!!」
橋本は頭を抱えてもう一度机につっぷした。
絶対彼女を作ろうという気合が、逆効果だったということか。
「うぅぅぅ…。なんでだ。なんでなんだ。どうして俺はこうなんだ」
「ほんっとお前ってフルスイングで力いっぱいからぶるよなー」
菊池はそんな橋本を呆れたように笑って見ている。
「だったらどうして止めないんだよ!」
「いや、ほら、お前脱落したら競争率減るじゃん。この前レベル高かったし」
「てめー彼女持ちだろ!年増キラーだろ!何普通に参加してんだよ!」
「男はいくつも港を持てる生き物なのさ」
悔しくて泣きそうだ。実際橋本はちょっぴり目尻に涙を浮かべていた。
そっとぬぐってこれは心の汗だ、と自分で自分をなぐさめた。
橋本は己と菊池を交互に見て、違いを検討する。
顔同じ位。身長、これも同じ位。運動神経、瞬発力なら俺の勝ち。持久力なら あっち。
頭、これは俺の負け。でも俺も決して悪くはない。ち○こ。萎えてる時は少し 負けた。
しかし!膨張率では負けないつもり!何が勝ち組と負け組みを決めているんだ!
「何が違うんだ…。俺とお前。」
「…格?」
「ふざけんなー!!」
橋本は思わず右ストレートを繰りだした。カウンターで返された。
「まあ、好みの差もあると思うけどね。俺はほら、年上好きだし」
「年上かー。年上なら彼女できるかなー。でも俺年下の守ってあげたいタイプ がいいんだよなー」
「相変わらず夢見てんなー。なんかいいな、ドーテーの見果てぬ夢。 ロマンを感じるよ」
菊池は感じ入ったように目頭をおさえた。
「ドーテーいうな」
「お前なら年上の方がいいじゃないの?こう可愛がられて弄ばれて 捨てられる、って感じで」
「捨てられるのかよ!」
「まあ、それは言葉のあやで。でも同年代は結構大変じゃね?時間がいっぱい ある分一緒にいるし。あっちもまだ夢見てる分融通きかねーし。うざそー」
「それがいいんじゃねーか!いちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃしてー! 電車で殴りたくなるほどむかつくバカップルになりてー!そしてヤリてー!」
「ほんとがつがつしてんなー。気持ちは分からんでもないが。あ、後それが 大変だよな」
「それ?」
「始めて同士のえっち」
えっちという言葉に反応して橋本は顔を上げた。
分かりやすい反応に己でもちょっと哀しくなる。
「何?初めて同士のえっちだと何が大変なの?」
菊池はちょっと考えてからあたりを見回す。
校舎内は静まり返っており、時折吹奏楽部の演奏が聞こえる程度だ。
橋本との距離を縮め、少し声のトーンをおとした。
「5組の後藤知ってるだろ?最近一組の吉田さんと付き合い始めた奴」
秘密の匂いを嗅ぎ取った橋本は更に菊池との距離をつめる。
「ああ、知ってる知ってる。あのバスケ部の奴だろ?一組の吉田は知らないけど」
「そう、そいつそいつ。一組の吉田さんは…まあ、結構可愛い娘」
「ちっ、うらやましいぞこんちくしょう」
「それがそうでもないんだよ…」
「何?何々?」
うらやましい彼女持ちの不幸話なら是非聞きたい。
理由は一つ、妬みだ。
「この前の陸上大会の時、後藤、結構活躍してただろ?それで吉田さんが コクった訳よ。で、後藤もすぐオッケーして付き合い始めて、順調に段階踏んで」
「うんうん」
「それでいよいよ初エッチに持ち込んだわけだ」
「…うん」
「盛り上がるムード、猛る欲望、で、いよいよその時が訪れた」
「ふむふむ」
橋本は更に身を乗り出す。
菊池も焦らす様にいったん言葉を切る。
「そこで失敗したんだよ…」
「え?どゆこと」
「後藤も吉田さんも初めてだったのよ。で、二人とも割りと緊張。 後藤は…どこに入れるかわかんなくてさ」
「…そっか、そうだよな。そういう危険性もある訳だよな」
「どんどん焦った後藤は更に緊張して…」
「…緊張して?」
「萎えちまったらしんだよな」
「うわー…。なんつーかこう、いたたまれねー…」
橋本は想像して切なくなった。栄光を目の前にしてのリタイア。
さぞかし身の置き場のなかったことだろう。
「そこで女の子がフォローしてくれればいいんだけどさ。まあなにせ相手も 初めて。うそっ、やだ、とか言われちゃったらしくてさ」
「うわー!!やめてくれー!すみませーん!」
本人でもないのに謝る。そんなこと言われたら男として立ち直れない。
「気まずい雰囲気になっちゃってその時はそこでお流れ」
「…うう、怖い。」
橋本は恐怖で身を震わせた。えっち=楽しいこととインプットされていたが、 実際にはそんなこともあるということを考えていなかった。
厳しい現実を前にして、楽しい想像が打ち砕かれていく。
「でもここで終わればまだかわいらしい失敗談だよ。よくあることだし」
「よくあることなのか!?」
「結構聞くよな。初めてで失敗つーのは」
「そ、そうなのか」
「問題はここからだよ」
「まだあるのか!?」
「それがあるのよ。どうしてこの話を俺が知っていると思う?」
「……え、後藤に聞いたとか?」
「違うのよ、これが。実はこれ、女子のルートからまわってきた話」
「ええぇぇぇ!?…てことは…?」
「そう、吉田さんが言いふらしちゃったの。本人はそんなつもりはあんまり なかったんだろうけどさ。女子の噂は高速だからな。口止めしてても あっという間だよ」
「………」
橋本はもう声も出ない。
「後藤の奴は2年全体に知れ渡る程の失敗野郎となりました…」
菊池は哀しそうな目を伏せ、穏やかに話し終えた。
「うぎゃー!!!怖い!怖すぎる!」
橋本は今度こそ本気で震えた。またも泣きそうだ。これは怖かった。
本当に怖かった。自分がそんなことになったら不能になってしまうかもしれない。
「な、初めて同士とか怖いだろ。その上タメとかだったらこんな目にある ってことで」
「…他校の娘とかだったら…」
「同じだよ。危険性はいっそう増すな。2校にまたがり知れ渡る可能性」
「…し、失敗は許されないであります!軍曹!」
「その通りだ。橋本一等兵。覚悟せよ」
二人ともまだ残る寒気を払うように、腕をさする。
もう夏といっても差し支えない季節なのに、涼しくなった。

橋本は、ふと気づいたように菊池に目をやる。
「な、なあ。お前はないの?そういう失敗」
「俺?俺はないなー。つーか初めての彼女から年上だったし。
向こうがリードしてくれる感じだったし。緊張もそんな」
「そっかー。年上彼女だとそうだよな。うん、入れるとこわかんないとかない よな」
今まで彼女は年下、もしくは同級生と考えていた橋本だが、そんな話を聞いたら 宗旨替えしてしまいそうだ。
「あ、でもあったな。失敗」
「何々?」
「えっちじゃないけどね。キスの方で」
「え、キスでも失敗するもんなの!?」
「するよ。キスする時って目、つぶるだろ?初めてだったからしっかり
つぶっちゃってさ。それで目測を誤って鼻ぶつけた」
「あらら」
「それで焦って今度は歯をぶつけた。」
「あいたー」
女性に対しては一日の長をがある菊池のそんなかわいらしい失敗談を聞き、 橋本は少し嬉しくなった。さっきの失敗談と違い、これは微笑ましい程度だ。
自分はしたくないが。
「それで、相手は?」
「いや、相手も微笑ましいなーぐらいにしか思ってなかった」
「さすが年上。さすがの包容力だな!」
ますます年上に対する憧れが高まる。
しかし、えっちだけでなく、キスにおいてもそんな試練があるとは想像も していなかった橋本は不安になった。
自分はお世辞にも器用とは言えない。
先日の合コンでも証明してしまったが、情熱が斜め50度あたりを 向いてしまう人間だ。
絶対に失敗する予感がする。
その際、女の子に貶されたり、罵られたり、いや、一番辛いのは がっかりされることかもしれない。
「……なんか、練習とかできればいいのにな」
「練習?」
「えっちとかちゅーの」
「いや、お前心の恋人と毎日イメージトレーニングしてるじゃん」
「毎日はしてねーよ!て、そうじゃなくて。こう、実践的なトレーニングよ。 イメージトレーニングと右手相手じゃ限界がある…」
「プロのお姉さんに頼むとか」
「…それは…ちょっと怖い…」
プロのお姉さんに笑われても辛い。ていうかとって喰われそうで怖い。
菊池は呆れたように、馬鹿にしたように息をついた。
その後、何かを思いついたように底意地の悪い笑みを浮かべる。
にやり、という形容詞が一番合いそうだ。
「よし、俺が練習台になってやろう!」
突然の申し出に橋本は机になついていた体を飛び上がらせた。
「はあ!?何?どうしたの!?ついにイカれちゃったの!?」
「いやいやいやいや、可哀想な友人のために俺が一肌脱いでやろうって 言ってんだよ。幸い俺はつたないながら経験者だ。不安におびえる友人 を放っておける俺じゃない。さあ、バッチコーイ!」
そう言って一つ手を叩くと橋本の肩を掴む。
「いらねー!!勘弁してくださーい!すいません、許して!」
橋本は菊池の肩に同じように手を置き、全身でつっぱねた。
菊池は大声をあげて笑う。
一方的にからかわれた橋本は少し不愉快になった。
経験者の余裕としての態度もむかつく。
そこで、手を離そうとしていた菊池を、押し離すのではなく引き寄せる 方向にかえた。
菊池は思ってもいなかった反応に驚く。
「えっ?」
「…そうだなよな。うん。初めてで失敗して不能になるよりは、いまここで 潔く男として経験をつんだほうがいいな」
「は?ちょっと橋本君?」
「よし!お前の心意気は受け取った!いざ!」
「ちょっとちょっとちょっと!なんか間違ってますよ、男として!」
「うるせー!大人しく俺の未来のために踏み台となれ」
「いやー!犯されるー!」
そのまま橋本は本当に菊池との距離をつめていった。
冗談ではじめたはずなのだが、なんだ本当に襲っている気分になってくる。
もうこのまんまいっちゃってもいいかな、と半分本気になって目をつぶった。
そのまま二人の距離が徐々に近づいていく。

と、そこで菊池が噴き出した。
「ぶはっぶはははは」
「な、なんだよいきなり!?」
「だってお前すんげー鼻息荒いんだもん!引くってそれ!ふーふー言っちゃってさ。 しかもなんだよ、その顔、たこっぽいたこ!だめ笑える!」
「ああ!?」
橋本は少し傷ついた。冗談の延長上ととは言え、キスの最中に笑われるのは
こたえる。
「くっ、くくくく。興奮しすぎだって、もう少し落ち着けよ」
まだ笑いのおさまらない菊池に、橋本はどんどん沈んでいく。
「…もういいよ。俺はこのまんま行くんだ。初チューとか初エッチで大失敗して 相手に笑われて不能になるんだ…」
今にもしゃがみこんで床にのの字とか書き始めそうな勢いである。
「悪い。悪かったって。な、ごめん。そんな話をした俺が悪かった。 そんなに構えるもんでもねーよ。かえってそんなに緊張した方がなんか やらかしそうだって。落ち着いて、自然に自然に」
「…うるせーよ。もういいよ」
橋本はマリアナ海溝よりもどん底にいる。
どうにかなだめようとしても聞く気配はない。
菊池は一つ息をつくと、そっと橋本の肩をつかんだ。
「しょうがねーな。いいか、そんなに口を突き出す必要はない。
で、鼻だけで息をすることもない」
橋本はようやく顔を上げる。
「…でも、口は閉じなきゃだめだろ?」
「開いてて平気だよ。大口開けるのはNGだけどな。緊張するのは 分かるけど、自然にしろよ」
「うん」
「で、目をつぶる前にちょっと顔をかたむける。目標を定めたらちょっとづつ 距離をつめる。勢いづくなよ。最初はそっとな」
「…うん」
そう言って机越しに菊池は橋本に近づいていく。
二人ともなんとなく止まれない。
橋本は自然に目を閉じた。
心臓の音が強くなり、耳の中で聞こえる。顔に血が上るのがわかる。
おそらく何秒もかかっていないはずだが、ものすごく長く感じる。

吐息を感じたと思った瞬間、温かいものが唇に触れた。
そっと押し付けてから離れていく。
嫌悪感は、なぜかない。

橋本が目をあけると、菊池は意外と真面目な表情をしていた。
「…こんな感じで。分かった?」
「…もっかい」
心臓が痛くなるほど強く打っている。
なんでそんなことを言ってしまったか橋本自身にも分からない。
菊池も、なぜその言葉に従ってしまうか分からない。
菊池はその言葉を聞いてもう一度橋本に近づいていく。
今度も一瞬だけ唇を押し付ける。
離れていく時、軽く唇を吸う。かすかに水音がした。
「……おっけ?」
「もっかい」

2、3回ついばむように口付けると、菊池は深く口付けた。
橋本の軽く開けた唇から舌を忍び込ませる。
手の下にある橋本の体が一瞬強張る。思わず逃げかかる体を引き寄せた。
最初は様子を伺うように口内を探る。
様々な場所に触れるたびに、橋本の体が震える。
探られるままにされていた橋本だが、慣れてくるとそっと自分からも舌を絡めた。
しめっていて、動く。なんだか虫みたいだ。
想像していた以上に、生生しくもあり気持ち悪くもありいやらしい。
けれど、気持ちいい。
口内を探られるたび探るたびに背筋になんとも言えない感覚が走った。
恐る恐ると、そして徐々に積極的についばみ、絡めあう。夢中になる。
お互いの息と、間からもれ出る水音しか聞こえなくなった。
相手に触れている部分が熱くなる。
もっと深く強く、触れたくなる。


と、その時窓から大きな音がした。
二人同時に急いで離れる。
間にあった机が揺れる。
菊池は椅子から転げ落ちそうになった。
窓を見ると、ガラスが揺れてた。外でやっている部活動のボールか何か があたったのだろう。
さっきとは別の意味で心臓がドキドキしていた。
お互いなんとなく顔が合わせられない。
顔をそらして、無意味に空を見たりした。
教室内を気まずい雰囲気が流れる。さっきまで聞こえていなかった吹奏楽 の音や、野球部の掛け声が大きく聞こえた。


どれだけそうしていたことだろう。
橋本が口を開いた。
「お前…今日どでかプリン食べただろ」
「……さっき喰った」
「カスタード味だった」
沈黙が流れる。
そして同時に噴出した。
「うはははは、それで言ったらお前、なんでお前ミント味なんだよ!
すげーさわやかだったんですけど!」
「ははははは、俺メシの後に歯、磨いてるし!キスミント常備だし! 放課後にコクられるだろ?そのままキスに突入するときにんにく臭とか したらやばいじゃん!そのための備えよ」
「すげー無駄な努力でやがる!」
二人してそのまま腹が痛くなるまで笑い転げた。
さっきまでの気まずい雰囲気、更に前の微妙な雰囲気はすっかりなくなる。
「あー、危なかったー。菊池もうマジやばいよ!エロイよ!俺今バージン 失う覚悟を完了しちゃうところだったよ!」
「俺もやばかったって!お前もエロイって!もっかいとか言われちゃって もう押し倒すしか!」
「ごめん!ごめんなさい!俺、後ろの純潔は守り通すって決めてるの。 貴方にはささげられないの」
「わりい。期待されても応えられない。俺のジュニアが収まる場所は 美人な年上女性だけって決めてるんだ。すまないな」
もう一度笑いの発作が起こり、しばらく笑い続けた。
「あーもう笑ったー。だめだー。腹いてー」
「俺も腹いてえよ。ていうか腹減ったよ。橋本、なんか食って帰ろう」
「俺、牛丼くいてえ。もしくはひまわりのもんじゃ」
「あ、俺ももんじゃ喰いてえ。ひまわり行こう」
二人は机の上に散乱した雑誌や、結局使わなかった教科書類を片付け、 教室を後にした。


今のよくあるシシュンキのボーソー。
ワカキセイヨクのアヤマチ。
いきすぎたユージョー。
ただそれだけ。それだけにすぎない。
橋本も菊池も、ただちょっとふざけて行き過ぎただけ。
本当にそれだけ。
ちょっと体の一部までボーソーしそうになったこととかもそういうこと。
だから今も、なんとなくお互いを見て動悸息切れめまい等の症状を感じて
しまうことも。
もう一回、キスしたいとか感じることも。


シシュンキでセイヨクなお年頃のアヤマチ。






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