暑さと、息苦しさ、そして瞼を刺す光により、徐々に覚醒が促される。
ぼんやりとした思考のまま、目を開く。
飛び込んできたのは、攻撃的なまでに眩しい光。
反射的にもう一度目を閉じた。
だるい体に、そのままもう一度枕に沈みたくなる。
しかし、一回瞼をこすると、今度はゆっくりと目を開く。
やはり眩しいが、覚悟していた分、先ほどのような驚きはなかった。
目を開き、手で光を遮りながら、天井を眺める。
少し薄汚れた白い天井。
見慣れた、自分の部屋。

眩しかった。
頭がずきずきと痛み、体がだるく重い。
なぜか腰がだるく、下腹部のあたりに鈍痛が走る。
最悪な目覚めに顔をしかめながら、今日は何曜日だったかと思い出そうとする。
登校日ならば、確実に遅刻だと思われる日の高さだった。
なんとか腕をたて、体を起こそうとする。
体が本当に重い。
まるで、何かに乗っかられているようだ。

菊池は、体をゆっくりと起こし、自分の体を見下ろした。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!!」

まだまだ眠気を引きずっていた頭が瞬時に覚醒する。
人は、驚きすぎると声も出なくなるのだと初めて知った。


菊池の腹の上には、気持ちよさそうに眠る全裸の橋本の頭があった。



***




あー、どうりで重いと思った。
そりゃそうだよなあ、人間の頭って重いし。
はははは、空っぽの橋本の頭も重いんだなあ。

「て、そうじゃねえ!」

逸れそうになる思考を自らつっこんで引き戻す。
本当なら、逸らしたままでいたかったが、そうもいかない。

橋本はそんな声にも目覚める気配はなく、ムカつくぐらい幸せそうな顔で大の字になって眠っている。
全裸で。
下半身を申し訳なさ程度に隠している毛布がせめてもの救いだった。

「ていうか俺もマッパかよ!」

そこでようやく菊池も自分が全裸であることを気付く。
そして、叫んだと同時に下腹部、というかあまり考えたくない後ろの方に鈍痛が走る。

えーと、えーと、えーと。
ちょっと待て。
ちょっと待つんだ、俺。
よく考えろ、考えるんだ。
何があったか、いや、何もなかったことを思い出すんだ。
ていうかでっち上げでもいいから作り上げるんだ。
状況を整理するんだ!

爽やかな朝。
差し込む光と鳥の声。
部屋に転がる安酒の缶。
ベッドに仲良く眠る二人。
ベッドの下に落ちている二人の服。
全裸で眠る、菊池と橋本。
菊池の、痛む腰と臀部。

「だめだー!!!!明るい未来が浮かばねえー!!!!!」

脳細胞をフル回転させ、なんとか都合のいいほうに持っていこうとするが、考えれば考えるほど最悪の事態が予想される。

ていうか待てよ、俺がケツが痛いってどういうことだよ。
たとえヤるにしても、俺は掘られる側にはならねえ。
絶対ヤってやる。
ていうかヤってない、ヤってないはずだ!
そうだろ、マイジュニア!?
お前がターゲットを間違えるはずがない!
そしてたとえヤっちまったとしても、お前が獲物に牙をむかないわけがない!
俺はお前を信じてる!
ていうかヤってない、ヤってないからな!

思わず今日も立派に朝立ちしている股間に話しかけそうになる。
そしてその前に自分の腹を未だに枕にしている橋本の顔が目に入った。
むにゃむにゃと何ごとかつぶやきながら、菊池の腹に顔を寄せる。
暑く寝苦しい部屋の中、冷たい菊池の肌が気持ちいいらしい。
男らしく太い眉がたれさがり、にっこりと無邪気に笑う。

「………………」

やべえやべえやべえかわいいとか思ってる場合じゃねえ。
血迷ってんじゃねえ、俺!
これは橋本だ!
ついてるんだ!
胸はねえ!仮性気味だけど立派についてるんだ!
かわいくない、かわいくなんてないぞ!

これ以上このままにしていると、何かに負けてしまいそうな菊池は、起きる兆しを見せない橋本の頭を手のひらで殴った。

「っだ!」

橋本は突然の痛みにがばりと体を起こす。
何が起こったのかよくわからないのか、眠たげな目のままキョロキョロと辺りを見回した。
そして、ぼーっとしたまま、もう一度菊池の腹に頭を戻す。

「夢か…」
「夢じゃねえ!」

もう一度今度は容赦なく拳で殴った。

「いてえ!」

今度こそようやく橋本は体を起こす。
くるりと菊池のほうを向くと、ぼさぼさの短い黒髪を撫で付けながら噛み付く。

「何すんだよ、てめえ!人が気持ちよく寝てるのに!」
「寝てる場合じゃねねえんだよ!この状況を良く見ろ!」
「はあ!?」

橋本はいまだ納得いかないように、不満そうな顔をしている。
菊池はこちらも負けないように真剣かつ怖い顔をして、もう一度よく周りを見るように促す。
その真剣な様子に、橋本はしぶしぶ辺りを見回す。

「えーと、ここは菊池の家か」

橋本が菊池の家にくることはそう珍しいことでもない。
泊まることもあるし、勝手知ったる他人の家だ。

「でもって菊池の部屋の菊池のベッド」

そこまではいい。
一緒に寝ることなんてそりゃないが、酒に酔ってそのまま寝てしまうこともあるだろう。

「でもって………」

橋本の動きはそこで止まった。
ギシギシと音がしそうな不自然な動きで、菊池に再度顔を向ける。
先ほどの不満げな顔と打って変わって、何ともいえない複雑な顔をしてる。

「裸の俺と、菊池………」

菊池は同じような表情で、重々しく頷いた。
沈黙が落ちる。
しばらくして、口を開いたのは橋本だった。

「てめー俺に何をしたー!!!!」
「お前だって俺に何をしたー!!!」
「酒に酔った俺を襲うなんて卑怯者!最低男!ヤリチン!」
「それはお前だー!俺はケツがいてえんだよ!」
「そんな言い訳って……、え?マジ?え?ケツが痛いの?」

もう一度、先ほどより更に真剣な顔で頷く。
再度沈黙。
今度も口を開いたのは橋本だった。

「やったー!!!脱童貞!?さらばチェリーな日々!!俺はやったぞー!」

両手を挙げての大快哉。
瞬時に菊池がその頭をはたく。

「そうじゃねえだろ!」
「え、だって俺ケツ痛くねえし、頭とか体は痛いけど」
「いや、そうじゃねえ、その前に気にすることがあるだろ!」

橋本が一度腕を下ろすと、首をひねる。

「え、えーと、あ!」
「思いついたか!?」
「お前のバージン奪ってごめんなさい」
「そうじゃねえ!」
「え、あ、責任は取る?」
「あほかー!!!」

顔が横に向くくらいに張り倒す。
橋本はそのままベッドに倒れこんだ。

「お前は男相手に童貞を捨てて満足かー!お前のエロ魂はそんなもんかあ!」

対する菊池は指を刺しての大絶叫。
普段のどこか飄々とした雰囲気の菊池が、今は真剣に激していた。
橋本はベッドの上にもう一度座り込む。
そして菊池の言葉を反芻するように、腕をくんで考え込んだ。

「え、男……?」
「そうだ、よくもう一度考えろ」
「………」
「………」
「てめえ、俺の童貞返せー!」
「てめえこそ俺の生涯純潔を誓ったバックバージンを返しやがれ!」

肩で息をしながらどなりあう二人。
橋本はようやく事態に重要さが飲み込めたのか、頭を抱えて悩みこむ。

「え、え、えー、ちょ、待った、え、マジヤっちゃたの、俺達?え、マジ?」
「遅せえよ、分かんねえよ、覚えてねんだよ」

橋本と菊池はようやく落ち着くと、改めて真剣な顔で座り込んだ。
二人ともあえて見ないふりをしているが、全裸で。
それは滑稽なことこの上ない。

「ちょっと良く考えよう」
「最初から俺はそう言ってるんだよ、お前はほんっとーに後先考えねえな」
「うるせえ、今はそんなこと問題じゃない」
「………」
「昨日は……あー、思い出せねえ」
「この様子を見るに…酒を飲んだんだよな」
「どういう状況で酒飲んだんだっけ……」
「えーと……」

二人向かい合って、記憶を掘り返そうとしているところに、橋本がふと思いついたように顔を上げる。

「あ、お前体大丈夫なの?」
「は?」
「やっぱヤられる方って、すげえ痛いんじゃねえの?」
「ヤった前提で話すのはやめろ」

と言いつつ、橋本の声にはからかうところはない。
本当に菊池の体を気遣ってのものようだった。
菊池は複雑な思いを抱きながらも、とりあえず素直に頷いた。

「確かに痛てえけど、そこまでではない」
「そっか。よかった、マジごめん」
「………」

にか、と無邪気に笑う橋本に、もうこの問題はそれでいいんじゃないかと思ってしまう自分が嫌な菊池だった。
そして橋本は、なんだか熱っぽい目で菊池を見つめてる。

「………菊池のあの時って、結構なんかエロそう。色っぽそう。あー、なんで覚えてねんだ、俺!」
「だ、ば、ふざけんな!絶対てめえがヤられる方が似合ってる!お前絶対あの時かわいくなる!自信がある!」
「あ、誰がかわいいだ!?大きさは負けてねえぞ!」
「そうじゃねえよ、この仮性!」
「人のコンプレックスえぐるんじゃねえよ!もー、俺やっちまったもんね、俺は上!上で決まり!」
「あー、ふざけんな!絶対今度は俺がやってやる!」

そう言うが早いが、菊池は橋本を押し倒す。
素早く片足を上にのせ、足の動きを封じると、のしかかって腕の動きも押さえる。
突然の事態に、橋本は驚いてキョロキョロと辺りを見回す。

「え、ちょ、菊池君、手際がよすぎねえ?」
「ふ、経験値の差を思い知れ!」
「ひでー!ずりー!」

ぶーぶーと言う橋本の口を菊池は無理矢理塞いでしまう。
すでにその行為に躊躇いも嫌悪感もない。
橋本も、特に逃げもせず、慣れた様子でそのそれを素直に受け止めた。

そこまで深くはせず、軽くついばむと二人同時に離れた。
離れた後に、二人して見詰め合ってしまう。
その感情をなんて言ったらいいかわからない。

この成り行きを信じたくはない。想像したくはない。

けれど、どこかでもういいか、と思ってしまう自分がいるのを二人とも感じていた。

「あの、さ……」

口を開いたのは、やはり橋本。
のしかかったままの、菊池をちょっと目元を染めた目でまっすぐに見る。
菊池は逃げずに、それを見返した。

「………ん?」
「俺さ………」
「ああ」
「なんつーか、ぶっちゃけお前で………よかった、かな、って」
「……………」
「そりゃ、女の子とHしたかったけどさ、なんか、お前で、いいかなって」
「『お前で』ってお前、そりゃ失礼だろ」
「あー、なんつーかお前が………」

語尾はごにょごにょと橋本に口の中に消え、菊池の耳には届かなかった。
けれど、その意図は十分すぎるほどに伝わった。
菊池は困ったように眉をよせて、組み敷いたままの橋本を見る。

とても菊池は困った。


橋本の言葉を、否定することができなかったから。


そこでようやく、橋本の体から下りて、座りなおす。
まっすぐに同じように座りなおした橋本の目を見つめる。

「俺………」

そうして口を開こうとしたところ、突然部屋の扉が開いた。

「おっはよーん!二人とも起きたー?」

入ってきたのは鈴木だった。
突然のことに、二人は急いで距離を開く。
驚きすぎて、橋本はベッドから落ちた。

「あれ、大丈夫、橋本?てかお前ら体大丈夫?」
『か、かかか体?』
「そーそー、特に菊池、ケツ大丈夫?」
『け、ケツ!?』

見事にハモる二人。
なぜ鈴木がそのことを知っているのか、驚愕で顔が青ざめる。
こんな奴に知られたら、次の日には学校中どころの話ではなくなっている。

「俺も頭いてえいてえ。あ、リビングは片付けといたから」

そんな二人の様子も気付かず話を進める鈴木に、橋本と菊池は顔を見合わせる。
そして、同時に頷くと、菊池が口を開いた。

「あー、えっと、なんでこんな事態になってるんだっけか」
「あれ、覚えてねえの?あー、まーあんなに飲んでたしな」
「もう、頭痛くってさ、体だるいし、気持ち悪いし……ケツいてえし」
「あっはははは、やっぱいてえの?お前ものすごい勢いでケツ打ってたもんな。アレ腰もいってるだろ。やべーぞ、彼女に嫌われちゃうぞー」
『…………』

打った、という言葉で、ようやく二人はなんとなく想像がついてくる。

「……俺、なんで打ったんだっけ、ていうかなんで全裸?」
「昨日のゲーム大会で罰ゲーム泡盛一気飲みだっただろ。やっぱやべーよ、泡盛。それで皆壊れちゃってさ、酒ぶちまけるわ、服にかけるわ、気持ち悪いからって脱ぎだすわ。軽く見たくない感じの地獄絵図だったぜ?意識あるの俺と近藤だけだったしさ」
『………………』
「お前は酒にすべって転んでドリフ並のずっこけ見せてくれて、真っ先にフェードアウト。で、橋本もそのあとすぐにダウン。仕方ねえからお前と橋本だけこの部屋運んどいた。後は皆リビングに転がってる。ありゃ今日は駄目だな」
「脱いだって、下までかよ」
「あー、それは俺と近藤で脱がした。パンツまでビショビショだったし。あ、ちょっといやらしくね。いやーん。て、ベッド濡らすの悪いかと思って。気遣いが光るね、鈴木君!」

『……………』
「あれ、何二人とも、感謝の言葉は?」

『紛らわしいんじゃ、ぼけー!!!』
「ひでぶっ!」

橋本と菊池の息のあった枕投げにより、鈴木は廊下に沈んだ。



***



そしてまたいつもどおりの日々。
脱童貞を目指す橋本と、年上彼女とうまくやる菊池。
二人の間にある、かすかな感情を見ないまま。


見ないふりをするのは、もうそろそろ無理そうなことも、見ないふりをして。






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