俺は女の子が好きだ。 女の子が好きだ。 女の子が大好きだー!! おっぱいが大きい子が好きだ! それでいてちょっと大人しくて、俺のために弁当作ってきてくれて、手編みのマフラーとか作ってくれて、たまにヤキモチやいてくれたりして! 「古!いねえよ、そんな絶滅種!てか怖いじゃん、手編みのマフラーとか、怨念篭もってそう」 「お前も菊池も同じようなこと言うな!夢がない!どこかにいるはずなんだ、俺の女神は!」 「つーか橋本君キモイー。だからお前女できないんだよ。いいじゃん、もう菊池で」 「もう、とか言うな!俺はかわいいカノジョを作るんだー!!」 肩で息をしての大絶叫。 鈴木は呆れたように、真面目そうな顔を際立たせている眼鏡を人差し指でかけ直す。 昼休みの教室は、ざわざわと賑やかで2人が騒いでいても気にするものはない。 「そいえばもう菊池とはヤんねーの?」 「そもそもやってねえ!」 「何、やっぱ男同士がイヤになったとか?」 「人の話を聞け!」 鈴木は橋本の叫びに耳を貸す様子もなく、興味津々に眼鏡を光らせている。 しばし目を彷徨わせてなんとか誤魔化そうとしていた橋本だが、最終的には観念して口を開いた。 最近ではこのパターンで鈴木に色々口を割らされている。 誘導が得意な鈴木と、誤魔化すことが得意ではない橋本。 勝負は火を見るより明らかだった。 「……別にイヤじゃねえけど、菊池がこのまんまじゃやべえから、しばらく距離置こうみたいな」 「あー、あいつそういうこと言いそう」 「あ、そう?」 「だって、あいつ危ないこと嫌いじゃん。何するにも割りと考えてるよ。結構かっこつけ。やだねー、若いんだから少しくらいフライング気味でいいのに。先にイっちゃっても回数で勝負よ」 「でも……確かにやべえだろ、俺もついこの間気付いたけど。俺、普通に女の子好きだし」 「気付くの遅そいよ」 「うるせえ」 あの日、鈴木にばれてしまった日から、なんとなく橋本は鈴木といることが多くなった。 思ったよりは割りと悪い奴ではないこともないかもしれないということに気付いたし、変なコトを知られてしまった故の気楽さがあった。 今まで仲間大勢で過ごす以外は鈴木と話すことはあまりなかったが、付き合ってみると結構楽しい。 鈴木は来るものは拒まない。 「別にいいじゃないー、長い人生1度や2度や10度や100度道踏み外すぐらい」 「踏み外しっぱなしじゃねえか!戻ってきてねえ!」 「それもまた人生ー」 ケラケラと他人事として笑い飛ばす鈴木に、橋本は軽く頭をはたく。 鈴木はひどーい、と言いながら気にした様子はない。 こんだけふざけた男だが、見た目だけはどこから見ても優等生だ。 加工していない少し長めの黒髪に、縁の太い眼鏡。 しかし中身がはみ出ているせいか、ガリ勉という風には感じない。 「おい、鈴木」 そんな風に昼食をとった後の一時を無駄に過ごしていると、聞きなれた声が後ろから聞こえた。 振り向くと、つい最近までは橋本の一番近くにいた色素の薄い目が2人を見ている。 「はいよー」 「数学の三好がプリント取りに来いって」 「うっげー。忘れてた。菊池ありがと、俺の代わりに取りにいってくれるって?」 「ふざけんな死ね」 「ひっどーい!」 傷ついたーと泣き真似をしてみせる鈴木に、菊池は冷めた目で見据えるだけだ。 その会話を見ていた橋本が首をかしげて鈴木に問う。 「何お前、どうしたの?」 「この前の数学サボったからさ、特別にプリント出してやるーって言われてんのよね。三好ちゃんしつこいからねちねち責められちゃうー。鈴木体もたない」 「頑張れよ、お前ならどんなプレイもいけるよ」 「橋本も一緒にいこう!お前とだったらお前に矛先いくかも!」 「ふざけんな、1人でいけ」 「ひっどーい!鈴木傷ついて思わず口が軽くなっちゃう!みっなーさん、ここにいる橋本君はドーテーでホーケーでホ……」 「うわー!!!すいません行きます行かせてくださいお願い僕行きたい!!!」 「優しいわー、やっぱり持つべきものは友達ね!」 「てめえ、夜道には気をつけろよ!」 黙って傍のいた菊池が相変わらずの冷めた目で2人のやり取りを見守っている。 しばらくして、どこか低い声でぽつりとつぶやいた。 「……お前ら、最近仲いいのな」 「へ?」 「そうよー、俺達らぶらぶなのー」 一瞬何を言われたか分からず口をぽかんとあけて間抜けな顔をする橋本。 即座に隣に座っていた橋本の腕を抱き、鈴木がにっこりと笑って見せる。 菊池が一瞬眉を吊り上げるが、呆れたような声を出すだけだった。 「ふーん」 「うふふ、橋本君たら毎日求めてくるから大変。腰が痛くて痛くて」 「て、てめ何言ってやがる!変なこと言うなよ!」 「いや、マジになんないでよ」 なぜか焦り、急いで鈴木の腕を振り払う橋本に、今度は鈴木が呆れたように目を細めた。 それはそうだ、この程度のおふざけはいつものことだ。 普段だったら橋本だって軽く下ネタで返していたところだろう。 しかしその時は、なぜか橋本は焦っていた。 その焦りようをどう思ったのか、菊池は軽く肩をすくめた。 「…ほんと、仲いいのな」 「……や、別にそんなことねえけど」 「……まあ、いいや。じゃあ伝えたからな、鈴木」 「はいはいー、ありがとー」 そう言い残すと、菊池はさっさと自分の席に戻っていく。 その後姿に、なんとなく橋本の中にしっくりとしないものが残った。 「……なんか、菊池変じゃね?」 「ぶっ] 首をかしげた橋本の隣で、奇妙な破裂音がする。 何かと思い、振り返ると鈴木が机に突っ伏していた。 「鈴木?」 「ぶくくく、ぎゃははっ」 声をかけると、一気に起き上がる鈴木。 勢いよく上げた顔は、隣にいた橋本の顔面を危うく直撃するところだった。 鈴木はすでに涙目になって顔を真っ赤にさせていた。 「あっぶねえな、何いきなり笑ってんだよ、お前」 「だ、だって、ぶはははっ、お前らマジうける!最高!うきゃきゃきゃ!」 「笑い方キモイ!ウゼえ!」 頭を殴りつけても、鈴木の笑いは止まらない。 相変わらずの失礼な態度に、橋本は口を尖らす。 鈴木は眼鏡を取り、目尻の涙を拭きながらひくひくと軽く痙攣している。 「いやー、マジおもろいわ」 「訳わかんねえよ」 「あー、笑ったー。ありがとう」 「意味わかんねえって!」 「お前鈍すぎだよ。だからホーケーなんだよ」 「関係ねー!!!!」 橋本の叫びに、教室内の視線が2人に集まった。 その日の放課後、今日はバイトもなく何もすることがない橋本だが、仲間内の誰も捕まえることができなかった。 仕方なく、家に帰ってゲームでもしようと考えていると、後ろから声がかかる。 「ねえねえ、ハシー、今日ちょっと付き合ってくんない?」 甘えるような声に振り返ると、そこにはかわいらしく上目遣いに手を合わせて頼んでいる同じクラスの仲本がいた。 サバサバとした性格で、橋本が気負わず話せるクラスの中では割りと仲のいい女子。 橋本の好みからはズレているが、頑張ってしている薄い化粧は結構かわいい。 「へ?何、どうしたの?」 「えーっとね、ちょっと聞きたいこととかあってー」 今まで仲本と2人きりで遊びにいったことなどはないので、突然のお誘いに驚く橋本。 しかし仲本は軽く目を伏せ、手を無意味に組んだり離したりしながらボソボソと応える。 そのどこか恥らっているような仕草は、文句なしにかわいかった。 「?ふーん、まあいいけど、暇だし」 「本当!?やった、ありがと!」 橋本の返事に、仲本は飛び上がって喜んで見せた。 「あ、あの水着かわいい!」 「その隣の方がかわいくね?」 「露出高!ハシ、セクハラー!」 なんとなく、いつもは来ない3駅隣の街なんかに来てみた。 学生には少々高級感溢れるその街は、学生服では違和感がある。 何をするにも高いので、ただ下らない話をしながらぶらぶらと歩いていた。 スキンシップが過剰気味な仲本は、軽く橋本の腕に触れて歩いている。 その小さな手や、甘く高い声に橋本は多少ドキドキする。 女の子と2人だというのに、そこまで構えなくてもすむのは仲本の人好きする雰囲気もあるのだろう。 あー、ていうかなんかデートみてー。 と、そこまで考えて、橋本はようやく気付いた。 みたいっていうか、これデートじゃね!? 腕組んで女の子と2人で歩くって、間違いなくデートじゃね!? ていうかそもそも聞きたいことがあるってそういうことなのか!? あれか、ハシ今付き合ってる人いる?とかそういうことか!? 俺にもついに春が!? そうだよ、俺は女の子が好きだ! 大好きだ! 仲本、好みじゃないけど十分かわいいし、一緒にいて楽しいし、明るくて付き合いやすいし。 告ってくれるならオールオーケー!? 一緒にお台場いったり遊園地いったりドライブいったりって、俺は車も免許もねえ!ああ、バイト増やさなきゃだめだな。女と付き合うには金がかかるって皆言うし、服とかも買わなきゃいけないし、キスはデートの3回目ぐらいでえっちはどれくらいでできるんだろう!?そうだよな、菊池ばっかり女がいて俺がいないってのはおかしい!なんか近頃もやもやしてるのは絶対そのせいだ!仲本ありがとう、俺は絶対お前を幸せにする!俺達きっとうまくやってける! 「ハシ、どうしたの?」 急に黙り込んでしまった橋本に、仲本が軽く小首を傾げて尋ねてくる。 その見上げる様子がいかにも女の子って感じで橋本の心臓は更に跳ね上がった。 「なななな、なんでもありません!」 「……そうは見えないんだけど」 「なんでもない!えーと、それでなんかき、聞きたいことって何?」 「あ、えっとね、んーとね」 思わず性急に聞いてしまうと、仲本は急に顔を赤らめた。 意味のない言葉を繰り返して、言いよどむ。 やっぱりこれはあれか!? きたのか!? 想像してたのとかなり違うけど、これはこれで全然よし! ありだ! もう弁当とかなんとかいい! カノジョ欲しい! 「よし、聞くぞ!」 「お、おう!」 軽く拳を握って気合をいれる仲本に、覚悟を完了する橋本。 「あのね、ハシ、彼女いるのかな」 やっぱりきたー!!! 応えはすでに用意してある。 「いな……」 「菊池君」 「いって………………………」 しばしの沈黙。 雑踏の中立ち止まり、2人の周りの時間だけが止まる。 「………よりによって菊池かよー!!!!!!!!」 「え、わ!?」 沈黙の後、大絶叫でしゃがみこむ橋本。 その剣幕に驚いて仲本が飛び上がる。 行きかう人たちが、変なものでも見るように遠ざかり、雑踏の中クレーターが出来る。 「分かってた、どうせ分かってたよどうせ俺はこういう役回りなんだよ笑ってくれよメアリー俺は道化さいいんだ気にしないんだこのまま一生ドーテーなんだ俺に明るい未来なんてないんだどうせホーケーに」 「え、ちょ、どうしたの、ハシ?メアリーって誰???道端で下ネタはやめてよ」 足を抱え込んでうつろな目でブツブツいい続ける橋本を仲本は慌てて止めようとする。 それでも座り続ける橋本に、困ったように辺りを見渡した。 おろおろと困惑しきっていたが、そこでやっと何かに思い当たったように目を見開く。 「え、あ!もしかして、ごめん、期待、しちゃ…た……?」 「このシチュエーションならそう思うだろ!」 仲本の恐る恐るの問いに、橋本はようやく立ち上がる。 その目尻には涙が浮かんでいた。 「あ、え、そ、そうか。ちょ、ご、ごめん、泣かないでよ!」 「男の純情玩びやがってー!!将来設計まで考えちゃったじゃねえか!」 「ご、ごめんなさーい!…ハシって、私のこと好きだったの…?」 「いや、それは別になんとも」 「何よそれ!」 急にテンションダウンして手を振る橋本に、今度は仲本が顔を赤くした。 小さな体を怒りをみなぎらせる。 「好きでもないのにそこまでショック受けないでよ!」 「だってコクられそうになったらそれぐらい期待するだろ!?」 「分からないでもないけど、なんとも思ってない女にコクられてOKしようとか思わないの!」 まるで子供のような叱られ方だが、その言葉は橋本の胸にストンと落ちてきた。 ようやく気付く。 仲本も含め、すべての女の子を『女の子』というカテゴリでしか見ていなかったことを。 その子が好きだから、ということでもなくただカノジョが欲しかった。 付き合ってみたかった。デートしてみたかった。えっちがしてみたかった。 そのための相手、としてしか見てなかった。 そりゃ、菊池や鈴木が呆れるわけだ。 そのことに、ようやく気付く。 「……そうだな、うん、俺も悪いわ。お前がコクって来たらなんでもいいからOKしようかと思ってた」 「へ?」 急に静かな目で話し始める橋本に、仲本は目を丸くする。 「いや、最近もやもやすることが多かったから、カノジョでも出来たらすっきりするかなーと思って。うん、悪かった。ごめん」 「あ、え、うん。…ごめん、私も無神経だった。悪かった。それに最初好きじゃなくても、付き合ったら好きになるってこともあるよね。うん、悪かったわ。ごめんね」 「いや、俺が悪かったよ」 「ううん、ごめん」 雑踏の真ん中でお互い頭を下げあう。 周りから見ていると、なんとも滑稽な光景だ。 お互い頭を上げると同時に、噴出した。 それはちょっと空々しく、でもなんだか悪い気分ではなかった。 そして少し冷静になった2人はやっと気付いた。 回りの目が自分達に集中していることを。 「うっわあ!」 「ちょ、中、中入ろ!」 一気に赤面した2人は、急いで手近なデパートに飛び込んだ。 「うわ、は、恥ずかしかった」 「うん、メチャ恥ずかしかった。ご、ごめんね」 デパートの1階化粧品売り場で、2人は肩で息をする。 とんでもない愁嘆場を演じてしまったことに、今更ながらに全身が熱くなる。 「いや、もういいよ」 「……ありがと」 再度謝る仲本に、橋本は小さく笑って話を打ち切った。 仲本も照れくさそうに歯を見せて笑い返す。 その様子に、やっぱり仲本ってかわいいな、と思いながら最初の用件を思い出す。 「あ、えーと、それで菊池のカノジョだっけ」 「悪いけど、教えてくれる?」 先ほどとは別の意味で、仲本が顔を赤らめる。 そんないかにも少女らしい仕草に、橋本は胸がちくりと痛む。 菊池のカノジョ、真実を告げるのは、とても辛い。 「あのさ……」 そうして口を開こうとした瞬間、仲本が強い力で橋本の腕を掴んだ。 先ほどのように軽く触れるのではなく、しがみつくように。 少しドキリとしながらも、その痛みに顔をしかめる。 「ちょ、痛てえ、仲本?」 「………」 「仲本?」 急に黙り込んだ仲本を見下ろすと、打って変わって顔を白くしていた。 唇を引き結んで、まっすぐ前を見ている。 その視線を辿って、橋本も前を向く。 「え……」 「…橋本?」 そこにいたのは私服姿の菊池。 仲間内で遊ぶ時よりも気合の入った大人っぽい服装。 そしてその腕には、大人っぽい格好の菊池にも不釣合いな10は年上そうな女性が絡みついている。 足が綺麗な、フルメイクで微笑む女性は、隣の仲本には太刀打ちできないような色気があった。 橋本は急にいつか菊池が言っていたことを思い出す。 学校の奴らと会わないようにデートは、この辺ですることが多い、と。 「よ、よう」 「…うっす」 どことなくぎこちなく、挨拶を交す。 なんとも言えない気まずい空気が流れた。 橋本の腕にしがみ付いてる仲本の手に、更に力が篭もった。 その力の強さに、橋本はちくちくと胸が痛くなる。 菊池は橋本の隣を見ると、首を傾げる。 「デート?」 「えーと、そっちも?」 「あー、うん」 なんとなくお互い煮え切らない返事で返す。 橋本はなんだか情けない気分になってきた。 女連れの菊池と、菊池のことを好きな女と2人の橋本。 どこにも自分の居場所がないような気がしてくる。 いたたまれなくて、息が苦しくなる。 「ねえ?」 菊池の横にいた女性が、軽く菊池を促す。 「あ、うん。それじゃあ、俺ら行くから」 「え、あー、うん、お幸せに」 訳のわからない返事をしながら手をひらひらと振る橋本。 菊池も手を一度振ると、女性と寄り添いながら階上に上がっていった。 立ちすくんで動けないまま、その後ろをただ見つめる。 しばらくそのまま突っ立っていると、隣の小さな手が橋本を引っ張る。 苦いものが口にこみ上げながら、顔色が青くなった少女を見下ろす。 「……仲本?」 「……帰ろ」 「…うん」 促す仲本に、橋本は素直に頷いた。 橋本と仲本は電車に乗っている間、無言だった。 仲本は唇を引き結んだまま、うつむいていた。 そんな少女に声をかけることもできないまま、橋本も黙り込む。 訳もなくイライラして、ムカムカして、なんだか、寂しかった。 閑散として人気のない電車で、ただ隣の女の子の体温を感じていた。 電車をおりてもお互い何もしゃべることはない。 それでもずんずんと大股で歩く仲本が心配で、自宅への道は通り過ぎても黙って後ろをついていった。 辺りはすでに暗くて、電灯が住宅街を照らしている。 このまま家まで送ってやるぐらいはしようと思った。 それぐらいしかできないから。 「ハシ、こっち」 今まで黙っていた仲本が急にそう言って、いきなり手を引っ張られる。 そこは小さな砂場と滑り台とベンチぐらいしかない児童公園。 とってつけたようなそのスペースには、誰も人がいなかった。 その公園の隅っこにまで橋本引っ張っていくと、くるりと振り返り向き合う形になる。 「……仲本?」 「菊池のバカー!!」 「うわ!」 突然の行動に恐る恐る声をかけると、仲本はボロボロと大きな涙をこぼし始める。 その急な出来事に、橋本は驚いて目を何度も瞬く。 「あ、えと、仲本?」 「うっ、ふっっく、あんな、あんなっセクシーな女の人、ずるいー!」 声と言葉は乱暴だが、か細く弱弱しい。 次から次へと出てくる涙を拭う仲本が可哀想で、小さくて、橋本はどうしたらいいか分からなくなる。 「えーと、その、えっと」 「ふえーん!」 気のきいた言葉が出てこなくて、ただ向かいあって、オロオロと仲本を見つめる。 仲本の涙は止まらない。 鼻水をすすり上げて、マスカラが落ちて黒い涙が流れていく。 そのみっともない様子が余計に可哀想で、橋本は勇気を出して目の前の体を抱きしめる。 仲本は抵抗なく、橋本のシャツにしがみ付いた。 初めて抱きしめる女の子の体はぐにゃぐにゃして、なんだか甘い匂いがした。 こんな状況であっても、ドキドキして反応しそうになってしまう。 男の硬い体と違って、壊れてしまいそうでどこに触れたらいいか分からず力を入れることは出来ない。 ただ赤ちゃんをあやすように優しく背中をぽんぽんと叩いてみた。 「あんま、落ち込むなよ。あいつ熟女趣味だから仕方ないんだよ」 「うっううー!」 「若い子のよさが分かねえんだよ」 「フォローになってなーい」 「仲本かわいいからいい奴見つかるって」 「菊池のばかー!!」 「本当あいつ最低だよ、馬鹿だよ、女の敵、やりすぎてアソコ腐っちまえ」 切なかった。 胸が痛かった。 仲本に可哀想だった。 菊池へ対する怒りがわいていた。 菊池へ対する悪口が、自然と熱を持つ。 なんだよ、あんな年増女とイチャイチャしやがって。 趣味わりいな、本当に。 俺のファーストキスとファーストフェラ奪っておいて、感じわりいな畜生。 菊池のカノジョの話はよく聞いていて、うらやましくも思っていて、楽しく聞いていた。 それでもカノジョといる姿を見るのは、初めてだった。 それは思ったよりもショックで、激しくムカついた。 それが仲本を傷つけたことへか、それとも別に思いによるものなのか。 分からないまま、夜更けまで仲本と2人、菊池を罵り続けた。 |