「ぅんっ、はぁ」
「んんっん」

授業中の人気がなく静まり返った屋上で、忙しない呼吸だけが響く。
大声を出すと誰かに気付かれてしまいそうな緊張感の中、隅っこに移動した橋本と鈴木は向かいあってお互いの熱を煽っていた。
さわやかな青い空の下、股間を丸出しな2人。
ちょっと客観的に見てみると、とても情けなく滑稽な光景。

なんとなく雰囲気に押され、唇を重ね、舌を絡める。
更に熱を高めあう。
追ったら引いて、引いたら追ってくる、そんな遊ぶように口内を探る舌に橋本は不思議な感覚を覚えた。
顔を放して、息を吸いながらその違和感を目の前の眼鏡の男に伝える。

「はぁ、なんか、違うのな?」
「ん?」
「キス、ちげえ」
「……もしかして、お前、菊池がファースト?」
「………」

鈴木の問いに、橋本は目を逸らして口をつぐんだ。
けれど、その無言はすでに肯定だった。
眼鏡の男は熱を帯びて赤くなった目尻を下げる。

「ぶっ」
「こんな時に、笑ってんじゃ、ねえ」

橋本は腹立ちまぎれに手の中の鈴木のモノに力をこめる。
ぬるつくそれは、橋本のものよりちょっぴり立派だった。

「………っ」

息をつめて、苦しげに眉をひそめる鈴木。
その顔に満足した橋本だが、お返しに自分のモノの先に爪を立てられる。

「うっあ、て、めえ」
「ふふふん、十年はえーよ、ドーテー」
「うるせっ」

そのまままるでケンカするように、遊ぶように、どこかふざけあってお互いのモノをすりあう。
時折からかうように触れ合うお互いのものが、熱い。
鈴木の性格を現すような予想のつかないな愛撫は、ゆるやかに橋本を煽る。
それは、菊池のどこか性急なものとは違った、穏やかなもの。

先にイッたのは橋本だった。
直後に、鈴木も橋本の手の中に精を放つ。

「っは、はあ、はあっ」
「はっ、ふ、んっ」

息を整えようと、短い呼吸を繰り返す。
お互いに方にもたれあって頭を預けると、首筋に湿った熱い息を感じた。

「……いやん、橋本君たら多いし濃いし」
「近頃オナ禁だったから、な」
「何、なんで?チン○腐るよ?」
「………また菊池で抜くのがヤだったんだよ」

その言葉に、もう一度鈴木が吹き出す。
それを咎めて、橋本が鈴木の肩に軽く歯をたてた。
小さく鈴木が身じろぐ。

「っいて。何それ、お誘い?ワンモア?」
「……もー、いい。おなかいっぱい」
「あら、残念。何、俺じゃダメだった?」
「んー」
「気持ちよくなかった?」
「いや、やっぱり気持ちよかった。……けど」
「けど?」
「……なんか、違え」

そう、どこか戸惑ったように言う橋本に、小さく鈴木が笑ったのが肩の伝わる振動で分かった。

鈴木の手は気持ちよかったし、楽しかった。
ふざけあうようにする相互オナ○ーは、気楽でわくわくした。
けど、どこか物足りない。
もっと、と求めるような焦るような息が苦しいような、そんなモノが、ない。
ぼんやりと白くなる頭の中、どこか冷静な自分がいた。
真っ白になって、それしか考えられなくなるような、以前の触れあいとは、違った。

「ふーん、なんかそう言われると鈴木ちょっとショック。俺のテクじゃ物足りないっていうのね!」
「え、いや、マジ気持ちよかったよ?お前うまいし」
「そんな慰めいらない!俺はどうせへたくそよ!傷ついた!イン○になってやる!」
「そこまで行くのかよ!いや、マジうまかったって!楽しかったし!」
「じゃあ、なんで俺じゃダメなの?」
「なんでって……」

急にテンションを変えて、目を覗き込むようにして問う鈴木に、橋本は言葉を失った。

なぜって……、なんで、なんでなんだろう。

戸惑い黙り込んだ橋本に、いつものように鈴木は無邪気な笑顔を浮かべた。

「じゃあ、それが答えでしょ」
「へ?」
「いやあ、青春だなあ、青いね。すっぱいね、こっ恥ずかしいね」
「は?」
「後は頑張って性欲と情熱の日々を送ってくれたまえ」
「なんだそれ!?」
「鈍いのね、橋本君。菊池君も大変」
「だからどういう意味だって」
「あ、橋本君大変!」
「あ?」

話をぶった切って、急に大きな声を上げる鈴木。
橋本が驚いて顔を上げると、珍しく鈴木が真剣な目で真っ直ぐに見ていた。
気圧されるように、橋本も姿勢を正す。

「な、なんだよ?」
「緊急事態です」
「……ど、どうした?」
「俺、ティッシュ持ってねえ」
「は?」
「お前は?」
「持ってないけど……て、ああ!」

股間を晒して向かい合っている2人。
お互いの間に置いた手には、さきほどまでの快感の残滓。
そろそろ乾いて固まってきているが、後処理をするものが、ない。
更には腹にも少し飛び散っているし、股間は濡れている。
このままでは、教室に帰ることができない。

「は、ハンカチは?鈴木ハンカチ!」
「鞄の中」
「使えねー!!!」
「いやん、ひどい、橋本君の鬼畜」
「うるせえ、どうするよ、どうしたらいいんだよ」
「まあ、落ち着きたまえ、俺に考えがある」
「さすがだ鈴木!お前ナイス、マーベラス!」
「見事な変わり身ね、素敵よ橋本君」
「うん、それでそれで?」
「お前のシャツ犠牲にしろ。それですべてが解決だ」
「ふざけんな、てめえ!」
「って、蹴ったわね!父さんにだって蹴られたことないのに!」
「これが俺の愛の鞭だ!」
「愛が痛いわー」
「そうだ、お前のシャツを俺に捧げろ」
「ごめん、無理」
「無理じゃねえよ!じゃあ人に言うな!なんか他にねえのか!?」
「あー、もうコンクリなすりつけちゃえば」
「つってもこのままじゃパンツはけないじゃん」
「パンツもびしょびしょになっちゃうね。きゃー、えっちい!」
「言ってる場合か!」
「あー、じゃあ橋本君のパンツを犠牲にして、それで全部拭くの」
「………その後俺どうするんだよ」
「ノーパン」
「なんのプレイだよ!」

2人はこれ以上ないほど下らなく、しかし重大な命題にテンションをあげ続けた。
最初は潜めていた声も、すでに屋上に響き渡るぐらいに大きくなっている。
授業終了を知らせるチャイムが鳴り響いているのにも、気付かない。
そして物陰に姿を隠していた2人に、突然影がさした。
急に落ちた影に同時にそちらを見上げる。

「………何やってんの、お前ら」

影の主は、戸惑うような呆れたような、どこか怒ったような複雑な表情で、色々とつっこみどころの多い格好で座り込んだ橋本と鈴木を見下ろしていた。
橋本にとって、見慣れた茶髪。色素の薄い目。

橋本と鈴木は、同時に叫んだ。

『菊池、ティッシュ!!』



***




「はー、よかったよかった。もうフルチンで帰る覚悟を完了するところだったわ」
「マジ助かった。ありがとう菊池」
「………あー、お役に立てて光栄です」

菊池からぶんどったハンカチでどうにか身支度を整えた2人は、ようやく安堵の息をつく。
そのシュールな光景を立ったまま見ていた菊池は、深いため息をついた。
そんな菊池に、鈴木が丸まってごわごわになったハンカチを差出しにっこりと笑う。

「はい、それじゃあ返す、菊池君」
「ごめん、いらない。つーかふざけんな」
「えー、じゃあ洗って返す?」
「鈴木君にあげるよ。俺の気持ち」
「きゃー、鈴木嬉しいー!」

相変わらずふざけたことを言いながら、鈴木がげらげらと笑う。
その向かいで、橋本はようやく制服のズボンのファスナーをあげた。
それを横目で見て、菊池は目を細めながら再度問う。

「で、お前らこんなとこで何してんの?」
「何って………」

言われても、橋本には答えることができない。
なんでこんなことになったのか、そもそも思い出せない。
そして、低いトーンの菊池の声に、どことなくそわそわとして落ち着かない。
別に菊池は普通なのに、見下ろす色素の薄い目を見返すことができない。

「おホモだちー」

しかし、そんな訳の分からない感情で戸惑う橋本を尻目に、鈴木が明るい声をあげた。
無邪気に笑いながら、橋本の肩を引き寄せる。

「へ、は、鈴木!?」
「こんなところじゃダメって言うのに、ダーリンたら強引なんだもん」
「なっ、元はといえばてめえが!」
「今日の橋本君、激しかった」
「あほっぐ」

恥らって身をくねらせる鈴木につっこもうとした橋本は、いきなり口をふさがれ発言を封じられた。
息苦しさと驚きでもがくものの、さりげなく腕の関節を決められる。

「むがっ、むが、む、ぐぐっ」
「もう、橋本ったら激しくて困っちゃう。ね、菊池?」
「…………」

鼻まで手でふさがれ息苦しく、決められた関節がしびれてくる。
しかしそれ以上に、菊池に対してとりあえず何か言いたかった。
無表情で見下ろしている菊池が、どことなく怖く、無理矢理顔を覆う手を引き剥がした。

「っぶはっ、いや、違う!違うんだ、菊池!!」
「………まあ、近頃仲いいとは思ってたけど」
「違う!えーと、なんだ、そのこれは、えーと、その……、何かな」
「いや、そこで俺に振られても」

うまい言い訳が出てこないで、助けを求めるように隣を見ると、鈴木は肩をすくめる。
橋本の肩を抱いたまま、眼鏡の奥の一重の目が笑っている。

「だってこれ、どっからどう見てもおホモだちじゃん」
「え、いや、そ、うか……」
「うん、キスして、しごきあいして、ほらラブラブ」
「あ、うん、そ、うか、いや、違うけど、そうなのか、な?いや、違う…」

しどろもどろに言葉を探す橋本に、鈴木は諭すように抱いた肩を叩く。
菊池はどこか親密に見えるそんな2人を、呆れたように軽くため息をついた。

「あー、まあ、もうなんでもいいや、うん。とりあえずお前らラブラブなわけね」
「そうそう、俺達愛し合ってるの!」
「いや、違うって!鈴木とかありえねえから!」

必死で否定する橋本と、そんな橋本に抱きついて動きを封じる鈴木。
その様子を見て、菊池は2人に背中を向けた。

「俺、教室戻るわ、末永くお幸せに」
「ありがとう!俺達きっと、幸せになります!」
「だから違う!ちょっと待て、菊池!」

去っていく背中に声を投げかけると、菊池は肩越しに一度振り返った。
変わらず冷めた目で、抱き合う形の2人をすがめる。

「お前って、マジ誰でもいいんだな。節操ねえの」
「は……?」
「じゃあな」
「は?」

そして、背中を向け早足で橋本から遠ざかっていく。
しばらくの後、屋上の扉がしまる音がした。
その音に、呆然として言葉を失っていた橋本が我に返る。

「なんじゃそりゃあー!!!!何あいつ感じわりー!!!」
「ぎゃはははははははは!!!!!」

捨て台詞に意味が分からないまま、それでも腹が立って叫ぶ橋本。
隣の鈴木は橋本に抱きついたまま、大声で笑っている。
耳元の大音響に、橋本が眉を顰めた。

「うるせえよ!ていうか元はと言えばお前がなっ」
「マジうける!もう菊池おもしろい、おもしろい菊池!つーか何あのキャラ!あんなキャラだっけあいつ!?」
「だからお前も訳わかんねーよ!」
「ぶあはっははははは。じぇ、じぇらすぃー!橋本にじぇらすぃー、ぶはっ」
「うるせえ!」

橋本は抱きつく男を引き剥がし、コンクリートに叩きつける。
それでも笑い上戸は止まらず、屋上の埃っぽい地面を転げ回って笑った。
一連の流れと、意味が分からない鈴木と菊池に、橋本はすでに許容量がいっぱいいっぱいだった。

「だから、一体……、もう、なんなんだよ……」

疲れきった声は、少し涙声だった。
転げていた男がゆっくりと体を起こし、眼鏡を外して目尻を拭う。

「あー、ごめんごめん。にしてもお前マジ鈍いな、だからドーテーなんだよ」
「関係ねえ」
「いや、あるだろ」
「……あるか」
「だからホーケーなんだよ」
「それは関係ねえ!つーか仮性だ!普通だ!」

向かい合う男にヘッドバッドを喰らわせる。
額をさすって痛いと言いながら、けれどニヤニヤ笑顔は崩れない。

「つーかさ、橋本君は何をそんな焦ってんの?」
「へ?いや、だってお前とこんなことしてんの見られんのって…」
「AV上映会の時に皆出して見せ合ってんだしさ、そんな気にすること?」
「あれとは違うだろ、触りあいって、そりゃレベル違うだろ」
「まあね、確かにちょっと熱すぎる友情だね」
「そうだろ?」
「でも、お前と菊池はやってんだろ?」

そう言われ、そのことにようやく気付く。
鈴木とやったことは、菊池ともやったこと。
菊池とのことを鈴木に知られた時も焦ったが、あれは言いふらされる恐怖からだった。
同じく後ろ暗いところを持つ菊池が、鈴木とのことを言いふらされることはない。
それなのに自分が、何を焦っているのか橋本にはよく分からなくなった。

「あ、いや、う、うん」
「でも、お前と俺がやったら、なんでいけないの?」
「いけなかないけど……、なんか菊池に知られるのが微妙……」
「なんでそこまで分かってて、分かんねえのかなあ。お前、天然がかわいいって言っても、あれは性別制限と容姿審査あんだからな。お前の場合はただのアホだ、アホ」

息をついて立ち上がり、鈴木は手と尻についた埃を払う。
そして眼鏡の位置を直してにやりと笑う。

「まあいいや、後は菊池としっかりお話なさいな」
「……だから訳わかんねえんだよ」
「その訳分からないことを菊池に聞いてみろ。俺は後は高見の見物。あ、結果でたら教えてね」
「………とりあえず、菊池と話さなきゃいけないことは理解した」
「お前アホだからそれでいいよ」

橋本はあぐらをかいて座り込んだまま、鈴木の優等生な外見を見上げる。
加工していない黒髪が、光に反射してきらきらと光った。
ここ最近つるんではいるものの、いまいちとらえどころのない男。
けれど、思ったよりはずっと、悪い奴ではない。
なんとなく、この屋上に来る前よりは、心が軽くなっている。
気がする。
もしかしたら、この男の、おかげなのかもしれない。

「……とりあえず、なんかお前がしてくれたのも、分かった。ありがとう」
「まあ俺も実験がてらだったけどね。とりあえず男でも割りといけるってことが分かった。女の子のほうがやっぱいいけど」
「………懐広い奴だな、相変わらず」
「楽しいことは全部やりつくすわよ、鈴木君は。あ、大丈夫お前は狙わないから。つーか橋本とヤルとか本気でネタだから。ヤッてる最中ずっと笑ってそう」
「俺だってお前となんかヤリたくねーよ。なんか面白おかしく脚色されて言いふらされそう」
「ぎゃはははは!それで2ヶ月ぐらいはいけそうだな」
「絶対いや」
「俺もいや。まあどっかで機会があったらヤッてみよっと」
「お前のチャレンジャー精神は素直に尊敬する」
「でしょでしょ」

短い休憩時間の終わりを知らせるチャイムがなった。
授業が始まる。
顔を見合すと、小さく噴出して橋本も腰を上げた。
埃を払い、並んで教室に向かう。

「まあ、ロンリーだったら俺のケツとかアレとか貸したげる。いつでもおいで」
「タダですか?」
「時価」
「間に合ってます」

そんな軽口を叩きながら、橋本は小さく決意を固めた。

菊池と話してみよう。
このもやもやを払うには、それしかない気がした。





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