美晴の家で勉強をして、一休みのお茶をしているところだった。 二人並んでソファにくっついていると、美晴が不意に口を開いた。 「男同士のセックスの手順を、和志は知っているか?」 「なあ!?」 突然の問いにお茶を吹きそうになったが、横にいる美晴の顔は真剣だった。 「和志?」 じっと俺の顔を見てくる美晴の目に、何言ってるんだと責める気は失せてくる。 美晴に悪気はまったくない。 羞恥心とかもあんまりない。 どうせ、俺も興味はあるし、いずれ話さなければいけないと思っていたところだった。 「えっと、ネットで、調べたことは、あるけど………」 でもやっぱり美晴のように堂々とはできず、視線を逸らして、つい俯いてしまう。 自分でも消え入りそうな声だと思った。 以前調べてみたことはあるが、中々にエグくて怖かったので、それきり見ていない。 「み、美晴は、知ってる?」 「僕もネットで得た知識だ。一応一通り調べたが、実践はしたことがない」 「あったりまえだろ!絶対俺以外とすんなよ!」 実践という言葉の意味を理解して、一気に頭に血が上る。 そんな実践、美晴がほかの誰かとするなんて許せない。 美晴がそういうことするのは、俺だけでいい。 「当然だ。君以外としたいと思わない。悪かった、言葉の綾だ」 美晴は目を細めて、嬉しそうに大きく頷いた。 それで怒りは一気に、こそばゆい喜びに変わる。 「え、へへ、えへへ」 「どうした?」 優しい顔で首を傾げる美晴の唇に軽くキスをする。 「俺も、美晴以外としたいと思わない」 「ありがとう」 美晴はキスを返してくれて、蕩けそうな顔で笑った。 体が触れ合うのも大事だが、こんな風に気持ちがつながる一瞬が、何より嬉しい。 何度かキスをした後、美晴は表情を正して、もう一度聞いてくる。 「それで、セックスのことだが」 「………」 本当に直接的な奴だ。 少しくらい照れたり伏せたりしろ。 こっちの方が照れてしまう。 でも美晴が真剣なことは分かっているので、また視線を逸らして答える。 「え、えっと、あれ、ちょっと、怖いよな」 あんなところ、あんなの挿れるなんて、ちょっと想像の範疇外だ。 痛くないんだろうか。 いや、痛いだろう。 それは間違いない。 大丈夫なのか。 「確かに、男性の肉体構造上、やはり無理がある行為だな。負担が大きい」 「だよなあ」 「男性同士の場合は、男女と違って必ずしも挿入を伴う必要はないようだ」 「え、そうなの!?」 えっちというのは、必ず最終的には挿入するものだと思っていた。 驚く俺に、美晴は一つ頷いて見せる。 「ああ、オーラルや手で相互に射精を促すだけでもいいようだ」 「しゃ、射精って」 「射精というのは………」 「いや、分かってるから!」 そんなん、説明されないでも分かっている。 やっぱり、少しズレている。 だから本当に、美晴のこういうところだけはどうにかしてほしい。 俺なんかよりいっぱい本を読んでるし、言葉も知ってるくせに、どうしてこんなストレートな表現しか出来ないんだ。 「あ、でも、お、オーラルって、何?」 「口腔だ。口だな」 「く、口」 美晴が、口で、俺のを、する。 想像してしまって、血が集中する。 頭もそうだが、それ以上に下半身に。 「和志?」 「う………」 やんわりとジーンズを押し上げて、窮屈になってきた。 クッションを抱えて、隠そうとする。 「顔が赤いが?」 「な、なんでもない」 顔を覗き込んでくる美晴から目を逸らす。 ああ、もう、沈まれ俺。 九九でも考えろ。 だって、仕方ないだろ、若いんだから。 全部美晴が悪い。 「大丈夫か?」 「だ、大丈夫」 「それならいいが、そういうとみたいだ。口か手で済ますことも多いようだ」 「手とか、く、口か」 ああ、駄目だ、どんどんジーンズがきつくなってくる。 美晴に、触ってほしい。 ああ、そうじゃなくて、えっと、なんの話だったっけ。 そうだ、必ずしも挿入をする必要がないって、話だ。 口や手で済ませる、か。 「で、でも、それは………」 「どうした?」 「お、俺、ちゃんと、したいな」 口や手でも、十分気持ちいだろうが、やっぱりなんか、物足りない気がする。 もっともっと美晴に近づきたい。 美晴に触れたい。 隙間がないくらいにくっつきたい。 「美晴と、最後まで、したい」 ああ、駄目だ、ますます顔も下半身も熱くなってくる。 なんでこんな話になったんだっけ。 苦しい。 胸とかじゃなくて股間が。 「僕もだ」 美晴が、やっぱり嬉しそうに微笑んで、俺の頬に口づけてくる。 気のせいか、美晴の頬も赤くなっている気がする。 「み、美晴」 「僕も挿入を伴うセックスをしてみたい。和志に挿入したい」 「なあ!?」 挿入って。 俺に挿入って、何を言ってるんだ。 なんの話だ。 俺に挿入する話か。 いや、そうじゃなくて。 「嫌だったか?」 焦って黙り込む俺に、美晴が不安げに顔を曇らせる。 嫌なのか。 嫌、ではない。 したい。 「い、嫌とかじゃなくて!えっと、そうじゃなくて!嫌じゃないんだけど!ああ、もう、この天然エロ野郎!」 頼むからもっと柔らかい表現をしてほしい。 いちいち反応してしまって、股間がきつい。 「この前も言っていたな。何か僕の表現が悪いだろうか」 「も、もっと、その、婉曲的な表現を使ってくれ」 「婉曲という言葉をちゃんと習得しているんだな。よかった」 そういえば婉曲の意味を、この前何かの本を読んでいるときに聞いたっけ。 いや、そういう話じゃなくて。 「いや、そうじゃなくて………」 「確かにあまり、性に関しては、直接的な表現をしないようだな。気を付ける」 「そうしてくれ………」 分かってるならそうしてくれ。 どうして変なところだけ頑固に治らないんだ、こいつは。 挿入したいって、何を言ってるんだ。 いや、嬉しいってちょっと思っちゃったけど。 「あ、で、でも、俺が女役なの?決定?」 俺に挿入したいってことは、俺が女役なのか。 それが嫌なわけじゃないけれど、でも、一方的に決められるのも抵抗がある。 俺だって、美晴に挿入してみたい。 気持ちいときの可愛い顔を、もっと見たい。 「僕は和志に挿入してみたいが、される側でも構わない。どちらでも、和志相手なら問題ない」 しかし美晴は真面目な顔でそう言った。 「セックスとは、互いの愛情を確かめ合う行為だろう?だったら、どちらにしろ、僕は嬉しい」 さっきの熱とはちょっと違う熱が、胸にこみ上げてくる。 きゅーっと胸が痛くなってくる。 苦しい。 今度は胸が。 やっぱり美晴は美晴だ。 俺のことを、考えてくれている。 「お、俺も、美晴相手ならどっちでもいい!どっちでも、きっと嬉しい!」 「和志」 美晴が嬉しそうに笑って、顔を寄せてくる。 目を軽く瞑ると、柔らかいものが唇に重なった。 「ん」 「ん、は」 今度はさっきとは違って、舌が口の中に入り込んでくる。 美晴の腕が俺の腕からクッションを取り上げる。 小さく笑うと、その腕が今度は俺の背に回るから、俺も美晴を強く抱きしめた。 口の中を探る舌をとらえて、吸い上げると、美晴が鼻から息を漏らす。 唇を触れ合い、舌を擦りあうのが気持ちよくて、夢中になる。 磁石でも入っているかのようにぴったりとくっつくと、お互いの熱がこすれあう。 「は、ふ」 ぎゅうぎゅうにきつくなったそこに、美晴の堅いものがあたって、声が漏れてしまう。 美晴の平坦な声が、嬉しそうに明るくはずむ。 「勃起している」 「………美晴だって、堅い」 「ああ、君が興奮している顔を見てるだけで、僕も興奮する」 美晴の手が、俺の性器にジーンズ越しに触れてくる。 それだけで刺激が強くて、体が跳ねてしまう。 やられてばかりではいられないから、俺も美晴のものに手を伸ばす。 「あ………、み、美晴も」 「ん、僕も触って、くれ」 美晴が息を漏らして、目をつぶって顔を赤らめる。 その顔が可愛くていやらしくて、頬にキスをする。 そのままキスをして、お互いのズボンを脱がしあいながら、ふと気づく。 「あ、最後まで、今日は、無理だよな」 「ああ。色々と準備が必要なようだ。道具も揃えないといけないだろう」 「道具、か。どこで、手に入れればいいんだろう」 俺が調べた時も、色々と準備が必要だということは書いてあった。 でも、そういうのをどこで買えばいいのかとか、さっぱり思いつかない。 美晴も一旦手を止めて、首を傾げる。 「ネットで、手に入るようだが、少々不安だな。安全な店舗を探さないといけないな」 「実際の店で、買うのはちょっとハードル高いしな」 「ああ、少し考えよう」 「うん」 そこまで話して、我慢が出来なくなってしまった。 美晴の首筋に噛みつきながら、股間を摺り寄せる。 「なあ、美晴、続き。もっと触らして。もっと触って」 美晴もぎゅっと俺を抱きしめて、俺の目元にキスをする。 「ああ、もっと興奮してみせてくれ。声を上げて、泣いて」 「………天然エロ野郎」 でも、その天然なエロい言葉に、じわりとパンツが濡れてしまった。 ネットで調べることもできるが、まずは信頼できる人に相談してみようということになった。 「ということで、聡さんなら、詳しいと思って。どこかいい店を知らないだろうか」 そして、聡さんが美晴の家に来るのを見計らって、聞きにいった。 聡さんは突然訪れた甥の言葉に、眉を寄せて、頭を押さえる。 「あのな、聡さんならって。美晴の中で俺はどういう人間になってるんだ」 「なんでも知っている頼れる叔父だ」 「………ああ、もうかわいいなあ!」 美晴の言葉に、聡さんがぎゅうっと美晴を抱きしめる。 途端にイラっとして、慌てて美晴の腕をひっぱって引き離した。 「気安く触るなよ!」 「叔父と甥のスキンシップに口を出すな」 「美晴は俺のなんだよ!」 「人間の所有は認められてないぞ」 「うっさいな!おっさんは質問に答えろ!」 最初はちょっと恥ずかしかったが、もうここまで来たら一緒だ。 今更この人相手に恥ずかしいも何もない。 どう思われようとかまわない。 「………うん、もうなんかさ、君たちのその真っ直ぐさは呆れを通り越して感動してきた」 聡さんは沈痛な面持ちで、深くため息をついた。 まあ、うん、確かに聡さんに聞くのはどうかなと俺も若干思う。 「………だって、美晴に怪我とかさせるの嫌だし、準備はきちんとしたい」 「いや、その心がけは立派だけどね。え、ていうか美晴が下?」 「まだ決まってない。俺が下になるにしても、あんまり痛いのは嫌」 「ああ、そう」 うんざりとしたように、投げやりに頷く。 どうでもよさそうに、またため息をつく。 俺だって、おっさんに聞きたい訳じゃない。 「他に相談する人間が思いつかなかったから仕方ないから聞いてやったんだよ!」 聡さんが、じろりと睨んでくる。 一瞬その視線の鋭さにひるんでしまう。 「分かった。年長者として説教してやる。そこに座れ二人とも」 聡さんが床を指ししめす。 どうしようかと思ったが、美晴が素直に正座するから、仕方なく俺も隣に座った。 聡さんがそれを見届けて、偉そうに腕組みをする。 「いいか、そもそも性行為っていうのはな、軽い気持ちでするもんじゃない。お互いの体を大事にするなら、大人になるまで待ってなさい」 そりゃ、確かにそうだが、でも、したい。 お互いを大事にするから、したい。 でも、美晴のためには我慢したほうがいいのだろうか。 ぐるぐると考えていると、美晴が首を傾げる。 「だが、聡さんは学生時代から、恋人が多数いて、性行為の経験も豊富だと聞いたが」 「う」 分かりやすく聡さんが小さく呻く。 「多数ってなんだよ!この無節操!」 「うるさい」 気まずそうに視線を逸らす。 ていうか教えてくれる気はないのか。 それならこの人と話していても意味はない。 「結局おっさんしらねーのかよ。聞いて損した」 「お前な」 「………そうか、聡さんも知らないのか」 「い、いや」 美晴が哀しそうに俯き加減に言うと、聡さんが焦ったように首を横にふる。 けれど美晴は少し考えてから、俺に向き合った。 「じゃあ、瀬古に聞いてみるか」 瀬古さんというのは、美晴のクラスメイトだ。 以前会ったことがあるが、ちょっと怖い印象の人。 「え、瀬古さん?大丈夫なの?」 「ああ、瀬古は僕が知らないようなことをよく知っている。とても博識で尊敬できる人物だ」 「へー!美晴がそう言うってことは相当だな!」 「ああ、瀬古ならきっと、的確なアドバイスをくれるだろう」 そこまで美晴が絶賛すると、ちょっと嫉妬してしまう。 頭のよさとか知識では美晴にも瀬古さんにも、俺は敵うことはない。 そんなところにヤキモチ妬いても仕方ないんだけど。 「やめなさい。俺がなんとかするからやめなさい」 そんな話をしていると、聡さんが疲れ切った様子で口を挟んできた。 「………ちょっと時間をくれ。後で教えるから」 いかにも嫌そうにしぶしぶと、そう言った。 なんだやっぱり知っているのか。 俺と美晴がそういうことをするのが嫌だから黙っていようとしたのだろうか。 「最初からそう言ってればいいんだよ!」 「だから、お前な、少し年長者を敬え」 「でも、教えてくれるなら感謝する」 「………そうか」 俺の言葉に続いて、美晴がにっこりと笑って頭を下げる。 そんな笑顔、俺以外に見せなくていいのに。 「ありがとう、聡さん。やはり聡さんは頼りになる」 「………ああ」 聡さんは乾いた笑いをして、何度目かのため息をついた。 「頼むから、俺がなんとかするから、それまで何もするなよ。誰にも聞くなよ!」 そして、語気荒く俺たちに言った。 |