お勉強をしましょう。 「わあ、これ芙美さんが作ったの?」 「はい、お手伝いさんにだいぶ手伝ってもらいましたけど」 初めて、お弁当を作ってみた。 彼の家から帰ってから、少しづつ家で料理を作るようになった。 元々そんなことをしたことがなかったから、失敗だらけだったけど、それすらわくわくした。 次はどうやったらうまくいくのかと、考えるのは興味深かった。 あの時、彼と一緒に作った料理は、とてもとても楽しかった。 だから、自分でも、料理を作ってみようと思ったのだ。 あの5日間の後、学校でも私達は話すようになった。 同じ期間休んで、その後一緒にいるようになった私達にクラスメイトは奇異の目を向ける。 その視線はちょっとわずらわしかったけれど、話しかけてくる彼を、もう振り払おうとは思わなかった。 彼は私の作ったからあげを口に入れて、何度も頷く。 私は内心、彼の批評に少し怯えながら反応を伺う。 「うん、おいしい」 「……本当ですか?」 「うん、すっごくおいしいよ、芙美さん勉強熱心だからきっとすぐに俺よりもうまくなるよ」 嬉しい。 私の努力を認めてもらったのが、嬉しい。 彼に褒められたのが、嬉しい。 彼が、私の作った料理を食べて笑ってくれるのが、とてもとても嬉しい。 彼を笑わせることができて、嬉しい。 「んー、こっちはちょっとしょっぱいな。下味つけなくてもいいかも。マヨネーズだけで」 「あ、じゃあ、今度はそうしてみます」 長年料理を作ってきた彼のアドバイスはさすがに的確で、私は気を悪くするわけもなく、真剣にそれに聞き入った。 前だったら馬鹿馬鹿しいと思っていた、こんな他愛のない時間が楽しい。 誰かと食べるご飯が、おいしい。 穏やかな昼下がりが、嬉しい。 「その……」 「ん?」 「その、今度また、料理を教えてくれますか…?」 心臓が苦しかった。 それだけ聞くのに、ものすごい勇気をが必要だった。 前から言おうと思ってて、ずっと言えなかった。 でも彼とはずっとこうしていたいから、訴えることを忘れないようにしようと思った。 彼がそう、教えてくれたんだから。 加賀谷は目を細めて、眩しそうに私を見る。 幼い彼が時々見せる、はっとするほど大人びた表情。 「芙美さん、どんどん綺麗になるね」 「……え?」 「寂しいなあ」 笑ってはいるけれど、どこかすねたように言う。 驚くほど大人びている時があるくせに、まるで小さい子のように幼くなる時がある。 不思議な人。 「なんか俺だけの芙美さんじゃなくなっちゃうみたいでちょっと寂しい」 「………」 「芙美さんのかわいいところや、綺麗なところを、全部独り占めできればいいのにね」 「……あなたの、そういう言葉が嘘くさくて嫌いです」 「あはは、そういう風にはっきり言う芙美さんが、俺は好きだよ」 長く骨ばった指に頬にそっと、触れられる。 ぞくりと、不快感が走った。 彼が好ましいと思う。 けれど、触れられる感触に、慣れることがない。 体を震わせたのが分かったのか、彼はくすりと小さく笑った。 そっと指を離すと、彼はデザート用の小さなタッパーからさくらんぼを取り出して口にいれた。 「ん、さくらんぼおいし」 「あ、おいしいですか?よかったです」 「はい、あーん」 突き出されるから、何も考えずに口を開いた。 そこに赤く小さな実が放り込まれる。 甘酸っぱい実は、口の中でみずみずしくはじける。 美味しくて、頬が緩んだ。 甘いものは、美味しい。 食べることは、楽しい。 「おいしい」 「ね」 彼は無邪気ににこにこと笑って、もう一つ自分の口にいれる。 そして再度私の口にも放り込む。 「幸せだなー、ね、芙美さん。おいしいもの食べて、こんな風に話して、笑って」 加賀谷の言葉は、心から頷くことができた。 よく食べて、よく寝て、笑う。 そんなことが、とても幸せなことだと、そう思うから。 「…はい、そう思います」 「ずっと、幸せだといいねー」 ゆったりと伸びをして、教室の窓から入ってくる日差しを気持ちよさそうに浴びる。 初夏の陽気は少し汗ばむ暗いだったけれど、風は涼しくて気持ちよかった。 肌に心地よい風に、あの川の音が聞こえるような気がした。 「ずっと、幸せでいれると、いいよね」 穏やかな時間。 嬉しい時間。 彼が教えてくれる、幸せで大事な、時間。 |