甘えてみよう(白青)



入れ違いに風呂に入っていた志藤さんが帰ってくる。
動きやすい部屋着を身につけ髪を下ろした志藤さんは、なんだか別人のようだ。
そんな感じも新鮮で、ワクワクしてきてしまう。

「志藤さん、志藤さん」
「はい」

グラスに注いだ水を飲んでいた志藤さんが、にっこりと笑ってこちらを見てくれる。
家族以外の人と、夜一緒に眠るなんてこの前の旅行以来だ。
二人きりなんて、初めてだろうか。

「なんか、修学旅行みたいですね」
「修学旅行ですか?」
「はい!ワクワクします」
「そうですね。ワクワクしますね」

志藤さんも俺の言葉に頷いてくれる。
友人と同じ部屋で泊まるというのは、どうしてこうワクワクしてくるのだろう。

「そうだ!こういう時って、恋の話ってするんですか?」
「は?」
「ほら、友達と一緒に寝た時は怪談とか恋の話とかするんでしょう?」
「えっと」
「怪談は特にあまり怖くないので、恋の話どうでしょうか」

この前の旅行で、皆で恋の話とかをして、凄く楽しかった。
友達といるときは、ああいう話をするのだろうか。
志藤さんとも、色々話をしてみたい。

「えと、恋の話、ですか」
「はい!」

志藤さんが戸惑ったように、眉を寄せる。
ちょっと唐突すぎだろうか。
話をちょっと戻そう。

「あ、えっと志藤さんはどんなだったんですか?」
「は!?恋の話ですか!?」
「あ、いえ、えっと、学生時代はどうだったのかなあって。すいません、会話が色々唐突でした」

なぜだか焦った様子の志藤さんに、首を横に思い切りふる。
どうも色々会話がおかしくなってしまっている。
とりあえず落ち着こう、焦りすぎだ、俺。
すると志藤さんはちょっとだけずれた眼鏡を直して肩を撫でおろす。

「ああ」

それからゆっくりと頷いて苦笑した。

「そうですね、少ないですが友人もいて、楽しかったですよ。修学旅行は、私は九州地方に行ったのですが、食事もおいしくて、景色も綺麗でした」

友達とワイワイ過ごすって、どんな感じなんだろう。
夜中中起きて、先生に叱られて、女子が遊びに来たりとか。
そんないいものじゃないとは誰かが言ってたけど、でも絶対思い出にはなるはずだ。

「いいなあ。あ、海は見ましたか?」
「ええ。沖縄のような透き通る水色という訳ではありませんが、真っ青で綺麗でした」
「そっかあ」

みんなで海が見れたら、本当に楽しんだろうな。
つい俯いてしまうと、志藤さんが優しく笑う。

「いずれ、許されるならば、一緒に行きたいですね」
「うん!」

そうだ、絶対みんなで行くんだ。
温かくなったら、みんなで海へ行く。
それは想像するだけで、心が温かくなってくる。

「皆と旅行、行きたいな」
「行けますよ、きっと」
「………ですよね」

俺の体がどうなるか分からない。
でも、きっと出来ると、信じたい。
そのためには、あの儀式をしなければいけないのだけれど。

駄目だ、暗くなっていてもしかたない。
せっかく志藤さんと二人なのだから、明るくしなければ。

「そうしたら、志藤さんの恋の話聞かせてください」
「え」
「学生時代って、好きな人がいたんですか?」
「あの」
「あ、今の方は、どんな方なんですか?」
「あの………」

志藤さんが困った様子で眉を顰めて、今にも泣きそうな顔をしている。
しまった、またやりすぎただろうか。

「あ、また俺、はしゃぎすぎましたか?」
「いえ、その」
「………すいません」

どうも俺は人との接し方がうまくないようだ。
あまり前に出過ぎないようにしないと、嫌われてしまう。
俯いた俺に、志藤さんが慌てて首を横に振る。

「あ、大丈夫ですよ!私も三薙さんと話すのは楽しいです!」
「本当ですか?」
「勿論です!」

勢い込んで頷く志藤さんに、心が温かくなる。
それなら、少しくらい甘えてもいいだろうか。
志藤さんなら、きっと許してくれる。

「じゃあ、初恋の人って、誰ですか?」
「えっと、その………」
「あ、俺はですね、先生で」
「み、三薙さん、先に布団を敷きませんか!」
「え」

そこでいきなり志藤さんが立ち上がった。
突然のことで反応出来ないでいると、スタスタと押し入れに向かってしまう。

「その方が、修学旅行ぽいでしょう?」
「あ、そうですね!」

そうだ、夜はまだあるのだ。
枕を並べて、もうちょっとだけ、話していたい。