それは穏やかな昼下がり。 「何じっと見てんだよ」 人気のない、穏やかな日差しの屋上。 午後の授業は始まっており、菊池と橋本の他に屋上に人影はない。 あまりの陽気に授業に出る気もなくなり、2人はだらだらとうららかな午後を過ごしていた。 菊池が大好物のプリンを頬張ってると、それを橋本が寝転んだまま見ていた。 「お前ってプリン好きだよな」 「あ、うん?」 唐突な質問に、菊池は色素の薄い目を丸くする。 橋本は相変わらずどこか呆けたように菊池を見ている。 「なんだよ」 「いやさ、俺のファーストキスって、プリンの味だったなあ、と」 「ぶはっ!!」 「てめ!きったねえな!!こっちまで飛んだぞ!」 「てめーが変なこと言いやがるからだろ!」 口元を拭いながら、菊池が顔を赤らめて抗議する。 橋本は体を起こし、飛んできたプリンの欠片を袖で祓う。 「だって、そうじゃん。俺、お前がプリン食ってると思い出すんだけど」 「だすな」 相変わらずの橋本の唐突のその後のことを考えない言動に、菊池は頭が痛くなる。 プリンを横に置き、頭を抱えた。 「えー、お前は思いださねえの?」 「出さねえよ」 「あ、じゃお前のファーストキスの味は?」 「は?」 「ほら、言うじゃん。いちごの味ーとかレモンの味ーとか」 「だからお前は夢見すぎなんだよ」 「俺はカスタード味だけど」 「甘いファーストキスで何よりじゃん」 「で、お前は?」 そう言われて、菊池は記憶を発掘しようと首を傾げる。 初めてのキスの相手は、確か年上の女性。 キスの感触も、味も覚えていない。 ただ、その赤すぎる唇と、むせ返るような香水の匂いだけが思い出される。 「………覚えてねえな」 「えー、つまんねえのー」 「そんなもんだろ、昔のことだし」 「何?何それ、モテ自慢?うわ感じ悪!最低!最低男!」 「悪いな、過去の女なんて俺には必要ないものさ」 「うっわ、女の敵!このヤリチン!」 なおも言い募る橋本を一発殴って黙らせる。 橋本は仰向けにねっころがって空を見上げた。 「ずっりーよなあ。俺なんて忘れられそうにねえよ、ずっとプリン見るたび思い出しそー」 あの時の早い鼓動、あふれそうな好奇心、何かいけないことをしているような、駆り立てられるような焦燥、それ以上の生々しい欲望、それと何か、胸が痛くなるような、不思議な感情。 それが橋本の中には、ずっと染み付いていて、忘れられそうにない。 ことあるごとに蘇っては、訳もなく胸と頭と下半身一部が熱くなった。 橋本は本当に悔しそうに唇を尖らせた。 その唇を見た菊池の中で、少しだけ、雄の本能が反応する。 香水の香りもしない、堅い体。 するのは汗のにおいと、太陽と埃の匂いだ。 赤く彩られてもいない薄い唇は、それでも結構柔らかいと知っている。 菊池は、頭から覆いかぶさるように、ゆっくりと仰向けになっている橋本に屈みこんだ。 授業中なので、辺りは静かで。 温かな日差しと、生ぬるい風が妙に感じられた。 橋本は何も言わずに目をつぶってる。 菊池も黙っていた。 何回かついばんで、どちらからともなく、軽く舌を重ねた。 それは本当に甘い甘いカスタードの味がした。 菊池は少し後悔した。 今後、プリンを食べるたびに、このことを思い出してしまいそうだったから。 それは穏やかな昼下がり。 |